捨てられ薬師の再就職
「この町で、回復魔法が使える子を仲間に誘ったんだ。だから悪いんだけど、君は抜けてくれないかい」
魔王討伐の旅の最中の立ち寄った町で、薬師のカディオはパーティのリーダーである勇者から、そんな事を言われた。
言葉通りの解雇通告である。
普段は呑気なカディオも、この時ばかりは青くなった。
カディオは勇者パーティの中では古株だ。
まだまだ勇者が駆け出しで、仲間が一人しかいなかった時に誘われて、旅をするようになった。
その頃は、パーティのお財布事情も心もとなく、カディオが旅の最中に薬草や毒草を見つけては、売って旅の費用の足しにしていた。
戦いの際も傷を負った仲間たちを、作った薬で治療しながら旅をしていた。
戦闘で役に立てたかというとその位だが、それでも仲間たちが死なないようにと日々必死であった。
――――のだが。
悲しいかな、勇者パーティが強くなるにつれて、だんだんとカディオの役目も減って行った。
勇者たちも相手の力量を測れるようになって、無茶な戦いは挑まなくなったし、お金にも余裕が出来て遊びに行けるほどにもなってきた。
最初の頃から辛い旅をしてきた勇者たちだ。
カディオはずっとそれを見て来たからこそ、自分のやることが減ったのは良い事なのだろう、と納得させていた。
だがその結果は、これである。
言葉ではっきりと「君はいらない」と言われると、なかなかどうして、寂しいものがあるなとカディオは思った。
そして実際にカディオ自信も「いらないな」とは思っていたのだ。
それでも、最初の頃から一緒だったのだ。出来れば最後まで、この旅の結末を見てみたかった。
そう思いながら、
「うん、分かったよ。それじゃあ勇者、どうか無事に良い旅を」
なんて笑って、後腐れない素振りでパーティを抜けた。
勇者たちは、あからさまにホッとした顔をしていた。カディオがもっとごねると思っていたのだろう。
(ああ、そんな顔されちゃうんだなぁ……)
それを見てカディオは何だか悲しくなった。
だが、ここで泣くのは意地もあったので堪えて、笑顔でその場を後する。
笑って、笑って、貼り付けたような笑顔が消えたのは、そこからだいぶ離れた路地裏だった。
人気のない路地裏まで来ると、カディオの目からボロボロと涙の粒が零れた。
二十も半分越えた男が、こんな事で泣くのはおかしいと思われるかもしれない。
だがカディオには堪えられなかった。
悔しいとか、悲しいとか、色々な感情が思い出と共に競り上がってきて、目から落ちて行く。
(必要されないってのは……思ったよりもクるなぁ……)
仲間だと思っていたし、仲間でいたかった。
戦力不足を感じていながら、それでもしがみつくように残っていたのは、勇者たちの無事な姿を見ていたかったからだ。
血の繋がりはないけれど、親のような、兄のような――いうなれば家族に近い感情をカディオは抱いていた。
だがそれはカディオだけだったようだ。それがカディオには無性に悲しかった。
一方的に思っていただけだったとしても――戦力不足であっさり別れを告げられるくらいの間からだった事が、たまらなく悲しかったのだ。
そうしてカディオがしばらく声もなく泣いていると、
「おいこら、そこの。そのような場所で何故泣いておる」
と、幼い子供の声が聞こえた。
見れば直ぐ近くに、カディオの膝までしかない身長の少女がいて、怪訝そうにカディオの顔を見上げている。
艶やかな黒髪を後ろで縛った、勝気そうな顔立ちの少女だ。豪奢な服を着ている所をみると、どこかの貴族の子供だろうか。
そんな事を思いながら、カディオはハッとして、慌てて袖で目をこすると、
「あ、ああー、いや、その、何でもないよっ」
と、明るく答えた。だが少女は、
「その形で何でもない、はないだろう。ほれ、使うが良い」
と、妙に尊大な態度で、高そうなハンカチを差し出してくれた。
カディオは少し迷ったが、お言葉に甘えてハンカチを受け取って、顔を拭く。
鼻もずるずるしていたが、さすがにこのハンカチでそれは出来ないなと、カディオは踏みとどまった。
「それで、何を泣いておったのだ」
「い、いやぁ、お嬢ちゃんに聞かせるような話じゃ……」
「聞かせるような話でなければ、別に聞かせても構わんだろう」
少女は腕を組み、半眼になってそう言った。
言っている事はめちゃくちゃなのだが、要約すると「良いから話せ」という事なのだろう。
カディオはどうしたものかと悩んだ。だって、こんな事を話しても、情けなさを露見させるだけだからだ。
だが、そこまで言うのなら、聞いてもらったら少しは気が楽になるかもしれない。
そんな事をカディオは思ったので、
「ホント情けない話だから、笑わないでね」
と前置きして、指で顔をかきながら話始めた。
旅の始まりから、今まで。思い出補正のせいで、若干大げさになってしまった部分もあるが、ほぼそのままだ。
話終えた頃には、言葉に出したおかげで、カディオの中で渦巻いていた悲しい感情は少し和らいだ。
そして少女もまた最後まで笑わずに聞いてくれていた。
ありがたかったと、カディオは素直に思った。なので礼を言わねばと口を開いた時、
「うおおおおお、ひどい、何だそれはー!」
少女が叫ぶように号泣し始めた。
