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Neue welt.exe  作者: 三枝 四葉
序章 - 百里眼のアリア
2/4

Arie.ogg

聴く者の身体を癒す様なピアノの音が流れる。

それはまるで、綺麗な森の中を表現している。

僅かに入る白い陽光が、広大な緑の森を鮮やかなコントラストで映し出している様だ。


「ん……ぅ」


そんなBGMが葉月の耳に入ると、彼女はゆっくりと瞼を開く。

彼女の視界に入ったのは、赤紫色のローブを身に纏った、彼女の身体だった。




其処は、先程まで居た部屋とは違う場所――仮想世界の中だ。

仮想世界――このゲームの名は。


『Neue welt――ノイエヴェルト』。

数多の剣と魔法が紡ぐ世界。




葉月の目の前には、アンティークの小物が幾つか並んだバーカウンター。

周囲をぐるりと見回すと、書物をぎっしりと収められた本棚がある。

バーカウンターの背後には扉の無い入り口があり、奥では又、本棚が数え切れない程並んでいるところが覗ける。

如何やら、図書館と喫茶を混ぜた様な施設に居る様だ。


ちなみに今の彼女のアバターは、二つ結びにした長い茶髪に、丸眼鏡を掛けた魔法少女の姿をしている。

何処か葉月の姿と重なるものが見え隠れする女の子は。



『百里眼のアリア』。



この世界にいる人達からは、そう呼ばれている。

しかし、他にも色々と名称がある様だが、……今はややこしくなるので省くとしよう。


「……よしっ、今日もお仕事開始っ!」








情報は星の数以上に存在し、その情報の正誤は、知る者の判断に委ねられる。



情報に寄っては、金銭や宝石以上の価値があるとする者が居り、又、同じ情報でも紙屑同然とする者も居る。



更には、事の全てを知り過ぎると、己へも向ける刃になり兼ねん運命を辿る者も居る……。








「ようこそ、書庫喫茶『Largoラルゴ』へ」


仮想世界の葉月――アリアは、この世界で情報屋の喫茶を営んでいた。

その立ち振る舞いは、現実世界での『葉月』とは若干異なる。

この世界ならではの彼女、『アリア』だった。




葉月アリアがこのゲームに身を投じている理由。

――それには先ず、葉月の親について語ろう。


葉月の親は双方共に、有名な音楽家……『だった』。

葉月の父はヴァイオリン、母はピアノに手を掛けていたそうだ。

世界のコンクールでの受賞歴も数々あり、そのトロフィー達が葉月の家に保管されている。

しかし、不思議な事に、木之本の性があるにも関わらず、葉月が有名な音楽家の娘として知られる事は、日本では少なかった。彼女曰く、自慢しても信じる人は居なかったからと、あまり言わなかったそうだ。


……先程、『だった』と過去形なのは、双方共に、現世には居ないからだ。

オーストリアで開かれるコンクールに出る予定があった時、飛行機で日本から横断する途中、事故により亡くなってしまったそうだ。

葉月の親は世を去る前に、遺作の曲を作っていたらしい。どんな曲なのかは、娘である葉月でも知らない。

木之本の名を知る世界中の音楽愛好者ファン達は、今日もその曲を血眼で探し続け、葉月も探し続けている。


如何してこのゲームと結び付くのかといえば、このゲームのBGMの作曲に、葉月の親が手掛けていたからだ。

その為、葉月がこのゲームに手に触れる事自体、不思議では無い。つまり、このゲームの何処かで、親の遺作が聴けるのではないかと信じて、彼女はゲームに身を投じているのだ。


又、葉月がゲームにダイブして初めに流れたBGMも、彼女の親に寄る作品の一つである。

しかし、このBGMは未だゲームが発売されて間もなく、そして親も未だ生きていた時に、幾度も耳にしている曲で、遺作の曲ではない筈と断言している。実際にその後も他に、親が手掛けた曲を色々耳にしている。




