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3話

ヴァン村を出発したグレンたちは、もうすでに7日間も馬車に揺られていた。

「まだ着かないんですか?」

我慢強いグレンも痺れを切らしてそうギルバートに尋ねた。

「ん?あぁ、もうすぐ着くとは思うが・・・。おっ、見えてきたぞ。」

ギルバートの指差す先には広大な樹海が広がっていた。

「あの森の中にゲルトランクロウの基地があるんですか?」

「いや、少し違うな。森の中に基地があるんじゃない。あの森全体が俺たちの基地なんだ。」

「え?どういう意味なんですか?」

「それは森に入ってから説明してやるよ。」

二人を乗せた馬車がゆっくりと森の中に入っていった。しばらく進むとギルバートは馬車を止めた。

「どうしたんですか?」

「少し待ってな、すぐに迎えが来る。」

そういわれたグレンは待っている間辺りを見回してみた。

(どう見ても普通の森にしか見えないけど・・・。)

木々の間から木漏れ日が差し、たまにそよぐ風が吹くたびに日の光が踊る。その静寂な印象から、この森が内戦の英雄と呼ばれるゲルトランクロウの中枢だとはとても思えなかった。

「おっ、来たぞ。」

ギルバートの声に振り向くと、空中で羽ばたく謎の生物がそこにいた。その大きさは人間の頭ほどであり、羽はまるでこうもりのような皮膜でできており、また、その足は鳥のように細い。そして何より異様なのは胴体の部分が巨大な目玉であり、それはまさに“空飛ぶ眼球”といった風体である。

「キメラですか?」

「よく知っているな。これはうちの技術班が開発した監視・盗聴用のキメラ“バルバロイ”だ。」

キメラは魔法学の発達により生まれた合成生物のことである。その研究は古くから行われており、現在ではさまざまな用途で人々の生活に役立っている。また、それらキメラの軍事利用も進んでおり、強力な魔物を素材とした大量殺戮兵器のキメラが開発されるなど国際的な問題になっていた。しかし現在ではキメラによる殺戮厚意は世界的に禁止され、キメラの主な役割はバルバロイのような諜報活動などに留まっている。

バサッバサッ

バルバロイは自分が紹介されたのが分かるのか、その大きな目玉をぱちぱちと何度も瞬きしてグレンに挨拶しているようであった。

「こいつと同じ奴がこの森にたくさんにいぇ侵入者を見つけると、その情報がすぐに司令部に届くようになっているんだ。見た目はアレだがうちの優秀な戦力のひとつだ。」

すると、バルバロイはゆっくりと森の奥へと飛んでいく。それを追ってギルバートは馬車を走らせた。

バルバロイを先頭に馬車を走らせるギルバートが森について説明し始めた。

「この森の地下には磁気を帯びた地層が広がっていてコンパスの針を狂わして方角が分からないになってしまう、いわば天然の巨大迷路になっているんだ。それにこの辺は危険な野生生物や魔物も多くて、うっかりそいつらの縄張りに入ろうものなら普通の人間だったらひとたまりも無い。だからこうしてバルバロイが仲間たちを安全なルートで出入りできるように誘導してくれてるってわけだ。」

「なるほど、だから“森全体が基地”なんですね。」

「あぁ、そういうことだ。」

走行していると馬車は大きな洞穴に入っていく。すると、バルバロイの大きな目がライトのように光り暗い洞窟内を照らし出した。

「こんなところに住んでいるんですか・・・?」

グレンの不安そうな声にギルバートは苦笑して、

「いや、こんな暗いところじゃ生活できないからな。もう少し行けば分かるさ。」

と言った。

しばらく進むと洞窟の出口らしい光が見え始めた。そして、洞窟を出た瞬間、グレンはまぶしさで目がくらんでしまう。やがて目が慣れてくると彼の目の前に崖で囲まれた集落が現れた。そのそり立つ崖の上には貫けるような青空が見える。

そんなどこか幻想的な光景に目を奪われていたグレンへ、ギルバートは少し改まった口調でこう告げた。

「ようこそ“ジャンク・ヤード・ドックス”の巣穴へ。」



 小さな家々の間を抜け、馬車はひときわ大きな建物の前に止まった。

「着いたぞ、お疲れさん。荷物を持ってついてきな。」

ギルバートに連れられてグレンはその建物に入っていった。

「ここは俺たちゲルトランクロウの中枢である司令部だ。全ての命令や作戦はここから発せられてるんだ。」

「そうなんですか。・・・それで、これから僕は何をしたら良いんですか?」

「まぁ、それはまだなんとも言えないな。とりあえず、うちの幹部たちに今から会ってもらうから、そのときにでもお前の今後のことについて話が出るだろう。」

「はぁ、そうですか。」

長い廊下を進むと突き当たりに重厚な扉があった。

 コンッコンッ

ギルバートが扉をたたくと中から「入れ。」という渋い声が聞こえてきた。

「失礼します。ギルバート・デクラークただいま戻りました。」

ギルバートに続いてグレンが中に入ると、そこにはこちらを見つめる三人の人物がいた。そのうちの一人である男がギルバートにねぎらいの言葉をかける。

「ご苦労だったな、ギル。一応部隊長から報告は受けているが、相手はあの悪名高いドン・チェロだ。もう少し詳しいことが聞きたい。」

その男はボサボサの髪にベレー帽をかぶり、長く蓄えた不精ひげがまるで山男のような風貌であった。

「ん?誰だ、その子供は?」

ひげの男の横にそびえるように立つ大男が低く響く声でギルバートに尋ねた。男の身長はゆうに二メートルを超え、瀬の高いギルバートでさえ見上げなければならないほどであった。しかし、その慎重よりもグレンを驚かせたのが、その男が人間ではないということであった。その大男はトカゲのような頭と全身を覆う硬い鱗が異様な雰囲気をかもし出していた。

(竜神族の人だ・・・、噂には聞いていたけどやっぱり大きいなぁ・・・。)

竜神族とは、大陸の北部の山岳地帯に住む人型のドラゴン族の一種である。地上最強の生物であるドラゴンの仲間である彼らは魔力・身体能力ともにほかの人型生命体と一線を隠すほど高い。また、そのいかつい見た目とは裏腹に非常に知性も高く、使える魔法も驚くほど多い。そのため、自尊心の高いエルフ族でさえ一目置くほどの特別な存在となっている。ただ彼らの文化には厳格な戒律があり、頑固で融通のきかない性格のものが多く他の種族との交流がほとんどないため、竜神族を見ることすら珍しいのである。

「あぁ、こいつか?今からする話の主役で、この子が今回の事件の一番の功労者だ。」

「は、はじめまして。」

するとひげの男が眉をひそめた。

「どういうことだ?そんなこと報告書に書いてなかったぞ。」

そう言うと手元にあった報告書をぺらぺらとめくり首をひねる。

「まぁいい、それよりもこのグレンって子がどうしたんだ?」

男のその言葉を待っていたのかギルバートは少しにやつた顔で自慢げにこういった。

「実は、ドン・チェロを倒したのはこのグレンなんだ。」

どうだといわんばかりにギルバートが胸を張ると室内が一瞬水を打ったかのように静まり返った。

「ブッ、ガッハッハッハー!何を言い出すかと思えば、そんな戯言を!」

竜人族の男の高笑いが響き、ひげの男も口を押さえて笑を堪えていた。

「グレン・・・といったか?君、歳はいくつだ?」

「えっと、今年で十歳になりますけど・・・。」

「十!?おいおいギル、いくらなんでも冗談が過ぎるぞ。」

ひげの男が苦笑して両肩をあげるジェスチャーをする。

「それが冗談じゃないんだよ!本当にこのグレンがドン・チェロを倒したんだ!」

「ではなぜそのことが報告書に記載されていない?もしその事が事実ならちゃんと書いてあるだろう?」

竜神族の男が疑いの目でギルバートを見つめる。

「ほかの退院にも隠さなければならないほどの理由がある、といえば代替予想がつくだろ。・・・なぁ、司令官殿?」

ギルバートの言葉に、ひげの男の表情は一変した。

「まさか・・・!ギフト能力者なのか?」

「あぁ、そのまさかだ。・・・しかも俺の勘だとこいつのギフトはなかなか強力なやつだと思うね。」

「”だと思う”だと?まさかどんな能力なのかわからないままつれてきたのか!?」

「まぁそういうなって、俺も実際に能力を使っているところは見てないんだよ。だから、こいつのインテリジェンスツールから何かわからないかなぁと思って連れてきたんだよ。博識の指令なら何か知っていると思って。」

そういうとギルバートはグレンから刀を受け取るとひげの男に手渡した。

「ほう、見事な細工だな。」

その刀の美しさに男たちは感嘆の声を上げる。

「確かにいい業物だが、これだけでどんな能力かなんてわからんぞ。何かほかにないのか?」

「あぁ、そうだな・・・。しいて言うなら刀身が赤いことくらいかな。」

ガタッ!

