一話
しんと静まり返り月明かりさえ見えない。まるで夜の海に沈んでいくような、漆黒の世界に包まれる感覚があたりを支配している。感じられるのは廃墟と化した建物や木々が燃える鬼火と、この空間に充満する焼け焦げたにおい、そして、むせ返るほどの血のにおいである。この世に地獄があるのなら、たぶんこの場所のようなことを言うのであろう。
村の人々を虐殺した野党たちは消え去り、放たれた火はあらかた村を焼き尽くしてしまった。死と静寂が支配する世界で、一人の少年が崩れた壁にもたれ、ひざを抱えて座っている。生気を失った彼の瞳には屋根を燃やす淡い炎だけが映っている。
恐怖と絶望が彼にさまざまなことをあきらめさせた、泣くことも逃げることも話すことも、そして立ち上がることさえも・・・。
淡く燃える屋根が崩れ落ちた時、彼は考えることさえも諦めた。
ガンッ!ガンッ!
朝日が窓から差し込み、そのやわらかい光線が心地よく包む部屋に大きな金属音が響き渡る。すると、もぞもぞとまるで芋虫のように子供たちがベッドの中で動きだした。
「皆朝ですよー!早く起きなさーい!」
そんな毎朝の光景をクレアは内心ほほえましく感じながらもこのなまけものたちを早く起こすために語気を強くするのである。
「おはようございます、クレア先生。」
「あら、おはようグレン。あなたはちゃんと起きていたのね。まったくみんなもグレンを見習ってほしいわね。」
そう言うとクレアは次々とシーツをめくり、強引に他の子供たちを起こしにかかった。
「みんな、おはようございます。さあ朝ごはんですよ、ちゃんと顔を洗ってきなさい。」
子供たちはまだ眠い目をこすりながらもクレアの指示に従って顔を洗いに部屋を出て行く。だが、中には手ごわいものもいるようで。
「せんせい・・・おはようございます・・・。おはすみなさい・・・。」
「こらー!ロン寝るなー!」
朝特有の清々しい空気に混じってパンの焼ける香ばしい香りが教会中に広まっている。その香りは教会の一室から漂ってきていた。その部屋はこのエクセル教会の食堂なのだが、長いテーブルが一台と椅子がいくつか並んでいるだけの質素なものであった。
テーブルの端に一人の初老の男性が腰掛けて新聞を読んでいる。彼はエクセル教会の神父ロベルト・フランコである。
「またローグの襲撃事件があったのか・・・。」
そうつぶやき深いため息をつく姿からも、彼が心優しく、また慈悲深い人物であることがわかる。
彼のいうローグとは、戦場から生き残り野党化した軍人たちのことである。ゲルト地方の内戦が勃発してはや三年が過ぎ、その数も年々増加している。現在ではローグたちが複数のギルドと呼ばれる組織を作り、一種のギャングのような存在となって内戦の戦況をより複雑なものにしていた。グレンたちはこのローグによる襲撃によって親を亡くし、エクセル教会の孤児院に保護された子供たちだった。
「ほら、神父様!朝からそんな辛気臭い話してないで食器を運んでくださいな。」
「ああ、わかったよ、マーラさん。」
そういうものの、ロベルト神父は一向に動こうとせず新聞を読み続けている。すると、ある記事に目が留まった。
「へえ、ゲルトランクロウがまたギルドのひとつを潰したのか・・・。この悪夢のような紛争で、彼らの活躍が唯一の希望だよ。」
そういうと、神父は先ほどよりも少しばかり深いため息をつくのであった。
ゲルトランクロウ、それはゲルト紛争で被害を受ける町や村の人々を軍隊やローグたちから守る傭兵集団である。傭兵とは言うものの、村人たちから報酬を受け取るのではなく、倒した敵兵から金品や武器などを奪いそれを資金源にしているので、帝国軍やローグからは「ジャンクヤード・ドッグス」と呼ばれ忌み嫌われている。
しかし、民衆からは無償で自分たちを守ってくれ、なおかつ恐怖の象徴である帝国軍までつぶそうとしてくれている彼らはまるで英雄のような存在となっていた。
「おはようございます。神父様、マーラさん。」
「おはよう、グレン。今日もやっぱりお前が一番だね。」
「まったく・・・、みんなもグレンを見習って早起きしてほしいもんだよ。あと、神父様!さっき食器を運んでくれっていっただろ。ちゃんと聴いていたのかい!?」
