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誰でも突然かかる病  作者: ぐめら
神王暦11年
3/15

2. リシアの愛

当小説では珍しい(笑)、ヒロイン視点です。

・・・でも、主人公とはまだ出会っていません。プロローグその2。


初日はここまで、以降一日一話ずつ更新を予定いたしております。

では、良い暇つぶしとなりますように。

 何年前のことだったろう。

 それは、どこか浮世離れした、美しい風景に見えた。

 実際は、見慣れた家の裏庭だったが。


 窓辺で、どこか遠くを見ているような父様に、小さな妹が声をかける。

 優しい声で、父様が答える。そして小さな妹を膝に座らせる。


 見慣れた、普通の親子の情景のはずだ。

 それが、とてもこの世のものと思えないのは、父様の遠い目のせい。

 そして、二人の会話の内容のせい。



 「父様、その方たちにお会いしたいの?」


 まだ少し舌っ足らずに、サーシャが言った。でも、私には何のことだか全くわからない。私はずっと庭にいたが、妹の言葉は唐突だった。


 「そうだね。会いたいね」


 幼い妹に笑いかけ、抱き上げて自分の膝に座らせる父様。


 「お会いしないの?」


 かわいらしい、高い声で問いを続ける。


 「まだ会えないね。ひょっとすると、待っているかもしれないが、仕方のない話だ。勝手に終わらせる訳にはいかない。サーシャ、声が聞こえたのかい?彼らの」


 父様の声は優しかったけれど、どこか哀しんでいる様でもあった。

 そして、やはり何を言っているのかよくわからなかった。

 幼い妹には、わかったのだろうか。


 「ううん。父様の中に住んでいるの。見えるのよ」


 会話は成立しているようだけれど。


 「そうか。この人たちは、父様の大切な人たちだよ。けれどこの事は、誰にも言っちゃいけない」


 「なぁぜ?」


 「母様が悲しむから。父様が遠くに行くような気がするそうだよ。だから、この人たちのことは、内緒にしておこう」


 「わかったわ」


 妹は、確かに父様にべったり懐いているけれど、それなりに母様のことも大切に思っているようだ。


 「それともう一つ。この人たちは、きっとお前の他の人には見えないよ。同じように、目で見えるものの他は、他の人には見えないから、きっと誰にも言っちゃいけない。わかるかい?」


