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2話

「まだ見付かんねぇのか!?早くしろ!!」

聖堂のいすに座り奪ったチーズとベーコンを食い散らしてドン・チェロが部下たちに叫ぶ。

「す、すいやせん・・・。でも、なんでまた修道服や身分証が必要なんですかい?」

どうやら彼らが探しているのは修道服と身分証であるらしい。

「変装のためだ!変装の!こんな格好だとすぐに捕まっちまうだろうが!それに神父の身分証があれば自由に他の国に入れんだよ!」

「な、なるほど・・・。」

「ったく・・・、少しは頭を使え!このバカ共が!」

そう怒鳴ると、ドン・チェロは部下たちと反対側に目を移す。

「あんたらも、そろそろ俺たちに協力したらどうだい?」

男の視線の先には、両手を後ろ手に縛られたロベルト神父にクレア、そしてジャンたちを含む村の子供たちが一箇所に集められていた。

男はゆっくりと立ち上がるとクレアたちに近づいてきた。

「服と金目のものはもらっていくぜ、神父さん。」

「くっ・・・!もう、勝手にしろ!その代わりみんなを解放してくれ!」

「それはできない相談だな。今お前たちを逃がせば俺たちが変装していることがばれちまうからな。・・・安心しろ、全員まとめてあの世に送ってやるからな。」

そう言うと男は声を上げて笑った。

「だったら・・・、だったら、何で今すぐ殺さないのよ!」

クレアがそう叫ぶと、男はぴたりと笑いをやめ、剣を抜いて彼女の鼻先につきたてた。

「かわいい顔してなかなか度胸があるなぁ、女。いいだろう、教えてやるよ。俺も子分たちも人を斬る感触と、絶望に打ちひしがれる顔が大好物なんだよ。そうだ!追っ手がくるまで少し時間があるなぁ。ガキどもを一匹ずつ殺していくことにしようか。気丈なあんたが一体どんな顔をするのか今から楽しみだなぁ!」

そう言うと男は先ほどよりも盛大に声を上げて笑った。



教会についたグレンは、ローグたちに見つからないように聖堂の天井裏で息を潜め、どうやってローグたちからクレアたちを助け出すか作戦を練っていた。

(敵は三人・・・、神父様たちは逃げ出さないように奥まったところに集められているのか・・・。難しいな。)

いくらグレンの力が強いとはいえ、相手はあのパルメンギルドのローグである。子供一人で屈強な男三人を正面から戦うのは結果が見えている。

(退路を確保して逃げるしかないな。何とかみんなが逃げ切れるだけの時間を稼がないと・・・。)

グレンの集中力がこれまでにないほど高まり、神経が研ぎ澄まされていく。

(チャンスは一度しかない。神父様ごめんなさい、少し教会を壊してしまいます。・・・そしてアーシア様、どうかみんなに神のご加護を・・・!)

救出作戦のプランが固まり、グレンは心の中で神父に謝罪し、作戦の成功とみんなの無事を神に祈った。



「まだ見付かんねぇのか!は訳しねぇと俺が全員殺しちまうぞ!」

「そんなぁ!待ってくださいよ。おれたちだって女子供を切るのは久しぶりなんですからぁ・・・。」

「だったら早くしろ!」

ドン・チェロとその部下たちの会話を聞きながら、神父とクレアは何とか子供たちだけでも逃がす方法を考えていた。

(神父様、私が囮になって奴らの注意を引きます、その間に子供たちを連れて逃げてください。)

(何を言ってるんだ!それだと君が殺されてしまう!)

(でもこのままじゃみんな殺されてしまいます!何とか子供たちだけでも助けないと・・・!)

クレアの必死な訴えに、神父は優しく微笑んだ。

(わかっている。だが、君はまだ若い。それにこの子達を教え導くのは君にしかできないことなんだよ。クレア、君はこの子達にとって必要な人間だ。だから君を囮にすることはできない。)

神父はクレアを諭すようにゆっくりと穏やかに語りかけた。

(でも、だったらどうやって・・・?)

(私が囮になる。こんな老いぼれでも君たちのたてになるぐらいだったらできるんだよ。だからクレア、その時になったら子供たちを連れてできるだけ遠くに逃げるんだ!わかったね。)

(そ、そんな・・・!)

クレアはその提案に反対しようと言葉をつなげようとしたが、無常にも“その時”がきてしまった。

「あ!親分見つけましたぜ!」

「おぉ、そうか!どれどれ・・・。」

部下の一人がようやく神父の身分証を見つけ、ドン・チェロがそれを確認しに行く。そう、神父たちが助かるためには、目的のものを見つけローグたちが油断しているこの一瞬をつかなければならなかったのである。

(今だ!!)

神父がそう思った瞬間、ローグたちの近くにドンッ!という大きな音を立てて何かが天井から降ってきた。

「な、なんだぁ!?」

ドン・チェロが驚きのあまり一瞬ひるむ、その一瞬でそれがドン・チェロとの距離をつめた。

「グレン!!」

クレアがそう叫んだのと同時に少年は男に攻撃魔法を叩き込んだ。

「ぐおおおぉ・・・!」

グレンとドン・チェロの間で大きな爆発が起こり、その衝撃でドン・チェロの体は宙を舞い、教会の壁に激突した。

「なっ・・・!」

部下たちはあまりのことに呆然とその場から動くこともできない。そこへグレンは別の魔法を放った。

「うぁぁ・・・!」

いくつもの火球がローグたちを襲い、彼らはそのダメージで倒れこんだ。グレンは一連の攻撃を終えるとすばやくクレアたちの元にたどり着いた。

「大丈夫ですか?今縄を切ります。」

「話は後で・・・、これでみんなの縄を切ってください。」

そう言うとグレンはナイフをクレアに手渡した。

「わ、分かったわ・・・。」

グレンの冷静な声にクレアも落ち着きを取り戻し、みんなの縄を切って回る。その間にグレンは近くの壁に手をついた。

「みんな離れて!」

そう言うと、先ほどドン・チェロに使った攻撃魔法で壁を吹き飛ばした。

この魔法は「エクスプローション」と呼ばれる魔力を爆発させる魔法で、非常に威力が強いがその反面、攻撃範囲がとても狭くほとんどゼロ距離でないと効果が薄いという特性がある。また、ローグたちに使った火球を発生させる「ファイヤーボール」は宙・長距離方の魔法で、攻撃範囲は広いが「エクスプローション」に比べると格段に威力が落ちる。いずれも初球の魔法であるが、たとえどれほど上級で強力な魔法であったとしても、必ず長所と短所が存在する。つまり、魔法とは人知を超えた超能力などではなく、それを用いた戦闘では剣術や槍術などの武術に近いのである。