ギルバートの言葉に今までずっと黙ったままいすに座っていた仮面の男が慌てて立ち上がった。

「どうした?デュラム。」

「赤い刀身の倭刀だと・・・!?まさか・・・。」

デュラムと呼ばれた仮面の男は驚きで打ち震えていた。

「何か知っているのかデュラム?」

普段取り乱すことなどないデュラムの姿に、グレン以外の男たちは驚きを隠せなかった。

「間違いない・・・、それは伝説の妖刀“紅桔梗”だ!」

その言葉にひげの男は目を見開いた。

「何だって!?・・・これがあの“吸血刀”なのか?」

「吸血刀?」

聞きなれない名称にグレンは首をひねる。ギルバートもまた、そのことが分からずひげの男に尋ねた。

「何なんだ、紅なんとかっていうのは?それに吸血刀ってどういうことだ?」

「あぁそうだったな。お前たちが知らないのも当然だろう。この刀については実態のないうわさばかりが飛び回っているから、今では誰もその存在を信じていないような刀だ。だからもう、話にすらのぼらなくなっているからな。」

名刀紅桔梗は、数百年も前に作られたとされる製作者不明の倭刀のことである。その刀の切れ味は他に類を見ないほど鋭かったとされているが、それよりも別名“吸血刀“という妖刀伝説として語り継がれているいわく付の刀のである。

なぜ吸血刀なのか?その秘密は刀の名前にもなっている赤い刀身にあった。紅桔梗は一般的な刀と違い鋼などの金属ではなくアルガマムという特殊な鉱物によってつくられているといわれている。この鉱物は周囲のエネルギーを吸収する性質があり、人間が魔力の強いドラゴンなどの魔獣を退治する時に結界として用いられる場合がある。しかし、アルガマムは産出量が非常に少ないレアメタルとして知られ、その取引価格は小国の国家予算に匹敵するほどである。それに加え、この鉱物は加工が困難であるため、紅桔梗のように結晶化して武器にするなどということは現代の技術では不可能であるとされている。

「だからこそその信憑性が疑われてきたが、まさか本物と出会うことになるとはな・・・。」

それを聞いてギルバートもなぜ彼らがそんなに驚いたのかがわかった。

「そんなすごい代物だったのか・・・。それはそうとなんで“吸血刀”なんだ?」

「それは、刀身に使われているアルガマムが使い手の魔力を吸収して、強力な攻撃魔法へと自動変換するからだ。」

つまり、紅桔梗は剣撃と魔法攻撃を同時に行うことができる究極の魔剣なのである。

「だが、そんな紅桔梗にも欠点がある。」

先ほどよりも落ち着いた声でデュラムがそういった。

「欠点って何ですか?」

疑問に思ったグレンが聞き返す。

「魔力の吸収量だ。その量は高位の魔道士はおろか、魔力の高い竜人族やエルフ族ですら命の保証がないほどだと聞いている。」

デュラムの話を聞いてギルバートはハッとした。

「それじゃあ、グレンのギフトはまさか・・・!」

「たぶんお前の考えていることと俺の考えていることは一緒のようだな。この子のギフトはあの伝説の”マジック・オブ・ダイナモ“だろう。」

マジック・オブ・ダイナモ、それは名前の通り魔力をほぼ無限に体内で創り出すことができる能力である。ギフトは本来特殊な存在であるため、それらに固有の名称がつくことは珍しいことなのである。

「なぜこのギフトが伝説なのか知っているか?」

「いいえ、知りません。」

ひげの男の問いにグレンは首を振る。

「かつて、ある男がお前と同じ能力を持っていたといわれている。その男の名はゴッサール。つまりお前にはあの偉大な魔道士と同等の力が秘められていることになる。」

その事実に彼は衝撃を受けた。そんな途方もない力が自分の中に眠っているということに、グレンは喜びなどではなく、とてつもない恐怖を感じていた。その様子を見て、ひげの男は彼のそんな心情を察したのか、努めて気楽な口調でこういった。

「まぁ、今すぐそんな力をコントロールなんてできるわけが無い。じっくりと訓練に励むことだな。とりあえず、コントロールができるようになるまでこの刀は俺が預かっておくぞ。」

それを聞いて、グレンのこわばった顔が少し緩む。

「はい、分かりました。」

彼の返事にひげの男は満足げにうなずくとゆっくりとした動きでいすから立ち上がり、彼に歩み寄った。

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺のなはバサラだ。ゲルトランクロウでは司令官をやっている。」

そういってグレンに手を伸ばす。

「グレン・ヴァンエクセルです。よろしくお願いします。」

彼は礼儀正しくバサラの手をとり、固く握手を交わした。もともと孤児であるグレンには苗字というものを持っていなかった。それを知ったギルバートが、彼に苗字を持つように勧めたのである。そこでグレンは、自分を育ててくれたヴァン村とエクセル教会の名前を取ってヴァンエクセルと名乗ることにしたのだ。

「あぁ、こちらこそ頼む。」

そういうバサラの顔は先ほどよりも和らいだ優しい表情になっていた。

「そうそう、他の連中も紹介しておかないとな。あっちにいる竜人族の男がゲルトランクロウの強襲部隊の総隊長のデルガドだ。あんななりをしているがなかなか気の効くいい奴なんだぞ。」

「ふんっ!」

バサラの紹介が不満だったのか、デルガドは威嚇するかのように大きな鼻息を吐いた。それを見てグレンは少したじろいだ。

「よ、よろしくお願いします。」

それでも律儀に頭を下げるグレンが気恥ずかしいのか、彼を無視するように腕を組み目線をそらすデルガドに対して、バサラはやれやれとため息をついた。

「それで、向こうの仮面の男が諜報部隊の隊長をやっているデュラムだ。」

名前を呼ばれたデュラムが、挨拶代わりに片手を軽く上げた。そんなぶっきらぼうな挨拶に対してもグレンは深々とお辞儀をする。

「まぁそんな畏まらなくていいんだぞ。これから一緒に戦っていく仲間になるんだからな。」

あまりにも緊張しているグレンを見かねて、ギルバートがそれを解きほぐすように彼の頭をなでた。

「そのことだがな、ギル。確かにグレンの能力は強力だが、はっきり言って若すぎる。もし、今すぐに戦場へ連れて行ったとしてもこの子だけじゃなく周りの隊員にも危険が及ぶのは目に見えている。・・・この子を戦力に数えるのは早計だな。」

「そうだな。バサラの言うとおりだ。」

バサラの考えにデルガドも賛同する。そんな二人に対してギルバートは猛然と異を唱えた。

「ちょっと待ってくれ!それじゃあグレンはどうなるんだよ!」

「少し落ち着け、ギル。俺もベツにこの子を放り出そうなんて考えてないぞ。戦場に出すのが早いといっただけだ。グレンにはちゃんとゲルトランクロウとして働いてもらう。」

するとなぜかギルバートは顔を引きつらせた。

「ま、まさかあそこにグレンを・・・?」

「まぁ、そうなるだろう。ルーシーには俺から言っておく。あそこは慢性的に人員不足だしな。それに・・・。」

そこで言葉を切ると、バサラはなぜかグレンの顔をちらりと煮て苦笑いした。

「グレンなら間違いなく歓迎されるだろう。」

バサラの言葉にグレン以外の男たちは、みな一様に深くうなずいた。

「それとグレンには戦闘訓練を受けてもらう。いくら一線に出ないとはいえ、ゲルト全体が戦場であることに変わりはない。近い将来、戦闘に巻き込まれるだろう。その時のために自分の命を守るぐらいの力はつけといてもらわないと困る。」

「はい、分かりました。」

バサラはグレンの返事に満足げにうなずくと、仮面の男に目を向けた。

「それじゃあ、デュラム。後はよろしく頼む。」

「了解した。」

「ちょっと待て!」

話の流れをさえぎって、ギルバートがバサラに詰め寄る。

「グレンは俺が連れてきたんだぞ!その俺が面倒を見るのが筋ってもんだろうが!」

そういって鼻息を荒くする。バサラはその姿にやれやれと、ため息混じりに答えた。

「まったく・・・、お前に何もさせないなんていってないだろう。お前にはグレンのギフト能力の訓練をしてもらう。この中でギフトを持っているのはお前だけだからな。」

しかし、ギルバートはその話にも納得できないようである。

「戦闘訓練も俺がすれば良いだろう!なんでラムさんなんだよ!」

さらに熱くなる彼に、バサラはさめた顔でこう告げた。

「お前と違って、デュラムはちゃんと理論に基づいた訓練が出来るからだ。お前はすぐに精神論を持ち出してくるだろう。グレンはそういうのには向かないと思うしな。」

的を射た正論に、ギルバートは言葉を詰まらせた。

「ぐっ・・・!わかったよ!」

分かったとは言いながら、誰が見ても不満タラタラなのが分かるその様子に、バサラは疲れた顔で深いため息をついた。そんなギルバートを尻目に、デュラムはつかつかとグレンの歩み寄り手を差し出す。

「よろしく頼む。」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。」

仮面の下の表情を読み取ることは出来ないが、どうやらグレンのことを気に入ったらしい。部屋の隅では、ギルバートがぶつぶつと文句を言い続け、一方デルガドはまるで部屋の置物にでもなったようにひとり我関せずといった顔で仁王立ちしていた。

(まったく・・・、どいつもこいつもマイペース過ぎる!)

そんな状況に、バサラは毎度のごとく巻き込まれるのだが、彼らにいらだちながらも、この雰囲気になぜか安らぎを感じてしまう自分がいることも、また事実である。

「ギルバート!お前はまだ仕事が残っているだろう!文句たれてないでさっさと行け!デュラム、訓練は明日からだ。グレンを部屋に案内してくれ。グレンの部隊の担当者は明日紹介する事にする。今日はもうゆっくり休んで良いぞ。」

きっちりした口調で簡潔に言われると、人はついついそれに従ってしまうものである。さっきまでのぐだぐだした雰囲気がバサラの言葉で引き締まってしまった。こういう芸当もバサラが司令官としてやってきた経験のなせるわざであろう。

「オラ!さっさと次の行動に移れ!」

そう言うとバサラは早く部屋から出て行くよう三人に指示した。彼らはそれに従い部屋から出て行った。

(なぁ、ラムさん。グレンの訓練は俺に任せてくれないか?)

(無理だな。何よりお前のやり方ではグレンの成長は望めないだろう。)

(お、お前・・・!いくらなんでもはっきり言いすぎだろ!)

