②まずは依頼
「イナムラ探偵、助けてください」
市川奈生は泣きながら訴えた。
「まあまあ落ち着いて。ほら柿本くん、この夫人にコーヒーを入れてあげて」
イナムラに言われ、助手の柿本雪は急いで奥に引っ込み、湯を沸かし始めた。
ここは愛知県犬田市猫山町五丁目にあるオフィスビル二階、イナムラ公夫探偵事務所。
探偵、イナムラ公夫とその助手、柿本雪の二名しかいない小さな探偵事務所だ。しかし、イナムラ公夫は警察が解けなかった難事件を次々と解決してきた、知る人ぞ知る名探偵である。
運ばれてきたコーヒーを飲むと、市川奈生はやっと泣き止んだ。
「実はイナムラさん。今日は依頼があってアポイントも取らず参りました。というのも」
「知ってますよ。お子さんが殺害された件ですね」
奈生は泣き腫らした目を見開き驚いたが、イナムラは何でもないように言葉を続けた。
「僕も新聞ぐらいは読みますからね。知っていて驚くこともないでしょう」
「でも私、まだ来て名前すら言ってないのに」
「ああ、それは簡単なことですよ。警察に友人がいてね。気になる事件の関係者の情報を流してもらっているので」
「ではすでに、事件の詳細も」
「勿論」
イナムラは自分に用意されたコーヒーをゆっくりと一口啜った。
「把握していますよ。
あなたの名前は市川奈生。被害者は息子の市川一さんですね。
一ヶ月前の6月21日水曜日午後6時。犬田市役所での勤務を終えたあなたが自宅に帰ると、息子の一さんが首を吊って死んでいた。息子さんが高校でいじめにあっていたこともあり、当初は自殺で片付けられかけたものの、捜査が進むにつれ自殺に偽装した他殺の可能性が高まった。しかし初動捜査がなってなかったのか、犯人が巧妙だったのか、犯人いまだ検討つかず、捜査は難航している。
これで合っていますね?」
奈生は大きく頷いた。
「もっと早くこちらに来ていただいても良かったのに。警察に注意されたのでしょうが」
「そうです。イナムラさんの噂はかねてから聞いていたので、警察の方にイナムラさんへ依頼してみていいか伺ったのですが」
「はいとは言わないでしょう」
「ええ。私、こんな事件初めてだったので。息子が死んだのがただ悲しくて、犯人が捕まっても捕まらなくても息子は帰ってきませんし、全部警察の方に任せておけばいいって思って。でも、時間が経つにつれて犯人への怒りが溢れてきて。こんな理不尽は許されないって」
奈生の瞳にまた涙が溜まり始めた。探偵の隣に座り記録をとっていた柿本は、さっとソファを立つと、奈生の隣に座り、背中をさすった。
「大丈夫ですよ。きっとイナムラが解決してくれます。解決できなかった事件なんて今まで一つもありませんから」
「すいません。私、まだ、悲しくて。落ち着かなくて」
俯き、また涙を零す奈生と対照的に、イナムラは唇の端を曲げてにやりと笑う。
「亡くなった者は帰ってきません。しかし罪は償わなくてはいけない。どれだけ卑怯、鬼畜、神がかった犯人だとしても、このイナムラがその罪を贖わせます。天網恢恢疎にして漏らさず。天からの使いたるこの私が、悪人に天罰を下しましょう」