リビングデッドとバラシ屋の教育
初めての投稿で、やり方は果たしてこれで合っているのかと感じながらあげています。
今回はキリのいいところで止めて、続きはまた後日投稿する予定ですので、短いうちに読んでくださり、次話を待ち望んでくださるかたがいらっしゃると恐悦至極です。
読み終わった後に感想、修正点などいただけますと大変励みになり筆がノリにノリます。
知らない方が幸せなこともある。
これは誰が言ったかは分からないけれど、とにかく昔から様々な言い方で呈されている常套句だ。「知らぬが仏」「言わぬが花」……これらはその一例だが、とかく、この世には知ることでむしろ損をすることもある、という教訓である。
なるほど確かにそうだとうなずける、好きな人を知ろうとすればその人の好きじゃない部分も見えてしまうだろうし、高性能すぎるカメラは美肌の粗を写してしまうかもしれない。
例えばかき氷のシロップが全て同じフレーバーだとか。
例えば枝豆には高確率で虫がついてるだとか。
とにかく知りすぎることにはリスクが伴うのだろう。
ここまででもしかしたら知りたくないことを知ってしまったかもしれない方々には、僭越ながらついでに僕こと柴木 縁のプロフィール紹介と、そいつの私見を聞いていただきたい。
しばきゆかり。
中学二年、14歳。
僕のプロフィールはこれだけだ、本題ではないし、覚える必要もない。律儀にメモを取るような人がいたら、忘れないうちにとなりに燃えるごみの日でも書いておくといい。
本題はここからなのだ。前置きが長くなってしまったけれど、僕が伝えたいのはここから。
先程から知らない方がいいこともあるという文言にふむふむと頷いていた僕だけれど、ほんのすこし、この教訓に苦言を呈したい。
ご先祖様が経験談から編み出したであろう教訓に僕ごときがなにかを呈するなど不敬にあたるかもしれないが、まあ僕も経験談で話しているのでとりあえず聞いてほしい。
「知らない方が幸せなこともある」のではなく、「人並み以上に知ることは不幸せなのだ」と。
何をいうんだと鼻で笑うかもしれない、しかしこれが僕がこれまでの人生で学んだことなのだ。
学んで、知って、不幸せになったことなのだ。
知るということはつまり、知らないでいる権利を剥奪されてしまうこと、知ることで世界は色褪せ、知らないものの幸せをまた知るのだと、僕は主張したい。
言葉だけではイマイチ伝わりづらいだろう。だろうので、皆様には心苦しくも僕の物語につきあっていただき、僕の数少ない教訓を賛否には関わらず、知ってほしい。
大丈夫だ。それで不幸にはならない。
僕みたいな人並みの人間から得られる教訓なんて、どうやっても人並みを外れはしないのだから。
縁日は好きだろうか?
さらに言えば、お祭りは好きだろうか?
ちなみに僕は好きだ。先の陰鬱な語りのせいで大きく僕のイメージが下落しているかもしれないが、僕はこういった祭り事が嫌いではない。腐っても中学二年である僕に祭りの賑やかな雰囲気は魅力的だし、なにより中学二年真っ盛りの僕にこの非日常感というものは非常によく刺さった。
日常じゃないってワクワクすると思う。
そんな僕の居住している町の神社で7月20日今日、なんと祭りが行われるというのだ。これは行かざるをえまい。
らしくもなく浴衣なんか着て、特に使うあてもなかったお小遣いを握りしめてからんころんと、神社へ向かった。
神社への道を歩いていると、神社に近づくにつれ徐々に、浴衣を着ている人が目立ちはじめる、そうそう、この段々と非日常への扉を開いていく感じがたまらないのだ。
正直履きなれていない下駄の緒がちょっと痛くてスニーカーで来れば良かったかなと思わないでもなかったが、この完璧な空間に断片的でもそんな日常を持ち込みたくはなかった。
これを機に下駄を普段使いしてみようかな、いやさすがにダサいだろ……等と思案していると、