(ふ、二人とも仲間なんですから仲良くしましょうよ。)

そんな三人の会話が扉の向こうから聞こえ、バサラは思わず頭を抱えてしまった。

「まったく、子供かあいつらは・・・!?」

その様子を眺めていたデルガドが彼に声をかけた。

「別にギルバートにやらせてもよかったのではないか?」

その問いに反応してバサラがゆっくりと顔を上げる。

「いや、デュラムの方が効率的だというのは本当のことだ。剣術の腕だけならあいつはゲルトランクロウ、・・・いや世界を探してもあの男ほどの剣士はそうそういないだろう。それに・・・。」

そう言うと彼はフッと表情を崩した。

「それにどうした?」

「それにあんなやる気満々のデュラムは俺もはじめて見たからな。」

バサラの言葉にデルガドも表情を崩して、

「あぁ、そうだな。」

と、だけつぶやいた。



次の日の早朝、グレンはデュラムとともに基地を出て、うっそうと茂る森の中にいた。

「これから訓練を始めるが、その前にひとつお前に質問する。戦いにおいて一番必要なものは何だ?」

いきなりの質問にグレンは少し戸惑ったが、もともと律儀な性格のためそれに対して真面目に答える。

「えーと・・・、強力な武器とかですか?」

「違う!体力だ!われわれの向かう戦場は剣術の試合とは異なるものだ。どれだけ長い時間戦っていられるか、これが勝敗を分けるゆういつの要素だ!」

「は、はぁ・・・。」

朝早くから熱弁をふるうデュラムにグレンは圧倒されていた。

「というわけで、今日から一ヶ月間お前には基礎体力の強化をしてもらう。」

「はい!」

「よし、それではまず持久走からだ。俺にちゃんとついて来い。」

デュラムの訓練は十歳の子どもに対するものとは思えないほどすさまじい内容であった。夜も明け切らない早朝から始まった訓練が終わったのは日も高く昇った昼過ぎのことであった。もともと体力があるグレンでさえも終わった瞬間、地面に倒れこんでしまった。

「今日はここまでだ。明日も同じ時間からはじめる。シャワーで汗を流し、体力の回復に努めろ。以上だ。」

そう言うとデュラムは仰向けに転がるグレンの前から去っていった。

「あ、ありがとうございしました。」

何とかお礼を言うことは出来たが、グレンはしばらく体を動かすことが出来ないほど疲労していた。彼は残った魔力で自らに回復魔法をかけ、ゆっくりと立ち上がるとシャワー室へ向かって歩き出した。



降り注ぐ銀色の粒がグレンの体に当たってはじける。体にたまった疲れが水とともに洗い流される心地よい感覚にグレンは酔いしれていた。シャワーを浴び終えたグレンは、体を拭き、新しいゲルトランクロウの制服に着替えると集落の中央にある広場へと向かった。そこで自分の所属する部隊の隊長と会うことになっているのである。広場についたグレンは、周りに隊長らしき人物がまだ来ていなかったのでその場で待つことにした。しばらく待っているとこちらに近づいてくる足音が聞こえ、彼はそちらに振り向いた。

「ごめーん!待ったー!?」

そこにはこちらに向けて手を振りながら走ってくる女性がいた。

「イヤー、ゴメンゴメン!別に寝坊したわけじゃないんだよ。忠雄布団がね。私をあの気持ちのいい感触で放してくれないのよ!私も頑張って戦ったんだけどあのやわらかくてフカフカの感触が思ったよりも強敵で・・・。」

そうまくし立てて、初対面のグレンに子どもっぽい言い訳を続ける。その女性は茶色がかった髪をショートカットにした少したれ気味の目が特徴的な、どちらかといえばかわいらしい印象を受ける美女だった。

「は、はぁ・・・?」

しかし、そんな美しい養子よりもグレンを驚かせたのは彼女の口がまったく止まる気配がなかったことである。話をしながらあれやこれやとまるで寸劇をするようにオーバーな身振り手振りで説明する彼女に、彼は時おり相づちを打つのが精一杯であった。

「・・・というわけでそんな血みどろの戦いを乗り越えてここまでやって来たの!だからごめんね!」

そういって彼女は両手を合わせてグレンに頭を下げた。どうやったらただ別途から出たくなかったことがそんな壮大な物語になってしまうのがグレンには理解できなかったが、彼女なりに反省しているであろう事は伝わってきた。

「いえいえ、僕もさっき来たばかりですから気にしないで下さい。」

「そお?ならいいんだけど。」

そういっていたずらっぽく笑う彼女の姿にどことなくクレアの姿が重なって見えた。

「君がグレンくんなの?」

「はい、そうですけど・・・。」

すると、目の前の女性の体が突然震えだした。驚いたグレンが恐る恐る彼女に声をかけた。

「あ、あの・・・、大丈夫ですか?」

「キャー!!なんて可愛いの!!」

そう叫ぶと、彼女はものすごい勢いでグレンに抱きつき頬ずりをしだした。

「やーん♡肌も女の子みたいですべすべで気落ち良いわ~♡」

「あ、あのぅ・・・、話が見えないんですが。」

そんな彼女に何とか話を進めてもらおうと、グレンは催促した。それでやっとその女性は正気を取り戻したのか、グレンを抱きしめるのをやめてくれた。

「あっ!そうだった、そうだった!まだ自己紹介してなかったわね。私の名前はルーシー・フランよ。食糧配給部隊の隊長をしています。ヨロシクね、グレンくん!」

「グレン・ヴァンエクセルです。よろしくお願いします。」

そういって二人は固く握手を交わす。

「君みたいに可愛い子は大歓迎よ。そうだ、何か質問とかない?」

それを聞いて、グレンはおずおずと手を上げた。

「はいっ、グレンくん!」

それを見てルーシーはまるで学校の先生のように指差す。

「食糧配給部隊って、どんな部隊なんですか?」

グレンの質問に、ルーシーはそのたれ目を見開いた。

「マルコから何も聞いてないの!?」

「マルコ?」

聞き覚えのない名前に、グレンは首をかしげた。それに築いた彼女が慌てて言い直す。

「あっ!バサラね。バサラ指令のことよ。指令とは幼馴染なのよ。だからついつい昔の呼び名で呼んじゃうのよね。」

「へぇー、ずいぶん歳の離れた幼馴染なんですね。」

グレンの言葉に、ルーシーは不思議そうな顔をした。

「?何を言ってるの?私と指令は同い年よ。」

「ええー!!」

グレンの大きな声に驚いたのか、近くにいた鳥たちが一斉に空へと飛び立っていった。


「ヘックション!」

ゲルトランクロウの司令室に盛大なクシャミがこだまし、その振動で机の上に積まれた書類が崩れ落ちた。

「風邪かバサラ?」

机から落ちた書類を拾いながら、デルガドがさほど心配した様子もなく鼻をすするひげの男に声をかけた。

「また、あいつがらみか・・・。」

「はぁ?」

なぜか悟りきった顔でそんなことを口にするバサラに、思わずデルガドが疑問の声を上げた。

「いや、何でもない。」

怪訝な顔をするデルガドを無視するように、バサラはもくもくと書類に目を通していった。


「あははっ!あの老け顔じゃ仕方ないわよ。だからグレンくんが気にすることないわ!」

(いや、バサラ司令もそうだけど、ルーシーさんも人のこといえないんじゃ・・・。)

腹を抱えて笑うルーシーを見て、グレンはそんな感想を心の中でつぶやいていた。なぜなら彼女はどう見ても二十歳そこそこにしか見えず、下手をすれば十代でも十分通用するほどだったからである。とはいえ、それを口にすると彼女の機嫌を損なうかもしれないので、賢明なグレンはそのことを心にしまっておくことにした。

「まぁ、そんなことは置いといて、とりあえず私たちの仕事場に案内するわね。説明は歩きながらにしましょ。」

「はい、分かりました。」

そう言うと二人は並んで歩き出した。

「グレンくんは、この戦争がどうして起こったか知ってる?」

「えっと・・・、確か新聞では“革命戦争”のようだと書いてましたけど・・・。」

「へぇー!グレンくんはちゃんと新聞とか読んでるんだ。えらいねー!そう、この戦争は本当に革命なのよ。」

そうかたりだした彼女の顔は先ほどとは打って変わり厳しい表情になっていた。

「ほら、どんな国でも身分の差ってあるじゃない、貴族とか王族とか。でもゲルト帝国はそんなほかの国と比べられないほどその差が激しかったのよ。」

戦前のゲルと地方は、ゲルト帝国という巨大国家によって支配されていた。その国では皇帝を頂点とした封建社会であった。ただ他の国の封建体制とゲルト帝国では決定的に違う点があったのである。それは、ゲルト帝国には中流階級というものがまったく存在していなかったのである。つまり、この国では貴族以外の人間は全て被支配階級であり、それにより彼らの人権は無視されてきた。過酷な労働、重税、貧困。人々は長い年月苦しみに耐えてきたのである。それが今から三年前にゲルト地方を襲った大地震が引き金となってその不満が爆発する。被災した人々が食料や水を求めて貴族の館を襲いだしたのである。それを恐れた政府は、帝国軍による鎮圧に乗り出した。館を襲った人たちは捕らえられ、激しい拷問の末、見せしめとして館の前にはりつけにされた。しかし、民衆は恐怖するどころかより激しい行動に出るのである。そのひとつとして、もともと地下組織として存在した反政府軍が帝国軍と衝突し、その結果ゲルト戦争が開戦されたのである。その後、帝国軍内部部でも反政府的な思想を持つものたちが群から分裂し、ローグとなってそれぞれ独自のギルドを設立し、帝国郡の戦力が分散することになった。また、諸外国からの介入もあり、先の見えない戦いが現在も続いているのである。

「デモね、グレンくん。戦争で一番苦しむのは力を持たない普通の人々なのよ。それに、地震で被災した直後に戦争でしょ。だから多くの人が飢えや寒さで死んでいったわ・・・。」

そう話すルーシーは、何かを思い出しているような遠い眼をしていた。

「そこで!私たちゲルトランクロウの登場よ。今は線化が激しくなって戦う機会が多くなってるけど、もともと私たちの目的はそういった人たちを援助し、救済することなの。そのための食糧配給ってわけ!」

