友達
たまには、ピアノの演奏を聴くのもいいもんですね。
「城崎舞です。私は、中3になる時転校して来たので、皆さんとは、本当にこのクラスで過ごした1年間だけのお付き合いでした。でも思い出は、他で過ごした日々とは比べ物にならないほど濃い1年でした。ごめんなさい。」 マイクを受け取ってからみんなの前に立つまでは、何云おうかとドキドキしていたが、みんなを前にいざ話し出すと、まるで走馬灯の様に当時のことを思い出して、感極まってみるみる涙が溢れて来て、言葉に詰まってしまった。すると、すぐにここちとまりねが駆け寄って来てくれて、両側から肩や背中の辺りに手を当ててくれた。2人共何も云わず、ただ❝私達はずっと友達だよ❞という想いを、その手の温もりで伝えてくれていた。
思えば、私はパパの仕事の都合と、❝家族はいつも一緒にいよう❞という家訓みたいなものから、今の埼玉の家に落ち着くまで転校を繰り返していた。だから、いつも転校生として、新しい友達が出来ては別れることが当たり前になってたんだ。そんな私に、どこへ行ってもみんな優しかったな。中でも、ここちやまりねやさえっちの優しさには、至福の温もりを感じていた。なのに、ばらばらになって、逃げて、挙句親友を怖がった思い出も、決して消し去ることは出来なかった。
私は、いつの間にか、まりねの胸に顔を埋めて泣いていた。痩せていたその胸に、温もりと同時に、離れていても同じ痛みと戦っていた切なさみたいなものを感じた。背中には、ここちの手の温もり。初めは右手だったと思うが、感じている指の感触はいつの間にか左手になっていた。顔を少しずらして見ると、ここちの右手はまりねの背中に伸びていた。不思議だったのは、そんな私達をみんな優しく黙って見守っていてくれたことだ。当時はよく、私達のグループを「百合組」と云っていたクラスメートも、今はちゃんとその痛みを分かってくれてるんだ。
「取り乱してしまって、ごめんなさい。」 3分くらいは泣いていただろうか、二人の友達の温もりに触れて少し落ち着きを取り戻した私は、近況報告を再開した。
「思い出深い中学を卒業してから、私はパパの転勤で山形の高校に入学しました。そこで、東日本大震災に遭いました。幸い、私や家族は無事で、家もピアノもそれほど被害を受けませんでした。」
「ピアノって、城崎さんピアノ弾くの?」 大和田さんが、丁度そこにあるじゃんと云わんばかりに、グランドピアノを指差して訊いてきた。そう云えば、グループの5人以外で私がピアニストを目指していることを知ってる人は、ほとんどいなかったかもしれない。
「まいっちのピアノ、めっちゃ上手いんだよ。」 丁度私とピアノの間で私を見守ってくれていたまりねが、まるで自分のことを自慢するかの様に持ち上げてくれた。
「ええ、そうなんだ。ねえ、聴きたい。聴きたいよね。弾いてみてよ。」 杉野さんが、周りに同意を求めながら、演奏を求めて来た。
「俺も聴いてみたいな。近況報告終わったら、弾いてみてよ。」 山本君が、話の途中であることを気遣ってくれたところで、左肩をポンと叩かれた。振り向くと、ここちがウィンクしていた。この時、私をトリに持って来た真意が分かった気がした。
「ねえ、引っ越しの時ピアノはどうしたの?」 大和田さんがいいとこに気が付いた。
「小学校の時、買ってもらったグランドピアノを、引っ越す度一緒に持って行ってました。」
「え、まじかよ。どこでもほいほい持ってけるもんじゃないだろ?」 清水君が云うのも当然で、実際引っ越し先の物件の絶対条件として、必ずグランドピアノの置き場と搬入が可能であることがあった。
「どんだけ、金持ちなんだよ。」 榎戸君も、
「城崎って、お嬢さんじゃん。」 服部君も、呆れていた。そう云えば、このクラスに来る直前の広島の中学では、❝おじょうさき❞と呼ばれたこともあったな。
「はいはい、合いの手はもういいから、続きを聞こう。」 大和田さんに云われて、
「震災の影響もあって、パパが東京の本社に戻ることになって、高2の2学期から、埼玉の姉妹校に転校することになりました。そこで、さえっちと再会しました。」 その瞬間、まりねの「えっ!」という如何にもびっくりした様な声が聞こえた。
「転入したクラスに、さえっちがいたんです。」
「まじかよ。」 榎戸君ら数人が同音の言葉を投げかけて来た。そして、ざわついてしまった。
「正直、あまりの運命に初めはとても怖かったです。」
