誰がために抹茶プリンは揺れる(作:鈴木りん)
朝起きると、襲って来たのは酷い頭痛だった。
昨日、飲み過ぎたっけと考えてみても、そんな記憶は思い当たらない。
池のほとりの公園のベンチで僕は痛む頭を抱え、途方に暮れた。
「プリ男、頭が欠けてるよ。大丈夫かい? 自慢のカラメルソースが台無しだ」
そう言って、灰色の羽根をバタつかせながら頭上から声を掛けてきたのは、フクロウの「フク」だった。
「何だって?」
急いでかがみこみ、静かな池の水面に自分の姿を映してみた。確かに僕の頭の一部が何かに引き千切られ、見事に欠けているではないか!
「うわ、どおりで痛いはずだ! 誰だよ、僕の頭を食べたのは!」
「さあ……誰だろうね。さっぱりわからないよ」
フクがニヤリと笑って、ベンチの横に羽根を休める。
――あれは十日前のことだった。僕が、この場所にやって来たのは。
その日は朝から見事な秋晴れで、まさに遠足日和だったのだ。
秋の遠足のおやつにと僕を小学一年生のみっちゃんに手渡したのは、ひとつ何千円もするような高級プリンのよく似合う、綺麗なお母さんだった。ありがとう、と言ってピンクのリュックサックに入れたみっちゃんによって暗闇の中運ばれた僕は、お昼の時間になり、ついに陽の目を見ることとなった。
そのプリンおいしそうだね、というクラスメートたちの言葉が、僕の自尊心をくすぐる。
僕の人生――いや、プリン生かな――で、最も晴れやかな瞬間だ。
と、おにぎりを食べ終えたみっちゃんが食後のデザートにと僕に手をかけた瞬間だった。
引率の先生が、忘れもしない、あの酷い言葉を言ったのだ。
「お弁当の時間はおしまいです。皆さん、移動する準備をしてくださーい」
クラスのお友達と声を揃えて「はあい」と返事したみっちゃんが、ばたばたと片付けを始めた。そして、手に取りかけた僕のことなどすっかり忘れ、ベンチの上に僕をコトリと置いて、みんなと一緒にどこかへと行ってしまった。
……簡単に言えば、僕は置き去りにされてしまったのだ!
嘘だと思った。
世の中、これほど酷いことはないとも思った。だって、抹茶プリンとして生まれたこの僕が、人間に食べてもらえないなんて!
それから3日間、僕はみっちゃんを待ち続けた。でも、彼女は二度と僕の前に姿を現すことはなかったのだ。
こうして、僕の賞味期限は切れた。
「でもさ、賞味期限の切れたプリンを食べるなんて、よっぽどひもじいんだね」
晩秋の朝の空気のように冷えたフクの言葉が、僕を記憶の世界から現実の世界に呼び戻した。
「抹茶プリンの甘美な香りに負けたと言って欲しいね」
「へえ……そうなんだ。それは失礼したね。ふううん」
小さなくちばしを尖らせて面白がるフク。僕は、体をプルンプルンと震わせて抗議する。
まったく、失礼な鳥である。
だけど、このまま事件を迷宮入りさせてしまう訳にはいかない。抹茶プリン、いや、高級スイーツとしての意地として、必ずや、犯人をつきとめるのだ!