「マエストーソ鉱山最上層手前のエリアまでのマップと、その周辺に出現する、ボスについても含めた敵情報を売ってくれ」


アリアの目の前に、背の高い男性が一人、立つ。

男は右手の人差し指と中指を揃え、指先を上から下へと振る。

男の前にポップウィンドウが浮かび、其処から指先を動かして何かを指定している。

すると、アリアの前にポップウィンドウが浮かんだ。男の支払う金額が表示されているが、その数字は……彼女にとっては少ない額の様だ。


「んー……。あそこは情報を得るのに、苦労したんだよね……」

「すまねぇ。これ以上は、装備を整えるのに厳しいんだ」

「……分かったわ。資料を出すから、ちょっと待ってて」


アリアはため息まじりながらも応じ、男は笑顔で頷き、そのまま立ち止まる。

アリアも右手の人差し指と中指を揃え、指先を上から下へと振る。

アリアの前にも、メニューが表示されたポップウィンドウが浮かび、其処から指先を動かしてポップウィンドウを幾つか展開する。

一つの項目を見つけるとそれに触れて、ポップウィンドウを全て閉じた。


すると、アリアの背後にある書庫の、一つの本棚がガタガタと震える。

棚から一冊の分厚い本が勢い良く飛び出し、本は光の様な速さで、アリアと男の居る方へ飛んで行く。

アリアは平然とした表情で男の方へ向いた侭だ。


「っ……!」


本が飛んで来るところが見えた男は、ビクッと全身を震わせた。

しかし、飛んで来た本にアリアは右手を伸ばして、バシッと見事にキャッチ。

そんな彼女の姿に男は脱力する。


「……何だ、冷や冷やさせるな」

「大丈夫だよ。ゲームのシステムに寄って、わたしの身体の動きを補助アシストしてくれるから」

「そういう問題かっ! こう、本棚に収まっている本が離れた場所まで飛んで来るとかじゃなく――てか、話聞いてる!?」


アリアは男の突込みを遮り、先程の本を開き、男の求めていた情報を淡々と説明し始めた。

男は、その説明が求めていた情報である事にハッとして、渋々ながらも彼女の説明に意識を集中した。






※ ※ ※






「……ふぅ、今日もそろそろ終わりかな」


アリアは展開していたポップウィンドウを閉じ、腕を伸ばしてリラックスする。


「さて。課題のレポートを片付けないとね――」

「アリアお姉ちゃん! 助けて!!」


女の子の叫び声と同時にドアのベルが鳴るが、叫び声の方が大きかったので、ベルの音は小さな音でしかアリアの耳に入らなかった。

大きな扉の方へ振り向くと、先程の叫び声の主である女の子が泣きながら、アリアに飛びついた。


「!? どうしたの――!?」


又、其処へ新たにやって来た来訪者で、驚きの連鎖反応。

後にやって来た来訪者は、屈強な灰色の鎧を身に纏い、大きな斧を背負った斧戦士だった。

見かけは短髪で無精髭を生やした、二十代後半位の筋肉質の大男だ。


「ガッハッハッハッ!! 大人しく、その子を渡してくれねぇかぁ?」

「貴方は確か……」




斧戦士の名は――『剛力のオウバ』。






「……ゴメン。誰だっけ?」


ズザザザザザザザザザ……ッ!!


