冒険の始まり
眩い光に包まれた俺は目を右腕で覆った。しばらくしてそれは収まったようなので、ゆっくりと辺りを確認する。
俺が今いる場所は石の壁に囲まれた小部屋らしい。床も石でできており、明かりがないにも関わらず視界に全く困らない。
そして、脳内に情報が直接流れ込む。ここはどうやら『始まりのダンジョン』という名前らしく、マップも今いる部屋だけだが脳裏に浮かんだ。おそらく、一度通った道や入った部屋が表示されるのだろう。
「キリノ様、向こうに何かあります」
ユキの指差す方には薬瓶のようなものが落ちていて、マップにもその位置に緑のアイコンが表示されている。俺とユキの位置は黄色いアイコンだ。敵やアイテムの場所もこれでわかるということか。
早速だが、探索を始めよう。
「ユキ、まずはあれを確かめようと思う。俺から離れるなよ」
「了解です、キリノ様」
指示通りぴったりついてくるユキに癒されつつ、前方へと歩く。
その時、マップに赤いアイコンが表示された。北側の通路から、半透明の丸い魔物が侵入してきている。俺が今向かっている方角だ。
「キリノ様、敵が現れました! 気をつけてください!」
「ああ、ユキは後ろに隠れていてくれ」
そう話している間にも、魔物はゆっくりと俺に近づいてくる。やはり俺が以前プレイしたゲームと似てはいるが、ターンなどという概念は存在しないようだ。つまり、一瞬の隙が命取りになるということ。
そして、魔物は今や俺の目の前にまで迫っている!
「キリノ様!」
「任せろ」
俺が一発殴ると、その魔物は床に倒れて動かなくなった。そして、俺がスライムを倒したという情報が脳内に流れる。倒すとモンスター名と討伐者が情報として知らされる、といったシステムなのだろう。
「さすがです、キリノ様。初戦闘なのに、堂々としていてかっこよかったです」
「最初のモンスターなんだから、そんなに怖がらなくていいと思ったんだ。案の定、大したことはなかったよ」
そう、これはきっとチュートリアルのようなものだろうから、強い敵は出てこないはずだ。ゲームについて理解するためのステージであって、ここでプレイヤーを阻もうだなんてつもりはないに決まっている。
そして、数歩先のアイテムを手に取ると、またしてもその情報は脳内に浮かんだ。この液体はどうやら回復薬らしい。
「やっぱり、俺の知っているゲームと似ている」
「本当ですか? とても頼もしいです!」
「ああ、いざとなった時の切り抜け方は大丈夫だ」
あのゲームは相当やり込んだから、その自信はある。もっとも、受験者は全員そうなのかもしれないけれど……。特にあのカミヤというプレイヤー、あいつにとっては常識だろうな。
「キリノ様、どうしました?」
「ああ、ごめん。進もうか」
ただでさえ遅れを取っているので、考え事は後にして先を急ぐ。
道中、毒薬や爆薬、それからブロンズ製のナイフや盾なんかも落ちていた。さらに一つわかったことがあり、敵を倒し続けるとレベルが上がるらしい。
順調にレベルを上げつつしばらく歩いていると、マップのほとんどが埋まっていた。残るはこの先の部屋だけだ。
「……キリノ様、あちらを」
言われてその方向を見ると、下へと続く階段があった。マップで確認したところ、青いアイコンとして表示されるようだ。
「この階は探索し終わったし、行こう」
「はい」
下りた先も石造りで、風景はほぼ同じ。しばらく探索を続けたが、出てくる敵が少し変わった程度で大体同じだ。
スライムは姿を見せなくなり、代わりにケイブバットという名の黒いこうもりが出るようになった程度。強さもあまり変わらない。
なので、すぐにその階を全て見回ることができた。アイテムも少し落ちていたが、段々持ちきれなくなってきている。
そうしてそのまた次の階層も探索し尽くし、最下層らしき地点で魔法陣へ乗った。
ダンジョンへ入った時と同様に眩い光に包まれ、徐々に薄れてゆく。
「っと、もう終わりか」
城へと戻ってきたようだ。ふとレベルを確認してみると初期段階に戻っている。まあ、そうだろうとは思っていた。
「意外とすぐでしたね」
「チュートリアルのダンジョンだからだな。次からが戦いの本番だ……」
以降のダンジョンはそう甘くはないだろう。そのためにも、しっかりと準備をしておかなければ。
「ユキ、バザーへ向かおう。その手に持っているアイテム、売ってお金にした方がよさそうだしな」
「そうですね。持ち運ぶのに不便ですし」
本当にそうだな。普通、こうしたゲームではアイテムを三十個くらいは持ち運べるはずなのに、今はポケットやユキに持たせている六個のアイテムでさえかさばる。俺は武器防具で両手が塞がっているし、何とかできないだろうか……。
「キリノ様、あちらをご覧ください」
「うん? 何だあれ?」
ユキの指し示す方向にはリュックを背負っているプレイヤーがいる。
「便利そうだな。どこかでもらえるのかな?」
「お城の人に聞いてみましょう」
「ああ、そうだな」
丁度すぐそこに兵士がいるので、近寄った。
「すみません、リュックを背負っているプレイヤーを見たんですけど……」
「リュックなら『始まりのダンジョン』をクリアした方に無料で配布いたします。……どうやらあなたはすでにクリアなさっているようですね」
兵士は手をこちらへ向けた。その手が光ったかと思うと、俺の目の前にリュックが現れていた。
「どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
これでアイテムをたくさん持ち運べるようになったな。でも、あまりいっぱい入れると重くなったりしないだろうか? それでは冒険しにくくなるし、もしかしたら……。
試しにこの武器防具を……。
「えっと、キリノ様? 剣と盾は入れなくてもよろしいのでは?」
「ああ、気にしないでくれ、ユキ。ちょっと実験したいことがあってな……」
武器防具を入れたリュックを持ってみた。やっぱりだ、全く重さが変わっていない。
「ユキ、思った通りだったよ。このリュックはアイテムや武器を入れても重くならないんだ」
「すごく不思議なリュックですね!」
「これで収納には困らないな。まあ、それでもバザーには行こう。何かいいものが売っているかもしれないから」
「そうですね。行きましょう」