「な、なるほど・・・、そんな大事な役割をしているんですね。食糧配給部隊って・・・。」

ルーシーの話によほど感動したのか、グレンは目を輝かせて彼女の手を握り締めた。そんな子どもっぽい行動に彼女の顔はついつい緩んでしまう。

「ふふふ・・・、そうよー♡だからグレンくんには頑張ってもらわないとね。」

と、彼の頭を自然となでていた。

「はい!頑張ります!」

そうこうしているうちに、二人は倉庫のような一階建ての建物に着いた。そこからは食欲をそそるいい香りが漂ってきていた。

「みんなに紹介するからちょっとそこで待っててね。」

「はい。」

そう言うとルーシーは扉を開けた。

「みなさん、おはようございまーす!」

ルーシーの元気な声が響く。すると扉の向こうから別の女性の声がした。

「こらっ!ルー、あんた今何時だと思ってるんだい!?おはようじゃないよ、まったく!」

「えへへー、ゴメンなサーい、ジャネットさん・・・。」

その様子に部屋が笑い声で包まれる。

「ルー、あんたは一応隊長なんだからね!しっかりしてもらわないとみんなが困るんだよ!・・・どうせまた布団に襲われたとか言うんじゃないだろうね!」

「な、何で分かったのー!?」

ジャネットがそれを聞いて大きなため息を吐くと、再び部屋が笑い声であふれた。

「今日はいい事があるんだよ!だから、ね♡許して~♡」

まったく反省した様子のないルーシーを見てジャネットはあきれた声で言った。

「あんたの話に良いことなんてあるわけないだろ・・・。」

「いやいや!今日はホントだってー!ほらっ!グレンくん入ってきてー!」

そういって部屋の外に向かって手招きをする。彼女に呼ばれたグレンがゆっくりと部屋に入ってきた。彼の姿が現れたとたん、室内がざわつき始めた。

「みなさん!今日から我々の部隊に配属されたグレン・ヴァンエクセルくんです!ほらっ、グレンくんからもあいさつして!」

「はじめまして、グレン・ヴァンエクセルです。よろしくお願いします。」

そういってぺこりと頭を下げる。その愛らしい姿にその場にいた女性たちは色めきたった。

「キャー!かわいい!」

「ホント、お人形さんみたい!」

そんな声があちらこちらから聞こえてきた。するとグレンの隣に立っていたルーシーがすばやくしゃがみこむと彼に頬ずりをはじめた。

「ねぇ~!そうでしょう~!お肌もすべすべで気持ち良いんだよ~♡」

「や、やめて下さいルーシーさん・・・。」

そんな二人を見て他の女性たちは口々に羨望の声を上げた。

「ぇ~いいなぁ~。」

「自分ばかりずるいわよ、ルー!」

そういって今にもグレンに飛びかかろうとする女性たちをジャネットが制した。

「こらっ!あんたたち、グレンくんが怯えてるだろ、落ち着きな!それにルーもあんまり調子に乗るんじゃないよ!」

「は、はーい。ゴメンなさーい。」

その一言でようやく部屋の雰囲気が落ち着いたものに変わった。改めて室内を見回したグレンは、部屋にいる人が全員女性であることに気がついた。彼女たちの手元には切られた野菜や、大きな鍋などがあり、食事の用意をしていたことが分かる。

「それじゃあ、グレンくんの今日の仕事はとりあえず私と一緒に定期配給に同行してもらいます。みんなは食事の用意を続けてください。・・・じゃ、グレンくんは私についてきて。」

「は、はい!」

そう言うと、ルーシーはすたすたと部屋を出て行った。その後ろをついていくグレンは、振り返ってお辞儀する。それに対して彼女たちはみな笑顔で小さく手を振ってくれた。彼はそれが少し気恥ずかしくなり、足早に部屋を出て行った。

「女の人しかいないんですか?」

ルーシーに追いついたグレンがそんなことを尋ねた。

「んー、そうね。音子どもは戦う舞台に多く配属されちゃうからおのずと私たちみたいな仕事は女性がすることになっちゃうからね。」

「へぇ・・・、皆さんもともとゲルトランクロウとして活動していたんですか?」

「ううん、違うわよ。まぁなかには隊員の奥さんや娘さんもいるけど、ほとんどの子は私たちに保護された人たちよ。」

それを聞いて、グレンは自分がひどく失礼なことを利いてしまった気がした。

「すみません・・・。」

「んーん、グレンくんが気にすることなんてないわ。戦争なんだもの、仕方のない事だって彼女たちも割り切っているし・・・。」

そう語るルーシーの声はとても穏やかであったが、グレンはその中に深い悲しみと憤りが含まれている気がした。彼女の話によると、戦場で保護されたケガ人や女性、子供たちはゲルト地方の比較的治安の安定している地域や外国に避難させているのだが、中にはゲルトランクロウに入隊を希望する人もいるのだそうだ。

「ゲルトランクロウを設立した時はほんの数十名だったのに、そんなふうにしてだんだん大きくなってきて、今じゃちょっとした軍隊並の勢力だからね。」

「そうですね。」

グレンは目の前に広がる畑を眺めながら、彼女たちが如何に苦労してきたかに思いをはせていた。

「そうそう!畑仕事も私たちの仕事なんだからね。グレンくんはわが隊唯一の男の子なんだからがんばってもらうわよ!」

「はい、任せてください!こう見えても畑仕事は得意なんですよ。」

「あらそう?じゃあ期待しているわね!」

そういって二人は笑い合う。その光景はまるで本当の姉弟のようであった。

二人が食料の積まれた馬車につくと、そこにはなぜかギルバートの姿があった。

「よう!二人とも、今ちょうど積荷を載せおえたところだ。すぐにでも出発できるぞ。」

「あら、ギルくんじゃない!もしかして今日の護衛は君がしてくれるの?」

食糧の配給をする地域は比較的治安の安定した場所を中心に行われる。とはいえ、いつ敵が襲ってくるか予想できないので、その道中に護衛として数人の隊員がつくことになっているのである。また、配給地には、その地域のレジスタンスも協力してくれるので、もし敵の攻撃を受け戦闘状態になったとしても対処できるようになっている。

「あぁそうなんだよ。今はパルメンの動きが活発で他のやつらはみんなその討伐に借り出されているから、しばらくかえって来れないんだよ。まぁ、でも俺一人いれば大丈夫だろう?ルーさん。」

「ふふふっ、そうね。頼りにしているわよ、ギルくん!」

ルーシーにそう言われ、ギルバートは照れているのか少し大きな声でグレンを呼ぶ。

「ほらっ!グレンも早く乗れ!すぐにでも出発するぞ!」

「あ、はい。」

三人を乗せた馬車は、目的地の町に向かって走り出した。



昼過ぎに出発して馬車に揺られること数時間、彼らは目的の町に到着していた。そこはゲルト地方の南部にあるトルドという大きな町だった。しかし、町の建物のほとんどが倒壊し、まだ昼間だというのにどこか寒々とした陰気な雰囲気が町全体を覆っていた。グレンはその光景を見て改めて自分が戦地にいることを思い知らされた。

「僕は本当に戦場の中にいるんですね・・・。」

「そうね・・・。こういう風景を見るたびに、私もそう感じてしまうわ。」

グレンよりも長い間戦場にいるはずのルーシーでさえそうつぶやくほど、戦争というものの悲惨さがこのトルドという町からにじみ出ていた。

「やぁ、ルーちゃん。」

「あら、バートンさん。」

バートンと呼ばれた中年の男性が二人に近づいてきた。

「いつも悪いなぁ、ほんとゲルトランクロウの人たちにはみんな感謝してるよ。」

「ふふふっ、いえいえこれが私たちの本来の仕事ですから。」

そうして、しばらく二人の談笑が続いた。どうやらこの男性もルーシーに負けず劣らずおしゃべり好きのようである。

「それはそうと、そっちの子は誰なんだい?」

「あ、そうそうバートンさん。この子は今度うちに入ったグレン・ヴァンエクセル君です。」

ルーシーの言葉にバートンは少し困惑した顔をした。

「?どうしたの、バートンさん?」

「い、いやいやなんでもないよ。」

(グレンくんって事は男の子なのか?てっきり女の子かと思ったよ・・・。)

そんなことを考えながら、彼は話をそらすようにあいさつした。

「はじめまして、グレン。私がこのトルドのレジスタンスのリーダーをやっているラルフ・バートンだ。よろしく。」

「グレンです。よろしくお願いします。」

そういって二人は握手を交わす。すると、遠くからギルバートの声が聞こえてきた。

「おーい!配給の準備が出来たぞ。二人ともこっちに来てくれ!」

「あら、それじゃあバートンさん、また後で。」

「あぁ、よろしく頼むよ。」

「よし!グレンくん、ゲルトランクロウとしての初仕事よ。頑張っていきましょー!」

そういって右手のこぶしを高々と突き上げる。

「お、おー・・・。」

それを見て、彼はルーシーに合わせて同じポーズをとった。

「声が小さいなー。もっと元気よく!」

「お、おー!」

そんな二人のやり取りを見て、バートンはなんだかほほえましい気分になり、自然と自分の表情が崩れていくのを止めることができなかった。



グレンたちが配給場所につくと、すでにたくさんの人々が長い列をつくっていた。

「たくさん・・・いるんですね。」

「そうね、でもこれでもだいぶ人数が減っているのよ。多くの人が他の国へ親戚や知人を頼って町を出て行ったから・・・。でもそれはこの町だけの話じゃないわ、ゲルトにあるほとんどの町や村でもここと同じような状況なのよ。」

「そうなんですか・・・。」

戦争が始まって三年という月日がたち、先の見えない戦いで傷つき、貧しさに悶える人々を目の前にして、グレンの心は張り裂けてしまいそうであった。

「それで、僕は何をしたらいいんですか?」

「そうね・・・、じゃあグレンくんは配給係ね。はい!このエプロンをつけて。」

そう言うとルーシーはどこから出したのか、エプロンをグレンに手渡した。

「じゃっ、後のことはギルくんに聞いて。私はちょっと別の仕事があるから。」

グレンが質問するまもなく、彼女は足早に去っていった。彼は仕方なくエプロンを手に配給所であるレジスタンスの簡易テントへ向かった。

テントに着くと、そこはすでに戦場のような状況だった。食事を求める人々の数が多いのに加え、テント内の人数が子どものグレンの目から見ても少なすぎるのである。

「遅いぞグレン!早く手伝ってくれ!!」

「は、はい!」

人手不足のため、ただグレンたちの護衛できたはずのギルバートもエプロンをつけ、配給を手伝っていた。嵐のような時間が過ぎ、何とか食事が税印に行き届く頃になってやっと状況が落ち着いた。

「お疲れさん、グレン。どうだ、なかなかしんどかっただろ?」

「ええ・・・、大変な仕事なんですね、食糧配給部隊って。」

ギルバートの言葉に、グレンも深くうなずく。

「まぁ、このトルドはでかいまちだからな。他の町のときはもう少し楽になるとは思うが・・・、とはいえ食事は命をつなぐ大切なものだ。特にここの人たちのように、心も体も傷ついた人にはなおさらな。だからこの仕事の役割が重要なのは変わらないかもな。」

