ユキの涙
ユキの後ろ姿を必死で追うが、いくら走っても追いつけない。
「ユキ! どうしたんだよ!? おい!」
呼んでも振り返ってはくれない。俺の声を無視してユキは走り続ける。
「ユキ! 戻ってこい!」
その命令にもユキは反応せず、ひたすらに走り続ける。
一体どうしたというのか? いつまでも失敗を引きずっている情けない俺に愛想を尽かしたのだろうか?
当然かもしれない。今までだってユキに俺は依存していた。
思い返せば、ずっとそうだった。
古戦場のダンジョンで俺がうっかり罠にはまってしまった時、ユキはぼろぼろになりながらも俺を守ってくれた。悪いのは俺だというのに、魔法書を許可なく使用してしまったと申し訳なさそうにしていた。俺はむしろ、自分を助けることを優先してくれたことがありがたかったというのに……。
最初にチェスのフロアに入ってしまった時もそう。俺は仕方なく最善策として爆発の罠を踏み続けたが、あまりの激痛に気がどうにかなりそうだった。あの時助けてくれなかったら、俺を止めてくれなかったらどうなっていたことか。それなのに俺は、二度と自爆をしないと誓うことを断った。最初に会った時に、もう二度と悲しませないと約束したにもかかわらずだ。
俺は、そんなユキを第一に守ろうとし続けた。
けれど、それだってユキへの感謝からではなく、俺自身のためだったのではないのか?
ユキがいなくなったら俺は戦えないから。いや、そんな理由さえまだ生ぬるい。
本当は怖かっただけなんじゃないのか? 不測の事態が起こった時に、助けてくれる誰かが欲しかっただけじゃないのか? 俺はユキをただの道具として扱っていただけなのではないのか?
もしそうなのだとしたら、俺なんかただのデータと同じだ。ただ戦って、ただ依存して、それでいて好意を示す素振りを見せる。
屑だ。救いようのない馬鹿だ。こんなの、ユキに逃げられるのも当然だ。
それなのに、俺はどうやら屑の中でもとことん屑のようで、冷静に反省しているつもりの今でもなおユキを求めてやまない。
「ユキ! 待ってくれ! 置いてかないでくれ!」
その声に、一瞬ユキの足が止まった。しかし、すぐさま再び走り出してしまう。
「ユキ! 俺を一人にしないでくれ! そんなの嫌だ!」
ユキは少し俯くような姿勢になり、手を顔の位置まで持っていった。
そして、ようやく立ち止まったその場所は中庭。案内役の女兵士がそこへ現れる。
「私を消してください!」
ユキの口から衝撃の言葉が放たれた。
「それはなりません。モンスターを手持ちから除外する権限はマスター様にしかございません」
俺はそれを聞いて胸を撫で下ろした。
「ユキ……何で?」
「キリノ様には、私は不要です」
「そんなことない!」
「いいえ、キリノ様はお優しい方だから、本当のことを言えないでいるだけです。私はこの度、許されないミスをしてしまいました。私の勝手な行動で、キリノ様にご迷惑をかけてしまいました」
ユキは涙を零した。
「キリノ様……本当に申し訳ございませんでした。出来の悪いパートナーでご迷惑をおかけしました」
「違う!」
滲むユキの姿を見ながら、俺は必死に叫んだ。
「違う……。俺はそんなこと全く気にしてなんかいない。ただ、あの切り刻まれる瞬間が脳に焼き付いて怖くなっただけなんだ! ユキのせいなんかじゃない……。ましてや、怒ってなんかいない。俺は恐怖から逃げ出して、そんな自分が情けなくて塞ぎ込んでただけだ。今でも充分苦しいのに、その上ユキまで失ったら俺は生きていけない!」
「キリノ様……ですが私は最弱で役立たずで勝手なことまで……」
「最弱なんかじゃない!」
嗚咽で上手く発音できないまま、必死に叫んだ。
「役立たずなんかじゃない……。俺は……情けない男だから、いつも不安でいっぱいなんだ。いつ自分が動けなくなるか、ダンジョンにいる間中そのことで頭がいっぱいだ。だからこそ、第一にユキを守ろうとしているんだ! 俺が動けなくなっても、ユキなら必ず俺を助けることを第一に考えてくれるから……」
「キリノ様……」
これだけじゃダメだ。今こそ、しっかりとユキへの感謝を伝えないと……!
「ユキ、いつもありがとう。情けない俺を助けてくれて……。いつも俺のことを一番に考えてくれて、本当にうれしい」
「そんな……私は当然のことを……」
「俺はそんな優しいユキが大好きだ。けれど、ユキはもう俺のことなんか嫌いか……」
「そんなことありません!」
ユキは大声で叫び、俺に抱き着いた。
「キリノ様は……まだ私のことを必要としてくれるのですか?」
「当たり前だろう! ユキがいなかったら、俺は戦うことができない」
「私は勝手な行動をとってキリノ様にご迷惑をおかけしたんですよ!?」
「勝手だなんて思っていない。確かにユキ以外のモンスターは俺が指示したこと以外はやらない。けれど、それは心がないから、血が通ってないからそうしているだけだ。けどユキは違う。俺を守ろうとしてくれているから、だから自発的に動いてくれているってことはちゃんとわかっている。俺はそのことを迷惑だなんて思ったことは一度もないし、俺のことを大切なパートナーとして見てくれているってことがとてもうれしい」
「……本当に、よろしいのですか?」
「聞きたいのは俺の方だ。まだ、俺と一緒に戦ってくれるか?」
俺は恐る恐る核心へと迫った。だが、ユキの見せた表情はその不安を一瞬で拭い去った。
「もちろんです。……キリノ様が私のマスターで本当によかったです」
「ありがとう、ユキ」
俺はユキを抱き締めた。