「あ、ああわかったよマーラさん。すぐやるよ。」
教会の主である神父も、このベテランシスターには頭が上がらないようである。そんな会話をしていると、次々と子供たちとクレアが食堂に入ってきた。
「おはようございます!」
「おはよう・・・、ございます・・・。」
「おはよう、ベス。元気があっていいね。それに比べてロン・・・、男ならしゃきっとしな!」
「それじゃあ、みんな席についてー。こら!オーリーにジャン!走り回らないの!」
どうやらグレン以外の子供たちはなかなか一筋縄ではいかないようである。
「二人ともいい加減にしなさい!!」
ジャンとオーリーにクレアのげんこつが飛んだところでようやく全員が席に着いた。すると、さっきまで騒がしかった食堂を静寂が包み、どこか厳かな雰囲気が漂う。
「親愛なるアーシアよ。あんたの愛と大地の恵みに感謝します。」
「「感謝します。」」
この教会のあるパルプランドも含め、多くの地域でアーシア教が信仰されていて、食事の前に女神アーシアに感謝の祈りをするのがアーシア教徒たちの決まりなのである。
アーシア教とは“創造と大地の女神”であるアーシア神をあがめる宗教であり、その教会も大陸各地に存在していた。
「それじゃあ、いただきます。」
「「いただきます!」」
食事が始まると子供たちを中心に、再び食堂がにぎやかになる。
「あっ、ベスそのウィンナーいらないんだったらオレが食ってやるよ。」
「えっ、あー!ジャンがわたしのウィンナーとったー!」
そう言うとベスは目に涙をいっぱいにためて今にも泣きそうな顔になった。すると、ベスの隣に座っているグレンが、
「こら!ジャン、女の子を泣かしたらだめだろう。ベスにちゃんと謝るんだ。ほら、ベスも僕のウィンナーをあげるから涙をふいて、ジャンを許してあげて。」
「う、うん。ごめんベス・・・。」
「ぐすっ・・・もういいよ。ありがとうグレンお兄ちゃん。」
このように子供たちの間で起こる小さな問題を仲裁し、解決するのが彼の役目になっていた。ジャンやベス、ロンやオーリーと比べてグレンは三歳ほど年上であり、兄弟のように育ったジャンたちにとってグレンは本当の兄のような存在である。
「ありがとう、グレン。ジャン、わたしはグレンみたいにやさしくないから、今度こんなことをしたらただじゃ置かないわよ!」
「うるせー!クソババア!」
「なんですってー!」
「こら!二人とも食事中だぞ!静かにしなさい!」
「す、すいません・・・神父さま。」
「ご、ごめんなさい・・・。」
こういうようにすぐに熱くなってしまうのがクレアの良いところであり、また最大の弱点でもある。
「まったく・・・、あんたもグレンを見習ってほしいもんだよ。」
マーラのつぶやきに、いっそう顔を赤らめるクレアなのであった。
食事を終えると子供たちは教会の敷地内にある小屋へと移動する。そこでは文字の読み書きや簡単な数学、そして歴史などをクレアが先生となって子供たちに教えている。
クレアは学術都市と呼ばれているブレイナの大学を卒業した聡明な女性である。そこで教育学を学んだ彼女は、故郷であるパルプランドの学校で教鞭を振るう予定であったが、ゲルト紛争による孤児の増加と、その影響によって子供たちが満足な教育を受けることが出来ない現状を知ったクレアは、そんな状況を改善するためにこの孤児院にやってきたのである。
「ほらほら、みんな勉強を始めるわよ。早く移動しなさーい!ほかの子達はもうさきに
集まっているわよー。」
「「はーい!」」
クレアは、孤児院の子供たちだけではなく、村の子供たちにも勉強を教えている。それは、より多くの子供たちに最低限の勉強を学ばせてあげたいというのがクレアの信念であったからである。
「まったく返事だけはいいんだから・・・。それじゃあグレン、いってくるわね。」
「はい、いってらっしゃい、クレア先生。」
「ごめんね、グレン。あなたにばっかり負担をかけて・・・。」
「大丈夫です。僕にはこれがあるだけで十分ですから。」
そういうとグレンは、手に持っていた分厚い本をクレアに見せた。
