戦の女神ディアナ
最後のフロアへと到着すると、脳内にメッセージが流れ込んだ。この先の通路を進むと後戻りできなくなるらしい。
自信がなければこのまま帰れとのことだろう。ご丁寧に部屋の南側には魔法陣が用意されている。
フロア全体を見回すと、壁の変わりに水面に囲まれている。北側の通路の先には、このダンジョンのボスが待ち構えているのだろう。
「ユキ、準備はいいか?」
「はい。いつでも大丈夫です」
「そうか……。ならば行こう」
緊張や恐怖を鎮め、ゆっくりと通路を進む。前方の部屋は空間だけが広がっており、敵の姿は一切見えない。だが、何事も起きないわけがないということは、わざわざあんなメッセージを流したことからも確定だ。
そして、その部屋へと一歩踏み入れた途端、部屋の奥に青白く光る半透明の女性が現れた。
「我、軍神ディアナなり。我が領地を荒らすのは何者ぞ?」
静かに放たれたその声は、神秘的な空気に満ちている。だが、それと同時にはっきりとした敵意も感じ取れる。
「汝の死を以て贖罪とせん」
ディアナと名乗るその敵は、右手を高く掲げた。すると、彼女と同様に青白く光る半透明の剣が現れた。
「気をつけろ……」
そう言ってユキへと注意を促した瞬間、後ろから俺たちを抜き去る者がいた。それが何なのかはすぐにわかった。仲間モンスターのワイルドベアーだ。
どんな敵かもわからないのに突っ込んでいって上手くいくはずもない。案の定、ディアナは左手をワイルドベアーへとかざすと、即座に光の矢を生成し撃ち出した。
その一撃でワイルドベアーは倒れ込み、敵モンスターを倒した時同様に消えてしまった。このダンジョンを出るまで再召喚することはできない。
「ユキ! 俺が前衛を担当するから、弓矢と魔法書で援護してくれ!」
「了解です!」
俺はシバルリーを使用し、剣を高く掲げた。赤いオーラが俺を包み、戦う力が湧いてくる。そのまま相手の弓矢の狙いを逸らしながら走り寄る。
そして、ユキの放った矢もディアナへと当たった。……ように見えたのだが、満月のような白い盾が現れ、攻撃を阻まれてしまったようだ。
「我が力の前にひれ伏すがよい」
「これくらいであきらめると思ってるのか!」
ディアナの目の前まで辿り着いた俺は、思いっきり剣を振り下ろす。だが、それは虚しく空を切るだけに終わってしまった。先程までここにいたはずの敵が、一瞬にして消えた!?
「キリノ様! 後ろです!」
「なっ……! ぐあっ」
振り向いた時にはディアナは新たに槌を握っており、大きく振り被っていた。直後、衝撃と共に体が浮き、ディアナが視界から遠ざかってゆく。そして、背中に激痛が走った段階でようやく俺は理解した。自分が今、後方まで突き飛ばされたということに。
目から火が飛び出しそうなのを抑え、辺りを確認する。さっきの衝撃でリュックからはアイテムが転がり落ちてしまっていた。
「ほう、妙なものを……」
「な……何をする気だ!」
ディアナが瞬時に俺の目の前に現れ、アイテムを拾い上げている。そして、それを手にしながら俺を見て不敵に笑った。
「それは俺のものだ。返せ!」
「よかろう。ほれ」
「なっ! ぐああ!」
「キリノ様!」
投げつけられた薬瓶が割れ、俺を中心に爆発した。
「今助けます! スリープの魔法書、使わせていただきます!」
いい判断だ。この状況で出し惜しみはよくない。
だが、果たしてどこまで効くことやら……。
「う……何を……」
思った通り、完全には効かないようだ。だが、少しでも動きが鈍ってくれるのなら、そこから勝機を見出すことができる。
「今度こそ……!」
一瞬の隙を突き、ディアナへと走り寄る。そして、剣を渾身の力で突き刺した。
「ぐ……貴様!」
今度は確かに攻撃が当たった。
そして、この隙に落ちたアイテムも回収する。
「おのれ……」
「ディアナ、お前を倒して俺は先へと進み続ける。覚悟しろ!」
「その驕り、万死に値する!」
「なっ! また消えた……」
本当に厄介な敵だ。剣や弓矢を使用するし、光の盾による防御も強力だ。おまけにこちらのアイテムを使用したり、瞬間移動や突き飛ばしまで……。
「きゃあ!」
「どうした!? ユキ!」
後方から声がしたので振り向くと、ユキが地面へと突っ伏していた。突き飛ばしを受け、転ばされたのだろう。そして、またしてもディアナは落ちた魔法書を拾い上げている。
「ユキ! 逃げろ!」
「逃がさぬ」
ユキが立ち上がるその前に、ディアナは魔法書を開く。その直後、部屋中を雷が荒れ狂った。電流と共に痛みが体を走り抜ける。
「キリノ……様、申し訳……」
「ユキ!」
今の一撃ですでに相当のダメージを負っているようだ。しかも、すぐそばにディアナがいるこの状況は危険だ。走っても間に合う距離じゃないから、助けるにはこれしかない。
俺は弓矢を取り出し、ディアナへ向かって放った。だが、光の盾によって阻まれてしまう。
「人間が我に逆らうなど、許されぬこと。その命を以て悔い改めよ!」
「やめろ!」
気付いた時には、もうその行動に移っていた。俺は無意識に剣をディアナへと向かって投げつけていたのだ。それがどれだけ愚かなことか、その直後に気付いた。
「浅ましいことよ……」
「なっ! ぐああ!」
一瞬で背後に回られ、重たい一撃を受けた。それにより再びアイテムが散らばってしまう。そして、何より不都合なことは反撃するための武器がないということだ。
「怒りにより我を失い、そしてその身を滅ぼす。人間とは、実に浅ましき動物よ」
「怒りなんかじゃ……ありません! キリノ様は……」
「わけのわからぬことを……」
ディアナの不敵な笑みが遥か高くに感じる。こうやって、俺たちを見下しているのだろう。
実際、俺たちは足元にも及ばない。このままでは……勝てない。