「早くここから外へ!」

グレンが叫ぶ。

「クレア先生、みんなを連れて町に逃げてください。森を抜ければ近道になります。後マーラさんを木陰で休ませているので一緒に連れて行ってあげてください。神父様は馬に乗ってこのことを早く軍に伝えてください。」

グレンの言葉に二人がうなずく。

「分かったわ。みんな!私にちゃんとついてくるのよ!」

「「「はーい!」」」

子供たちはクレアの指示に従って次々とグレンの空けた穴から外に出て行く。

「それじゃあ急いで助けを呼んでくるよ!」

そう言うと神父は馬の元へと駆けていった。

「さぁ、グレンも早くきなさい!」

そういってクレアが手を差し出した。しかし、グレンは静かに首を振った。

「いえ、先に行ってください。僕は後で追いかけますから・・・。」

「な。何言ってるの!」

激昂するクレアに対して、グレンは落ち着いた声で説明する。

「いくらさっきのでダメージを受けたといっても相手はあのパルメンギルドのローグです。女の人や子供たちの足だと途中で追いつかれてしまいます。ここは僕が時間を稼ぎますから。・・・大丈夫です。僕を信じてください。」

グレンにまっすぐ見つめられ、クレアの勢いは失われてしまった。

「で、でも・・・。」

それでも何とか彼を説得しようとするが、そこにクレアの決断を急がせる声が聞こえてきた。

「くっ・・・、痛ってー!・・・このクソガキが!」

ドン・チェロが首を振って意識をはっきりさせようとする。

「親分大丈夫ですか・・・?」

それと同時に部下たちも意識を取り戻した。

「先生時間がありません!早く!」

グレンが語気を強めてクレアに叫ぶ。

「分かったわ・・・。でも約束して!絶対に無茶はしないで!無事にまたみんなと一緒に・・・!」

「分かってます。僕もまだ死にたくはありませんから。」

そうやって冗談めかして言うグレンが、まだ年端も行かない彼にすべてを託さなければならないという自責の念で押しつぶされてしまいそうな心を救ってくれた気がした。



クレアや子供たちの足音が遠くへ消えていくのを聴きながら、グレンは目の前の敵に意識を集中した。

「このクソガキが・・・、覚悟はできてるんだろうな!楽には殺さねぇ!八つ裂きにしてやる!!」

ドン・チェロの顔は怒りで真っ赤に染まり、その目は大きく見開かれグレンをにらみつけていた。

「野郎ども!相手が子供だからって手加減するんじゃねぇぞ!ぶっ殺せ!!」

ドン・チェロの合図で二人のローグがグレンに襲い掛かる。グレンは二つの剣先に意識を集中させ、よけることだけに専念していた。そのおかげで彼はローグたちの攻撃をすばやくかわすことができた。

(よし!かわすだけなら出来るぞ。)

グレンとローグたちには大きな身長差がある。グレンは出来るだけ低い姿勢になりこの身長差を上手く利用して攻撃をかわしているのである。

「この・・・!ちょこまかしやがって!」

そのすばやい動きにローグたちもなかなか彼の動きを捉えることが出来ないでいた。

「てめぇら!ガキに遊ばれてんじゃねぇぞ!ちったぁ頭を使え!」

「で、でも親分・・・。こいつが思っていたよりすばしっこくて・・・。」

「この馬鹿共が・・・!いいか!?ガキから少し距離をとれ!一人が攻撃したらもう一人がガキの動きを見てよけたところを攻撃しろ!相手は一人だぞ!そうすりゃ必ず追い詰められるだろうが!」

ドン・チェロの的確な指示により、グレンはどんどん追い詰められていく。ただでさえ魔法を何度も使って体力の落ちている紅蓮にローグの攻撃があたるのは時間の問題であった。そして、ついにドン・チェロの巧みな誘導によってグレンは聖堂の中央でローグたちに囲まれてしまった。

「ブアハッハッハー!袋のねずみだなぁ、小僧!」

ドン・チェロが声を高らかにしてグレンにそう告げるが、体力が限界を迎えているグレンは荒い息を整えるのに必死で声を出すことも出来なかった。

「くくくっ・・・。どうやらもう限界のようだな。安心しろ、あの女たちも後であの世に送ってやるからな!」

そう言うと部下たちに合図を出し徐々に三歩横行からグレンの逃げ場を防ぐように距離をつめる。

もはや勝負はあった。そうローグたちは思っていた。しかし彼らは気付いていなかった。まだグレンの目が希望の光を失っていないことに。

(もう少し・・・、もう少し近づいて来い!)

じりじりと近づいてくるローグたちを目の前にして、グレンの集中力は極限まで高められ、滴る汗も荒い息遣いもすべたがひどくゆっくりと感じられた。そして、ローグたちがグレンの理想とする位置に足を踏み入れた。

(今!!)

その瞬間、グレンは残っていた全ての魔力をこめてファイヤーボールを放つ。

「うぉっ!」

突然の反撃に思わず身を固めてローグたちが歩みを止めた。しかし、グレンの放った火球はローグたちには向かわず、天井に向かって垂直に飛んでいった。

「ブハッハッハー!どこを狙って・・・、ん?」

すると大きな地響きが起こり聖堂全体を激しく揺さぶった。

ローグたちは突然の揺れで足がすくわれその場にしゃがみこむ。グレンはその隙にローグたちの間をすり抜けて柱の陰に身を隠した。そして、彼が身を隠すのと動じに聖堂の天井が崩れ、ドン・チェロたちの頭上に瓦礫が降り注ぐ。

ドドーン!!