「はい、がんばります!」

グレンの素直な反応に、ギルバートは思わず彼の頭をなでていた。

「おっ!そうだ。レジスタンスの連中にお前を紹介するのを忘れていた。今から紹介してやるからついて来いよ。」

「はい、わかりました。・・・それとギル?」

「ん?何だ?」

「エプロンに合ってないですよ。」

「・・・ほっとけ!」

心地よい疲労感のためか、そんな軽口がいえるほど、二人の間には友情が芽生え始めていた。



グレンとギルバートがレジスタンスの人たちと談笑していると、突然男が走りこんできた。

「た、大変だー!」

「どうしたそんなに慌てて?」

男のただならぬ様子に、ギルバートが声をかける。

「けんかだ!けんか!レジスタンスとフィオール軍が向こうの広場で睨み合ってるんだよ!」

それを聞いてテント内がざわつき始めた。フィオールとは、大陸の西にある強国、フィオール教国のことである。広大な森と豊な自然に恵まれた、のどかな国土であるその国は、反面、大陸最強とも言われる強力な軍事力を有した軍事国家として名をはせているのである。そして、フィオールは国民の全てがエルフ族で構成されている単一国家としても有名である。エルフは通称“森の人”と呼ばれ、自然をこよなく愛する民族である。それはエルフが敬謙なアーシア教徒であり、樹木をアーシアの化身として崇拝するという考えがあるからである。そのためフィオールは、大陸有数の経済が発展した国であるにもかかわらず、豊な自然が手付かずで残っている稀有な国である。また、フィオール教国はゲルト紛争勃発後“世界の安定”の大義名分を掲げ、積極的にゲルト地方に出兵した。フィオール以外の国々も、何らかの形でこの戦争に参加しているが、それにはさまざまな利権が絡んでいるといわれている。

「巡回中のレジスタンスとフィオールの少数部隊が、ちょうどこの町で鉢合わせしたみたいなんだよ!」

それを聞いてレジスタンスの一人が首をひねった。

「おかしいな・・・、別に俺たちレジスタンスとフィオールは敵対関係じゃないだろ。どうしてそんなことに・・・?」

「そんなの俺が知るかよ!それよりも、広場がやばい雰囲気になっているのは確かだ。早く何とかしないとあいつらマジでおっぱじめる気だぞ!」

そんな物騒な話が出るほど状況は緊迫しているようだった。

「ギル、大丈夫なんでしょうか?」

グレンは不安そうにギルバートに聞いた。すると、なぜか彼は青ざめたレジスタンスの人々と違い、あきれた表情をしていた。

「?どうしたんですか?」

「いや、なんでもない。」

そういって大きな溜め息を吐くのであった。

「何か面白そうなことになってるみたいね!」

するとそこに、どこから現れたのか突然ルーシーが二人の話に入ってきた。

「うわっ!ルーさんいったいどこから沸いて出たんですか!?」

驚く二人をよそにルーシーは何食わぬ顔で話を進める。

「そんな虫みたいに言うなんてレディに失礼よ、ギルくん!まぁそんなことより、何かすごくわくわくする話をそこで聞いたんだけど、どうなっているの?」

ご馳走を前にした子どものように、目を輝かせる彼女に対して、ギルバートは少しうんざりしながらこう言った。

「それより、今までどこにいたんですかルーさん?」

「えっ!んっ・・・、う、うっふーん♡女の子には男の子にいえない秘密がたくさんあるのよ!」

どうやら彼女にも後ろめたいことなのか先ほどまでと違い、なんとも歯切れの悪い答えが返ってきた。

((サボってたな・・・。))

そんな同じ事を考えながら一気に脱力してしまう二人であった。

「そんな変なテンションで乗り切ろうとしないでください・・・。」

「ま、まぁ良いじゃない。そんなことよりも今はあの二人を止めることが先でしょ!この中であの娘たちを止められるのはたぶんあなただけよ、ギルくん!」

「やっぱり俺がするんだな・・・。」

どこかつらそうにギルバートがつぶやく。

「よーし!それじゃみんなでその広場にいっきましょー!」

先頭を切って歩き出すルーシーに、二人は仕方なくついていった。

一方その頃、広場では異様なまでに緊張が高まっていた。広場の中央を挟んでレジスタンス軍とフィオール軍が向かい合い、その光景はまるで決闘でも始めるかのように見える。だがおかしなことに両軍の兵士たちは特に殺気だって折らず、むしろおびえたような目をして冷や汗を掻いている。その原因は広場の中央で対峙する二人の女性兵士が放つ負のオーラによるものであった。

「まさかあなたと出会うことになるとは・・・、どうやら今日の私は神に見放されているようだな。」

そういって凍りつくような視線を目の前の相手に突き刺すのは、見目麗しい金髪碧眼の美女だった。少しウェーブのかかった金色の美しい髪に、透き通るような白い肌が印象的である彼女は、その美しい容姿には似つかわしくない全身を覆う重厚な鎧を身に着けていた。そしてその鎧には、フィオール王家の紋章が刻まれており、そのことからも彼女がエルフの王族であることを示している。

「フンッ!それはアタイのセリフだよ!あんたの顔を見るなんて今日は本当についてないよ!」

そういって鼻を鳴らす彼女もまた負けず劣らずの美女であった。金髪碧眼とは対照的に流れるような長い黒髪を後で結び、つり目がちなブラウンの瞳が彼女の勝気な性格をよく表していた。

「まったく・・・、あんたみたいなあ姫様はお城で男漁りに精を出しとけばいいんだよ。」

その言葉に女騎士が形のいい眉を吊り上げる。

「貴様・・・!我らフィオール王家を愚弄する気か!?」

そういう彼女から圧倒的な怒りのオーラが放たれ、その禍々しいまでの威圧感に味方であるはずのフィオール兵たちも恐怖で一歩後ずさる。しかし、女レジスタンスの方はそんな様子を気にすることもなく、冷ややかな口調でそんな彼女へさらに言い放つ。

「ゲルトの資源や国土がほしいだけの泥棒国家のくせにえらそうに言うんじゃないわよ。」

ブチッ!

彼女の言葉は女騎士の堪忍袋を引き裂くのに充分であった。

「おのれ!わたくし個人だけならいざ知らず、我らの国まで卑下するとは・・・!もはや何を言っても許すことは出来ん!!」

そう叫ぶと、腰の剣をするりと抜きさる。それを見て女レジスタンスは怯むことなく拳を構えた。

「おもしれぇ!やってやろうじゃない!!」

二人の戦士がぶつかり合うその寸前、両軍の兵士たちがそれを阻止すべく彼女たちを押さえ込んだ。

「はなせ!あの野蛮な女を剣の錆にしてくれる!!」

「やめてください姫様!レジスタンスの方達は味方なんですよ!」

「邪魔よ、あんたたち!あの性悪女をぶん殴ってやんないとアタイの気が晴れないわ!」

「落ち着いてくれ姐御!こんなところでフィオールとやりあうなんて、話がややこしくなるだけだ!!」

どこからそんな力がわくのか、大勢の兵士たちが二人を抑えるがなかなか彼女たちを引き離すことが出来ない。はっきり言って、恐ろしい形相で互いをにらみつけるその姿ではせっかくの美貌が台無しである。さながら猿山のような騒がしい状況を見て、一人の男が頭を抱えていた。

「やっぱりあいつらか・・・。」

そううめくギルバートの横には、彼と対照的に嬉々とした表情のルーシーが目を輝かせていた。

「おーおー!盛り上がっているわねー!やっぱりあの二人がそろうと大変ね!」

「ルーシーさん・・・、全然そう思ってないでしょ。」

言葉とは裏腹にまったく大変そうに見えない彼女を見て、グレンも呆れ顔である。

「な、名に言ってるの。フィオールとレジスタンスは軍事協定を結んでいるのよ。ここでお互いの関係悪くなると戦争に勝つどころの話じゃなくなるわ。」

グレンにもそういわれ彼女も分が悪いと思ったのか、少しどもりながらももっともらしい正論を並べた。

「だったらなんでそんなに楽しそうなんだよ・・・。」

「そ、そんなことないわよ~。」

ギルバートの言葉にルーシーは白々しく視線をそらす。そんな彼女の姿を見て、グレンはバサラたちがなぜ自分をこの部隊に入れるといったときに、申し訳なさそうな雰囲気だったのか分かった気がした。

「ま、まぁそんなことはともかく、このままだと本当に大変なことのなるのは事実よ。ほら、さっさと二人を止めてきてよギルくん!」

「な、何で俺が・・・。」

とても嫌そうなギルバートに、まるで母親が子どもを諭すように彼女は答えた。

「なに

言ってるの?この世界であの二人を泊められるのはあなたぐらいでしょ。私たちもついていってあげるからさっさと行きましょー!」

「僕も行くんですね・・・。」

軽い足取りのルーシーと違って、男二人の足はとても重く感じられた。



その頃広場ではいまだに睨み合いが続いていた。二人は怒りで脳が疲れることを忘れているのか、まったく力が衰えていない。むしろ彼女たちを抑えている兵士たちの方が方で息をしていた。

「こらっ!二人ともいい加減にしろ!」

そんな状況を断ち切るような大きな声が広場に響く。

「ギ、ギル・・・!?」

「ギルバート殿・・・!?」

先ほどまで怒りで我を忘れていた二人が、彼の一声で正気に戻り、彼女たちの体から力が抜けた。

「まったく、お前たちはいつもけんかばっかりして・・・!おい、リン!どうせお前がまた余計なことを言ったんだろ!?」

ギルバートにそういわれて女レジスタンスが顔を真っ赤にして反論する。

「な、何でそんな決め付けてるんだよ!今回はシャロンの方が先につっかかってきたんだからね!」

そう叫ぶと彼女は不機嫌そうに顔をそらす。

「そうなのかシャロン?」

つい殺気まで鳥肌が立つほど殺気を放っていた女騎士がギルバートにそう聞かれ、まるでいたずらが見つかってしまった子どものように小さくなっていた。

「い、いや・・・、それは、その・・・。」

何とも歯切れの悪いシャロンの物言いに痺れを切らしたのか、ギルバートは彼女の方に歩み寄る。

「す、すみません・・・、ギルバート殿・・・!」

怒られると思った彼女があわてて彼に謝罪する。すると、彼の手がすっと彼女に伸ばされた。

(た、叩かれる・・・!?)