「おぉ?あの暗そうなのに妙に頑張っちゃってる後ろ姿は……おぉ!柴木!柴木じゃん!」
と後方から一声。
思わず振り返りしまった――――と思った。
一番来てほしくない日常が来てしまった。
そう言いたくなるのを飲み込み、ショートヘアを揺らしながら赤を基調とした浴衣姿で駆け寄る女性に僕は返事をする。
「阿知和……さん、偶然だね」
阿知和 羽跳、僕と同じクラスで、いわゆる変人……だと思うのだが、クラスでは女子層を中心に割りと人気を経ている女子だ。
妙に並々ならぬ正義感を常に空回りさせており、テスト中にカンニングしていた男子を摘発しようとして自分もカンニング扱いになったり、クラスで飼っていたハムスター(マッキー)が逝去した際に追悼ライブを開く等、彼女の武勇伝を挙げればいとまがない。
一言でいうならヤバイ奴、しかもその追悼ライブではなぜか皆が文字通り号泣してしまうという謎の現象がおきたため、僕はもうクラスそのものがヤバイのではないかとにらみだした。
さらに、それだけならよい(よくない)のだが、なんと彼女は、いつも好んで日陰にいる僕を歯牙にかけ、なんとかクラスに馴染ませようと度々絡んでくるようになっていた。
「んー?まあ偶然なのかな?今日祭りだから行こうと思ってさ、途中でふらあっと柴木の家に寄って家にいるか確認して、なんとなぁく柴木が通りそうな道を利用して神社に向かってはいたけど」
「へぇ……」
要するに偶然じゃないらしい。
「その、今日は一人なんだね」
「うん、誘われたけど、全部断った!」
「……」
なんでこいつ人気なんだろう。普通に考えてこんなやつ僕なら絶対近づかないのに。
そんな僕の考えが苦く表情に出ていたのか、阿知和さんはわたわたと慌てたように、
「あっ!誤解しないでね!電話越しだったけど、ちゃんと土下座込みだから!」
土下座の有無は重要ではないし、むしろ電話越しに土下座したという情報で僕は彼女からもう2、3歩距離を空けたくなった。
できれば2、3歩といわず、いっそ土下座してでも2、300歩は欲しい。マジで。
危うく軽蔑を込めた目で見そうになるのを抑えて、僕は二の句をつぐ。
「へぇそうなんだ、大変だったね。てことは今日は一人なのかな?偶然ながら僕もだよ。お互い一人が好きなんてこれから仲良くなれるかもしれないな。もちろん仲良くなっても一人だけどさ。んじゃまお互いの意思を尊重して今日は一人で祭りを楽しもう!バイバイ!」
言うが早いか僕はすぐさま踵を返し歩く、きびきび歩く。皮肉というかほぼ直球みたいな言い回しだったけれど、それゆえにこれで伝わらないなんてことはあるまい。
謎の勝利感に浸りながら気持ちいつもより胸を張って歩く(暗そうなのに妙に頑張っちゃってるといわれたのが効いてる)と、突如背後から衝撃走る。
ズドーン!っと。
感覚としてはマイク・タイソンの突進を受けたくらいの衝撃だったけれど、現実には前につんのめって転ぶ程度のダメージだった。普通に痛い。
「水臭いこといわないでよ!辛気臭い君が水臭くまでなったらもう私どうすりゃいいの!?腐ったチゲ鍋じゃん!」
ただただ失礼だった。罵倒も意味が分からないし。
どうすりゃいいかと言われれば、差し迫ってとりあえずは中学生が二人道端で倒れてるという現状をなんとかしてほしいし、ゆくゆくは僕から距離をおいて欲しい。
物理的に、精神的に。
「え、ええと……まず立ち上がってほしいかな、周りの人に変な目で見られそうだし」
「あっ!それはそうだよね!ごめんごめん!」
意外と素直に立ち上がった阿知和さんにならい、僕も立ち上がって足についたアスファルトを払う。
「怪我は……ないみたいだね、よかった。」
「うん!身体は丈夫だからね!それより柴木!チゲ柴木!お祭り一緒に回ろうよ!」
もうちょっと申し訳ないモード継続したら?