ほかの子供たちとは違いグレンは文字の読み書きがはじめからできた。それどころか数学などの知識はクレアよりもはるかに上回っていた。そのためクレアは他の子供たちと違う授業を彼一人にしなければならず、授業がはかどらなかった。
そんなクレアの苦労を察して、グレンは働きながら独学で勉強をすることを提案した。
はじめはクレアやロベルト神父、マーラも大反対であったが、資金の乏しい孤児院の手助けがしたいというグレンの熱意にしぶしぶそれを許したのである。
幸いにも、この教会には古書コレクターであった先々代の神父が集めたさまざまな種類の本がたくさんあり、グレンの知的好奇心を満たすのに十分であった。
「ちゃんとあなたにあった教育ができる環境だったらよかったのに・・・。そしたら、アカデミーの主席にだってなれるわよ。」
アカデミーとは、ブレイナの俗称であり、その主席になるということは世界を動かせるほどの地位を手に入れたことと同じである。そのため、主席となる人物は成績が優秀であることはもちろんのこと、度重なる厳しい審査によって選ばれるため、数十年に一人出るか出ないかの割合でしかない。
「あ、ありがとうございます。でも僕は、そういうのにはあんまり興味ありませんから。それに僕にはとても無理ですよ、きっと。」
「何いってるの!そう思ってるのは私だけじゃないんだから。神父様やマーラさん、それに村の人たちみんながそう思っているのよ。この前だって、村長様からあなたの学費を村の皆で出そうっていったのに何で断ったの?」
「それはだって・・・、戦争のせいでみんな大変なのに僕のために迷惑をかけるなんて出来ません。」
そういってやわらかく微笑むグレンに、クレアも言葉を詰まらせてしまう。
クレアの言うとおりグレンのことを応援する人はとても多い。それは、彼の外見がまるで少女のように可憐で、どこか儚げな印象を受ける美少年であることに加えて、物腰が柔らかく、浮世離れした容姿とは裏腹に、気さくで誰にでも優しい人柄によるところが大きい。
「はぁっ・・・、まったく、アーシアさまの教えに“無欲たれ“ってあるけれど、あなたはもう少し欲を持ったほうがいいわね。」
そうため息混じりにつぶやくクレアに、グレンは少し困ったような笑顔を浮かべるのであった。
パルプランドの主な産業はその広大な土地と豊かな自然を利用した林業や酪農業などの農業である。グレンたちの住むヴァン村もほとんどの家が畑を持っていて、教会も個人の畑を持っている。
グレンの仕事は畑を耕し、収穫した農作物を数キロ離れた町の市場まで運ぶというものである。経験した人なら想像できると思うが農作業は非常に重労働だ。それに、数十キロの荷物を担いで数キロ先まで運ぶというのは大の大人でもきつい仕事である。
しかし、グレンはその華奢な外見からは想像できないほど体力がある。
また、体より一回りも大きい荷物を担いでいる姿は、今では市場の名物になっている。
そして、グレンは農作業の合間や荷物を運んでいる間など、少しでも時間があればすべて読書に費やした。一見、本を読みながら重い荷物を箱こぶなど、危険な行為なのだが、不思議とグレンが怪我をしたということはなかった。
「よう!勤労少年!今日もがんばってるな!」
「こんにちは、グレン。いつもえらいねぇ。」
市場につくと、町の人が次々とグレンに声をかけてくる。ヴァン村と同様にここでもグレンは人気者であった。グレンはそれらの挨拶に一つ一つ答えながら、今日取れた野菜やマーラお手製の衣類を店にまで届けに向かう。
グレンの届け先はロベルト神父の弟であるラッセルが経営している商店であり、そこで商品と代金を交換してグレンの一日の仕事は終わりになる。
「お疲れさん。はいよっ、これが今日の分だ。」
そう言うとラッセルは硬貨の入った袋をグレンに手渡した。
「いやあー、いつも思うんだが、良くこんな重いもの担いで本なんて読めるもんだなー。」
ラッセルの感心した声に、グレンは照れたような笑みを浮かべた。
「一体どんな本を読んでいるんだ?」
「今読んでいるのはゴッサールの『魔道書』です。」
ゴッサールとは、数千年前に実在した伝説の大魔道士のことである。魔法を使うためには言葉によって魔術式を唱えることや、魔法陣などの特殊な図形を描く必要がある。