そう思った彼女はぎゅっと目をつぶった。しかし、彼の手は頭やほほを叩くことなく彼女の頭にそっと置かれた。

「まったく、しょうがない奴だな。」

そういって彼女の頭を優しくなでる。

「や、やめてください・・・。部下が見てます・・・。」

よほど恥ずかしいのか、シャロンは顔を真っ赤にしてギルバートにやめるようにいった。

「いーや、やめないね。もう少しで大事になるところだったんだ。このみっともない姿を部下に見てもらえ。」

ギルバートはそう言うと少し乱暴に彼女の頭をなでるのであった。彼女はさらに赤くなり、顔を伏せてしまう。それでも、彼の手を拒むようなことはせず、じっとその場に立ち尽くしていた。そのほほえましい光景にそこらかしこから忍び笑いが聞こえてきた。

ドスッ!

「ぐあ!」

そんな和やかな雰囲気をぶち壊すように誰かがギルバートの足を蹴った。その伊丹で彼はその場にうずくまる。一体誰が蹴ったのか、それを確かめるべくギルバートが涙目で見上げたその先には、視線だけで人が殺せるような目つきをしたリンが仁王立ちしていた。

「な、何をそんなに怒ってるんだ、リン?」

そのあまりの雰囲気に、彼はなぜか下手に出てしまった。

「フンッ!!あんたが鼻の下を伸ばしてるのが悪いんだよ!」

そう言うと彼女はシャロンをにらみつける。シャロンもまた、ギルバートとの時間を邪魔されたのがよほど気に障ったのかリンを睨み返す。

「ふ、二人とももうやめろ!」

ギルバートが彼女たちの間に入るが、二人とも互いに譲ろうとしない。

「リンちゃん!シャロンちゃん!二人ともいい加減にしなさい!」

再び険悪な雰囲気になりかけた状況を、ルーシーの一声が断ち切った。

「ル、ルー姐・・・。」

「ル、ルーシー殿もいらっしゃったのですか・・・?」

彼女の顔を見たとたん、二人は顔を引きつらせてその場から一歩下がった。

「あ~ら~?な~にそのリアクションは~?」

ルーシーはそう笑顔で彼女たちに言った。すると、

「「いやいや、なんでもない(ありません)。」」

あれほどいがみ合っていた彼女たちがまったく同時にそう言った。ルーシーの笑顔が逆に恐ろしい二人なのである。

(はじめからルーシーさんが止めていればよかったんじゃ・・・。)

その様子を客観的に見ていたグレンはそんなことを思ってしまった。それはギルバートも同じだったようで、彼もうんざりした表情を浮かべていた。

「ギル、この人たちは誰なんですか?」

「ん?あぁそうだな。お前は初対面だもんな。この二人は・・・。」

ギルバートが彼女たちを紹介しようとすると、なぜか二人の目つきが凶悪なものになり、その刺すような視線がグレンを射抜いた。そのプレッシャーの強さでグレンは後に一歩下がってしまった。

「ど、どうした二人とも・・・?」

彼女たちの異常なオーラにギルバートも及び腰である。

「ギル・・・、誰よこの“女”は・・・?」

「はぁ?」

予想外の答えに彼は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

「まさかギルバート殿に幼女趣味があったなんて・・・!」

そういってシャロンは顔を両手で覆った。

「な、何を言ってるのあなたたち・・・?」

ルーシーも二人の言葉の意味が分からず、そう聞き返す。

「ルー姐こそ何いってるんだよ!その“女”のことだよ!」

リンが鼻息荒く指差した先には、きょとんとした顔のグレンが立っていた。

「ギャハハハッ!」

「アハハハッ!」

何を言ってるのか理解したギルバートとルーシーの二人は腹を抱えて笑い出した。

「な、なんだよ・・・?」

今度は逆にリンたちのほうがたじろいでしまった。

「ふふふ・・・、二人ともこの子は“男の子”よ。」

ルーシーの言葉にようやく自分たちがなぜ笑われているか分かった二人は声が出ないほど驚いていた。

「くくくっ・・・、あいつらも悪気があったわけじゃないんだ。許してやってくれよグレン?」

「いえ・・・、気にしてませんから。」

ギルバートがなだめるようにグレンにそういうが、彼の顔は言葉とはうらはらに目に見えて不機嫌なものであった。

「ほらっ、二人ともグレンくんに謝って!」

ルーシーにそういわれて彼女たちはグレンに頭を下げる。

「もう良いですよ。それより早くお二人を紹介してください。」

「それもそうね。えーと、こっちの黒髪の娘がリン・セイランちゃんで、そっちの金髪のエルフの娘がシャロン・フィオールちゃんよ。」

「フィオール?・・・ということは王族の方ですか?」

「ええ、そうよ。シャロンちゃんはフィオール教国の第四王女なのよ。」

「?何で王女様がこんな危険な戦場にいるんですか?」

そのグレンの疑問に、シャロン本人が答えた。

「我々フィオールの女性は男より魔力も体力も勝っている。だから、フィオール軍の多くが女兵士なのです。」

彼女の言うとおり、広場にいるフィオール兵のほとんどが女性であった。

「それにフィオールお受けはもともと武人の家柄です。私たち王族の女はみな、幼い頃から剣術などの武術や軍略を叩き込まれています。だからこそ、能力の高いものが戦いの最前線に赴くのは当然でしょう?」

「フンッ!えらそうに。ゲルトのことはアタイらゲルトの人間に任せていれば良いんだよ!」

「貴様・・・!また私たちを愚弄する気か・・・!?」

そういってシャロンが腰の剣に手を伸ばす。

「やめろシャロン!そうやってすぐ手が出るのは悪いくせだぞ!」

「す、すみません・・・。」

ギルバートに怒られシャロンが肩を落とす、それを見てリンが勝ち誇った顔をした。

「それにリン!今のは明らかにお前が悪いぞ!シャロンたちフィオールの人たちは早期の戦争終結とゲルトの平和のために命を賭けてくれているんだ。それをそんな言い方をするなんてどうかしてるぞ!ほらっ、ちゃんとシャロンに謝れ!」

予想以上に強く言われ、リンは肩を震わせた。

「な、なんだよ、そんなに言わなくたって良いだろ・・・。」

リンはそう文句を言うが、ギルバートは無言で彼女を責める。それに対してリンは上目遣いでギルバートをにらみ抵抗を試みるが、ついに耐え切れなくなって彼の言うとおりにすることにした。

「分かったよ!・・・ゴメン、シャロン。」

「いや、そう言ってもらうとこちらとしても・・・。」

素直にそう言われ、シャロンの方がなぜかどぎまぎしてしまった。

「えらいぞリン、ちゃんと謝れたな。」

そういってギルバートは優しくリンの頭をなでてやる。すると彼女の顔が見る見る赤くなっていった。

「や、やめろよ!子ども扱いするな!」

口ではそういうものの、まんざらでもないリンの様子に彼女の部下たちからも冷やかしの声が飛ぶ。

「う、うるさいぞお前ら!ギルもいい加減にして!」

「おお、そうか?」

ようやくギルバートがなでるのをやめる。ふと彼がシャロンのほうに目をやると、彼女はじっとその様子を見ていた。

「?どうした?」

「・・・なんでもない。」

そういって顔を背ける。その行動の意味が分からずただ首を傾げるギルバートであった。

「まぁ、鈍感なギルくんは置いといて、リンちゃんたちレジスタンスがここにいるのは分かるけど、シャロンちゃんたちがここにいるのはどうして?」

ルーシーが話を振ると、シャロンは深刻な顔で話し出した。

「実は妙な情報が入りまして・・・。」

「妙な情報?」

「ええ、昨晩サンドが破壊されたのはご存知ですか?」

「え!?サンドが!?」

思わずルーシーは驚きの声を上げる。サンドは、現在グレンたちのいるトルドより北へ山二つほど離れたところにある大きな街であるが、そこはトルドよりも治安が安定していて、町の復興も進んでいるため、ルーシーが驚くのも無理のない話しである。

「まさか帝国軍に?」

「いえ、帝国軍ではありません。」

そういって首を振るシャロンにルーシーが詰め寄る。

「じゃ一体何なの!?」

「それは・・・。」

彼女が何か言おうと口を開いたその時、配給場のほうから大きな悲鳴が聞こえてきた。その声がした方向に目をやるとたくさんの人がこちらに向かって逃げてくるのが見えた。

「何が起こっているの・・・?」

状況のつかめないグレンたちはその様子を呆然とみていた。だが、シャロンだけは人々が逃げてきたその先を鋭い目つきで見据えていた。

「どうやら情報どおりのようだ・・・!」

そうつぶやき剣を抜く。すると彼女たちの目に、巨大な影が建物を破壊しながら現れたのである。

「あれは・・・、ギドラじゃないか!?」

その正体にギルバートは度肝を抜かれた。

ギドラとはドラゴンの一種であるが、山岳地帯に生息する一般的なドラゴンと違い、主に深い森の中に住んでいる。そのため背中の翼は退化し、代わりに強靭な両足で大地を移動するのである。

「ギドラって、確か辺境の森にしかないはずですよ。何でこんな街中にいるんですか?」

「俺にも分からん!ギドラが町を襲うなんて聞いたこともないぞ!シャロンは何か知っているのか!?」

しかし、彼女はそれに首を振る。

「いいえ、私にも分かりません。我々もこの情報には半信半疑だったもので・・・。」

自分がふがいないと思ったのか、そういって目を伏せる彼女の肩を、ギルバートは軽くたたく。

「気にするなよ。俺だってそんな事聞いても信じることなんて出来なかったと思うぞ。だって、今目の前で起こっている光景でさえ信じられないからな。」

「はい・・・。」

「よし!まずは民間人の安全を確保を優先する。ルーさんは避難の誘導をお願いします。」

「分かったわ!」

「リンたちもルーさんの指示に従って民間人の救助を頼む。」

「あいよ!任せておきな!」

「シャロンたちは魔法による遠距離攻撃で奴の足を止めてくれ。」

「了解しました。それで、ギルバート殿はどうするつもりですか?」

彼女の質問に、彼は笑って答える。

「決まってるだろう!あいつをぶった斬る!援護を頼んだぞ、シャロン!」

そう言うとグレンに目を向ける。

「グレンよく見ておけよ。ギフトはこうやって使うんだ。」

そうして巨大な敵に向かって歩き出す。その大きな後姿から、グレンたちは目を離すことが出来なかった。



破壊される建物、えぐられる大地、それらの行為によって立ち上がる土煙が巨獣を包んでいる。その巨体にとってこの町は大分手狭な場所だったようで、動くたびに何かしらを破壊してしまうのは仕方のないことなのかもしれない。ただそのことがギドラの苛立ちをさらに煽ってしまい、暴走はさらにエスカレートして言った。

