想いと乾杯
過ぎし日の扉を開くと・・
扉を開いてまず目についたのは、教室の2倍くらいの広さのパーティールームに2つ並んだ円テーブルを囲んだ10人くらいの旧友と、左側のテーブルの向こうのグランドピアノだった。そのピアノの手前左側から、背の高い女子が手を振ってくれている。まりねだ。それに応えて、私も手を振り返しながら、❝まりね、少し痩せた?❞と思いながら、まりねの右隣の席が空いていることに気付く。でも、
「私達のテーブルはこっちだよ。」 ここちの誘導で、私は右側のテーブルの手前の空いた席に着席して、ここちはその右側の男子の隣の奥の席に着席した。まりねの隣は篤志君の様だ。
❝えっ!❞ 着いた方のテーブルを見回して、ここち以外の5人の顔ぶれの中に、鮫川綾乃がいるのに驚いた。綾乃は、麗香というモンスタースチューデントの子分で、さえっちを執拗に虐めたグループの1人だ。酷い虐めを受けていた親友を見殺しにした自分。その情けない思い出が蘇る。
「俺も、何で鮫川がいるのかびっくりしたぜ。」 ここちと綾乃の間の榎戸君がみんなに聞こえるくらいの大きな声で云った。
「鮫川さんは、凄く後悔してるんだよ。」 その一言だけ云って、ここちは又すぐ立ち上がって、入口とは反対側のピアノの方へ行った。その後ろ姿を見送っていると、
「本当にごめんなさい。佐伯さんに酷いことしたこと、城崎さんには辛い思いさせたこと、今は滅茶苦茶反省してます。この通りです。」 頭を深々と下げる綾乃の席に、ステッキが立てかけてあることに気付いた。
「もういいよね、城崎さん。この人、もう一杯罰受けたみたいだし。」 綾乃の右隣の子が云った。綾乃もそうだけど、この子もふっくらしたせいで初めは誰か分からなかったけど、よく見たら、ずるべえと同じバドミントン部だった大和田茜って子だ。けど、ずるべえの姿は隣のテーブルの方にもなかった。咄嗟に見回してしまった後、綾乃の方に向き直した。
「頭、上げて下さい。私に貴方を責める資格もないし、もう済んだことだから。」 他にいい言葉が見つからず、とりあえずそれだけ云いながら、自分の中の複雑な思いを抑えた。そんな重い空気を打ち破る様に、マイク越しのここちの声が響いた。
「今日は、みんな忙しい中、よく来て下さいました。」 2つのテーブルの間の先で深々とお辞儀する彼女の姿があった。こっちの席も、隣のテーブルのみんなも、そっちに注目した。
「あれから3年経ちました。いろいろあったこのクラスとお別れしたあの日、私は過ぎた日へのさよならと、本当にこれでよかったのか、後ろ髪を引かれる思いで旅立ちました。みんなも、それぞれ別々の道に分かれました。思いも、それぞれあったと思います。月日が経って、思い出が遠ざかって行く中で、心のもやもやを仕舞い込んで行く自分がいました。そんなある日、あのニュースが飛び込んで来ました。そして、間もなくして、柏谷君から連絡が来ました。みんなも知っての通り、柏谷君はあの頃重い腎臓病の闘病でほとんど学校へ来なくなってました。都立の高校に進んでからも、学業と闘病の毎日だと、普通科に行っていた友達から聞いていました。そんな彼が、みんなも知っているあのニュースの日以来、急によくなって、お医者さんもびっくりするくらいにすっかり治ったと報告してくれたんです。その時、同時に今回のクラス会開催の相談をされました。その時、色々話しました。それまで知らなかったことや、忘れていたことが一杯蘇って来て、私も彼に賛同する様になりました。それから、同じ商業科に進んでいた、風間美菜ちゃんと大和田さんに相談して、今回のクラス会を決めました。初め住所が分からなくて、その為案内が遅れた人には、この場でお詫びします。又、そのことで協力してくれた人には、お礼申し上げます。おかげで、クラス全員に報せることが出来ました。残念ながら、都合つかずに欠席になった旧友もいますが、こうやって14人も参加してくれました。就職の準備で忙しい中来てくれた人もいます。又、明日に向かって頑張ってる人もいます。歩む道はそれぞれかもしれませんが、私達はあの1年間大切な時間を共に過ごした仲間だと思います。勿論、いい思い出ばかりじゃないです。私も含めて、間違いをして後悔してる人も多いかもしれません。でもね、間違いしない人なんていないんです。その中で一緒に成長出来たことを、今は感謝しています。みんなと成長出来たことを私は、誇りに思っています。今は亡き2人の友達から教わったことも含めて、その思い出をこれからの人生の糧にして、前向いて生きて行こうと思います。ごめんなさい。私の主観になってしまって・・長くなりましたが、今日は、久しぶりに旧友と語り合って、みんな明日への力を補給して行って下さい。」 そう云い終わると、ここちは又深々と頭を下げた後、さっと右を向いて目配せした。小柄なここちが、こんなに大きく見えたのは初めてだった。みんなでここちに拍手している中、ふと右を向くと、綾乃が泣いていた。
「では、今から乾杯しますので、みんな飲み物のグラスを持って下さい。」 柏谷君の呼びかけに、
「もう、泣くなよ。化粧崩れるぞ。さあ、グラス持って乾杯しようぜ。」 大きな榎戸君が、綾乃を気遣っていた。
「そうそう、俺達は友達として集まったんだから。」
「鮫川の気持ちはよく分かったからな。」 私の両隣りの山本君と清水君が口々に声をかけた。
「ありがとう、みんな。」 綾乃はまだ泣いてはいたが、やっと顔を上げた。
「さあさ、グラス持って。」 大和田さんが綾乃にグラスを持たせていた。
「そっちも準備いい?」 柏谷君が少し焦れてた。
「いいよ。」 席に戻って来てスタンバイしているここちが、綾乃の手にグラスがあるのを確認して答えると、
「今日みんなが元気に集えて、再会出来たことを祝して、乾杯!」
今回もご愛読頂き、ありがとうございました。<m(__)m> 尚、登場人物は、実在の人物とは、何ら関わりありません。