ゴッサールはその基礎を作り出した人物で、彼の著書である『魔道書』は現在でも多くの魔法学校で教科書として使用されている。
「へぇー、それはすごいな。俺には難しすぎてちんぷんかんぷんだが。」
魔法は、人族やエルフ族、竜人族など魔力と呼ばれる生体エネルギーを持つ種族では、個人差はあるが全員使える素質がある。しかし、魔力の高いエルフや竜人たちとは違い、比較的魔力の低い人間は、魔法を発動させるために複雑な魔術式を使う必要があり、魔法を使えない人のほうが多い。そのため、人間同士の戦争の場合、どれだけ味方に優秀な魔道士がいるかで戦況が大きく変わるのである。
「こういう難しい本が読めるんだ。やっぱりお前はちゃんとした学校に通ったほうが良い。みんなそう思っているぞ。」
「いえ、それは前にもお断りしたはずです。それに、ぼくが魔道書を読んでいるのは、ジャンやベスたちが怪我をした時に回復魔法を使ってあげるためですから。」
回復魔法は数ある魔法の中でも初歩的なもので、比較的簡単に使える。また、回復魔法にもいくつか種類があり、傷などの外傷を治すものや、病気などの体内治療をするものなどがある。
「そうか・・・。でも、俺たちの懐のことを考えて言ってるんだったら、気にしなくていいんだぞ。グレンのためだったら借金してでも金を出すって奴ばかりだからな。気が変わったらいつで言ってくれよ。」
「はい・・・、ありがとうございます。」
ラッセルの言葉は、グレンによって本当に嬉しかったが、戦争の影響で普通の生活もままならない人も多い中、自分だけがやりたいことをやるということがグレンには出来なかった。
グレンが村につく頃には、すでに空が茜色に染まり、人々も今日一日の仕事を終え、それぞれの家からは夕食の良いにおいがもれていた。
「あっ、グレンお兄ちゃんだー!」
教会の前で遊んでいた子供たちは、グレンの姿を見つけるといっせいに彼にかけよって来た。
「お帰りなさーい!グレンお兄ちゃん!」
「ただいま、ベス。ちゃんと良い子に勉強してた?」
「うんっ、したよー!」
「そっかー、えらいなーベス。」
そういってグレンはベスの頭をなでてあげる。それがよほど心地よいのか、ベスはふにゃっと顔をとろけさせた。
「オレもしたー!」
「ボ、ボクもー!」
ベスのそんな顔を見て我慢できなくなったのか、次々と子供たちが声を上げる。
グレンは、そんな子供たち一人ひとりの頭を優しくなでてあげるのであった。
みんなで夕食を済ませ、聖堂でお祈りをし、夜の団欒を終えると子供たちは早めの就寝時間を迎える。子供たちの安らかな寝息が聞こえる中、一人だけまだ眠りについていないものがいた。
グレンである。彼は他の子供たちが目を覚まさないように、月明かりを照明代わりにして本を読んでいた。別にこんな薄暗い中で本を読みたいわけではない、朝になればまた本が読めるのである。ではなぜ、彼は本を読んでいるのか?それには別の理由があった。
眠れないのである。いや、眠りたくないといったほうが良いだろう。毎晩のように見る悪夢が彼を苦しめ続け普通に眠ることすら許してくれなかった。
ふと隣のベッドで眠っているロンが目に入った。その寝顔はとても安らかで、さっきまでグレンの心を占めていた不安を薄めてくれるような気がした。だが、みんなが眠っているのに、自分だけが起きているという現実が夜の闇とあいまって、独特な孤独感をかもし出していた。
“・・・っ。”
(また、聞こえる。)
グレンがこの孤児院にやってきたその夜から、ささやくような声が毎晩のように聞こえていた。ただ、その声は非常に小さく何を言っているのかグレン本人にもわからない。いや、それが本当に声であるのかさえ疑わしいほどである。前に一度クレアたちにこのことを尋ねてみたが、誰もそんな声を聞いたことがないようだった。
自分にしか聞こえない声、普通なら気味の悪いものであるはずのそれに、グレンは不思議な安らぎを感じていた。
そして、その声が自分を呼んでいるような、そんな気さえしていたのである。
(どこから聞こえてくるんだろう?)