「怒りすぎて我を忘れてしまったようだな。悪いが殺す以外に方法はなさそうだ。」

そういう手ギルバートは背中から棒状の何かを取り出した。それは一メートルほどの長さで棍棒のように太くごつごつした印象を受ける。

「竜狩りなんて久しぶりだ。デルガド隊長の同胞を殺るのは気が引けるが、ここは本気でいくぞ!」

彼はそれを両手で構えると、大きく息を吸い込み、体に力を加える。すると、彼の体中の筋肉が盛り上がり、右半身にまだらな模様が浮かび上がった。

「うおおおお!!」

叫び声とともに彼の手にした棒の先に黒い光体が集まり、それらがひとつとなって巨大な漆黒の剣になった。その大きさはギルバートの背丈よりもはるかに大きかった。その様子を遠巻きに見ていたグレンは隣にいたシャロンに尋ねた。

「シャロンさん、あの大きな剣は一体何なんですか?」

「グレン殿ははじめて見るんでしたね。あれがギルバート殿のインテリジェンスツール“ゴリアテ”です。」

きびきびと部下たちに指示を出しながら彼女がそう答える。

「あんな大きな剣・・・、重くないんですか?」

「いえ、重いです。ゴリアテは世界で最も重い剣であるといわれています。普通の人間なら持ち上げることすらできないでしょう。」

「それじゃあ、あれがギルのギフトなんですね。」

「ええそうです。驚異的な筋力と体力を生み出す能力、かの伝説の魔道士ゴッサールのギフト“マジック・オブ・ダイナモ”と対比して我々は彼の能力のことを“パワー・オブ・ダイナモ”と呼んでいます。」

強大なドラゴンと巨大な剣を持った戦士が対峙するそのどこか幻想的な光景にグレンは目を奪われていた。

暴れ狂うギドラの目がギルバートを捕らえる。その瞬間、巨獣がいきなり彼に向けて火炎を吐きつけた。

「フンッ!」

ギルバートはゴリアテをたてにしてその攻撃を防ぐ。すると彼の両側の大地がその熱で溶け、白い煙を上げる。

「ふっ、さすがドラゴン族。凄まじい力だ。」

だが、その威力を見ても彼の表情に焦りはなかった。

ダンッ!

ギルバートは勢いよく大地を蹴ると、重い巨剣を持っているとは思えないほどのスピードでギドラに向かって突進していく。

「うおおお!!」

ザシュッ!

ゴリアテの切っ先がギドラの肩を切り裂き、そこから大量の血液が噴出した。しかし、巨獣はその痛みに叫びを上げながらも彼に向かって再び火炎を吐きつけた。

(ちっ!浅かったか!?)

ギルバートはとっさにその攻撃をかわすが、次の瞬間、ギドラの長い尾が彼へめがけ張り上げられた。

ドスッ!

火炎に気を取られていたギルバートはその攻撃をもろに受けてしまった。

「ぐあっ!」

彼の体が天高く舞い上がる。それをめがけて、ギドラも高く飛び上がった。

「ギルー!!!」

ギルバートの危機に、思わずグレンが叫ぶ。ギドラの爪が彼を捕らえる寸前、複数の火球が巨獣にぶつかった。

「グギャャャー!!」

その衝撃でギドラは叫び声を上げながら、地面に落下していく。

「よくやった、シャロン!」

シャロンの声に、ギルバートは空中で態勢を立て直すと、ギドラに向かって剣を突きたてた。

「これで終わりだ!!」

勢いよく振り下ろされたゴリアテが、ギドラの眉間に突き刺さり、そこから大量の血が噴出す。巨獣の断末魔が辺りに響き渡り、その巨大な体がゆっくりと地面へ倒れこんだ。

ギドラが絶命したのを確認すると、ギルバートは剣を引き抜く。すると、彼の手にあるゴリアテが空気中に溶けていき、剣のえの部分だけ残った。それを背中にしまうとグレンたちのところへ戻ってきた。

彼の視線がシャロンたちフィオール軍に向けられる。

「ありがとう、シャロンたちのおかげで助かったよ。」

そういって彼女たちに微笑みかけた。シャロンの部隊は女性エルフばかりで構成されていたので、皆その笑顔に顔を赤らめた。だが、突然彼の笑顔が苦悶の表情に変わり、わき腹を押さえてその場にしゃがみこんでしまった。

「だ、大丈夫ですか!?」

心配したシャロンが駆け寄ると彼の腕から血が滴り落ちていた。

「さすがドラン族ってところだな・・・。油断してもろに食らってしまったぜ。俺もまだまだ修行が足りないな・・・。」

そういって周りの人々を安心させようと無理に笑顔を作るが、大量の冷や汗をかき、血の気の引いた顔を見ると彼のケガが深刻なことが誰の目にも明らかであった。

「だ、誰か!早く医者を!!」

「は、はい!」

取り乱すシャロンにつられて、部下たちも冷静さを失っていた。その様子を見かねたグレンがシャロンに声をかけた。

「シャロンさん、落ち着いてください!」

「しかし、グレンどの・・・。」

今にも泣き出しそうな表情のシャロンに対して、グレンはしっかりとした口調でこう告げた。

「大丈夫ですシャロンさん。僕に任せてください。」

グレンが彼の腕を見てみると、それは彼の予想していたものよりもひどい状態であった。

(骨が折れて皮膚まで突き破っているんだ・・・。大事な筋を傷つけてなければ良いけれど・・・。)

グレンは怪我の状態をより詳しく知るためにギルバートの服を破いた。

「良かった・・・!見た目ほど悪くないぞ。これなら治せる。」

そう言うとギルバートに両手をかざす。するとグレンの手のひらが青白く光、みるみるとギルバートの傷がふさがっていく。

(す、すごい・・・。外傷と内傷を同時に治している・・・。こんな高等魔法を使えるなんて、一体何者なんですかこの子は・・・?)

彼の魔力の高さにシャロンは驚きを隠せなかった。治療が終わるとギルバートの腕はすっかり元通りになっていた。

「終わりましたよ、ギル。少し動かしてみてください。」

「お、おぉ・・・。少し痛むが普通に動かせるぞ。」

ギルバートも自分の怪我がすぐに治ったことに戸惑っていた。

「そうですか・・・、その痛みも体の回復に脳が追いついていないだけですから、すぐなくなると思います。」

冷静にそう告げるグレンに、二人は末恐ろしいものを感じていた。

「グ、グレンどの・・・、その魔法は一体どのように身につけたのですか?」

シャロンが尋ねると彼は目をぱちくりさせた。

「ふるさとの教会に、たくさん魔道書があったので、それらを畑仕事の合間や寝る前に呼んで勉強しました。」

「と、ということは、独学ですか!?」

信じられないといった表情で、彼女はグレンに詰め寄った。

「そ、そうですけど・・・。」

その迫力に顔を引きつらせながらも、彼はうなずいた。

(もしかしたら、俺はとんでもないものを拾っちまったのかもしれないな・・・。)

黙ってその様子を見ていたギルバートは、そう心の中でつぶやくのであった。



「しっかし、おっきいわねー!これがデルガド隊長の同族だとはとても思えないわね。」

夕日を受けて茜色に染まった全長二十メートルを超える巨獣を見て、ルーシーがそんな感想を口にした。すでに避難していた人々も町に戻り、ルーシーやリンたちレジスタンスもグレンと合流していた。

「さすがギルだね、こんな怪物を倒しちゃうなんて。」

リンの言葉にギルバートは照れてほほを掻いた。

「いや、今回はシャロンたちフィオールにもだいぶ助けられたけれどな・・・。」

それを開いて急にリンは不機嫌になった。

「あ、あたいだってちゃんと仕事したわよ!」

シャロンだけ褒められて、彼女はへそを曲げてしまったようだ。

「あぁ、そうだな。よく頑張ったな、リン。」

リンの心情を知ってか知らずか、彼は素直にそう言った。

「わ、分かればいいんだよ!」

口調は荒いが、彼女の機嫌がみるみる良くなっていくのがギルバート以外の人間には面白いように見て取れた。

「だが、一番助けられたのはこいつに、だけどな。」

そういってグレンの頭をくしゃくしゃっと少し乱暴に撫でた。

「お前は俺の命の恩人だ。何か助けが欲しかったらすぐに言ってくれよ、命に代えてもお前のために働いてやるからな!」

「い、いえ・・・、そんな大げさな・・・。」

本気の目で言われ、グレンは嬉しい反面少しその勢いに引いてしまった。

「何言ってるんだ!俺は真剣だぞ!あっ、そうだ。配給部隊なんかやめて遊撃部隊の衛生兵になるっていうのはどうだ?お前のその医療魔法の技術を存分に発揮できるぞ!」

ギルバートは危機とした顔でそうさそう。すると彼の肩を背後から誰かがつかんだ。

「ギルく~ん。何勝手なことを言ってるのかぁ~?」

「ル、ルーさん・・・。いつの間に・・・?」

ねっとりと絡みつくような彼女の声にギルバートの顔はみるみる青くなっていった。

「ギルくん?分かっているとは思うけど、グレンくんはわたしたちのものなんだから勝手にとっちゃダメよ~。」

にこやかな表情でそうギルバートに告げるルーシーに、彼は震え上がった。なぜなら、笑顔の時のほうが質が悪いことを彼は身をもって知っているからである。しかし、ギルバートは何とか気持ちを奮い立たせると、彼女に食い下がった。

「でも、ルーさん。これだけの力をいかさないなんてもったいな・・・。ぐ、ぐぁぁぁ!いた!つ、爪が食い込んで!ぐぁぁぁ!!」

突然ギルバートが苦しみに身悶えだした。よく見ると肩に置かれたルーシーの手に力がこもっていた。普通、筋骨隆々の肉体を女の力ではどうにも出来ないと思われるのだが、彼女は筋肉の間を上手くついて力を入れているので、相当な激痛が彼を襲っていたのである。