さっき膝を払った時の感じからして、たぶん僕はちょっと膝小僧が擦りむけてる気がするんだけれど。
やっぱり彼女とは根本的になにかが合わない気がする……決定的ななにかが。
「あぁ……そうだね」
曖昧に濁しながら考える。あらゆる方法をかんがみたが、恐らく彼女は普通に断っても普通に同行を強要してくるだろう。それにここですったもんだをしていては、祭りが終わってしまうかもしれない。
ここは一度敵(あえてそう表記する)に取り入るのも手ではないだろうか?取り入って、用事があるからと先に行ってもらう。
やや弱い作戦ではあったが、このときの僕は少々精神が安定していなかったため、容赦してほしい。
よし、そうと決まれば……
「あー、よく考えれば一人で祭りを回るってのもいかにも根暗っぽいし、確かにここはお互い手に手を取り合っていかにも祭り楽しんでます感を演出するのも悪くないかもね」
言動にひねくれていない部分が見当たらないのが悲しいが、最大限向こうの要求を呑むポーズを見せる僕。
「だよね?だよねだよね?!やっと柴木も分かってくれたんだね!正直柴木の根暗は二人でいたところで隠しきれないと思うけど!よし、じゃあ行こうすぐ行こう!」
もはや僕が嫌いなんじゃないのかと思えるくらい失礼な阿知和さん。婉曲表現とか知らないのかな。
なんだよ、隠しきれない根暗って、正解だからつっこむにつっこめないじゃないか。
「ち、ちょっと待って阿知和さん、僕もすぐ行きたいのはやまやまなんだけど、ちょっと野暮用があるから先に行っててよ」
「野暮用?柴木に野暮用って…立ちション?」
「僕をなんだと思ってるの」
「じゃあ自殺」
「僕をなんだと思ってるんだ!」
思わず語気を荒げてツッコミをいれる。彼女から見て僕は立ちションの次に自殺しそうにみえるらしい。どんな奴だ。
「だって柴木いっつも死んだ目しながら死にたそうに行動してるんだもん、リビングデッドコウドウ、LDKだよ」
「ひとをお手頃な物件みたいにいわないで……」
あとそう思ってるならもうちょっと対応に気を使って。後ろから突進するのは絶対に死にそうな奴への対応ではない。
「じゃあ野暮用ってなに?リビングデッド柴木になにか用があるなんて思えないよ」
「絶対定着させないでね、それ。」
死んだ目をしているのは別に否定しないがそのあだ名は死んでも回避したい。
「野暮用は野暮用、別に話すほどのものじゃないし、付き合わせるほどのものでもないよ。すぐに追い付くから先に行っててくれないかな」
「ふーん……」
曖昧どころかないのと同じくらいの説明で、阿知和さんは明らかにいぶかしんだような様子だったが、やがてにっと笑い、
「まあ自殺じゃないならいいや、おけおけい、じゃあ先行って待ってるよ。んでも私が神社着くまでに追い付いてよね!絶対ね!」
と了承しながらも釘をさしてきた。
「もちろん、約束するよ。屋台が楽しみで仕方ないね」
この場合僕は約束を破る気満々だし、釘を刺したとはいってもそれはぬかに釘だったわけだが。
「遅れたら一分ごとにフランクフルト一本だから!急いでね!」
勝手な約束を追加しながら僕を追い越して意気揚々と神社へ向かうリビングリビング阿知和さん。
なんとなく手を振りながら彼女の後ろ姿を見送り、彼女が曲がり角に消えたのを確認してから僕はホッと息をつく。
「行ったか……ほんとなんというか、嵐みたいな人で仲良くなれる気がしないな、したいとも思わないけど……よし」
気を取り直そう。すっかりかきみだされてしまったけれど、この分は祭りを一人で楽しむことで取り返せる。
「とりあえずあの人が行ったのとは違う道を通っていくか…遠回りにはなるけど、仕方ない」
すっかり日が落ちて赤くなった空を見ながら、僕は歩き出す。
なんとなく神社付近に近づけそうな普段は使わない路地裏を選び、神社を目指すことにした。知っている道を選べないこともないが、万が一阿知和さんと遭遇すれば全て水の泡だ。それにこういう路地裏の非日常感も僕は嫌いではなかった。
そして、いよいよ神社も見えてこようかという路地にさしかかったころ、僕は妙な違和感にかられた。
違和感、否、音だ、微かだが、妙な音が聴こえる。
まるで木管楽器でも軽く弾いてるみたいな、小気味良い音。
なんとなく、ほんとうになんとなく、僕はその音のする方向へ向かった。思えばこれは普段の僕からすればありえないことだった、しかし祭りの日という非日常と、先ほどの阿知和さんとのやり取りが、僕の精神を通常ではないものにしていたのだ。
ぽかっ、ぽくっ、ぽこっ、こぽっ。
路地の深いところ(路地に深い浅いがあるかはさておいて)へと入るにつれ、音は次第に大きくなる。大きくなるとはいっても、それは耳をすませないと聞き漏らしてしまいそうな軽い音なのだが。
音は一定のリズムで、しかし大きさや響きかたはまちまちだった。
空耳かと疑うほど小さい時もあれば、辺りに一瞬反響するくらいの時もある。
右、左、左、左、右、音を頼りに、狭い路地を進む、辺りは光が差し込むような隙間もなく……そして、気づけば自分でも戻りかたが分からないようなところまで来て更に大きさを増した音を聴いて、僕はついに直感する。
この先から、この路地の角の先から、音はきている――。
突然心臓が早鐘をうちはじめた。好奇心か、緊張か……。息を呑む、音を聴くのに集中していた耳に喉のぐうっという音がうるさいくらい響いた。
まだ音は鳴っている、この先の路地をちょっと覗けば、その正体を、知ることができる。
焦る気持ちをおさえ、ひとつ大きく息を吸い、額ににじんだ汗をふき、僕はゆっくりと、路地の中を…音のする方を覗きこんだ。
人だ。人がいた。二人、片方はこちらに背中を向けてしゃがみこんでいる。もう一人はその人に上半身抱き抱えられるようにして倒れている。
よくは見えないが、しゃがみこんでいるほうはその体躯からして女性のようだった、倒れているのは……おそらく男性だろう。
酔っ払いの介抱だろうか?もしくは大ケガをしてる人を見つけたとか……だったら救急車をよばなければならないかもしれない。
乱れた精神状態でなんとかそんなことを考えていると
ぽこっ、ぺこっ。
音だ。先ほどの音が聴こえてきた。
そしてその音は…やはりというか、女性の方から聴こえていた。さらに、耳を集中させ、今度は視覚も絡めて、どこから、どのように音がしているのかを探す。
すると、女性の指が、不自然な動きをしているのがわかった。なにかをつまんだり、引っ張ったりしているのだ。
なんだ、お金でも抜いているのか?