いつもそう思い、その声がどこから聞こえてくるのか確かめようと思うのだが、そのたびに強烈な眠気がそれをさせまいとするかのようにグレンを襲うので、その声が何であるのかいまだにわからないままであった。そして、今夜もまた睡魔が彼を襲い、さっきまで眠れなかったのが嘘だったかのように、彼の意識は深い闇へと落ちていった。
空が白みだし、もうすぐ夜が明ける。澄んだ空気にひんやりとした風が木々をなで、心地よい朝の雰囲気が森を包んでいた。
ダダダッ!ダダダッ!
しかし、そんな清々しさを打ち破るような蹄の音が森にこだました。
土煙を上げ、一心不乱に疾走する四頭の馬に、無骨な男たちがしがみつくように乗っている。彼らはみな身体のあちこちに傷を負い、荒い息を上げ、疲れきった目をしていた。夜通し走ってきたのか馬たちも息が上がり、中には口を切って血がにじんでいる馬もいた。
「くっそ・・・犬どもが・・・!ドン・チェロ様をこんな目にあわせやがって・・・、いつか皆殺しにしてやる!」
先頭のひげをたくえた男がそうつぶやくが、今の彼らではそれが無理なことは明らかである。彼らにできることは、ただ追手から遠くへ逃げることだけである。だが、無理に走らせてきた馬たちの体力が限界を迎え、ドン・チェロの馬が泡を吹いて倒れてしまった。ドン・チェロも宙に投げ出され、体を地面にたたきつけられた。
「親分大丈夫ですかい?」
部下の一人が駆け寄り声をかける。
「痛ってぇー!このクソ馬が!」
そう叫ぶと倒れた馬に駆け寄り、その馬を蹴り上げる。しかし、倒れた馬は白目をむきピクリとも動かなかった。
「親分他の馬ももう限界です。・・・ここからは歩いていくしかないですぜ。」
「ペッ・・・、仕方ねぇな。」
そう言うとドン・チェロは動かなくなった馬につばを吐き、もう一度蹴り上げた。
「そういえば、ここら辺はフランコファミリーが仕切っているはずですぜ。やつらに食料や武器を補給してもらって・・・。」
ザシュッ!
部下の言葉をさえぎるようにドン・チェロの剣が男の首をはねた。はねられた首が宙を舞い、地面に落ちてゴロゴロと転がる。切り裂かれた首から血が噴出しドン・チェロの顔に降り注いだ。
「てめぇ!このオレ様に田舎ヤクザからめぐんでもらえっていうのか!?あぁ!」
そう叫ぶと首がなくなった死体を足蹴にする。その様子に他の部下たちは震え上がり、動くことさえできなかった。
「いいか、てめぇら!今度このカスみたいなことをほざいてみろ!その場で全員殺してやるからな!」
踏みつけられた刺激でぴくぴくと痙攣する死体に剣をつきたて、血まみれの顔で部下たちをにらみつけるその姿から、部下たちはこの男が人間ではなく狂気に満ちた鬼や悪魔のような存在であると思えた。
「もう少し進めば小さな村があるはずだ。そこで食料を奪う。そんでもって、前の村のように殺さない程度に村人を斬れ、奴らの足止めになるからな。ただ・・・。」
そこで言葉を切ると、口元を嫌らしくゆがめた。
「邪魔な奴らは全員殺せ。」
市場についたグレンは、町の様子がおかしいことに気がついた。いつも活気にあふれているはずの通りは閑散とし、市場も多くの店が早々と店じまいをしている。
ラッセルの店についたグレンはそのことについて聞いてみることにした。
「ラッセルさん、町の様子がおかしい気がするんですけど、何かあったんですか?」
「あぁ、そのことか・・・。実はな、この辺にローグがやってきているらしい。」
「えぇっ!どうしてこんなところに?」
「それが名、数日前にゲルトランクロウとパルメンギルトのローグとの戦いがあったんだが、どさくさにまぎれてローグの親玉が逃げたらしい。どうやらそいつがここの近くまで来てるって話だ。」
「まだ、捕まっていないんですか?」