キョトンと首を傾げるアリアに、オウバは盛大に滑り転ける。

アリアに飛びついてた女の子は、少し不安な表情で困惑している。


「お前ぇ……っ!!!! 情報屋だろぉぉぉぅがぁぁぁああ!!!!」

「わたしの記憶に響かないという事は……、貴方は大して有名なプレイヤーじゃないという事なんだよ。身形で幾ら強そうな振りしててもダメだよ?」

「何を云うっ!! この斧を見て、何も思わないのかぁぁ!!」




彼の背負う、装飾が派手で大きな両刃の斧は、武器精錬で希少な特殊金属が要求されるので、手にするには少々難しく、ランクAアイテムとして位置付けされている武器だ。


そんな武器を背負うという事はつまり、彼は中堅プレイヤーなのだが……。




女の子はアリアの背後に周り、怯えながら縋り付く。


「まぁ、そんな事より。……止めてあげて。どんな事情があるのかは知らないけれど……、この子、嫌がってるじゃない!」

「……ダメだなぁ。俺様から大事な物を盗んでいるのだぁ!」

「大事な物……?」


アリアは、キョトンとした表情でチラリと女の子の方へ目を向ける。


「だって! そのおじさん、探索の途中で拾った、ファイルオブジェクトのアイテムを横から奪って行ったもん!」

「これはシーフ職に寄るスキル、スティールだぁ。スキル発動者のレベル以上の者は盗めねぇが、モンスターだろうが、プレーヤーだろうが、出来るものは出来るのだからぁ。それに運営からの情報では、別に問題も無かった筈だし、正当な行為だろぉ?」

「でも、これは……わたしの大切なアイテムだもん……」


女の子は今にも盛大に涙が溢れ出しそうだ。




オウバは最近、プレーヤーが拾ったレアアイテムをスティールで掻っ攫うという、あまり良くない噂で有名らしい。


スティールは彼の云う通り、シーフの職で初めに取得するスキルで、人やモンスターの持つアイテムを盗むスキルだ。レベルの高い者に使用する事は出来ないが、アイテムはレアなランクの物だろうが、どんな物でも奪う事が可能だ。

しかし、シーフは斧を主武器として装備する事は出来ない。

斧戦士なのにシーフのスキルを使えるという事は恐らく、基本職スタンダードジョブでシーフを選択して、育成中に、シーフのクラスツリーの内から斧の扱える上位職――ベルセルクという職へ転職して育てているのだろう。




「うーん……、確かに、オウバさんのした事は、ゲーム上のルールでは問題ない事だね。それなら、この子は――」


アリアはハッと何かに気づいて、女の子の方へ振り向く。

身を低くし、いたわる様に優しく接する。


「そういえば、君は如何して、オウバさんが奪った物を取り返せたのかな? 君もシーフ?」


女の子は泣くのを堪えて、こくりと頷く。


「という事は、この子もスティールを発動して、アイテムを取り返したのなら問題ないよね。んー……」

「……何を迷っているぅ?」

「双方共に、ゲーム上では問題ない行為をしているからよ。でも……、オウバさんは特に良くない噂を聞いているからね……。……それに、オウバさんは今朝、現実世界リアルで学生さんの女の子をストーカーしてたんじゃない?」

