ダンジョンの罠
地下二階へと下りると、その階層の中央にある部屋だった。他の部屋へ続く通路も、敵やアイテムも複数存在している。即座に見渡して確認したところ、敵はレッサーアーマーが四体とコロシアムで見た鷲が一体、アイテムは薬瓶二つと魔法書が一つだ。
あの鷲は比較的速いから、他の敵と一緒に攻め込まれると厄介だ。
「ユキ、あの鷲を優先して倒そう。援護してくれ」
「了解です!」
ユキもブロンズナイフを構え、敵へと鋭い視線を向けた。それを確認し、俺もアイアンソードを手に鷲のモンスターへと走り寄る。そして、敵との間合いが充分に縮まったところで俺は武器を思いっきり振り払った。
しかし、その攻撃はひらりとかわされてしまう! 直後、その敵が反撃に転じて飛び込んでくる姿が目に映り、思わず顔を背けた。
あの鋭い嘴による手痛い一撃を受けてしまう! そう思ったのだが、不思議と俺の体は何ともない。
意を決して確認してみると、丁度その時俺の足元に鷲のモンスターが倒れ込んだ。その体にはナイフが突き刺さっている。
そして、程なくして情報が脳内に流れ込む。ユキがレッサーイーグルを倒した、という内容だ。
「ユキ、ありがとう」
「い、いいえ。それより、まだ敵が……」
「ああ、今そっちに戻る」
ナイフを回収し、元いた方へと戻る。さすがに四体一度に相手する気はない。
こういう時の定石として、通路で戦うというものがある。部屋で戦うと複数の敵に囲まれてしまう恐れがあるが、通路で戦えば最悪挟み撃ちになるだけで済む。
今はまだ弱い敵しか出てこないが、強い敵が増えてくる後半はこうした戦術がカギとなるだろう。
まあ、ユキのことが心配だし、今の内から徹底しておくべきだな。
「ユキ、そこの通路に入るぞ」
「はい」
一番近いその通路は西へと続いている。向こうからも敵が来るかもしれないので、ただ待つだけじゃなく通路の先も確認しておきたい。
そう思い奥へと進むと、そこは小さな部屋だった。敵は一体もいないし、通路も今通ったものだけだ。これなら挟み撃ちに遭う危険性もなので、安心して戦うことができる。
「キリノ様! 敵が……」
「よし、任せろ!」
俺は後ろへと向き直り、レッサーアーマーの軍団を一体ずつ倒していった。まとめて来られると攻撃を受けきれないが、こうして一体ずつ戦うなら何の心配もいらない。
「さすがです、キリノ様」
「ああ、こいつらはもう怖くないな。だいぶ戦いにも慣れてきたし、探索しながらレベルを上げよう」
「はい」
ユキを連れてそのフロアを歩き回った。その間にレベルも上がり、先程は少し苦戦したレッサーイーグルも今は余裕で倒すことができる。
少しくらい囲まれても大丈夫な気がしてきて、俺は複数の敵にも部屋の中で対応することにした。
そうして五体のモンスターの群れへ近づいたその時、不意に足元でスイッチのような音がした。そちらへ目を向けると、俺の踏んだ部分がピンク色のタイルへと変貌している!
突如として視界が暗転し、薄れ行く感覚の中でただただ後悔だけが胸に残った。現実としての俺は意識があるが、おそらくゲーム内の俺は眠ってしまったのだろう。
もっと慎重に行動していたら、さっきと同じように通路で戦っていたらよかったのに……!
下らない驕りのせいで、こんなにあっさりと劣勢に立たされる。
今までだって何度もゲームで経験してきたじゃないか!
どんなに順調に見える時でも、不測の事態によってそれはいとも簡単に崩れ去ってしまう。
もう何度も味わってきた苦汁じゃないか! もう幾度も繰り返してきた惨劇じゃないか!
これがただのゲームなら、俺がショックを受けるだけで済む。そして、いつか笑い話にしてしまえばいいだけだ。しかし、俺には仲間がいる。俺に尽くしてくれるユキがいる。それなのに……俺は……!
「……様! キリノ様!」
「……ユキ? ……なっ!? おい、その怪我!」
視界が戻り、俺の目に飛び込んできたのは傷ついたユキだった! 周りにいたはずのモンスターたちは一体もその姿が残っていない。
「キリノ様……申し訳ございません。キリノ様をお守りすることで頭がいっぱいになってしまい、勝手にスリープの魔法書を使用してしまいました……」
「ユキ……お前……」
「本当に……本当に申し訳ございません!」
謝らなければならないのは俺の方なのに……。ユキはこんな情けない俺を、一生懸命守ってくれたというのに……!
それに、こんなにぼろぼろになるまで戦って……。
「……キリノ様?」
俺はリュックから薬瓶を取り出し、ユキの傷へ塗った。
「な!? キリノ様、貴重なアイテムを、もったいないです! 私に使うよりも、温存しておいた方が……」
「もったいなくなんかない!」
「そんな……! 私は、勝手にキリノ様の魔法書を無駄にしてしまうような役立たずです! 私のことなんかお気になさらずに……」
「役立たずなんかじゃない! 俺が……俺がしっかりしていなかったから、ユキをこんな目に遭わせてしまったんだ……。ユキは、そんな俺を必死に守ってくれた! 俺は……俺は……」
「キリノ様……」
「……ごめん。本当にごめん!」
改めて思う。ユキがパートナーで本当によかった。
ユキは弱くなんかない! この優しさが、何よりも勝る強さだということを俺は知っている!
もし、これがアズールだったとしたら……俺は見放されていたかもしれない。いや、他の仲間モンスターであっても、俺を守ることを第一にしたかはわからない。
ユキが言っていた通り、本来仲間モンスターはマスターのアイテムを勝手に使用すべきではないだろうし、もしかしたら禁じられているのかもしれない。
けれど、ユキはそんなことよりも俺を守ることを一番に考えてくれた。決まりや自分を差し置いてでも、俺を守ることだけを考えてくれたんだ!
「キリノ様……なぜ泣いてるんですか?」
「……ユキが優しいから。俺を守ってくれて、うれしかったから」
「そんな……私はただ……」
「ユキ、ありがとう」
ユキに今まで以上の愛おしさを覚え、強く抱き寄せた。
「キリノ様!? え、えっと……」
「本当にありがとう、ユキ」
「……いいえ、キリノ様がご無事で、私もうれしいです」
俺は改めて自らが恵まれていることを痛感した。ユキを二度とこんな目に遭わせないためにも、もう油断なんか絶対にしない!