大きな音が響き渡り、その衝撃であたりに塵やほこりが舞い上がり辺りは深い霧に包まれたように何も見えなくなってしまった。

グレンは聖堂の天井が古くなって少しの衝撃でも崩れてしまうことを天井に潜んでいた時に見つけていてそれを利用することを考えていたのである。

グレンはよろよろと立ち上がると、煙の向こうに目を凝らした。

「はぁ・・・、はぁ・・・。やったのか?」

グレンがそれを確認しようとするが、薄汚れた煙がそれを遮って何も分からなくしていた。

すると突然、グレンの目の前に煙を突き抜けて丸太のように太い腕が現れ、彼の襟首を締め上げた。

「捕まえたぜ・・・!」

怒りに震える低い声が響き、グレンを捕らえた太い腕の先には血走った野獣のような瞳が彼を見据えていた。

瓦礫の下敷きになったと思われたロー具たちは天井に押しつぶされる前に、済んでのところで防壁魔法を使いダメージを免れたのである。

「残念だったなぁ!?なかなか悪知恵が働くみたいだが、どうやら策が尽きたみたいだな!」

そうはき捨てるように言うと、ドン・チェロはグレンを力いっぱいに投げ飛ばした。投げ出された彼の体が祭壇に激突し、グレンは力なく崩れ落ちた。

「覚悟しろ!!」

そう叫ぶドン・チェロの声がグレンにはやけに遠くに感じた。

(もう・・・、駄目なのかな・・・。)

魔力の使いすぎと、祭壇に激突したときのダメージで彼はもう立ち上がることさえできなかった。

“・・・トヨ・・・。”

すると、グレンの耳にいつも聞こえるあの声が聞こえてきた。朦朧とする意識の中、彼はその声がどこからするのか耳を澄ませた。

“マ・・・ビ・・ヨ・・・。”

(上から・・・?)

どうやらその声はグレンの真上から聞こえてきていた。彼はゆっくりと頭上に視線を向ける。するとそこには、グレンの背丈ほどのアーシア像が慈悲深い表情をたたえ彼を見下ろしていた。

「楽には殺さねぇ・・・、たっぷりと痛めつけてからあの世に送ってやる!」

そうつぶやくとローグたちはグレンに歩み寄る。しかし、男たちの声もその足音もグレンの耳には入ってこなかった。なぜなら、彼はまるで吸い寄せられるかのようにアーシア像に見入っていたからである。

(なんだろう・・・?この感覚は・・・。)

いつも見ているはずのアーシア像がなぜか初めて目にしたもののように感じられ、その姿を見つめるグレンは、命の危険が迫る状況だというのにまるで母親の胎内にいるような不思議な安心感に包まれていた。

(ん?)

アーシア像に見入っていたグレンは、その像に異変が起こっていることに気がついた。

アーシア像の顔に両目からほほにかけてひびが入っていたのである。

天井が崩れ落ちたときの衝撃のためなのか、はたまたグレンがぶつかったときにできたものなのか定かではないが、それはまるでアーシア神が涙を流しているかのようであった。

ビシッ ビシッ

するとアーシア像のあちこちで同様のひびが次々と入っていく。

「な、なんだぁ!・」

その様子にローグたちも歩みを止め、あっけにとられていた。

ピシッ ビシッ バリッ

できたひびがつながって除々に大きくなっていく。そして、とうとうアーシア像の全身をひびが覆いつくしてしまった。

バーン!

大きな音とともに像がはじけるように砕け散った。すると像の中から棒状の物体が飛び出し、グレンの近くに落ちてきた。地面に当たるとそれはくるくると回転し、しばらくして止まった。

グレンは、はじめそれが像を支えていた支柱か何かだと思ったが、よく見るとそれはまったく違うものであった。

(アレは・・・、倭刀?)

倭刀とは、古からゲルト地方の東部に伝わる独特の技法で鍛えられた刀のことであり、その切れ味は非常に鋭く、その見事なまでの技術で一流の剣士たちにも愛好家が多いのである。

グレンは文献でその存在を知っていたが実物を見るのはこれが初めてだった。

(一体どうして倭刀がアーシア様の中に・・・?)

そう思いグレンは刀を見つめる。

「なんて綺麗なんだ・・・。」

グレンは思わずそう口にしていた。

刀の柄の部分には赤く輝く石が埋め込まれ、また鞘は黒塗りの素材の上に金色に輝く桔梗の花とその周りを飛ぶ蝶の細工が施されている。それはまるで、天国の一場面を切り取ったかのように神々しいオーラを放っていた。

“待チ人ヨ”

今度ははっきりと何を言っているのか彼にはわかった。それは空気が振動して聞こえる“音”ではなく頭の中に直接響いてくる声だった。

“待チ人ヨ・・・、我トトモニ・・・、我トヒトツニ・・・。”

グレンはその声に導かれるように刀へと手を伸ばす。

“トモニ闘エ・・・、我ニ力ヲ・・・。”

だが刀に手が届きそうになるとグレンは言い知れぬ恐怖でその手を止めてしまう。

“恐レルナ・・・、我ハ主ノ片割レナリ・・・。”

その言葉に従い、止っていた右手が意を決したようにしっかりとそれを掴んだ。


「ぇえい!一体どうなってるんだ!」

「親分!石像が爆発したみたいですぜ。」

「んなこた分かってんだよこのタコ!はっ!ガキはどうした!」

ドン・チェロはグレンが今の爆発にまぎれて逃げ出していないかどうか確かめようと辺りを見回した。すると祭壇の前に小柄な人影がゆっくりと立ち上がるのが見えた。

「ブッハッハッー!まだ立ちあがる地価らがのこっているみたいだなぁ!そうこなくちゃこっちも楽しめ・・・ん?」

そういっていやらしく笑っていたドン・チェロの声が疑問に変わる。

「親分・・・、何か様子がおかしいですぜ。」

「あぁ・・・、分かってる。」

ローグたちは、目の前にいる少年の雰囲気が明らかに変わったことを肌で感じていた。

(な、何なんだ、この威圧感は?)

