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セレーネ姫、サウナでととのう ②

 セレーネは更衣室に入った。狭い部屋で、一角には素朴な棚があり、そこに脱いだ服などを置いておくらしかった。部屋の奥の扉の向こうから、森でかいだ風呂の匂いが漂い、セレーネの心を少し落ち着かせた。

 外套、そして汗に濡れた夜着と下着を脱ぐ。靴も先程更衣室に入る前に脱いでいたので、セレーネは全裸になった。形の良い胸と、日焼けとは無縁の白い肌、体毛の手入れに余念がない腕と脚、そしてここのところの食べすぎで少し気になるお腹が、外気に晒される。

「ああっ!やっと解放されましたわ♪はやくお風呂に入ってしまいましょう!」

 扉のわきにタオルが積み上がっていたので、それを取って浴室に入ると、数人は使えそうな広い洗い場と、大きな浴槽がセレーネの視界に入った。床はタイル張りで清潔で、室内は灯火クリスタルのあたたかな光で満たされていた。

『まず体を洗え』

「ひゃっ?!」

 突然男の声がしたので、セレーネは驚いて足を滑らせそうになった。出どころをさぐると、「御用の際はこちら」と書かれた伝声クリスタルが緑に光っていたので、そこから声が聞こえているのだと知れた。

『石鹸もある。体を洗うためのスポンジもある。すべて清潔にしてるから安心して使え』

 そこまで一方的に告げ、クリスタルの光は消えた。セレーネは大人しくその指示に従う。石鹸はセレーネが普段使っているものに比べても遜色ない品質でよく泡立ち、体を洗うと気持ちよかった。勢い余って髪まで同じ石鹸で洗ってしまったが、後悔はなかった。

 汗を流して浴槽につかる。

「っふううううううーーーーーっ……」

 セレーネの口から、思わず息が漏れた。湯は適温よりも少し熱めだったが、疲れ切った体にはちょうど良い温度だ。疲れが全身から抜け出ていくような感覚。香油も薔薇もない風呂だったが、今まで味わった中で最も良い風呂だ、とセレーネは思った。

 しばらくそうして浸かり、ぼんやりと浴室内を見回すと、入ってきた扉とは別の扉があることに気がついた。扉の上には『サウナ』と書かれていて、隣には浴槽がもう一つある。

 ざば、と湯からあがるとセレーネは伝声クリスタルを押し、光がともると男に尋ねた。

「あの、『サウナ』というのは一体何かしら?」

『……中にいる女に、使い方を聞け。体をふいてから入れよ、おれは忙しい』

 それだけ言うと光が消えた。

(不親切な男だわ。こんな夜中に何を忙しくしているのかしら……。それに、他に人がいたなんて。でも、使用人の類なら、まあ良いか……)

 そんなことを考えながら、言われたとおりに体をタオルでぬぐって、セレーネは『サウナ』の扉を開ける。


ドジュウウウウウッッ……。


 扉を開けた瞬間、何かが焼けるようなの音とともに、熱気がセレーネの肌を包んだ。

「うわアツっ!?」

 思わず後ろに飛び退くセレーネ。サウナの中は熱気と湿度に満ちており、薄暗かった。そしてその中から、女の声が聞こえた。

「何してるの、入りなよ……温度がさがるだろ」

 不思議なトーンの声だった。子供のようでもあり、大人のようでもある。無礼な言葉遣いがひっかかるものの、それが男の言っていた『中にいる女』のようだった。セレーネは、おそるおそる熱気のこもった部屋の中に入っていく。

「きみ、サウナは初めてかい……じゃあ、ボクが入り方をおしえてあげる」

 サウナの中心には、熱を発する石の詰まったストーブらしきものがあり、それを囲むように、ひな壇状になっている椅子があった。

 声の主は、部屋の奥の上段に座っていた。セレーネの目が薄暗い室内になれていくと、彼女の姿がわかって、思わず息を呑んだ。

 小柄だが肉付きの良い体に、褐色の肌。白くウェーブした髪に、身長に似つかわしくない豊満すぎるほどの乳房。そして彼女の頭には、兎のような長い耳が生えていた。

「あ、ま、魔族ッ?!」

「マ族じゃあない……ボクはウ族の魔術師、ウラ・キャス・ハラウラ」

「なんでこんなところに魔族がッ?!まさか、あの男も魔族ですのッ?!私に何をしようと言うのッ?!」

 セレーネは護身用のナイフを取り出そうと腰に手をやるが、当然そこには何もない。すべて更衣室の中だ。狭い室内、逃げ場はない。

 不意に、どこかで読んだ童話を思い出した。料理店の奇妙な指示に従っていくと、最後には美味しく料理されて魔族に食べられてしまう、という。セレーネの背中が、熱気の中にも関わらず総毛立つ。

 しかし、ハラウラと名乗った兎耳の女は、そんなセレーネを笑って手で制した。

「『ルール2:サウナの中で諍いを起こさないこと。』……かりにボクが腹ぺこでも、ここでキミをいただこうとはしないよ……絶対に。それに、ボクはここの従業員だ」

 身構えるセレーネの前に、椅子をぴょんと飛び降りて歩み寄ってくるハラウラ。胸が激しく揺れる。彼女もまた、当然裸だった。

「だ、だとしても、なんで魔族なんかと一緒に」

「まあ、座りなよ、お客さん……『ルールを守らないなら出ていけ』って主人も言ってたはずだよ……今、追い出されると困るんだろう」

 ハラウラは、サウナの壁にも書かれているルールを示す。そこには、先程セレーネが聞きそびれた『最も重要なルール』が書かれていた。


ルール0:サウナの中では種族・性別・身分を問わず、みな平等である。


「ボクのことはハラウラって呼んで……次、魔族とか言ったら、追い出すからね、セレーネ」


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