 「うーーー、目で見えるものって?」


 「そうだな……じゃあ、目をつぶっても見えるものがあるかい?」


 「うん。父様の中に住んでいる人たち……あれ、私になっちゃった」


 「そうだろう。今見えている様なのは、他の人には見えていないんだ。だから、誰にも言っちゃいけない」


 「よくわかんない。でも父様の色は好き」


 「じゃあ、もう少し大きくなったら教えてあげよう。それまで目をつぶっても見えるものについて、誰にも言わないこと。いいかい」


 「うん。お約束する」


 とにかく、私に理解できたのは、父様がサーシャに何かを禁じたことだけだった。

 ところで、誰にも言ってはいけないことを、私は聞いていたのだけれど。父様は、私に気付かなかったのかしら。


 「リシア」


 思ったとたん、声をかけられて、飛び上がりそうになる。


 「お前も、今聞いたことは誰にも話してはいけないよ」


 「はい」


 何が何やらわからなくとも、父様との約束は守る。

 我が家では、母も含めて女三人共、父様が一番好きだった。

 父様が誰を一番好きかはわからない。別に誰でもいい。

 きっと、私たちが一番だと、何の気もなく信じられたから。



 たぶん、あれはサーシャが五つか六つの頃だろう。

 私は、庭の菜園で水遣りをしていて、父様は夕涼み。

 母様は夕餉の仕度をはじめて、そちらから妹は出てきた。

 夏だった。

 最近になって思い出したのは、恋心を自覚してしまったせいだろうか。

 けれど、この恋は、誰にも知られてはいけない。

 そっと、抱き続けるか、いつか消えるのを待たなければ。


 好きになったのは、当たり前だったと思う。

 私は、ずっと優しい父親にこがれていた。私と母様を大切にしてくれる存在。特別な人。

 別に、私たちが周囲から疎んじられていた訳でも、ひどい扱いを受けていた訳でもない。ただ、両親の揃っている友人たちがうらやましかったのだ。

 だから、あの人が現れた時に、私の父様だと思った。

 実は、母様が家事を手伝いに通っていただけだったが。

 私は勝手に「父様」だと思い込み、そう呼んでいた。

 最初は母様にたしなめられたが、父様は許してくださった。その上、私を実の娘のように、かわいがってくださった。

 そしてそのうち、本当に父様になってくださった。

 かわいい妹も生まれて、私はとても幸せだった。

 その頃は、まだ父様が実の父親ではない事がわかっていなかったし、父様も妹と分け隔てなく接してくださった。

 そのうち、血がつながっていない事もわかったけれど、父様がお優しくて、サーシャがかわいい事にはかわりなく、全く平気だった。


 いつから、父様を男性として見ていたのだろう。

 大好きであることに変わりなく、ただ苦しいだけだ。

 サーシャに対して優しいことは嬉しいのに、母様に対するそれには胸がひりつく。厭らしい自分。母様から父様を奪ってしまいたい。

 けれどそんな事はできない。母様の事だって、愛しているのだから。

 この心をどうしよう。

 誰にも、告げることは出来ない。

 きっと、父様のあの遠い目にホレてしまったのだ。

 あまりお寂しそうだから。お傍にいたいと思ってしまった。

 きっときっと、誰にも気付かれてはいけない。

 でも、本当に気付かれていないかしら。

 態度に出ていないかしら。

 母様に八つ当たりしなかった?父様のことを目で追ったりしなかった?

 でも、年頃だから気まぐれなんだろうと思ってくれたかしら。

 それに、父様を追いかけるのは幼い頃からずっとだもの、気にはならないかも。



 「最近の姉様は、何だか母様にそっくりね」


 夜、サーシャの髪を梳いていると、何か思い出したのか、突然言われた。


 「そう?どこが似ているのかしら」


 私も十五になって、そろそろ大人らしくなってきたということかしら。外見はそれほど似ているとも思えない。母様はほっそりとしたお顔だけれど、私はまだぽっちゃりとしている。幼い子の顔の丸いのは何とも愛らしいものだけれども、私はそろそろ気になりだした。私、丸顔だわ。母様みたいな顔が良かった……。


 「ええと、そう。父様とお話している時の色が。何だか似てきたわ」


 少し、ぎくりとした。色って、何のことだろう。そこはわからないけれど、父様を見る視線が母様と同じなのかしら。

 サーシャは、何か感づいている?


 「色って、何のこと?」


 内心どきどきしながら、言葉の意味を確かめる。


 「ええと。姉様の周りに感じるのよ。目をつぶっても……あっ」


 思わず、手が止まる。


 「どうしたの?」


 「お約束、破ってしまったわ。父様に、誰にも言わないって……」


 どうやら、あの幼い日の約束らしい。ずっと守ってきたのだ。

 サーシャがあまり悲しそうな顔をするので、何とか慰めようとする。


 「ああ、でも、あの場には姉様もいたもの。きっと父様も許してくださるわ。明日、伺ってごらんなさい」


 「はい……」


 まだ悲しそうだけれど、これ以上、どう言っていいのかわからない。


 「さあ、今日はもう寝ましょうね。母様は遅くなるとおっしゃっていたもの。もしかすると、今日は戻られないかもしれないわ」


 母様は、ちょうど出産の手伝いに出掛けている。父様は隣の部屋にいらっしゃるはずだけれど、物音は聞こえない。

 視線を感じて、サーシャの方を向く。目で何かを訴えている。


 「……今すぐ伺ってみる?」


 「姉様、ご一緒してくださいますか?」


 「いいわよ。少し待ってね」


 サーシャは寝間着でいいかもしれないが、さすがに私は憚りがある。

 羽織を羽織ってから、隣室へお伺いをたてた。


 「お入り」


 やはりまだおきていらしたみたい。すぐに返事があった。


 「父様、サーシャはお約束を破ってしまいました」


 「そのようだね。まぁ。今まで良く守れていたと思っているよ」


 会話が聞こえていたのか、即答された。けれど別に怒っていらっしゃるわけではないみたい。

 それで安心したのか、サーシャの表情が緩まる。


 「リシア」


 「はい」


 サーシャに向けていた意識を父様に向ける。

 そういえば、色って何のことかしら。


 「お前は、何があってもサーシャの味方だね」


 「もちろんです」


 父様の言葉がどんな意味かはわからないけれど、サーシャがかわいい妹であることには何の変わりもない。

 私の返事に、父様は頷きだけを返して視線をサーシャへ戻した。


 「サーシャ、そろそろお前にも理解できるだろうが、お前が目を閉じても見えているものは、人の心のうちだよ。そう、きっと「色」というのは感情のことだろう。それらは、大抵の人には見えていない。見えないのが普通だから、人に見られることを嫌う。わかるかい?」