それはまるで、野性のドラゴンを目の前にしたときのような強烈な圧迫感がグレンから発せられていた。

「てめぇ・・・、一体何をしやがった・・・!」

ドン・チェロの声に反応したのか、グレンはゆっくりと顔を上げる。その顔を見たローグたちはいっせいに息を呑んだ。

「ど、どういうことだ・・・?」

ローグたちを見据えるグレンの瞳が金色の輝きをたたえ、彼の手の内にある倭刀が異様なオーラを放っていた。



日が傾き、あたりが薄暗くなっていく夕暮れ時、ギルバートはヴァン村へとたどり着いていた。

(遅かったか・・・。)

小高い丘の上に立ち、村全体を見下ろしていたギルバートは悔しさで唇をかみ締めた。なぜなら、村のあちこちに点在する家々の多くが煙を上げ、もうすでに焼け落ちて無残な瓦礫の山となっていたからであった。

村に降りたギルバートは崩れた家とすでに息絶えた村人を目の当たりにして、ローグへの怒りを募らせていった。

「ん?あれは・・?」

ギルバートがローグの足取りを探していると、村はずれの木陰に人影が見えた。

「おーい!大丈夫かー!」

ギルバートは急いで駆け寄り声をかける。そこにいたのは年配の女性だった。服装からしてシスターであることがわかる。

彼女は返事をしなかったが、どうやら眠っているだけだとわかりギルバートは胸をなでおろした。

「どうやら大丈夫みたいだな・・・。思ったよりも死人が少ないところから見て、ほかの村人は無事に逃げ出したと思ってよさそうだ。」

少し安心したギルバートの心にひとつの疑問が浮かんだ。

「なぜこのシスターだけ無傷なんだ?」

ギルバートが首をかしげていると遠くからドーン!という爆発音が聞こえた。

「なんだ?」

その音が下方向に目を向けると彼のいるところから少しはなれたところに教会があった。そして、その教会から煙が上がり、そこから次々と人が飛び出しているのが見えた。

「何が起こってるんだ?」

飛び出してきた一人が馬に乗り遠ざかって行く。そしてそのほかの人々が一団となってこちらに向かってきた。

「ローグにしては人数が多い・・・。逃げ遅れた村人たちか?」

そう思いながらもギルバートは腰の剣に手をかけてその集団に近づいていった。

「止まれ!」

ギルバートは大きな声を出してその集団を制止させる。だが、彼らを見たギルバートは驚いてしまった。

(女と・・・、・・・子供!?)

それは若い女性を先頭にして十数人の子供たちの集団だった。

子供たちはみなおびえた目でギルバートを見つめていた。だが、先頭の女性だけは子供たちを守るようにギルバートをにらみつけていた。

ギルバートは件から手を離すと、彼女たちに危害を加える気がないことを分かってもらうために両手を上に上げた。

「安心しろ。あんたらに何かしようってわけじゃないんだ。」

勤めて穏やかな口調で言うギルバートにようやく彼女は表情を崩した。

「良かった・・・。あいつらの仲間だったらどうしようかと思ったわよ。」

「一体何が起こっているんだ?」

「いきなりロー不たちが村を襲って・・・。私たちは教会に隠れていたんだけど、あいつらに見つかってしまったの。それであいつらに捕まってしまって・・・。」

「じゃあ、まだローグたちはこの村にいるのか!?」

「ええ・・・、そうよ。」

ギルバートは興奮のあまり彼女の肩をつかんでいた。

これでまた新たな犠牲者を出さずに済むと彼は喜んだ。だが少しその熱が下がってくると彼の頭に別の疑問が浮かび上がった。

「じゃあ、あんたたちを助けたのは一体誰なんだ?」

「それは・・・。」

女性がそれに答えようと口を開いた瞬間、先ほどよりも大きな爆発音がこだました。その音に全員がその音がしたに方向に釘付けになった。なぜなら、教会の屋根が音を立てて崩れ落ちていたのだ。

「グレーン!」

そう叫んで走り出そうとする女性の腕をギルバートはつかんだ。

「放して・・・!」

「やめろ!あんたがいってもどうにもならないだろ!子供たちを連れて早く安全なところまで避難しろ!」

「で、でも、グレンが・・・!」

「グレンって奴のことは俺に任せておけ!」

そう言うとギルバートは教会へと走り出した。



薄暗い教会内に金色の瞳が浮かび上がる。そしてその瞳の持ち主である少年の顔は、先ほどまでとはまったく違うものになっていた。

それは冷たく無機質で、幼い子供の表情とはとても思えないものであった。

「な、なんだあいつの目は。さっきとぜんぜん違うぞ・・・。」

「お、親分!一体どうなってるんですかい!?」

「俺が知るか!」

少年の異様な雰囲気にローグたちは気おされていた。すると、少年は手に持っていた刀をゆっくりとくと、ローグたちの視線がその刀へと集まった。そして、その刀を見たローグたちはその姿に驚愕した。

「赤い・・・、刀だと・・・?」

それは普通の刀とは違い刀身が赤い半透明な物質でできており、まるで宝石のような輝きを放っていた。

「くそっ!なめやがって・・・!いいかてめぇら、あんなガキにびびってんじゃねぇぞ!」

「へ、へい・・・。」

「さっきと同じやり方で追い込むぞ!いいな!」

「へい!」

そう言うとローグたちは少年を取り囲むように移動する。そして、一人のローグが少年に襲い掛かった。

「うらぁ!」

すると少年はそれをすばやくかわす。だがその隙をついてもう一人が少年に斬りかかった。

キンッ!

少年とローグの刀と剣がぶつかり合い甲高い金属音が教会内に響き渡る。次の瞬間二人の間で大きな爆発が起こる。

「ぐぉぉぉ・・・!」

その衝撃でローグが吹き飛ばされる。それを見てもう一人のローグが驚きのあまり動きが止まっている隙に、少年はその男へ刀を振り下ろした。

ザシュッ!

刀の切っ先がローグの腕を捕らえ、肩から肘にかけて大きく切り裂いた。だが驚いたことに、傷から血が噴出す前にその腕を炎が包み込んだ。

「ぎゃぁぁぁ!!」

そのあまりの痛みと熱さで男は転げまわる。

少年は男のそんな様子に眉一つ動かすことなく刀を振り上げた。

「や、やめろ!た、助けてくれ・・・!」

男が助けを請うが、少年はためらうことなく刀を振り下ろした。

ドンッ!

大きな音と共に男の体が木っ端微塵に吹き飛ぶ。しかしそれでもなお少年のかおは無表情のままであった。

その様子を目の当たりにして、ドン・チェロは驚きのあまり一歩もその場から動けなかった。確かに、幼い子供が下っ端とはいえパルメンギルドの兵士を倒すことは驚きだが、そんなことよりもはるかに異常なことが男を驚愕させていた。

はっきり言って少年の刀裁きは非常に素人くさく、たぶん今生まれてはじめて刀を振っているのだろう。つまり、そんな少年が屈強な兵士たちを圧倒している原因が問題なのである。

(あ、あれは明らかに斬りながら魔法を使っている・・・。いや、そんなことできるわけがねぇ!)