「あぁ、どうやらそいつが結構な大物らしくてな。ゲルトランクロウも必死で追ってるみたいだが、足止めを食らってるらしい。」
「足止め?」
「山ひとつ向こうの村がそいつらに襲われたんだ。幸い死人はほとんど出なかったようなんだが、どうやら意図的に殺さなかったらしい。」
それを聞いたグレンは疑問に思った。
「どうしてそんなことを?」
「だから“足止め”なんだよ。ゲルトランクロウがけが人の治療をするとわかっていてやったんだ。」
「そ、そんな・・・。なんてひどいことをするんだ。」
グレンは湧き上がる怒りでこぶしを強く握り締めた。
「あぁまったくだ。人の善意を利用して、無関係な人を傷つける。本当に腐っているよ。」
ラッセルもまた、グレンと同じようにそのローグへの怒りを感じていた。
パルメンギルドはソクラスギルド、プルートギルドとあわせて三大ギルドと呼ばれるほどの大きな組織である。また、その他のギルドに比べてパルメンギルドには先頭に特化したものが多く、その残忍で冷酷な性質は人々から恐れられていた。
「そういうことでみんな家の中に隠れちまったのさ。グレンも早く村に帰ったほうがいいぞ。・・・ん?」
ラッセルが窓の外に目をやると、ヴァン村の方角から黒い煙が立ち上っているのが見えた。
「なんだ、あれは?」
「ま、まさか・・・!」
そうつぶやくと、グレンは店を飛び出していった。
「ま、まて!グレン!戻ってこい!」
ラッセルの子が後ろから聞こえたが、グレンは振り返ることもせず走り続けた。
彼の心は不安が渦巻き、ただ村のみんなが無事であることを願うばかりであった。
グレンが走り出す数時間前、ドン・チェロたちに襲われた村に一人の男が到着していた。
年のころは二十代前半で、一見すると細めの体格をしているが、その引き締まった肉体は
筋肉の一つ一つがまるで鋼でできているかのようである。そして、彼の精悍な顔立ちと強
い意志を秘めた瞳から、人をひきつけるカリスマ性が感じられた。
彼の名はギルバート・デクラーク、ゲルトランクロウの創設メンバーにして超一流の剣士
である。その桁外れの強さから、敵軍に“超獣”と呼ばれ恐れられている。
彼はドン・チェロの逃亡を受け、馬を飛ばしてやってきたのである。
「ギルバート様~!」
ギルバートの姿を見つけた兵士の一人が駆け寄ってきた。部隊長の腕章からその男がこの
部隊の指揮官であることがわかる。男はギルバートに駆け寄ると、彼の足元に膝づき深々
と頭を下げた。
「申し訳ございません!この失態は全て私の責任です!処分はいかようにもお受けしま
す!」
その様子を静かに見つめていたギルバートは、少し間を置いて口を開いた。
「・・・村長殿はどこにいる?」
「派?え、あ、あそこの広場でほかのけが人たちと一緒に治療を受けていますが・・・」
それを聞くとギルバートはズンズンと広場へと足を進めていった。
広場には多くの怪我をした村人たちが治療を受けていた。そのうち、傷の深い者は地面に敷かれた布に寝かされ、兵士たちが総出でその治療に当たっていた。
「村長様はどちらに居られますかー!?」
ギルバートがそう叫ぶと広場にいた人々が彼に目を向ける。すると一人の老人が手を上げた。それを見つけると、ギルバートはその老人に歩み寄った。
「村長様でいらっしゃいますか?」
「あぁ、そうじゃが。お主は?」
それを聞くとギルバートは膝をつき、先ほど隊長がしたときよりも深く頭を下げ、彼の額が大地にこすり付けられる。
「このたびは大切な村の人たちに多大な迷惑をかけてしまいました!これは我々の責任です!」
そのギルバートの姿に周りの人々は驚きを隠せなかった。村長もまた、目を見開いてあわてて彼に声をかけた。