「え、え、あの、だ、大丈夫!?」
「うおおおおおおおおお! お前、大変だったなぁ! 大変だったなぁ!」
少女は泣きながら、その小さな手でカディオの背中をバンバン叩く。
見た目の割に力が強く、カディオは咽た。
「よし分かった、お前、名前は!」
「えっ、えっと、カディオだよ」
少女はカディオの名前を聞くと「そうか!」と力強く頷いた。
何が分かったのだろうかとカディオが首を傾げていると、
「お前、うちに来い!」
と、少女は胸を叩いた。
「うち?」
「うむ。お前、今は無職だろう! ちょうど今、私も従業員を何人か探しておってな!」
少女のストレートな言葉は、カディオの胸にぐさりと刺さった。
無職というと少し違う気もするが、だが、今まで所属していた場所から解雇されたという事は事実だ。
(そうか、僕、無職かぁ……)
そう思ったら、無性にやるせない気持ちになって来た。
少女の家がどういった場所なのかはカディオは知らない。だが、彼女が着ている服装から見て、そんなに悪い場所ではなさそうだな、と判断する。
環境が悪くなければ、一度お世話になってみるのもありかもしれない。
何より、このまま故郷に帰って「解雇されたよ!」なんて言いたくない。
なのでカディオは、
「無職なのでお願いします!」
と少女に頭を下げた。少女はニカッと笑って、
「ああ、まかせておくがよいぞ!」
と、相変わらず尊大な態度で受け入れてくれた。
――――なのだが。
そんなカディオが連れて行かれたのは、彼の予想の斜め上の場所だった。
「いや、まさかお嬢ちゃんが魔王なんて聞いてないんですけど」
カディオはそんな事を言いながら、真新しい仕事着を着て、薬研をゴリゴリしていた。
その向いでは、カディオの雇い主である少女が、椅子の上に座ってプラプラと足を揺らしている。
「そうか? まぁ、別に良いではないか。うちは給料は良いぞ」
少女、改め魔王は、そんな事を言いながらフフンと胸を張った。
魔王の言う通り、給料も待遇もかなり良い。王都の城仕えでもここまで良いかとどうかだろう。
給料だけでも、カディオが薬師として普通に働いた場合の給料の、およそ三倍は貰えている。そこに衣食住までついているとなると、破格の待遇である。
カディオは正直戸惑った。ここまで良くして貰う理由がないからだ。
それを正直に魔王に聞くと、
「頑張った奴は頑張った分だけ報われるべきだろう?」
と、当たり前のように返って来た。
だがしかし、解雇の一件があって、カディオは少々卑屈になっていた。
なので「僕なんて大した事出来ないですよ」と言うと、
「良く分からんが、お前は薬師として生きてきたのだろう。ならば十分、大した事ではないか。私だって魔王以外の事はできんぞ」
と、相変わらずの尊大な態度でそう言ってくれた。
正直、そんな風に言われるとは思わなかったので、カディオは何だか泣きそうになった。
そんな風に言って貰った上に、待遇まで良いのだ。これは全力で頑張らねばなるまい、とカディオは決意する。
「……あ」
「どうした?」
「そう言えば、僕、勇者の仲間だったんですよ」
「ああ、そんな事を言っていたな」
「魔王討伐に来る……と思うんですけど」
「ああ、勇者ならそうだろうな」
魔王は特に気にした風でもなく、こくりと頷く。
「良く分からんが、襲って来たなら追い返せば良いのだろう?」
何て、アッサリとした調子で魔王は言う。
確かに言葉だけならそうなのだが。
勇者たちの成長を間近で見て来たカディオは、本当に大丈夫なのか心配になった。
だって、見た目は小さな女の子なのである。仮に魔王が勇者に負けないくらい強かったとしても、心配は心配だ。
どうしようとカディオが内心ハラハラしていると、
「それに、ずっと一緒だったお前を簡単に解雇した連中だろう。多少痛い目を見て貰わねば気が済まぬ」
魔王はそんな事を言ってくれた。むう、と口も尖らせている。どうやら怒ってくれているようだ。
出会ったばかりの自分を、ここまで気にしてくれる雇い主などいただろうか。
カディオは胸が暖かくなるのを感じた。
(僕が守らねば……!)
そして、そんな使命感が湧いてきた。
正直なところ、解雇されたとは言えど、ずっと仲間だった勇者と敵対する事に躊躇う気持ちはある。
実際に対峙した時にも、全く躊躇わないという事もないだろう。
だが、良くしてくれた優しい魔王を、危ない目には合わせたくない。カディオの心の中の天秤は、一気に傾いた。
「魔王様!」
「む?」
「頑張って死なない程度の毒薬作りますね!」
「いや、普通の薬で構わんぞ?」
物騒な宣言をするカディオに、魔王は首を傾げる。
死なない程度に、とつけたのは魔王の言葉から、命を奪うという意志を感じなかったからである。
ならば、雇い主の意向は尊重すべきだろう。そう考えたカディオだったが、魔王にはあまり伝わらないようだった。
「あ、出来れば、そのう……私が飲むのは甘い薬が良い」
だが代わりに、そんな可愛いお願いをされたカディオが、全ての薬を甘い味へと変えて≪甘党≫なんて二つ名がついたのは、それから程なくしてのことだった。
魔王には大喜びされたが、一部の辛党からはとても嘆かれたと言う。