「お前ぇ、さっき俺様の事、知らねぇって言ってただろぉぉ!? 可笑しいぞぉ!? それと突然何だぁ? 現実世界リアルで女の子をストォカァ? 何の事だぁ?」


オウバは、今にも大噴火を起こしそうな怒りの表情をしている。

アリアの背後に縋り付く女の子は、凄く怯えて……ついに涙を流してしまっている。


「じゃあさ。……今朝、ラディダスの黒いジャージを着てて、羅瑠狗らるく通りの木々の陰に立ってた人って、現実世界リアルのオウバさんじゃない?」

「なぬっ!? 何故、知っているのだぁ!?」

「……やっぱりね」


アリアは呆れた表情でオウバを見る。


「……てか、現実世界リアルの事は今、関係ない話だろぉ!?」

「うん、そうだね。でもね……、貴方の事で悩ませてる人が現実、仮想、両方の世界に居るのは事実なの。だから、これ以上の悪事は見逃せないわ」


もう既に大噴火を起こしそうなオウバに、怒りのボルテージが更に溜まって行く。


「お前ぇ……、勇者でも気取っているのかぁっ!?」

「勇者、ね。良い響きじゃない。……まぁ、わたし、オウバさんを知らないとか嘘をついちゃったけどね」

「やっぱり、俺を知らないと言ったのは嘘かよぉ!?」


アリアはテヘッと笑って舌を出す。明らかにオウバを挑発している。


「~~~~~~~っっ!!!!」


オウバの怒りのボルテージが再び溜ま――いや、一気に最高潮まで達した。

しかし次の瞬間、オウバの雰囲気がさっきまでと全く変わる。


「……もう、むかつくわ、お前。嘘つくとか舐めてるだろ? 勝負しろ」


その口調は冷たく静かながらも、恐ろしさを感じさせるものだった。

オウバは素早く手を動かし、ポップウィンドウを立ち上げ、何かをしようとしている。

その動きにアリアは睨むと、彼女の前にポップウィンドウが浮かんだ。

如何やらオウバは、アリアに決闘デュエルを申し込んでいる様だ。


「……この勝負で若し、貴方が負けたら、この世界でも、現実世界リアルでも二度と悪い事しないでね? 未だ間に合うから」

「友達に嘘ついてまでゲームしてる小娘なんかに負けるかよ。……良いだろう」


アリアはキッと睨んで、ポップウィンドウに表示されている「YES」の項目に触れる。






※ ※ ※






この世界では、武器は剣――『長剣』以外に、先程の『斧』も含めて他にも、『短剣』、『細剣』、『刀』、『曲刀』、『鎚』、『杖』、『棍』、『槍』、『弓』、『指輪』、『魔本』等数え切れない位の種類が存在する。

プレーヤーは数多の武器から『主武器』、『副武器』を装備して戦う。


プレーヤーの使用するキャラの視界左端上部には、上から順に。

キャラネーム。

緑色の横線――HPヒットポイントゲージ。

二重の黒い円で囲まれた橙色の数字と、その右端にある「AKTIV」と書かれた文字へ続く橙色のゲージ――APアクティヴポイントゲージの表示がある。

橙色の数字は現在溜まっているAPを指し、APはスキルの発動、或いは回避行動を取ると消費する。ポイントがゼロになるとゲージが動き始め、ゲージの右端から左の数字までに辿り着くと、APが最大値まで全回復する。ポイントの最大値は、初期状態では五までしかないが、特定までのレベルを上げると一ポイント分増加する。


持っている武器に気力を籠めると、目の前にアクションコマンドバーが出現する。

コマンドバーに並ぶ丸いアイコンは、キャラが使用出来るスキルであり、放つ技が判る様にエフェクトのトレードマークで示されている。スキルは其々、必要なAPが設定されている。

又、暗く表示されているアイコンは、スキルを使用する事が出来ない。アイコンが暗く表示される条件としては、APが溜まっていない事、或いは特殊な効果を受けて行動不能になっている場合等が当たる。


他に、相手から攻撃を受けたりして受け身の態勢を取らず、仰向けに倒れた場合は、起き上がるまでの五秒間、無敵時間が発生する。この時、APは消費しない。




カウントダウンが始まった。


その場所は何も障害物が無く、途轍もない広さ、決闘をするには正に最適。周囲全てが灰色に染まった闘技場だ。デュエルモードで決闘する時は、この場所へ転移される事になっている。

そして、其処で二人の決闘デュエルが始まろうとしている。


アリアに縋り付いていた女の子は、書庫喫茶のバーカウンターから、天井に向かって浮かぶマルチスクリーンで二人の決闘を見守っていた。


アリアは辞書位の分厚くて黒い魔本を構え、オウバをキッと睨み続けている。


「……小娘ぇ、顔が怖いぜぇ?」


オウバの口調は元に戻っていた。余裕の笑みを浮かべている。


「……」


アリアは何も返さなかった。

挑発に乗ったら負ける。

そう考えているから、カウントダウンが終わった後の行動の事に集中している様だ。


カウントダウンは遂に、零の数字を刻む――。


「はあぁっ!!」

「おらあぁっ!!」


声が出たのは二人同時だった。

オウバの持つ斧の両刃が光り、彼はそのまま四回振り回しながら前進する。最後の斬撃は刃の先から衝撃波が飛び、アリアの方へ向かっていく。

オウバが動くと同時にアリアの方では、手にしている魔本が光り、アリアの手から離れる。本は宙に浮いて、ページが自動的に次々と捲れ始める。その動きが止まると、魔本は素早くオウバの方へ向き、開いたページの先から炎の塊が放たれる。