魔法を使用する場合、どんな魔法でも魔術式を組み立てるために高い集中力を必要とする。そのため、どんな高位の魔道師でも魔法を発動させる時には無防備な状態になってしまうである。しかし少年は、刀を振りながらそれを行っている。例えるなら、難解な方程式を解きながら野球でホームランを打つような芸当が男の目の前で繰り広げられているのである。

「てめぇ・・・!一体何者だ!」

思わず男が叫ぶ。しかし、少年にはその声が聞こえていないのかそれに反応せず、吹き飛ばされたもう一人のローグの元へ歩み寄って行った。

「うぐっ・・・。」

ローグは苦悶の表情でうめき声を上げていた。

少年は倒れているローグの腹部を片足で押さえつけ、刀を逆手にして持ち上げる。

「な、何をする・・・!」

ローグは抵抗しようとするが爆発の衝撃で体が思うように動かない。かろうじて動く首をひねり少年の方に目を向けた男はその姿に背筋が寒くなった。そこにはまるでガラス細工のように澄み切った目をした少年が自分を殺そうとしていたのだ。彼の目には一切の感情も存在していなかった。その聖者のような瞳に見つめられ、自らの命を奪う少年に対して男は不思議と彼が神々しい存在のように感じてしまった。

ズブッ!

ローグの胸に刀がつきたてられる。その瞬間男の全身が炎に包まれる。

「あ゛あ・・・!」

男の断末魔が響き渡り、教会内にこげたにおいが充満した。

赤々と燃える男を背にして、少年は男に向き直す。その姿を見たドン・チェロの脳裏にある言葉が思い浮かんだ。

死神―。

ドン・チェロにとって少年はまさに死神のような存在だった。

少年がゆっくりと男に近づく。男もまた剣を構えた。

「でぇやぁぁ!」

掛け声と共に男が剣を振り下ろす。だが少年はすばやくそれを横にかわすと男の懐に飛び込もうとする。

「くそが!」

そうはさせまいと男が少年を蹴り上げるが、彼はひらりと後ろへ跳躍してそれをかわした。

「はぁ・・・、はぁ・・・。」

涼しげな少年とは対照的にドン・チェロの息が激しく弾む。滝のような汗を流しながら男は今まで感じたことのない感覚に襲われていた。

(な、何だ?思うように体が動かねぇ・・・!)

剣を振る速さも、足の運びも、いつもよりずっと遅く感じられ、男はまるで水中で戦っているような錯覚に陥っていた。

男はそれを振り払うように何度も少年に斬りかかる。しかし、少年はそれをことごとくかわしていった。

「死ねぇ!」

男はひたすら少年に向かって剣を振り続ける。

一心不乱に剣を振り回していたため、男は目の前に壁が迫っていることに気付かずに剣を振り下ろしてしまった。

ガキィン!!

剣が壁にめり込み男に大きな隙ができた。

「しまっ・・・!」

その瞬間、ドン・チェロの目に赤い閃光がきらめき男の首と体が斬り離された。それと同時に男の体は灼熱の炎に包まれる。

首をはねられ、紅蓮の炎に神経を焼かれながら、男は先ほど感じた感覚がなんであったのかにふと気付いた。

あぁ、これが“恐怖”というものなのだと・・・。



ギルバートが教会の扉を開けるとそこはすでに廃墟のようであった。

崩れた天井、破壊された壁、粉々になった祭壇。その全てがどこか排他的な雰囲気をかもし出していた。ギルバートはローグがいないか注意深く辺りを見回す。すると、揺れる炎の前に人影が見えた。

「誰だ!」

ローグかと思い腰の剣に手をかける。ギルバートの声に応えるようにその人影が振り返った。

「子ども・・・!?」

美しく整った顔立ち、月明かりに照らされる返り血を浴びた色白の肌、怪しく光る真紅の刀、そして何よりその金色の透き通った瞳にギルバートは目を奪われてしまった。

その子どもは無表情のまま刀についた血を払い、ゆっくりと刀を鞘に納めた。すると、まるで糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。

「大丈夫か!?」

それを見たギルバートはあわてて彼に駆け寄った。

月明かりに照らされた少年の表情はいつもの子どもらしいものに戻っていた。



少年は闇の中に浮かんでいた。それはどこまでも続く深い闇だった。

そこは光すら届かない海のそこのように暗く、冷たく、そして寂しい。

少年はその空間でただ闇に身を任せて漂っていた。ふと気付くと彼の右手に熱を感じる。彼はそれをゆっくりと握ってみた。すると突然、強烈な痛みと共に怒りや憎しみといった人間の負の感情が一気に彼の頭に流れ込んできた。そのあまりの苦痛に彼は意識を失ってしまった。

どのくらい意識を失っていたのだろうか。少年は左手に感じる暖かい何かによって意識を取り戻した。

それは優しく少年を包み込み、彼の意識は急速に水面へと浮上して行った。



目を開けるとそこには見慣れた天井があった。窓から暖かい日の光が差し込み、心地よい風がカーテンを揺らす。

ぼんやりとした意識の中、グレンはゆっくりと上体を起こした。すると左手に重みを感じる。その感触をたどるとそこには見知った顔があった。

「クレア先生・・・。」

グレンの手を握り締めたまま、クレアが安らかな寝息を立てている。どうやら彼女は夜通しグレンのそばについていたようである。

「ん・・・。んーん・・・。」

「おはようございます、クレア先生。」

グレンの起き上がった振動で目を覚ましたクレアの瞳が大きく見開かれた。

「グレン!」

そう叫ぶや否やグレンを強く抱きしめる。

「い、痛いです・・・先生。」

抱きしめられたグレンは全身に強い痛みを感じる。よく見るとグレンの体はあちこちを包帯で巻かれていた。

「こんな心配させたんだから、それぐらい我慢しなさい・・・。」

そうつぶやくクレアの声は弱々しく震え、彼女の頬を安堵の涙が流れた。

「お兄ちゃんが起きたのー!?」

クレアの声を聞きつけ、子どもたちが次々と部屋に入ってきた。

「や、やぁみんな・・・、無事だったんだね。ほんとに良かった・・・。」

グレンが痛みに顔を引きつらせながらも笑顔で子どもたちに声をかける。すると、彼らは目に涙をいっぱいにためていっせいにグレンへと飛びついた。

「グレンお兄ちゃーん!」

「ぐふっ!」

その衝撃でグレンはまた意識を失いそうになった。

「こらっ!あんたたち何やってるんだい!グレンはケガ人なんだよ!」

大きな声が部屋中に響き渡り、クレアと子どもたちはいっせいにグレンから離れた。

「マーラさん・・・。」

そこには呆れた顔をしたマーラがたっていた。

「まったく・・・、子どもたちは分かるけど。クレア、あんたまで何やってるんだい。」

「す、すみません・・・。」

「でも良かったよ。もう三日も目を覚まさないからすごく心配したんだよ。」

グレンはあの事件のあった夜からすでに三日が過ぎていることに驚いた。マーラの話によるとグレンは保護された時、体のあちこちを打ち付けられた痕があり、それにも増して魔力と体力の消耗が激しく非常に危険な状態であったらしい。しかし、奇跡的にも一命を取り留め傷の回復も医者が驚くほどの早さであったようだ。

