ようこそ! 夢の世界へ
――遠い遠い、幼い頃の感触。
辺り一帯を包む漆黒の中で、なつかしさと共に俺の目の前に現れたのは……あの頃の自分自身だった。
それは淡く光り……。
「僕らが描いたあの夢は、一体どこへ消えてしまったのだろう……。今では思い出すことも困難で、それはきっと……深い深い闇の底へと沈んでしまったのかもしれない。それでも、あの日僕らは誓ったはずだったんだ……」
そう告げると一際強く光って消え去り、気がつくと場面が変わっていた。
どこか広い建物の中で、人々が慌ただしく走り回っている。
「クロウ様! 城一帯が囲まれております!」
「おのれ……! こうなったら最後の手段を……」
黒いローブに蛇のような鋭く黄色い目、そして肩までの長い黒髪。クロウと呼ばれたその男が、襲撃から逃れようとしているようだ。
「そんな……。まさか、あの言い伝えを信じるおつもりですか!?」
「それ以外に道はない! それに、確証は存在する」
そう言って駆け込んだ部屋には、大きな赤い水晶が浮かんでいる。
「転生の宝珠よ! 我が声を聞き届け、道を拓きたまえ! 我が命、ここに捧げん!」
その瞬間、クロウは自らを剣で貫いた。
従者と思われる人々の叫び声が響き、ゆっくりと遠ざかってゆく……。
そして、再び場面が変わった。クロウと共に、白いローブを着た女性とおそらく幽霊と思われる者がオムニバスへと乗っている。
女性は白い髪と穏やかな青い目が特徴的で、幽霊は勾玉のような形をしており真っ白だ。
「思い出しますね、私たちが最初にお会いした時のことを……」
白いローブの女性は透き通るような神秘的な声でクロウへと話しかけた。
だが、クロウがそれに応える様子はなく、代わりに幽霊がぴょこぴょこと跳ねながら笑顔を返す。
「ルナちゃんもクロウさんも、そして私も……あの日あの場所で巡り会えた。あの最悪な一日は、今こうして思えばそのために必要だったのかも」
「そうですね。おばけちゃんやクロウ様とこうして一緒にいられるのは、あの日があったからかもしれません」
そのやり取りを見て、クロウは溜息を吐く。
「忌々《いまいま》しい記憶だ……」
クロウはそう吐き捨て、立ち上がった。
「さて、準備しろ。今度の世界では、我らは他者と意識を共有することになる。今までのように上手く事が運ぶかどうか……」
そう告げた直後、オムニバスは止まり残った二人も立ち上がる。
そして、三人同時に飛び出した。
映像はそこで終わり、徐々に薄れてゆく……。
――。
……朝か。
鬱陶しい日差しと小鳥の騒ぎ声が時刻を告げて止まない。
今日もまた退屈な一日が始まる……。
「ユウ! 遅刻するわよ!」
「今行く」
不思議な夢を見た気がするが、その余韻は霞のように消えてしまう……。
だるさで力が入らず、今日も階段を一歩ずつ崩れ落ちていく。
リビングに入ると、食パンを頬張る妹が目に映った。
「あっ! このジャムおいしいね!」
「でしょ! ほら、ユウもちゃんと食べる!」
「はいはい……」
妹よ、その元気を半分俺にくれないだろうか。代わりに俺の朝食をあげるから。なんて、下らないことを考えても仕方ない。
無理してでも食べておくべきか。味のないパンを冷めたミルクで強引に押し込み、これで充分だろう。
さて、学校へ行くとするか……。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
家を出て、今日も視界に入るのは高校への長い坂道。俯きながら上るそれは、肉体的にだけじゃなく精神的にも重労働を課す。
「おっはよう、ユウ君」
いつもの明るい声に、自然と俺は振り向いていた。
「ああ……ミナちゃん、おはよう……」
「今日もテンション低いね、昔はあんなに元気だったのに……」
「俺は……もっとこう冒険みたいなのがしたいんだ」
「……あの頃みたいに?」
あの頃……遠い忘却の彼方。
ミナちゃんと俺はよく冒険ごっこをしたものだ。
後一人、誰かがいた気がするけど……。
「もう随分昔のことに感じるね」
「ああ……幼い時の感触はどんどん蝕まれ、今では朧気にしか思い出せない……」
「また難しい言葉使って」
ミナちゃんが苦笑した。
「あ、学校着いたね」
「誰しもが目的なく通う心の牢獄だな……」
「そんなことないって」
学校に着いた俺は特に何かするでもなく、ただただ時間を貪るだけのいつも通りの一日を送った。
瞬く間に時は過ぎ、そして帰り道。
「あの日……約束したよね?」
「うん? ……ああ」
ふと、昔の記憶が頭を過ぎる。
あの日の約束……。ずっと、心に鍵をかけてしまっている思い出。
「ふっ……あの頃が懐かしい」
「あの頃の私たちはどこへ行っちゃったのかな……」
「さあな……」
空を見上げると淀んだ色をしていた。
「家着いたね、じゃあまた明日」
「ああ、また明日」
帰宅した俺は課題を済ませ、無味乾燥な夕食を終え、風呂に浸かりながら考える。俺はこんな毎日を送り、果たして生きていると言えるのだろうか……?
……やめておこう、こんなこと考えても仕方ない。
風呂を上がり、すぐさま布団に入る。
中身のない一日というのは短いものだ。
こうして、今日もつまらない一日が終わる……。
意識が……遠のいてゆく……。
――。
「ようこそ! ドリーミングオンラインへ!」
「……は?」
いきなり何だ? ここはどこだ?
辺り一面にピンク色の靄がかかっているようで、現実味を帯びていない。また、目の前で語りかけてくる者以外に生き物の気配もない。
そしてその者は小指ほどの大きさしかなく、加えて翅で飛んでいる。髪の色は金色で、妖精という単語が頭に浮かんだ。
「私、案内係のフェアリーです。ここでは誰もが思いのままにお楽しみいただけます」
「ちょっと待て、何なんだ急に」
「選ばれた者のみが夢を媒体としてオンラインゲームを楽しめる……ここはそういう場所です」
「……夢?」
「まずはあなたのユーザーネームとクラス、種族を登録します」
「それってまさか……俺が決めるのか?」
「はい、お客様にご自由に決めていただきます」
「その前に詳しく教えろ、まだわからないことばかりだ」
「そうですね、今同時進行でご登録いただいている皆さんも困惑中のご様子で……」
皆さん? 俺以外にも何人か同じ状況にいるのか。
「このドリーミングオンラインは本日より開催される夢の祭典! お客様方には自分の分身となるキャラクターをまず作成していただきます。条件を満たせば新たなキャラクターを作成したり、特別な能力を手にすることもできます」
「なるほど」
「ユーザーネームはお好きに選んでいただき、クラスと種族はこの中から選んでいただきます」
フェアリーはカードを差し出した。
「……そういうことか」
「どうぞ」
好都合なことに、昨日夢で見たばかりのイメージがまだ残っている。
「それなら、ユーザーネームをクロウ、クラスをウィザード、種族を人間にする」
「しばらくお待ちください。……はい、登録が完了しました。次に外見も設定してください」
「そんなこともできるのか……」
フェアリーに渡されたパネルには自分の顔が映っていた。ボタンを押し、目を黄色に……そして鋭くする。髪も肩までの長さにし、決定ボタンを押した。
「それではどうぞ、心ゆくまでお楽しみください」
眩い光が俺を飲み込んだ。