とそのとき、あるひとつの疑問が、僕の頭の中をふと過った。
「まさかだけど……そういう君が、僕の頭をつまみ食いしたんじゃないよね?」
「ま、まさか! そんなことないよ」
「あ、なんかおどおどしてる……。『犯人は必ず二度現場に現れる』という格言もあるからね。最初に現場に現れた君はかなり怪しい、という訳さ」
「だから違うって! そんな固くなったプリンなんて、食べるわけないじゃん!」
「何だと? もう一度言ってみろ!」
僕とフクは、大喧嘩。
騒がしい二人の声を聴きつけ、森の住人がぞくぞくと集まって来た。
「一体、どうしたの?」
優しく池の水面下から声を掛けてくれたのは、金魚の「エンゼ」だった。
彼女は、元々この池のほとりに立つ樹木の枝の先に咲いていた花が池にぽとりと落ちたときに金魚になったので、体中がまるで花畑のような不思議な色合いでできている。
「あれ、何かあったの? オイラは、この辺りの地面に埋め隠しておいたドングリを掘り出しに来ただけなんだけどさ」
森の木の間を、ちょろちょろと枝から枝へ飛び歩いていたシマリスの「リース」が、枝から地面に降りてきた。
普段からふさふさ尻尾が自慢の彼だが、でも今一番目立っているのは、既に満杯状態の大きく膨れ上がった頬袋だった。
彼はその中身はドングリだと言い張った。
だが、中に僕の頭の欠片が入っていないとは言いきれないだろう。
「ふふん、皆さんお困りかな。ならば、森の名探偵、このマツタケの“マツ太”がその謎を解いてあげますぞ」
茶色の体からパフパフと緑がかった粉のような胞子をばら撒きながら、そう言って近づいて来たのは、自称「マツタケのマツ太」だった。
彼が探偵だったとは初耳だが、さすがは秋の風物詩の代表格だ。その態度は堂々としたものである。
だが僕は知っていた。
本当は彼はマツタケではなくシイタケで、本名が「シイ太」であることを……。
やはり、ここに集まって来た面々は怪しい。何かしら、裏がありそうだ。
必ずこの中に、犯人はいる――。
そう確信した僕は、とりあえず探偵と言い張るシイ太――いや、マツ太に、「高級抹茶プリンのカラメルソースがかかった美味しい角の部分、勝手にかぶりつき事件」の捜査を任せることにした。
「皆さんに集まっていただいたのは、他でもありません。これから、俺の推理を披露させていただくためです」
どこかで散々聞いたような台詞とともに、すぐに彼の推理ショーが始まった。
マツ太が皆を集めた訳でもない気がするけど……まあ、よしとしよう。でも、それにしても推理が早すぎるとは思うけどね。
まあ、そこは自称ながら名探偵。
きっとこの場面を見ただけで、すぐに犯人が分かってしまったということなのだろう。
マツ太がコホンと咳をし、手を口に当てる。
再び、咳とともにきのこの胞子がぱあっと空中に飛び散った。
「えー、今回の事件はかなりの難事件でした。見てください……この無残なプリ男の頭を。彼の命も、今や風前の灯火です」
「いやいや、そんなことない。全然元気だから」
「哀れな彼の冥福を祈るためにも、犯人はこの名探偵が必ずつきとめてみせますぞ!」
「だから、死んでないってば」
ユーモアミステリに出て来るアホな探偵助手のようにツッコミを入れる僕に、皆がニヤニヤしながら相槌を打つ。その表情は皆、一抹の不安を抱えているかのように見える。
しかし、そんな周囲の雰囲気など意識の片隅にも入っていない様子のマツ太。一寸たりとも動じた素振りはない。
「犯人は、なかなか狡猾な人物です。危く、私ともあろうものが犯人に一杯食わされるところでしたよ……」
「いいから、その推理とやらを早く聴かせてくれないかな」
唐突な割に前置きが長い探偵の推理に、いつもは気長なシマリスのリースが苛立つ。
もともと短気なフクロウのフクは、「もう、帰っていいかな?」と何処かに飛び去ろうとする始末だ。それを、「大事なのはこれからだから、ちょっとまってよ」と言ってなんとかこの場にとどまらせる。
一人、悦に入ったきのこ探偵が、仕方ないなと肩をすくめた。
「ではご希望どおり……単刀直入に言いましょう。犯人はあなただ!」
うわうわ、前置きが長いと思ったら、今度はいきなりの犯人当てかよ?!
彼のペースに付いていけない、森の動物たち。慌てて、シイタケ――いや、マツタケ探偵が指差した方向に視線を向ける。
「って、私?」
そう言って狼狽えたのは、池の中の金魚、エンゼだった。
バチバチの睫毛と赤白模様の体を水中でばたつかせ、驚いた表情を見せる。
しかし、どう考えても一番怪しいのは、頬袋を一杯に膨らませたリースだ。なのになぜ、エンゼ?