「ほんとに無事でよかったよ。これもアーシア様のご加護だねぇ。」

「はい、僕もそう思います。」

マーラの言葉にグレンは感慨深くうなずいた。

「そういえば神父様は?」

それを聞くと、マーラの顔が急に曇った。

「神父様は朝から墓地に言ってるんだよ・・・。あの事件で犠牲になった人たちの弔いにね。」

「そうですか・・・。」

それっきりみんな口をつぐんでしまった。犠牲になった人たちのことはグレンも良く知っていた。彼らはみな素朴で優しく、孤児院の子どもたちもまるでわが子のようにかわいがってくれた。そんな何の罪もない人たちが命を奪われたことに、グレンの心は怒りと悲しみでしめつけられた。

「よう!目が覚めたみたいだな。」

部屋の暗い雰囲気をかき消すような明るい声が開け放たれたドアから響いた。そこにはグレンの知らない青年がさわやかな笑顔をこちらに向けていた。

「あのー・・・、どちら様ですか?」

グレンが青年に尋ねる。

「あぁ、そうか。ちゃんと顔を合わせるのはこれが初めてだったな。俺の名前は・・・。」

「あ!ギルだー!」

「ギルー!」

青年が自己紹介をしようとしたが、子どもたちがそれをさえぎるように彼に駆け寄った。

「こ、こら!あなたたち!ギルバートさんに失礼でしょ!」

「いやいやいいんですよ。なつかれるのは悪い気がしないんで。」

青年はそういってにこやかにいうが、クレアは恐縮しきりな様で、ただただ申し訳なさそうにしている。

「それでそのー・・・。結局どなたなんですか?」

「あぁ、そうだった、そうだった。まだ挨拶の途中だったな。」

手を広げて抱っこをせがむベスを抱え上げながら、青年は改めてグレンに向き直した。

「俺の名はギルバート・デクラーク。ゲルトランクロウのメンバーだ。今回のことは俺たちにもその責任がある・・・。すまなかった。」

そういってギルバートはグレンに頭を下げる。自分のような子ども相手でも誠実に謝罪する青年にグレンは驚いた。

「グレン、気を失ったあなたを担いで運んでくれたのがギルバートさんなのよ。」

「そうだったんですか。ありがとうございます。」

「気にしないでくれ、別にたいしたことはしてないからな。・・・それに後で聞きたいこともあるしな。」

「聞きたいこと?」

「あぁ、あの夜に一体何があったのかを・・・。」

どうやらギルバートはあの夜教会で起こったことにうすうす築いているようだった。

「まぁ、それは神父様が帰ってきてからにしよう。今はゆっくり休むことだ。それにどうやら俺もこいつらの相手をしないといけないみたいだしな・・・。」

そういってギルバートが視線を落とすと、彼らはいっせいに喋りだした。

「ねぇギルー。みんなで鬼ごっこしよ!」

「しよう!しよう!」

「だめだよー!ギルは私と一緒におままごとするんだよ!ねぇ、ギルー!?」

口々に自分の欲求を言い合う子どもたちにギルバートは苦笑してしまった。

「まったく・・・。あなたたち!遊んでばかりいないでたまには勉強しなさい!」

「ええー!いいじゃんか別に!」

「そうだ!そうだ!自分がギルと一緒にいたいからってそんな事言うなよなー!」

その言葉にクレアは耳まで真っ赤になった。

「な、何いってるのよ!そんなわけないでしょ!」

そんなやり取りをグレンはほほえましい気持ちで眺めていた。なんだかこんな穏やかな気分に浸るのが、ずいぶん久しぶりなように感じていた。



その晩子どもたちが寝静まった後、グレンたちはギルバートに呼ばれて食堂に集まっていた。

「いったい何の話なんだい?ギルバートくん。」

そう神父が尋ねるとギルバートはゆっくりと語りだした。

「あの事件のことでグレンに聞きたいことがいくつかあるんです。このことはグレンの家族である皆さんも知っておいた方がいいかもしれない。なので、一緒に聞いてほしかったんです。」

そう言うとグレンに目線を移す。

「いろいろ聞かせてもらうぞ、グレン。」

「はい、分かりました。」

グレンの了解を得ると、ギルバートは一本の倭刀を取り出した。

「まず、これが何なのか教えてほしい。」

「こりゃまたきれーなもんだねぇ。」

マーラが思わずその美しさに感嘆の声を上げる。

「これはあの時お前がもっていたものだ。これをどこで手に入れた?」

「それは・・・、アーシア様の中から出てきたんです。」

グレンの言葉に、その場にいた全員が驚いた。

「アーシア様からだって!?」

「はい。」

神父はそのことに対して首をひねった。

「うーん、そんなことをするとすれば先々代の神父だとは思うが・・・。一体何のために?」

そんな神父にギルバートは自分の考えを話した。

「先々代の神父がどうやってこの刀を手に入れたかまでは分からないが、たぶんこの刀がとても大切なものだったんだろうことは想像できる。じゃなきゃアーシア像の中になんて隠さないだろう。神像を壊すなんて罰当たりなこと普通の奴ならしようとも思わないからな。」

ギルバートはそこで一呼吸を置くと話の核心に迫っていった。

「グレン、この刀を見た時何か感じなかったか?」

グレンはギルバートの言葉にはっとなった。なぜなら、ギルバートの口調はすでに何かを知っているようなものだったからである。

「えぇ・・・、実は刀から声が・・・。声が聞こえたんです。」

「そんなまさか!刀が喋るわけないじゃない!」

クレアはそういうが、ギルバートはその話で確信を得た顔をしていた。

「やはりな。これではっきりしたぞ、間違いなくこの刀は“インテリジェンスツール”だ!」

「なんだいそれは?」

聴きなれない言葉にマーラが尋ねた。

インテリジェンスツール、それはその名の通り知性を持った魔法アイテムのことである。それらには個々の人格が存在し、それらが認めた物にしか使えないという特殊な性質がある。