薄暗い路地では女性が何をしているのか見えづらく、僕は少しずつ、隠れていた角から身を乗り出していく。
すると、女性の手がつかんでいるものが、倒れている男性の手だということが分かった。
いや、表現としては正確には手というか……指、指を彼女は持っていた。彼女は男性の指の先をひっぱったり、、関節のあたりをつまんだりしていて――――
「えっ?」
突如だった、男性の指が、少しだけぐっと伸びた、それと同時にまた先ほどのぽこっ、という小気味良い音が響く。
いやまて……違う……違う……。
あれは……伸びているんじゃなくて……
「おい、そこにいるな、一人か?覗き趣味の変態がよ」
女が、こちらを振り返った。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!」
一瞬、判断は一瞬だった。
僕はぐっと方向転換をし、走り出した。走る際に肩を思い切り壁にぶつけてしまったが、そんな痛みも気にしていられないほど、僕は尋常ではなかった。
「あいつ……あいつ……!」
間違いない、見間違えるはずがない。
彼女は、男の、指の骨を外していた。しかも、一つや二つじゃない、男の指は、まるでゴムのチューブみたいにプラプラと伸び、支えをなくしていたのだ。
それだっていうのに、男の方はうめき声一つ上げていなかった。あんなの、痛いじゃすまないだろうに……もしあの状況で声が出ないとしたら……。
もし仮に、声なんて既に出しきったあとだったとしたら……!
「くそっ……くそっくそっ……!なんだよ……なんなんだよ……!」
駄目だ。考えるな、気持ち悪い、吐きそうだ。あの場で起こったことを想像するな、知ろうとするな。
知りたくない知りたくない知りたくない!
色んな後悔にかられながら、狭い路地を右へ左へ、とにかく走る。逃げなくては、本能的にそう思っていた。
どこで、一体どこで間違えた?僕みたいなやつは家で大人しくしておくべきだったのか?
履いていたはずの下駄は、既にどこかへ飛んでいってしまったようで、走る度に足に冷たい地面の感触と、鈍い痛みが走る。
そろそろ撒いたかもと思っても、後ろを振り向けなかった。後ろに、あいつがいるかもしれないと思うと。
左、右、右、左、左、最悪だ、袋小路になると分かっていて走っている、冷静でいられない。
そして、体力が無限に続くわけはない、どれほど走っただろうか、僕は足をもつれさせ、派手にすっ転んだ。
すぐに立ち上がろうとするも、足が言うことを聞かない、既に限界は来ていたようだ。
「ぐぅ……なんで……なんでこんなことに……」
「さて、なんでだろうなぁ?」
サッ―――っと、背筋が凍った。
どういうことだ?気配は……なかったはず、まさか、ずっと着いてきていたのか?
怖い恐いコワイ―――。
ぐいっと、嫌なのに、ゆっくりと首を持ち上げる、いや、持ち上がる、誰かの手によって、誰か?誰かは分かりきっている。そこには、先ほど見た女の顔が見えた。
なぜだ、逃げていたはずなのに、なんでこの女は……僕の前に立っている?
女は、笑っていた、心底楽しそうに、面白そうに。興味深そうに。
「世の中わからねーことだらけだぜ、なぁ?死んだ目の坊や、アタシと一緒に知ろうぜ、この素晴らしい世界をさ」
次の瞬間、鋭い衝撃と共に僕の意識はプツリと途絶えた。
いかがでしたでしょうか?
どんなものであれ、作品は作者の嗜好が反映されやすいので、僕の好きな作品が一部のかたには
ばれているんじゃないかと戦々恐々としております。
さて、本作はおそらく主人公?である柴木縁くんの成長ストーリーになると思います。ひねくれている彼の性格は作者としても書きがいのあるものでとても楽しかったです。
ここからドンドン展開していく予定ですので、よければ感想などお寄せください。