「私は、水の中に居るのよ。どうやって、食べるというの?」
「水中からジャンプすれば、ベンチで寝ているプリ男の頭を齧るなんてことはたやすいことですよ。ベンチは、水辺のすぐ際にありますからね」
「それはそうだけど……。でも、こう言っては何だけどね――」
エンゼが、僕の欠けた頭をじっと見る。
「私、プリンなんてもともと興味ないし。その上、賞味期限切れなんて……最悪だわ」
「な、何だって! もういっぺん言ってみろ!」
今度は、僕がエンゼに噛みつく番だった。水辺に詰め寄る。
だが、彼女は水の中。水面の防御ラインにより、僕は彼女の襟首すら掴むことができなかった。まあ、金魚に襟首があるのかも疑問だけど。
「じゃあ、動機は何だい? 水中生物の彼女が、固くなって不味くなったプリンを命懸けのジャンプをしてまで齧った、その理由は?」
そう冷静に言い放ったのは、フクだった。
……なんか僕にとって屈辱的な言葉が並んでいるような気もしたけど、疲れてきたので何も突っ込まないことにする。
「それはね……愛ですよ」
「あ、愛?」「どういうこと?」「何、言ってんだコイツ?」「全っ然、分かんないわ」
ミステリ番組の最後に、謎解き部分でよく聞くキーワード――「愛」。
そんな使い古された感のある言葉を“したり顔”で話すきのこ野郎に、皆が白目をむく。
だが当の探偵は、余裕綽綽の笑顔を振りまき続ける。
「そう、愛ですよ。憧れといってもいいのかな。そんな単純なことがわからないのですか、皆さん。彼女の生い立ちを考えてみてください。そしたら、直ぐにわかるはずです」
「生い立ち?」
「そう、生い立ち。彼女はもともと植物の“花びら”だったんですよ? それが池の水面にはらりと落ちて、流線型の金魚に変化した。だから、かつては身近にあった緑の葉緑素が恋しくなって、固くなってとてもじゃないけど食えやしない、いや実際食ってみたらめーっちゃまずい! って感じの抹茶プリンではあったけれども、その緑色に触発されて、ついつい噛みついてしまったというのが真相です」
「へえ……なるほどな」「ふむふむ」
一気に推理をまくし立てたマツ太の言葉に、何故か納得するフクロウとリス。
なんか相当バカにされている気がする。腑に落ちない。
でも腑に落ちないのは、犯人扱いされたエンゼも同様だったらしい。
「そんな訳ないじゃないの! 私は今の姿で幸せ。過去に未練はないわ!」
暴れる、エンゼ。
彼女が体を動かす度に、池の水がパシャパシャと跳ねる。
それが、きのこ探偵の体にバシャリとかかってしまった。
「うわ、何するんだよ。シイタケ――じゃなかった、秋の高嶺の花、そして巷で高価で取引されるマツタケの体は最高にナイーブなんだからさ、気を付けてよね!」
ぷんぷんと手を振って怒り出す、マツ太。だがよく見ると、水に濡れたシイタケ君の細い腕の辺りが緑色に染まっている。
ん――緑色?
さっきの緑色の胞子といい、なんで緑色?
彼に近寄り、その腕のあたりの臭いをクンクンと嗅いでみる。
「うわ、めっちゃ抹茶の匂いがする!」
僕の言葉に、きのこ探偵以外の森の住人がはっとする。
さっきまで威勢の良かったマツ太が、しまったとばかりに顔を赤くして項垂れる。
「葉緑素に憧れを持っていたのは、私じゃなくて、きのこさんだったみたいね……」
容疑者にされたエンゼが、ぼそりと呟く。
皆の視線が、もう3日ほど天日の下に干されて程よくしなびたかのような格好のシイタケに、集中した。
「えへへ、ごめーん」
名探偵から真犯人へと陥落したシイタケのシイ太が、舌をぺろりと出す。
「おいコラ、ごめんじゃないだろ! 僕の頭を返してくれよ!」
「いやぁ、怖いもの見たさというか、そんな感じでつい魔がさしてしまってね――」
「何だと? もう一回言ってみろッ!」
湧き上がる、皆の笑い声。
僕の怒りの言葉はそれに掻き消され、空しく森の中に響いただけだった。
―おしまい―




