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セレーネ姫、サウナでととのう ③

 魔族――長らく人間と敵対し、王族や各地の領主が小競り合いを繰り広げている異形の蛮族たち。その姿かたちは様々で、まるきり巨大な動物のような生き物から、ひと目見ただけでは人間と区別のつかないものまでいるという。どんな魔族もおしなべて凶暴で、理性がなく、人間を喰う。夜になると町の外には魔族が出るので、一人で街を出てはいけない。セレーネは親にそう教えられて育った。

 しかし、今彼女の前にいる魔族……「ウ族のハラウラ」と名乗った兎耳の女は、口調こそくだけていて変に古めかしいものの、従業員として丁寧に、セレーネにサウナの入り方を教えている。

 

「サウナは、蒸し風呂ともいって、この熱い中で汗を流すことを楽しむんだ……真ん中のストーブに水をかけると、熱い蒸気が部屋中にまわって、汗が出る」

 ハラウラがストーブに水をかけると、ドジュウウ、と音をたてて蒸発していく。すぐにセレーネの頭や背中に、熱い水蒸気が感じられる。

「……それだけですの?」

「ここではそれだけ。ただ汗をかく……」

 香油もなし、薔薇もなし、ただ座って熱さに耐えるというのは、セレーネには少し退屈なように思えた。

「体があったまって、汗をかいたら、外に出る……そのあと、隣にある水風呂に入って体を冷やすんだ」

「……水風呂?せっかく体を温めたのに、水浴びをして冷やしますの?なんで?」

 不可解な行為に、思わず疑問を挟んでしまうセレーネ。

「うん……こうして説明していると、いかにも変てこだけど。冬場に冷たい体で温かい風呂につかったり、夏場に熱くなった体で水浴びをすると気持ちがいいだろう……そういうものだと考えてくれるかい」

「はぁ……」

 魔族の風習はよくわからないな、と思いつつ、セレーネはその言葉を飲み込んだ。

『ルール0:サウナの中では種族・性別・身分を問わず、みな平等である』。

 平等という言葉は、セレーネにはいまいちピンとこなかったが、以前家庭教師のアミサに「同じように扱う」という意味だと聞いたことがあった。男女や身分はともかく、魔族までも「同じように扱う」のは、どうすればいいかよくわからなかったので、とりあえずその言葉だけでも言わないようにした。追い出されてはかなわない。

「水風呂からあがったら、外に出る」

「外?!裸で建物の外に出ますの?!おかしいわそんな事!」

「落ち着きなよ……どこからも見えないようになってる。浴室の延長みたいなものさ……裸で風にあたるんだ。しばらくしたら、またサウナに入る。これを一巡として、何回か繰り返す……説明は以上だ。まあ、一回やってみない……」

「……わかりましたわ……」

 そこからしばらく、無言の時間が流れた。ストーブの石が温められるチリチリという音と、二人の息遣い、わずかな汗を拭う音、外の風呂に流れる水の音。それ以外は静寂だった。魔族と人間、女同士、裸で狭い部屋で汗を流す。危害は及ばないであろうことはわかったが、なんとも奇妙な空間だった。

「あなたみたいに、言葉を話せるま……えっと、『人間以外のもの』がいるとは思いませんでしたわ」

「そうだろうね、セレーネ……きみの立場なら、知る機会も、必要もなかっただろう。咎めはしないさ……」

「なぜ私が、セレーネだと?」

「ボクは魔術師だからさ……それもかなりの腕っこき。千里眼ぐらいはお手のものなわけ。まあ、娼婦でも姫でも、王様でもこじきでも、ここでは関係ないけど……」

「それは、ルールがあるからですの?」

「それ以前に、サウナの中では全員裸なのさ……身分なんて、どうやって証明するというんだい」

 確かにそうだ、とセレーネは思った。今この部屋に、自分の身分を示すものなど、どこにもない。そう思うと、なんだか少し開放感があった。もとより、城から逃げてこんな状況なのも、身分に縛られた結果なのだから。

「……それで、これは何分ぐらい入っていればいいのかしら」

 またしばらくして、セレーネの全身に汗がふきだし、息がだんだん苦しくなる。ハラウラは壁にかけられた時計……おそらく12分で一周するそれを示した。

「まだ3分だよ……無理は禁物だけど、6分から7分ぐらいは入る。苦しかったら、濡れたタオルを口にあててみるといい……」

 ハラウラの肌にも汗が流れ、みっちりとした褐色の両乳房の間にたまっていく。セレーネが、持ち込んだタオルを自分の口にあてると、幾分息苦しさがやわらぐようだった。

 また無言で時が過ぎる。そうしていると、先程ハラウラが身分の話をしたせいか、セレーネの脳裏にいろいろな思いがよぎっていく。


(なんでお父様の都合で、あんな初対面の男と結婚しなければならないのかしら)

(きっと子供もかわいくないわ。そもそも、あんなのに抱かれるどころか、肌を見せるのも御免ですわ)

(でも、逃げてきたのは、いけないことだったかもしれませんわ。お父様にも我が国にも、迷惑がかかるかも、この先どうなるのかしら?)

(真ん中のお姉さまもまだ未婚だというのに、なぜ私が結婚しなければならなりませんの?順序でいえばそちらが先だというのに)

(私ばかり、貧乏くじを引いている気がしますわ。私が何か悪いことをした?あの時も、武勲をあげた者に私を妻に差し出そうとして)

(私は悪くないですわ!お父様に嫌われてもいないはずだし)

(じゃあ何がいけないの?)


「セレーネ、そろそろ出ない……鼻水がでているよ。それはよくない」

 ハラウラの小さな手が、セレーネの頬を叩いた。慣れない運動の疲れと、風呂とサウナのあたたかさで、半分寝てしまっていたようだ。

「ずいぶん考え込んでいたね……」

「ええ……これだけ熱かったら、水風呂にだって入れそう」

 二人はサウナ室から出て、かけ湯で汗を流す。そして、いよいよ水風呂に入る。

「大丈夫、少しぬるめにしておくよ……さあ」

 浴室との気温差で、水風呂の上にはもやがかかっているように見える。夏であっても、こんな冷たい水に入るなどセレーネは未経験だったが、火照った体を抱えた今は、ひどくその冷気が魅力的に見えた。

 ハラウラが手をひき、二人は同時に冷たい水に足を踏み入れた。


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