「そしてそれを使える奴にはある条件が必要なんだ。」

そう言うとギルバートの目がグレンへと向けられる。

「グレン、お前はギフト能力者だな。」

「え?ぼくが・・・ですか?」

「あぁ、それだと全てつじつまが合う。」

「ちょ、ちょっとまって!話を勝手に進めないでよ!グレンがギフト能力者だって一体どういうことなのよ!?」

クレアがあわてて二人の話に割って入る。

「おぉ、そうか。ギフトについて知ってるやつの方が少ないからな。分かりやすく言うと、ギフトっていうのは人知を超えた力ってところかな。」

ギルバートの言うようにギフトは人知を超えた能力のことである。その特性は能力者一人ひとり違っているが、そのどれもが魔法学や基本的な物理法則などの常識では説明できないようなものばかりなのである。だからこそ神が与えたという意味をこめてその能力を人々は“ギフト”と呼ぶようになったのである。

「それにあの時グレンの瞳の色が今とまったく違っていた。まだグレンがどんなギフトを持っているかは分からないが、能力者はその力を使う時からだの一部に変化が起こるんだ。グレンの場合瞳の色が変わるのがそれにあたるんだろう。」

ギルバートの話をグレンは信じられなかった。なぜなら、グレン自身にその自覚がまったくなかったのである。

「それで提案があるんだが・・・。グレン、俺と一緒に来ないか?」

「え!?それは・・・、僕にゲルトランクロウに入れって事ですか?」

「あぁ、そういうことだ。」

「ちょっとまって!それじゃあグレンに人殺しをさせるの!?」

す様しい勢いでクレアがギルバートに詰め寄った。それに対してギルバートは至って冷静な声で答える。

「時と場合によっては、そうなるかもしれないな。」

パンッ!

ほほをたたく乾いた音が室内に響く。ギルバートをはたいたクレアの手が小刻みに震えていた。

「最低・・・!」

そう口にするとクレアは食堂を飛び出して行ってしまった。

「ちょっとお待ち!クレア!・・・いっちまったよ。ギル、クレアが手を上げたことには謝らないよ。私もクレアと同じ気持ちだからね。どんな理由があろうと子どもに人殺しをさせるなんて間違ってるよ!」

マーラの刺すような視線がギルバートを射抜く。すると彼はゆっくりと口を開いた。

「俺もさっきは言いすぎた。だが、俺と一緒に行くところは町でも学校でもない。戦場なんだ。そうしなければならない場面はいくらでもある。・・・たぶんグレンにはつらい思いをさせてしまうだろう。」

「だったらどうして!?」

「ここにいたらグレンだけじゃなく、周りの人間にも危険が及ぶかもしれないからだ。」

ギフト能力者の数は確認されているだけでも数十名程度と非常に数が少ない。そのため、さまざまな国や組織が能力者の囲い込みに躍起になっているのである。ギフトはその絶大な力で武力になるだけではなく学術的にも貴重であるため、能力者がまだ子どもであったり能力をコントロールできなかったりするなど、ギフトが完全に目覚めていない場合、力ずくでも自分たちのものにしようと企む者も大勢いるのである。

「俺はギフトを持って生まれたが為に、組織の兵器として育てるのに邪魔だった家族を皆殺しにされたり、度重なる人体実験で心も体もボロボロにされたりした奴らを知っている。だから、グレンも神父様たちもグレンがギフトを持っていることが広まると危険なんだ!」

「なるほど・・・、でもそれは私たちが決めることじゃないんじゃないかな。」

神父の言葉にギルバートもうなずく。

「えぇ、分かってます。だから後はグレン自身が決めてくれ。」

「分かりました。・・・でも、少し時間をください。」

「分かった。だが時間があまりないんだ。今夜一晩じっくり考えてくれ。」

そう言ったものの、一度にたくさんのことが起こりすぎていて少年の頭の中が混乱しているのが、ギルバートにも良く分かっていた。

「それはそうと、君は何でそんなにギフト能力者について詳しいんだい?」

神父の問いにギルバートは顔を先ほどの厳しい表情からいつものさわやかな笑顔に変えて答えた。

「実はおれもそのギフト能力者の一人なんです。」

だがその笑顔とは裏腹に、彼の瞳はどこか寂しげに遠くを見つめていた。



教会の裏庭にある大きめの岩に腰掛け、クレアはどこを見つめるともなくただぼんやりとたたずんでいた。

ひんやりとした夜風が彼女のほほをなでるが、頭に昇った熱を覚ますことはなかった。

(何なのあの男は!グレンはまだ子どもなのよ!それなのにあんな言い方をして・・・。絶対に許さないんだから!)

初めて青年と出会った時、なんて頼りになる人のだろうとクレアは心のそこからそう思った。いや、今でもその気持ちは変わらない。むしろ子どもたちにやさしく接してくれたり、村の人たちやグレンに頭を下げて回ったりするほど誠実な人柄に彼女は好意すら感じていた。だからこそ、それが裏切られた憤りはいかんともしがたいものなのである。

(もう知らない・・・!)

その怒りから逃れるように、クレアは膝を抱えて顔を伏せてしまった。

「よう、こんな所にいたのか。探したぞ。」

クレアが振り返ると、そこにはさわやかな笑顔をしたギルバートが立っていた。しかし、クレアは彼に返事もせずに元の姿勢に戻る。そんな態度を気にした様子もなく、ギルバートは言葉を続けた。

「隣・・・座っていいか?」

“勝手にすれば”とでも言うように無言でクレアはプイッと顔をそらす。ギルバートはそれを見て小さくため息をつくとクレアの隣に腰掛けた。

「さっきは俺が言いすぎた。悪かったと思っている。」

それを聞いてクレアは顔を膝にうずめたままちらりと横目でギルバートを見た。彼は照れくさいのか顔を前に向けたままだったが、その瞳は真剣なもので、本当に謝罪したいという気持ちが彼女にも良く伝わってきた。

