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ステップゼロ(1)

 稲妻が落ちるかのような衝撃を受けたあの日のことは、今でも鮮明に思い出せる。



 彼の人間離れした動きは、体育館にいた人々の視線を全て釘付けにした。

 彼の足が円を描くように宙を舞えば皆が息を呑み、そこからぴたりと足を止めれば、皆が熱く狂喜した。



 音楽が止まっても、体育館中に響き渡る歓声と拍手は鳴り止まなかった。

 そんな大歓声をステージの上で独り占めした彼は、紅潮し息を切らしながらも、溢れんばかりの喜びを噛み締めるように白い歯を見せた。



 ――ブレイクダンス。

 あの時、僕はその力強い技に魅せられてしまった。

 そして何より、()()()()()()()()()と、心の底から思ったんだ。



***



日向(ひなた)。部活もう決めた?」


 夕方のホームルームを終えたばかりの放課後。

 自席で荷物をまとめていた僕の元へ、まだできたばかりの友人である(しょう)(なぎ)がやってきてそう問いかけてきた。



 僕たちは今年の春にこの高校に入学し、早いものでそろそろ一ヶ月が経とうとしている。



 そうした中で先週、『部活動紹介』が体育館で行われた。


 元々部活動が盛んな高校で、新入生には部活動への加入が推奨されているためか、学校行事として部活動紹介の時間が設けられているらしい。


 流れとしては、一つの部活動あたり五分間ほどの枠が与えられ、その枠の中でそれぞれの活動内容を新入生に向けてアピールしていくというもの。


 その際には簡単なパフォーマンスも行われるので、端的に言えば、各部活動に所属する生徒達による()()()()()()のようなものだった。



 部活動により多少の差はあれど、基本的にはマイクを持った生徒一名と、その後ろに並ぶ生徒数名という構図は同じ。

 まずマイクを持った生徒が、所属人数と活動内容の説明を行う。

 それが終わると、後ろに控えていた生徒達が軽いパフォーマンスをするという流れ。



 パフォーマンス内容は、部活動によって様々だった。

 例えば、天文部であれば観測結果を大きな紙にまとめて発表していたり、バトミントン部であれば簡単にシャトルを打ち合う姿を見せたり、など。


 その他にも、例えば野球部は、坊主頭のまま制服だけ女子のものを身にまとい、流行りのアイドルのダンスを踊る、なんて事をやっていた。


 確かに体育館でやれる事は限られてくるが、無難にキャッチボールとかでよかったのでは、と思う。

 しかしそんな僕の思いとは裏腹に、二、三年生の先輩達は異常な盛り上がりを見せていた。

 どうやら毎年野球部はこれが恒例の出し物らしい。



「うわー! 来年俺もこれやるのかよー!」


 僕の近くでそれを見ていた坊主頭の新入生がそう漏らしていたが、彼の顔を見る限り、満更でもなさそうだった。



 そんな中で一つだけ異彩を放つ部活があった。



 突然流れ出すアップテンポな音楽。

 程なくして、一人の男子生徒がステージ袖からリズミカルなステップとともに登場し、そのままステージ中央までやってきた。


 赤い半袖Tシャツに黒いハーフパンツ。

 両肘と両膝にはサポーターのような黒いバンドが巻かれており、頭にも黒いニット帽をかぶっている。

 お世辞にも格好いいとは言えない服装。


 一体何が始まるのかと困惑した新入生は、きっと僕だけではなかっただろう。



 ステージ上の彼は、口元を隠すように腕を組んでポーズを取った。

 かと思えば次の瞬間、華麗な足捌きでステップを踏み始めた。

 そこから流れるように床に手をつき、両手両足を器用に入れ替えながら円を描くように回る。


 テレビで見たことがある。これは――ブレイクダンスというやつだ。



 まるで『四つ足の動物』であるかのように両手両足で滑らかにステップを踏んでいた彼だったが、しばらくして両手を床から離し、再び『二足歩行』に戻った。


 驚く事に、それらの動作は全て一連の流れの中で行われた。

 ぎこちなく途切れてしまうこともなく、思わず違和感を覚えてしまうような継ぎ目すら見当たらない。


 この時点で僕は――いやきっと、この場にいる誰もが、ステージ上の彼の動きから目を離せなくなっていた。

 そんな視線を知ってか知らずか、彼は口元だけで小さく笑うと、腕を大きく振り上げた。


 そうして腕を振り抜く勢いそのままに、彼の上半身は床に向かって急降下。

 大きく開いた足を高く上げて振り回す。その遠心力に身を任せるように、背中でぐるぐると回りはじめた。



 この技も見たことがある。おそらく有名な技なのだろう。

 しかし、テレビで見るそれと、実際に今目の前で見るそれとでは迫力が全然違う。



 呆然と見ているだけの僕を置いて、彼は様々な技を繰り出す。

 その実、ただ単純に派手な大技を連続しているわけではなく、きちんと音楽に沿った動きをしていた。

 比較的落ち着いた曲調が続く間は、ステップを重視した動きで細かく刻んでゆき、盛り上がるような強い曲調になった時には、とびきり派手な技で畳みかける。



 ――まるで彼の体も一つの楽器みたいだ。


 それほどまでに音楽と彼の動きが溶け合って、一つの高尚な芸術作品を見ているかのような感覚に陥った。



「――『男子ダンス部』は見ての通り、部員数一人でやってます……ハァ……ハァ……。

 新入生の皆さん、是非体験入部に来てください!」


「すげえぞー!」

「かっこいいーー!」


 気づけば、彼のパフォーマンスは終わっていた。

 割れんばかりの歓声と拍手。僕はこの後のことをほとんど覚えていない。




「――うん。実はこれから体験入部に行こうと思って」


 翔と凪は、僕が体操着の入ったバッグを肩にかけたのを横目に再び口を開いた。


「運動部?」


「うん。ダンス部」


「まじか!」


 僕の返事がよほど予想外だったのか、目を丸くする二人。僕は意を決して「一緒にどうか」と誘ってみた。

 しかし、二人は顔を見合わせたかと思うと、渋い面持ちで僕に向き直った。


「確かにあの部活紹介はかっこよかったけど、なあ……?」

「ああ。俺、リズム感とかないし」

「俺も。なんか難しそうなイメージあるわ」



 ――リズム感、か。

 確かに、僕も自信がない。というより、あるのかどうかすらわからない。


 正直、考えてすらいなかった。

 考えもせずに、ただ興味本意で体験入部に行こうとしていた。


 最初にリズム感の有無を心配した凪の方が、僕よりも遥かに『ダンス部』というものに向き合っているんじゃないか?

 僕は途端に恥ずかしくなった。



「とりあえず俺たちは別の部活を見てくるからさ。どんな雰囲気だったか、後で教えてよ」



 翔と凪はそう言って去っていった。

 先程まではあれだけ行く気満々だったにもかかわらず、翔と凪の言葉に、一気に不安が押し寄せてきた。

 しかし二人にああ言われた手前、このまま行かずに帰るわけにもいかない。


 なにより僕は、この高校への入学を機に決めていたことがある。



 僕は湧き上がる不安で逃げ出したくなる思いを抑え、ダンス部の練習場所に指定されている3ーAの教室を目指した。

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