両者の攻撃は間でぶつかり、爆発が起こって相殺。其れに乗じて、オウバは恐れる事無く、飛び込んだ。


「うおおぉぉっ!!!」


オウバの刃がアリアへ迫る。この攻撃は確実に当たるだろう、彼は確信して斧を振り下ろした。

……しかし。


次の瞬間、アリアの身体が霧の様なオーラに包まれて消えた。

そして、オウバの背後から離れた先で、アリアは直ぐに姿を現す。


「なっ……!?」


追い打ちが空振りになり、オウバは戸惑いで動かなかった。

……この時、彼は直ぐに動けば良かっただろう。アリアは直ぐには動けない状態だったが、彼の戸惑いが長かったお蔭で反撃が早かった。

アリアの魔本から放たれた、二度目の炎の塊がオウバへ迫る。オウバが振り向いた時には、目に映った朱色が彼を襲った。






※ ※ ※






デュエルはアリアの勝利で終わり、二人は元の書庫喫茶へ転送される。

しかし、オウバは納得がいかない様子。


「何故だぁ……、アレは何なんだぁ……? どうせ小細工でも――」

「貴方は魔法職について、どの位知っているかしら?」


アリアはオウバの言葉を打ち消す様に訊いた。


「……魔法職など、雑魚の――」

「魔法職を馬鹿にしないで」

「人の質問に答えているのに打ち消すなよ!?」

「それ、わたしの質問への答えなの? 負け惜しみと、魔法職に対しての侮辱にしか聞こえないわ」

「ふん……、勝ったからって偉そうに……。俺の質問には答えないのかぁ?」


オウバが不貞腐れているので、アリアは溜め息をついてオウバの疑問に答える。


「あの現象について教えてあげるわ。あれは『ミラージュスライド』。貴方は物理職だよね? 大体予測の付く攻撃が自分へ向かって来たら、どんな行動を取る?」

「そりゃ、『ドッジロール』で回避するが……」

「魔法職はね、回避手段が『ドッジロール』じゃなくて、『ミラージュスライド』になるんだ。あの時、貴方が直ぐに動いてたら、わたしは負けてたけどね」


先程にも出たが回避行動は、二種類ある。クラスの内、勇者職、物理職を選択している場合は『ドッジロール』――前転を、魔法職を選択している場合は『ミラージュスライド』――霧の様なオーラを纏って、地を滑る様に移動を行う。何れの行動も僅かだが、三秒の無敵時間が発生し、攻撃を回避する事が出来る。しかし、この行動に出た時、APを一ポイント消費する事になる。つまり、APの最大値が五ポイントとすると、五回行ったら出来なくなるのだ。他に行動するとしたら、通常の移動――『歩く(走る)』しか無い。


