友達
「母さん……」
扉を開けて僕の目がとらえたのは見慣れた母だった。
ゆうきくんが亡くなった後に母は僕に体質のことを話した。そのときの母の顔を僕は覚えていないけれどきっと無表情で冷酷な顔だったのだろう。母は合理的に物事を考え、物事に感情という人間としての機能を一切用いず、機械のように判断を下す、僕の母のイメージはそんなものだった。
「そちらの方は?」
母は表情一つ動かさず僕の目を見て言う。その目は僕の目以外はとらえようとせず、逃げることは許さないといった、カエルをにらむ蛇のようで、この血が僕にも流れているのかと悲痛ともとれる寂しいものを感じる。
「わ、わたしはクラスメイトの永山薫です」
蛇の機械のような冷たい母におびえながらも永山さんは僕をかばう。
「そう、それでこの子とはどうゆう関係なの?ただのクラスメイトがお見舞いにきてくれるような子じゃないと思うけど」
棘があるように感じるかもしれないがこれが僕の母なのである。
その棘が刺さったのか彼女は若干顔を歪ませたあと、一間おいて
「友達です。彼の」
彼女は誇らしげにない胸を張りながら母に勝ち誇った顔を向けている。そんな嬉しそうに言われても困るのだが。そういったことを堂々と言われたこともあり、恥ずかしくなり顔を俯かせてしまう。
「そう。悪いけどそれだったらこれ以上この子に関わらないで頂戴」
そういうだろうな、僕はこんな言葉が出てくるだろうと予想など軽くできるくらいには母と長く暮らしている。だがそれは家族である僕の話で。
隣の彼女は一瞬何を言われたのかわからない顔をした後に、体をわなわなと震わせ母に物申す。
「なぜですか。それはお母さんが決めることではないんではないでしょうか」
「この子の体質のことを知っているでしょう?この子は危ないの。だから」
「だから友達を作ってはいけないですか?それだけで?」
「それだけ?それだけという認識でいるならもっとこの子と関わらないほうがいいわ。実際にこの子のせいで亡くなった子だっているのよ。自分の身が大切なら」
この言葉がきっかけだったのかもともと我慢の限界だったのか彼女は爆発した。
「彼のせいですか?この体質の説明を聞いたのはその事件の後お母さんから聞いたと伺いました。でしたらなんで先に言わなかったんですか。なぜ対策をしなかったんですか!彼のせいですか?そのせいで彼が傷ついているのを知っていますか?!」
彼女のそれはもはや悲鳴に近かったと思う。顔を真っ赤にしている、彼女はなんであんなに必死なっているんだ?
「小さい頃だったのよ?そんな子に言ってわかると思っているの?それにこの事情を話して大人が信じると思う?ただの頭のおかしい人だと思うわ」
「だから、だからそのためにわかってもらえるように……そんなことのために彼の友達を犠牲にしたんですか?そんな!!」
「なんだそれ……」
言葉は勝手に漏れていた。頭はもう働いていない、僕の言葉は心から脳を介さずに直接外に零れ落ちていた。
「じゃあなんだ。ゆうきくんは僕のために死んだってのか?ふざけんな。ふざけんな!!」
「親に向かってそんな口のききか」
「誰が親だ!俺のことを思って?勝手に自分勝手な思い押し付けやがって!そんなのあんたの考えだ、俺の気持ちを考えたふりして、なんて気持ちが悪い。」
「それだったらあなたを外にださずに閉じ込めてでもいろってことかしら」
「またそうやって俺の気持ちを勝手に代弁していることになんで気が付かないんだ?まだそうしてくれてりゃこんなことにもならなかったのに」
「そんな孤独な生き方できるはずない!」
「学校に行っても人と一切話さず一人でいるほうが孤独を感じるに決まっている。もういいあんたのいうことなんてなんにも信じられない。出て行ってくれ」
「親に向かって」
「出ていってください。本当に親として彼のことを考えているなら」
永山さんは瞳を濡らしながら母に抗議する。
母は顔を赤くし、僕たちをひとしきりにらみ好きにしなさいと言い捨てドアを乱暴に開閉して出ていく。
病室は急に静かになり、耳鳴りが続いている。
「ごめんね。親子喧嘩につき合わせちゃって」
「ううん、いいの。私も図々しく首を突っ込んでしまってごめんね」
「ううん正直助かっているだ。君には本当に助けられてばっかりだ。こんなの返そうにも返しきれないよ」
「いいんだよ。私は友達ってそんなものじゃないかなって思っているから。損得勘定じゃなくって、相手の悲しいことは悲しくなってり、嬉しそうにしてるのをみて、こっちもうれしくなったり」
心地よさそうに胸に手をあてはにかむ彼女を見ると僕まではにかんでしまう。
そうかこういうことか、と気づいてまた笑う。
その表情に気づいた彼女はまた僕をみて笑う。
そのうち病室は笑いであふれていた。例え2人だったとしても僕にはあふれていると思えた。それほどの充足感で満たされていた。
「ねえ、永山さん」
「何?」
彼女は嬉しそうに聞いてくる。僕が言いたいことをわかっているのだろう。
「俺と友達になってください」
「それって口に出して言うことじゃないでしょ」
馬鹿にしたように笑いながらいう。
「それに、言ったでしょ?友達です、彼のって」
ウインクをしていることなんてもうわからなかった。涙が溢れていたのだから。