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最初の仲間

 天使。第一印象で頭に浮かんだ。

 目の前にいる美少女モンスター。その白く美しい肌は、この巨大な中庭に咲き乱れるどんな花をもかすませてしまう。

 そんな彼女の澄んだ青い目はわずかにうるんでおり、頬に涙がしたたる情景が容易に想像できる。

 どう声をかけるべきか悩んでいると、薄紅色の唇がゆっくりと開いた。


「すみません……。ええと、その……私しか残っていなくてがっかりですよね」


 その小鳥のさえずりのように透き通った声に、俺の心臓は自ずと反応を示す。


「そんなことない。こんなにかわいい子が一緒に戦ってくれるなんて、俺は幸せ者だ」


 気付いたら、そう述べながら俺は手を差し伸べていた。心からそう思えたからこその行動であり、無意識だった。だからこそ、そのことに気付いてしまった今、いても立ってもいられない程の恥ずかしさが込み上げてくる。

 だが、これでよかった。目の前の美少女は驚いたような表情を見せた直後、先程までとは別な理由でその目を潤ませていたからだ。


「本当に……本当に私でいいのですか?」

「ああ。君こそ、こんな大切な日に遅刻してしまうようなだらしない俺で、本当にいいのか?」

「はい、もちろんです! あなたが私を必要としてくれるのなら……」


 前からだとギリギリ見える程の小さな羽を震わせ、美少女は涙をこぼした。

 俺はその子への愛おしさから、無意識のままに頭をでていた。サラサラとした白い髪の感触が伝わってくる。

 美少女はとても安堵した様子で、口元を緩ませた。

 自分に自信が持てず、貧乏くじとして扱われるのではと不安を募らせていたのだろう。


 だが、本当に救われたのは俺の方だ。

 ゲーム会社への入社試験当日だというのに遅刻し、静まり返る会場へ駆け込んだ時は心臓が止まる思いだった。試験官たちの凍えるような視線。肌を突き刺すようなその感触がまだ残っている。

 遅れたことの謝罪をしようにも、声が出ない。やっとの思いで目だけを動かし辺りを見回した時、きっと俺は息が止まりかけていたと思う。すでにサングラス型の機器によりバーチャル世界へと意識が飛んでる大勢の受験者を前に、俺は脈が速くなり冷や汗が止まらなかった。

 体が凍りついたかのように、身動きすらできずにその場へ立ち尽くす情けなさ。この場から逃げ帰りたいと思いつつも、そうすることさえできなかった。


 こんな俺にはもう受験資格はないと思い、その場で失格となることさえ覚悟した。

 だからこそ、受験を許可されバーチャル世界へ飛んでからも、これから試験を受けようなどという気にはとてもなれなかった。

 試験官たちは今も現実世界の会場で俺を白い目で見ていることだろう。ライバルである他の受験者は、きっと俺を嘲笑あざわらうことだろう。その全員が、口には出さず何しに来たと目で伝えてくるのだろう。


 ゲーム説明を受けた際にも、俺は心が握り潰されそうな思いだった。

 他の受験者はすでにパートナーを得てダンジョンへと向かっている。そう聞いた時、俺にはそのパートナーがもう用意されていないことを覚悟した。

 あまりの情けなさに渇いた自嘲じちょうを漏らしそうになった程だ。


 そんな俺に、まだパートナーが残されていたということがどれだけの救いとなったことか。しかも、こんなにかわいい純白の天使のような子が俺と一緒に冒険してくれるのだから、これ以上の待遇は存在しない。


「あの……」


 その声により、忌々《いまいま》しい回想から引き戻された。


「私、落ちこぼれですけど、精一杯がんばりますのでよろしくお願いします!」


 この子は見た目だけじゃなく、心も天使そのものだ。

 次々と選ばれてゆく仲間たちの中で、自分だけ取り残されるということがどれ程つらいことか。それは全て、遅刻してしまった俺のせいなのだ。それなのに、俺を責めるでもなく、ただ自分の非力さを悲しんでいたのだろう。

 この子は何も悪くないのに……。


「本当にごめん。待たせてしまって……」

「気にしないでください。私を必要としてくれる方に選ばれて、本当によかったです」

「絶対にもう悲しませない。約束する」


 俺のその言葉を聞いて、美少女は微笑んだ。


「そういえば……君、名前は?」


 その問いかけに、彼女は再び暗い顔へと戻った。そして、うつむきながら口ごもる。


「……ないんです」

「え?」


 ようやく発したその言葉は、消え入りそうなくらいの小声だった。


「ですから……ないんです、名前が」


 その言葉の意味をすぐには理解できなかった。だが、よくよく考えればこれはゲームなのだから、現実世界での常識は通用しない。おそらく、俺たちのために用意するだけの目的で存在しているこの子には、名前を付けてさえもらえなかったのだろう。


「あの……名前を付けてもらえませんか? マスター」

「マスター? えっと、俺?」

「はい、マスター」

「……そうだな。じゃあ、ユキって呼んでいいかな?」


 彼女の白い肌と穏やかでふんわりとした印象から、ふっとそれは頭に降りてきた。


「はい、よろしくお願いします。マスター」


 俺に名前を付けてもらったのがとてもうれしいらしく、ユキは弾ける程の笑顔を俺に見せた。

 俺も、マスターなんて呼ばれるよりも名前で呼ばれたいし、自己紹介しておこう。


「俺はキリノ、よろしく」

「了解しました、キリノ様」


 様づけか。そんな呼ばれ方をすると少し困るけれど、そういう設定が組み込まれているのだろう。細かいことは気にしない方がよさそうだ。

 さて、パートナーもできたことだし早速ダンジョンへ突入! ……と、行きたいところだが、まずはもう少し情報を集めてからだ。

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