「……そうかよ」

「これでも納得しなかったら、運営の人に訊いてね? じゃあ、わたしの勝利だから、もう二度と悪い事はしないでね?」

「ふん……、もうそんな物、くれてやるわ。……だが、お前を認めねぇ……、絶対に認めねぇ……っ!」


オウバはアリア達を背後にして振り返る。

そして、素早く手を動かしてポップウィンドウを立ち上げ、一つの項目に触れると、光を放って姿を消した。


「……ふぅ」


オウバが去って行ったのを確認すると、アリアは安堵の息を漏らす。


「アリアお姉ちゃん……、……ありがとう」


傍に居た女の子はおずおずと、アリアにお礼の言葉を述べる。


「うぅん、……未だ、大丈夫と言い切れるかは分からないけど……、何か困ったら又来てね?」

「うん……、あ、そうだ」


女の子は手を動かして、ポップウィンドウを幾つか立ち上げる。

その姿にアリアは首を傾げる。


「アリアお姉ちゃんにあげる……」


女の子は一つの項目に触れると、楽譜の一ページの形をした物が実体化し、アリアの手に渡る。


「これは?」

「探索の途中で拾ったファイルオブジェクトのアイテム、わたしの大切なモノ……」

「え? 君の大切なモノなのに……?」

「うん……、わたしが持っていても楽器は弾けないし……、それに多分、アリアお姉ちゃんが持っていた方が良いと思うから……」


アリアは楽譜上の五線譜にある文字に目を凝らす。

その文字は、アリアにとって見覚えのあるものだった。


「! ……本当に良いの?」

「うん!」

「……じゃあ、ありがたく受け取るね。どうもありがとう」


アリアは女の子に笑顔を向けて礼を言う。


「又、そのお礼に……さっき貰ったモノ、聞かせてあげる。ちょっと待ってて」


女の子は首を傾げるが、アリアはバーカウンターから少し離れた所へ移動する。




其処には、大きな布で覆い被さっている物があった。

アリアは布を引っ張り、軽く畳んでカウンターの机上に置く。


黒い光沢を放つそれは、グランドピアノだ。


立って眺めていた女の子は、おぉ!と感嘆の声を洩らして目を輝かせる。


「近くで聴いてても良いよ。椅子も用意してあげるから」


アリアは序ででバーカウンターから木製の椅子を動かし、ピアノのある場所の近くに置く。

女の子はピアノの近くまで寄り、アリアに用意された椅子に座る。アリアの行動に興味津々で見ている。

アリアは手を動かし、ポップウィンドウを呼び出す。

更に開いたウィンドウから二つ項目に触れると、先程の楽譜の一ページと同じ物が二つ実体化する。

女の子から貰った一ページと、先程実体化させた二ページの楽譜を机上に置き、其れ等を見比べながら鍵盤に触れる。


若干暗いフレーズから、明るいフレーズへ急に切り替わる音を鳴らす。

此処はちょっと忙しそうだねぇ、と呟きながら、別のフレーズの音を鳴らす。

そして又、先程のフレーズの音を鳴らすと、ふぅ、と一息つく。

落ち着いたところで、女の子の方へチラッと向いて笑顔を見せる。


「よしっ、じゃあ、行くよ」


鍵盤へ真っ直ぐ向き直り、ゆっくりとペダルを踏む。

そして、静かに鍵盤上の一つのキーに触れ、音を鳴らす。






曇り空の続く大地を駆け抜けている感じだ。


奥へ辿り着くと、曇り空を貫く程の高さの巨塔が建っている。


巨塔の中に入ると、其処からは先程のアリア曰く、忙しそうと呟いたフレーズ。


若干暗いフレーズの音は、敵との戦闘シーンをイメージさせるだろう。


巨塔の最上階を目指して、敵を倒し進む感覚の音。


音は戦士を指しているらしい。


巨塔の最上階に辿り着き、出入口の扉を開けると、明るいフレーズの音に移る。


苦難の試練からの解放を感じさせるが、


その音は夢から覚めてしまった様な感覚で、短く終わってしまう――。






「んー……、未だ何か、足りない感じかなぁ……」


女の子はその言葉に首を傾げる。


「……この曲は一曲として成立しているけれど、多分……、未だ完全じゃないんだ。この楽譜に繋がる『ちぎれた楽譜』が……きっと、未だ何処かにありそうだね……」


アリアの表情が若干曇るが、直ぐに笑顔を作る。


「でも、君のお蔭で新しい一曲にこうして出会う事が出来たんだ。もう一度、君にお礼を言わなくちゃね。どうもありがとう」


アリアが再度お礼の言葉を述べると、女の子も笑顔で返した。


課題は未だ残りつつも一難が去り、暫くは大きな問題は起こらないだろう。








……そう思い、ゆっくり出来るのも束の間だった。




(To be continued......)

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