「あ、頭を上げてくだされ!今回のことはおぬしたちの責任ではない。わしらを襲った野盗とそれを生み出した戦争が悪いんじゃ。それに兵士の皆さんは寝る間も惜しんで働いてくれておる。感謝こそすれ、おぬしたちを恨んでいるものなぞ誰も居らんよ。」
村長の言葉は村人全員の気持ちを表していた。しかし、ギルバートはそれでも納得できないようであった。
「いえ、今回のことは我々の責任です。この責任はしっかりと果たさせてもらいます。」
そう言うとギルバートはゆっくりと立ち上がり、部隊長に歩み寄る。
「馬を一頭借りるぞ。俺の乗ってきた馬は一晩中走り続けて走れないんでな。」
「はっ、どうぞお使いください。」
クイッ、クイッ。
その時ギルバートの袖を誰かが引っ張った。振り返ってみるとそこには小さな男の子がギルバートを見上げていた。
「どうした?坊主。」
そういって膝を折り、男の子と目線をあわす。その表情はさっきまでの厳しいものとはうって変わり、とても穏やかで男の子が喋りやすいような優しい声であった。
「お兄ちゃんは強いの?」
「あぁ、強いぞ。」
「じゃあ、お母さんをケガさした悪い奴やっつけて!」
男の子の純粋な瞳が、まっすぐにギルバートを見つめる。
ギルバートが男の子の後ろに目をやると、少しはなれたところに男の子の母親と思われる女性が治療を受けていた。
「わかった、絶対に他をしてやる!だからお前は母さんをしっかり守るんだぞ。大切な人を守ること、今はそれだけを考えておけばいい。わかったか?」
そう力強く語りかけ、くしゃくしゃっと男の子の頭をなでてやる。
「うん!わかった!」
走り去る男の子を見送ると彼はすっと立ち上がり背を向けたまま部隊長に告げた。
「さっき責任がどうとか言っていたが、そんなこと今はどうでもいい。あんたはここの人たちの治療に専念してくれ、・・・後のことは俺に任せろ。」
そういうギルバートの顔はすでに戦士のものになっていた。そして、彼の背中がとても大きく感じられ、そのゆるぎない信頼感が広場にいた兵士たち全員に伝わり、彼らは自然とその後姿に敬礼していた。
村についたグレンが目にしたのは炎に包まれた民家と道に転がる村人たちだった。彼らはすでに意気がなく、赤々と燃える炎がグレンに過去の記憶を呼び覚まさせ、強烈なデジャヴが彼を襲った。
(またなのか?)
グレンの心に憤りという名の風が吹き、彼の中のくすぶっていた火種が息を吹き返そうとしていた。
ふと見ると民家から少し離れた場所に動く人影が見えた。
「マーラさん!」
「グ、グレン・・・、どうしてここに?」
マーラに駆け寄ってみると、彼女の体には軽いやけどがあちらこちらにあり、意識も朦朧としていた。グレンは、すばやくマーラに回復魔法をかけると、彼女も少し楽になったようだった。
「大丈夫ですか?マーラさん。」
「あぁ、あんたのおかげでだいぶ良くなったよ・・・。ありがとう。」
「良かった・・・。それで神父様たちは大丈夫なんですか?」
「いやそれがわからないんだよ。ローグがいきなりやってきて家に火をつけて回ったんだよ。」
マーラの話によるとローグたちは、炎から逃れるために外に出た村人たちを次々と斬りつけ、混乱した人々が散り散りに逃げていったらしい。そのうち逃げ遅れた人やローグたちに立ち向かった男たちが殺されたようだ。そして、人がいなくなった家から食料や馬、現金などを奪っていったのである。
グレンはマーラを近くの木陰に連れて行くと、体力が早く回復するように睡眠魔法をかけた。その後、他に誰か無事な人がいないか確認しようとしたグレンは、教会の前に三頭の馬がつながれていることに気がついた。
(ま、まさか・・・!)
グレンは教会へと急いだ。彼が最も恐れていたことが現実のものになろうとしていた。