「ほらぁ、ギルくん?私が手を出す前に謝った方が良いわよ?」

「な、何言ってんだ!?もう手を出してんじゃねぇか!ぎ、ぎゃぁぁぁ!!いたっ、痛いって!わ、わかりました!俺が悪かったです!!」

ギルバートがそう叫ぶと、やっと彼女は手を緩めた。

「わかればいいのよ、わかれば。」

うずくまるギルバートを見下ろしながらそう言うと、軽やかな足取りでグレンのほうへと駆けていった。そのにこやかな彼女の表情とは逆に、先ほどドラゴンを倒した男が片手一本で手玉にとられている姿を見て、グレンは顔を引きつらせた。

(ルーシーさんだけには逆らっちゃダメだ。)

近づいてくる笑顔を見ながら、そう心に刻みつけるグレンであった。

「グレンくんはあんな風になっちゃダメよ。」

そういって愛おしそうに頬ずりする。その光景を遠巻きに見ていたシャロンとリンは、ひそひそと話し合っていた。

「姐御の奴・・・、新しいおもちゃを見つけたみたいだな・・・。」

「ええ、グレン殿は可哀想ですが・・・、あんな風にはなりたくないですから・・・。」

そうして、うずくまるギルバートに目線を送る。

(二人とも、そういうことはもっと小さい声で言ってください・・・。)

彼女たちは声を潜めたつもりだが、グレンの耳にはしっかりと聞こえていた。誰も助けてはくれない孤独感が、美しい夕日すらやけにシュールに感じさせていた。



基地に向かう馬車に揺られながら、グレンはシャロンの言葉を思い出していた。それは町で暴れたギドラについてのことであった。ギドラは凶暴な生物ではあるが、山や森の奥深くに住み、めったに人里に降りてくることはないのである。

「そのことなのですが、最近この付近の森林の減少が確認されています。おそらく、その影響で住処を追われたギドラが人を襲ったのでしょう。」

シャロンの説明に疑問を持ったギルバートが彼女に尋ねる。

「なぜそんなことになってるんだ?」

すると彼女の顔がより険しい表情になった。

「どうやら帝国軍が絡んでいるようなのです。」

「帝国軍だって!?」

驚くギルバートを横目に、リンはどこか納得した顔をしていた。

「やっぱり帝国軍が原因だったんだな。あたいたちも奴らの働きが最近怪しいと疑ってたんだよ。」

「何か知っているのか、リン?」

すると、リンは苦々しい表情でこういった。

「ギルも聞いてるんだろ、帝国軍とパルメンギルドが手を組んだっていううわさを・・・。」

リンの言葉に、ギルバートの表情も曇った。

「そういうことか・・・。あいつらが何をしようとしてるのかは分からんが、どうやら近いうちに決着をつけに来るかもしれないな。」

そういって彼はこぶしを強く握りしめた。

ゴトンッ!

馬車の止まった振動でグレンの意識は数時間前の出来事から戻ってきた。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたようである。気が付くとすでに基地に到着しており、周りも薄暗くなっていた。

「あら、起きちゃったの、グレンくん?」

隣に座っていたルーシーがそう声をかける。それに対してグレンはまだ眠気が取れないのか、目をこすりながら答えた。

「すいません・・・。いつの間にか眠っていたみたいです・・・。」

「いいのよ~、今日は初任務でいろいろあったし、疲れがたまっていたんでしょ。もし目を覚まさなかったら私がおんぶして部屋まで連れて行っても良かったのに。」

「い、いえ・・・、大丈夫です。」

「そぉお?残念ね~。」

そんなやり取りをしている二人に、ギルバートが声をかけた。

「二人とも喋ってないで荷物を降ろすのを手伝ってくれ。・・・それとグレン、後でギフトのことでちょっと話がある。仕事が終わったら少し残ってくれ。」

「分かりました。」



「それじゃあグレンくん、また明日ね!」

そういってルーシーは笑顔で立ち去っていった。

「ふぅー!何かどっと疲れたなぁ。」

「そうですね。」

残った男二人はまるで嵐が去ったような感覚で彼女を見送った。

「どうだ?グレン。今日一日やってみてここでやっていけそうか?」

グレンを気遣うように聞くギルバートに、彼は笑顔で答えた。

「ええ、今日はいろいろあって大変でしたが・・・、皆いい人ばっかりでびっくりしました。大丈夫です、やっていけます。・・・それに・・・。」

「それに?」

どこか言い辛そうなグレンの様子に、ギルバートは思わず聞き返した。

「ギルが僕の医療魔法を褒めてくれて嬉しかったです。ルーシーさんは悪いですけど、僕の力が傷ついた人の役に立つならぜひ衛生兵として働かせてほしいです。」

グレンがあまりにもまっすぐ見つめるのでギルバートはなぜが照れてしまった。

「お、おぉ、そうか。だったら指令には俺からそういっとくよ。だが、ルーさんのこともあるし、しばらくは配給部隊で働いてくれ。」

「はい、分かりました。」

ギルバートの言葉にグレンは素直に納得した。

「そんなことよりギフトについてだ。まずは自分のギフトを使いたい時に使えるようじゃないと話にならない。まずはそこから訓練していこうか。」

「は、はい。お願いします!」

「まぁ、そんなに緊張するほどのことじゃないから、そんなに構えるなよ。とりあえず立ち話もなんだから俺の部屋にでも行くか。」

グレンはそれにうなずくとギルバートの後についていった。



「適当にくつろいでてくれ。」

そう言うとギルバートは部屋を出て行った。残されたグレンは部屋の片隅に置かれているいすに腰掛けて彼を待つことにした。ただ待つのも手持ち無沙汰だったので失礼なこととは知りつつも部屋の中を観察してみる。そこは非常に狭く、ベッドといすと机ぐらいしかなかった。

(ん?)

机の上にある一枚の写真がグレンの目に留まった。それはちゃんと写真縦に入れられていて、そこからもギルバートがそれを大事にいているのが分かった。その写真の中にはグレンの知らない髪の長い美しい女性がこちらに向けて優しく微笑みかけていた。

「待たせたなグレン・・・、ん?あっ!」

部屋に戻ってきたギルバートは慌ててその写真たてを引き出しにしまった。

「綺麗な人ですね。どなたなんですか?」

「いやぁ・・・まぁ、俺の一番大切な人かな?」

目に見えて照れている様子のギルバートが、話をそらすように小さく咳払いをした。

「ま、まぁそれはおいといて、茶でも飲みながらゆっくり話そうか。」

そういってコップを差し出した。

「グレン、お前始めてギフトを使った時のことを何か少しでも覚えているか?」

「いえ・・・、何も。刀をつかんだところまでは覚えているんですが・・・。そこから先はまったく・・・。」

ギフトを使っていたことが、グレン自身にとって実感を伴わないことだったので、彼自身も自分がギフト能力者であるかどうか半信半疑だった。

「そうか、ギフトが発動している感覚をまだ知らないんだな。だったらまずは強制的にギフトを発動するのが手っ取り早いな。」

「そんなこと出来るんですか?」

「まぁな、そのためにさっきこれを司令から借りてきたんだよ。」

そう言うと、ギルバートはグレンの目の前に紅桔梗を差し出した。

「いいかグレン。インテリジェンスツールは能力者にとって武器であると同時に、ギフトを発動する鍵になるんだ。」

グレンが刀を受け取ると、彼は神妙な顔で念押しした。

「相手はただの刀じゃないぞ。強力な魔力でお前の精神に侵入してくるはずだ。・・・大丈夫だ、俺がついている。」

不安な顔のグレンをそう励まし、緊張を解きほぐすように彼の頭を撫でる。そして、刀をつかむグレンの手に、そっと自分の手を重ねた。

「もしやばくなりそうだったら、俺が力ずくで刀を鞘に戻すからな。」

「は、はい。」

そうして、ギルバートの手に包まれたグレンの手が、ゆっくりと刀を抜き始める。カチッと言う金属音とともに、その真紅の刀身が現れると、グレンは一瞬自分の体が浮き上がる感覚に襲われた。そして、次の瞬間、手元に見える赤い光に向かって、彼の意識は吸い込まれていった。



ザブンッとグレンは水の中に飛び込んだ。いや、それとも突き落とされたのか。そしてそこは本当に水の中なのだろうか。ただくらい世界がぽっかりと口をあけ、彼の身体をゆっくりと包んでいく。それとともに、彼の頭に薄い靄がかかり、もはやここがどこなのかさえどうでも良くなってくる。そこでは、身体の感覚が麻痺し、そこが熱いのか冷たいのかすら分からず、ただむき出しの自分があるだけだった。

しばらくすると、背中にゴツッという感触があった。どうやら底についたらしい。すると、彼の耳に遠くからなにやら騒がしい音が聞こえてきた。彼は立ち上がると、その音のするほうへと歩き出した。音に近づくに連れ、彼の心はなぜかざわつき始める。すると突然、目の前が光に包まれ、木がつくと彼の周りは文字通り火の海となっていた。

(まさか・・・!)

その光景にグレンは見覚えがあった。炎に包まれる家々に人々の悲鳴がこだまし、その声がグレンの耳に遠くから、そして近くから聞こえるようで、彼の不安をいっそう掻き立てる。よく耳を澄ませると、大多数の悲鳴の中に、わずかな笑い声が含まれていることに彼は気がついた。それは聞いていて不快になるほど、いやらしくどこか狂ったような声だった。

バタンッ!

燃え盛る家の扉が突然開き、そこから一人の女性が飛び出て来た。

(お母さん・・・!?)

彼女は胸に幼い子どもを抱え、必死の表情で走っている。グレンは彼女に地価図工とするが、何かで縛られたようにその場から一歩も動くことが出来ず、また、声を出すことさえ出来なかった。

ザシュッ!

必死に逃げる女の背後から何者かが突然斬りつけ、女はその勢いで前方に飛ばされ、抱えていた子どもが投げ出されてしまった。

地面にうずくまる彼女の身体からおびただしい量の血液が染み出し、その亡骸の周りは水溜りのようになっていた。女を斬りつけた野盗らしき男が、今度は投げ出された幼い子どもに向かって歩み寄る。しかし、その子どもはスクッと立ち上がると、男から逃げることなくその場に立ち尽くしていた。男はそれを見てゆっくりと刀を振り上げる。

(や、やめろ!)

次の瞬間、その子どもの瞳が金色に輝き、強大な力が発せられた。その力で野盗は一瞬にして蒸発し、グレンもその場で立っているのがやっとであった。目がくらむほどのまばゆい光が辺りを包み、しばらくしてその光が止むと周りはまた何もない漆黒の世界が広がっていた。


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