何が正解か
光の先には、ごみ屋敷が広がっていた。
柊真「なんだ、期待してたのと違った…」
良「何を期待してたのか知らんが、ここが本部な。ごみ屋敷だと思っただろう。万年欠員で掃除が少し行き届いてないだけだから、あんまり気にすんな。こっちほら、座れ」
良が無理やりごみをどかしなんとか座るスペースを確保できたところに座る。
部屋を見渡すと、パソコンが10台以上はありテレビモニターはその倍ほどあった。
いたるところにやはり先ほどエスカレーターの壁に貼り付けられていた自殺者0に関する記事や雑誌、地図、政府関係者かと思われる名前が書いている紙が散らばっていた。
良「自殺者0に関するものばっかりだろ?まあ、こんだけありゃわかるだろうが、この本部は自殺者0の嘘を暴くために設置された有志の会みたいなもんだ」
柊真「あのモニターは?パソコンの数より多いと思うんだけど…」
良「あれは、監視用と各本部をつないでる。」
柊真「そもそもなんで嘘を暴こうなんてしているの?根拠は?」
良は、腕組みをしながら何か考え引き出しの中から、ある新聞記事を取り出した。
記事には、『まるで奇跡?!90歳が奇跡の回復!』
柊真「これは?」
良「この記事はな、10年前のものになる。余命3か月と言われていた婆さんが、病気がまるでなかったかのように治り回復したってもんだ。医者も首を傾げたってな。手術の施しようもない、薬も役に立たず、死ぬのを待ってるだけの婆さんの体から、癌が全くなくなっちまったんだ」
柊真「でも、たまにあるじゃん。奇跡の生命力で、余命何か月と言われた人が何年も生きたとか…」
良「ああそうだ。そういうことがないこともない、人間の生命力が医療を上回ることは今までにもあった」
柊真「だったら何が不思議なの、この記事の」
良「その婆さんの死んだ年齢なんだよ、問題は。ほら、見てみろここ」
良に指刺されたところを見て、柊真は驚いた。
享年130歳―。
良「大抵余命を告げられ病気の進行が著しく遅くなり、何年も生きたとしても病気自体が体からなくなるわけではない。特に進行型の癌だったりした場合はな。なのに、この婆さんは130歳まで生きた。人間には、寿命がある。人生100年時代だと言われても、ここまで長くは生きない」
良は、もう一つ別の記事を柊真に渡した。
同じく10年前の記事。同じく死亡記事。享年16歳。
良「これは、同じく10年前の小さな記事だ。この少年は、病気も何もなかったが、ある日突然、癌を発症し、死亡した。」
柊真「普通の記事だと思うけど…あっ…」
柊真は、日付に注目した。おばあさんが回復したという記事も、少年が死んだという記事も日付が一緒なのだ。
良「そう、日付が一緒なんだよ。これだけ見れば、偶然だともとれる。が、これに類似する事案がどんどん増えていったんだ」
良から渡される記事を次々読んでいくと、生きた、回復したといった記事と死亡したといった複数の記事の日付が全く同じだったのだ。
柊真「つまり、これは偶然ではなく作為的なものってこと?」
良「そうだ。疑問を抱いていた中、政府から出された発表が自殺者0。今まで、右肩上がりだった日本人の自殺者がある日突然0だぞ、おかしいと思わないほうがおかしい。」
良は、悔しがっているように見えた。
柊真「良くんは、何かつかんでいるの?」
良「ああ。ほかのメンバーと自殺者0に関するありとあらゆる情報をくまなく調べた。マスコミもつかめていない情報もだ。調べたところ、どうやら政府が関与しているというところにたどり着いた。」
柊真「つまりは…?」
良「自殺願望者と寿命間近な人、病気のやつとの命のトレードをしているっていうことだ。」
柊真は、ははっと笑ったが良は、真剣な表情だ。
柊真「そ、そんなファンタジーでもあるまいし、寿命のトレードなんて現代でできっこないじゃないか」
良「俺もな、最初はそう思った。だが、政府のデータベースに侵入したら、残念ながらトレードの論文が出てきたんだ。」
柊真は、手渡された論文を読んだ。
『20××年3月20日。初めての実験における、寿命の交換に成功。自殺願望者の男子は、癌により死亡。同時に、生存希望者の女性の体からは癌が消えたことを確認。本人の健康状態はいたって良好。数日後には、退院。人類初の試みは大成功となり、今後も引き続き実験を行い、安定した折には、世界に自殺者0を発表予定。この案件は、機密とする』
柊真は、見てはいけないものを見た気がした。
踏み入れてはいけない世界へ入ってしまったのだと思った。
良「なんで暴こうかって言ったよな、柊真。自殺なんてよくないなんて、綺麗ごとなんだよな。切羽詰まってる本人にとっては。でもな、そもそも人間生まれたときに、既に寿命は決まっているんだよ。事故か病気か、自殺か他殺か、病気か、老衰か。人間が、努力をして自然に生まれてくる命を操作して、誰か一人の研究目的のために命のトレードなんて、あっちゃならねえんだよ。自然に生まれたものは、自然に死ぬ。それが、当然なんだよ。これが、当たり前になったら、全世界で戦争が起きかねないし、人類の進歩も望めない。だから、俺らは、それを止めたい。理由になってないか、お前どう思う?」
柊真は、少し考えた。
昨日までは、自殺してもいいと考えてた自分。
他人のことまで、考えている余裕がなかった自分。
自然に生まれてきた命を、いとも簡単に手放そうとしていた自分。
そんな自分勝手な自分の命と、本当はもっと生きたいと願う他人との命の交換。
だがそれは、結局自己満足であり死ぬことには変わりない。
柊真「…良くんの話は、分かる気がする。けど、昨日までいつ死んでも思ってた自分の命がもっと生きたいと願う人のためになるならトレードも一つかなとは正直思う。でも、戦争は起きてほしくない。今答えられるとしたらこれかな。」
良は、柊真の頭をがしっとつかみ、笑った。
良「お前やっぱり正直者だな。今は、それが答えでいいよ。トレードについては、正直まだまだ情報が足りないし、お前がいうように捨てようとした命を誰かの生きたいという命と交換して、人助けになるっていうのにも納得がいくとこもある。正直、俺も正確な答えなんて出せてねえんだよ。でもな、トレードがそんな綺麗ごとで行われているとは、到底思えない。金は恐らく絡んでるはずだし、何か重要なことがもっとあるはずなんだよ。それを調査中ってわけさ」
柊真は、自分のIDを見つめながら、画面に向かう良の背中を見た。
この先にあるのは、なんなのか。
この事実を知ったからには、進むしかない。
柊真は、自分の答えを探すためにも決意するのであった。
トレードをつきとめてみせると―。