「だが、戦力としてグレンの力がほしいって言うのも本当のことだ。どうするかはグレンが決めることだが、俺はあいつに一緒に来てほしい。」

「な、なんで・・・!」

激昂しそうになるクレアに対して、ギルバートは静かに話を続けた。

「落ち着いて聞いてくれ。そういう面もあるって話だ。だが、本当は違う理由の方が大きいんだ。」

ギルバートの言葉のクレアが押し黙る。

「ギフトっていうのは強力な力だ・・・。だが、その強さゆえ一歩間違えれば全てを破滅に導いてしまうほどだ。能力者も、その周りの人たちすら巻き込んで・・・。コントロールできない力はただの凶器でしかないからな。グレンはまだ子どもだ、だからちゃんとした訓練を受けないといけないんだ。うちにはそこらの学校や軍隊よりもグレンをちゃんと教育できる人間がいる。いや、俺がそうする。だからクレア、俺を信じてくれ。」

ギルバートの真摯な声に、クレアの胸は知らずに高まっていった。そんな自分を隠すようにぶっきらぼうに返事をしてしまう。

「ふ、ふん・・・!分かったわよ。良くそんな恥ずかしいことを平気で言えるわね・・・!」

「そうか?」

「そうよ。」

それきり二人は黙り込む。しかし先ほどのような気まずい空気ではなくどこか安らいだ暖かい雰囲気が二人の間に流れた。

どちらともなく見上げた夜空には降り注ぐような満天の星空が二人を照らし出していた。



次の日の朝、ギルバートは帰りの馬車の前に立っていた。彼の周りにはたくさんの村人が詰め掛け別れの言葉をかけている。ローグの襲撃で犠牲者を出してしまったが、ギルバートの誠実な人柄のおかげでゲルトランクロウに対する怒りは薄くなり、みな素直に彼との別れを惜しんでいた。

「おっ!」

ギルバートは待ち人の姿を人垣の後ろに見つけて思わず声を上げてしまった。そして、その人物に彼は歩み寄っていった。

「どうやら一緒に来てくれるみたいだな、グレン。」

そこには旅支度をしたグレンが立っていた。グレンの後ろには彼を見送りに教会の面々が全員そろっていた。

「はい、よろしくお願いします。ギルバートさん。」

「これから一緒に戦う仲間になるんだ。ギルって気軽に呼んでくれ。」

そういってギルバートが笑顔でグレンの頭に手を置く、すると緊張していた少年の体がほぐれ、彼もまた笑顔になった。

「分かりました、ギル。」

ギルバートは満足げにうなずくとこちらを見つめるクレアの視線に気がついた。彼はその視線に優しく微笑むと“グレンのことは任せろ”とでも言うように彼女に親指を立てて見せた。すると、クレアのほほが赤く染まりあわててギルバートから目線をそらす。そんな彼女の様子を見てギルバートは不思議に思ったが、特に気にも留めずグレンへと目線を落とした。

「俺は先に馬車の方へ行っているから、グレンはみんなに挨拶して来いよ。」

そう言うとギルバートは足早に馬車へと向かっていった。グレンが振り返ると、子どもたちが悲しげな顔で彼を見つめていた。それを見たグレンはいつもの優しい笑顔で膝を折って子どもたちに目線を合わせた。

「グレンおにいちゃんどっか行っちゃうの?」

ベスが不安そうな顔で尋ねてきた。それに対して、グレンは努めて穏やかな声で答える。

「うん、ギルと一緒にちょっと遠くにね。」

「じゃあわたしもいっしょに行く!」

そういってグレンにしがみつくと、他の子どもたちもいっせいに自分もいっしょに行きたいと騒ぎ出す。グレンはその様子に少し困った顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻ると優しくベスの頭をなでながら子どもたちに語りかけた。

「ごめん、それは出来ないんだ。みんなにはもっと勉強してクレア先生や村の人たちを助けてあげてほしい。・・・大丈夫、またすぐに帰ってくるよ。だからちょっとの間いい子でお留守番していて。」

「すぐかえって来る?」

「あぁ、帰ってくるよ。」

グレンにそういわれてベスはしぶしぶ彼の腕を放した。そんなベスにグレンは微笑みかけると隣にいたジャンに話しかけた。

「ジャン、僕がいない間は君が一番お兄ちゃんになるんだ。だから、みんなのことを頼んだよ。」

「う、うんまかせて。」

そう答えるジャンの表情がいつもより大人に見えてグレンは嬉しくなった。

子どもたちの後ろに目を向けるとそこには神父たちが子どもたち同様、悲しげな表情を浮かべていた。

「グ、グレン・・・。」

感極まったマーラが神父の胸に顔をうずめる。そんな彼女の代わりに神父がグレンに声をかけた。

「グレン、絶対に無茶をしちゃいけないよ。危なくなったらいつでも村に帰ってきて良いんだからね。」

「はい・・・。分かりました神父様。」

すると突然グレンは誰かに腕を引かれた。振り返るとその正体はクレアであった。

「ク、クレア先生・・・?」

「グレン、少しじっとしてなさい。」

そう言うとクレアは自分の首にかかっているペンダントをグレンにかけた。

「このペンダントはわたしの祖母の形見でわたしの大切なお守りよ。これがあなたを守ってくれるわ。」

「そ、そんな大事なもの受け取れません!」

グレンが断ろうとすると、クレアは少しいたずらっぽく微笑みグレンの体を抱き寄せた。

「いいのよ。それにこれはあなたのあげるんじゃなくて貸すだけなんだから、だからちゃんと返しに戻ってくるのよ。」

そのクレアの思いを理解したグレンは彼女の胸の中で力強くうなずいた。

「おーい!そろそろ出発するぞー!」

馬車の出発を知らせるギルバートの声が遠くから聞こえてきた。

「それじゃあ言ってきます!皆さんお元気で!」

そう言うとグレンは馬車へとかけていく。すると、見送りにきた人々たちがいっせいに別れの言葉を彼に向けて叫んだ。

「ちゃんと挨拶してきたか?」

「はい。」

「よし、じゃあ出すぞ!」

ビシッというムチの音と共に馬車が走り出す。グレンは馬車の荷台から村のみんなが見えなくなるまで大きく手を振り続けた。やがて村が見えなくなるとグレンの胸に不安と寂しさが去来し、すぐにでも村に引き返してしまいたい気分になった。それを感じ取ったのか手綱を握るギルバートがグレンに声をかけた。

「不安か?グレン。」

「いいえ、大丈夫です。」

グレンはそれに笑顔で答えると、弱気な自分を振り切るように顔を上げた。

そこには彼の不安や寂しさを吸い込んでくれるような、青く澄んだ空がどこまでも広がっていた。


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