「だよねえ。そりゃ、そうだわ。」 杉野さんの声が聞こえた。はっとして、私はこれから打ち明けようとしていたことを自重した。さえっちのことをあまりよく云ってなかった友達が、私の転入の1カ月余りした頃に事故に遭い、一時意識不明の重体になったことだ。そんなこと云ったら、台無しになると思った。何故なら、
「さえっちは、友達に怖がられていることに深く傷つき、悩んでいたんです。久しぶりに語り合った親友は、本当に・・・」そこで詰まった。さえっちの想いを一言で表す言葉が見つからなかったんだ。そのまま、無理に真の言葉を見つけることを諦めた。
「皆さんも知ってる様に、さえっちは愛する人の命を助ける為に、たった一つの命を捧げて逝きました。さえっちは、周りの友達のことも大切に思っていました。」 その時、綾乃が声を上げて泣き出して急に立ち上がった。
「どこ行くのさ?トイレ?」 不自由な脚で出入口の方へ向かいかけた綾乃を、大和田さんが、自分の前を通った時にさっと止めた。
「私、私・・・」 綾乃が酷く動揺しているのは、誰の目にも明らかだった。
「トイレだよね。私が付いてってあげるよ。さあ・・・」 おどおどし始めた綾乃に寄り添う様にして、大和田さんは部屋から出て行った。びっくりして、どうしようとここちの方を見ると、
「あかねっちに任せておけば大丈夫だよ。」と云った後、ここちは私のマイクを持つ手に自分の手を添えて来て、
「まいっちのこれからの進路はどうするんですか?」 インタビューみたいに訊いて来た。
「あ、はい、音大進学が決まってます。」
「で、将来はやっぱりピアニストだね。」
「はい、ピアニストになって、みんなに癒しを届けたいと思ってます。」
「じゃあ、早速その癒しの演奏をお願いするね。」
「でも、今日は楽譜持って来てないよ。」
「大丈夫。勝手に決めちゃったけど、2曲分の楽譜もうセットしてあるから。」 何て、手回しがいいんだと、早速ピアノの席に着いて、その楽譜を確認して、その選曲に感動した。1曲目用に上になってる曲も、2曲目用の曲も、さえっちのお気に入りの曲で、2曲目は、まさにクラス会の報せが届いた時に弾いていた曲だったんだ。しかも、完璧な楽譜だ。
「1曲目は、ショパンの子犬のワルツです。」 ここちの司会で、即席の演奏会の開催だ。楽譜に向かい合うと、私の十本の指は、そのオタマジャクシと連動しているかの様に自然と鍵盤の上を舞った。別に親が音楽家とかピアニストである訳ではない。幼稚園の時先生が弾いていたオルガンに興味を持ち、パパにねだって、クリスマスの寝床の上に届いたキーボードが始まりだった。嬉しくて、すぐに夢中になった。いろんな曲に挑戦しようとする私に、どうせならピアノを習わせてみようと、中古のピアノを買ってくれて、飽きずにオタマジャクシを追い続ける様になった。面白い様にみるみる上達して、バイエルやブルグミュラーでの練習もつまずくことなく、小4でクリアした。親やお姉ちゃんに聴かせてあげる度凄く褒めてくれて、それが又嬉しくて、奏でることが生きがいになって行った。その小4の前橋にいた時に出た群馬の発表会で優秀賞をとって、その上の関東エリアのコンクールに出た。その時、運命的と云える先生に出会った。その先生の勧めで、グランドピアノを買ってもらってから、本格的にピアニストを目指す様になったんだ。横井先生は、私の滑らかな指の動きに目を見張って、そこから奏でるメロディーには、私にしか表現出来ない心に響く温もりがあると絶賛してくれた。それをより多くの人に届けるには、グランドピアノじゃないと駄目だ。だけど、グランドピアノの鍵盤は、それまで練習に使っていたピアノよりも強い力で叩かないとちゃんと音が出ない。だから、コンクールで弾くグランドピアノでは、本当の実力を出せない。それでも関東エリアの大きなコンクールにまで来れたことだけでも満足していた私に、並外れた才能を見出してくれた上で、課題をくれた先生の指導で、私の実力は更により高みへ高みへと踏み込む様になった。そんな私の最大の弱点は、感情によるムラだ。心穏やかで優しい気持ちでいられる時とそうでない時の演奏には、天と地以上の差が出てしまう。中3のゴールデンウィークに奏でた❝子犬のワルツ❞が私の演奏史上最高傑作になったのは、そこにさえっち達の笑顔があったからなんだ。
「めっちゃ感動した。」
「まじ、超やばいよ。」
「まじで来てよかったよ。」
「おう、間に合ってよかったじゃん。」 綾乃を引き連れて戻って来た大和田さんも加わり、みんなの絶賛と拍手の中、私は淡い夢を描いていた。
「2曲目は、リストの愛の夢第3番です。」 優しい友達に囲まれて笑顔に満ち溢れてた日々が、脳裏に蘇っていた。
ご愛読、ありがとうございました。<(_ _)>