 「誰にも見えないの?」


 「私にも見えない」


 不思議そうなサーシャと、優しく答える父様。

 あの約束をした日と同じように、どこか現実離れして美しく感じる。

 サーシャは、人の心のうちを見ることが出来るのか。

 私は驚きすぎて、何も考えられないというのに、父様は落ち着いている。それは、五・六年前からわかっていたためだろうか。


 「今は、私の中に誰がいる?」


 「父様の中……?わかりません」


 「そうか。では、少しは見えなくなってきたのかな。それでも、感情は見えるのか。どんな風に見えているんだい」


 「えーと、いつも父様は晴れた空みたいなの。今は、お日様の色」


 ずいぶんきれいで、何だか父様らしい。

 私も見てみたい。


 「姉様は、お隣の猫みたいに白いの。今は、少し黄色い」


 「ふむ。今はわからなくても、そのうちそれがどんな感情かわかってくるだろう。運がよければ、成長につれて見えなくなるだろうが、さて。サーシャ、今度こそ、約束を破ってはいけない。私と、姉様以外、母様にも言ってはいけないよ。自分の内側なぞ、誰もが知られたくないものなのだ。今はわからなくとも、追々わかってくる。きっと、口に出してはいけない」


 「はい、父様。……姉様は良いのですか」


 「リシアはきっとお前を守ってくれるだろう。けれど、なるべく口に出さない方がいい。誰に聞かれるかわからないからね。誰にも知られないようにしなさい。本当に信頼できると思った者以外には」


 「はい。きっと守ります」


 確かに、人の感情が見えるというのは便利のようだが、見られる方は、隠していることもある。それが何か禍になるかもしれない。


 「リシア。お前は、サーシャに対して嘘をついてはいけない。隠し事はいいけれど、けっして嘘をつかないように。サーシャも、リシアに対していつも本当だと思えることだけを伝えなさい。二人互いに信頼を損なわないように気をつけなさい」


 嘘つきが悪いのは当然だ。けれど……


 「隠し事は良いのですか?」


 「必要な秘密というのはある。今話していることを母様には隠しておくように。全て何でも話せば良いというものでもないよ、信頼関係を築くのは」


 よくはわからないけれど、そういうものらしい。


 「誠実であることと、思いやりを忘れないことだ。思いもかけぬ言葉が人を傷つけることもある。事実をそのまま話せばいいというものでもないし、全て、耳に快く聞こえればよいものでもない。お前たちは、互いに嘘をついてはいけない。けれど思いやりは大切だ。話したがらぬことを無理に聞きだそうとしないように。そうすれば、信頼関係は長く続くだろう。きっと忘れぬように」


 「はい、父様」


 私たちは、とにかく返事をした。サーシャにどれ程わかったかはわからないけれど、きっと私たちはこの言葉を守るだろう。

 この世で二人きりの姉妹だもの。

 この世で一番大好きな父様のお言葉だもの。


 「サーシャ、お前が人と違うことは、お前を苦しめることもあるだろう。けれど、人の感情や心の動きというのは、その人をよく知れば誰でもある程度わかるものだ。お前だけに見えるものに頼らず、よくその人を見るようにしなさい」


 「はい」


 それもそうだ。人を見る目を持った人には、感情なんて筒抜けのようなもの。サーシャの「色」は、勘が鋭いくらいのものだろう。言葉にさえ気をつければ、誰にも不審がられることはない。

 きっと味方すると約束をした私は、何から守ればいいのかわかった。

 世間の目だ。

 他の人たちに、サーシャが少し人と違うということを隠さなければいけない。恐れる人、利用しようとする人から、見えないようにするのだ。


 「リシアは賢いな。しかし、何も特別なことはしなくて良い。今まで通りに接しておれば、自然とサーシャは守られる。サーシャもきっと、お前を守ってくれるだろう。……さぁ、話は終いだ。もうお休み」


 父様に促され、私たちもお休みのご挨拶をして部屋へ戻った。

 寝支度を整え、灯りも消す。


 「姉様、どうもありがとう。お休みなさい」


 「良い夢を」


 答えながら、私はすぐには寝付けなかった。

 部屋に戻ったことで、隣室を訪うきっかけになった言葉を思い出した。

 私と母様の、父様と接するときの「色」が似ている。

 抱いている感情が似てきた、ということのようだが、サーシャはその意味までわかっているのだろうか。……いや、今はわからなくとも、そのうち気付くかもしれない。

 気付いたら、父様に言ってしまわないかしら。

 そうしたら、どうしよう。


 いえ、どうしようもない事だわ。どちらにしても、何もなかったように振舞わなくては。

 そう、もし父様に言ってしまったら、サーシャは今夜言われたことの意味を知ることになるだけ。

 私が少し、つらくなるだけ。

 父様が少し、困るだけ。

 そうね、他愛のない失敗で済む。他の誰かを傷つける前に、サーシャの教訓になるのは、悪くない。

 いいわ。言ってしまったらその時のこと。それに、私の目の前では言わないでしょう。母様に言うことは決してないでしょう。

 そう思えば、心は落ち着いてきた。隣の寝床では、サーシャが安らかな寝息をたてている。

 かわいらしい。

 きっと私は、この子にどんな仕打ちを受けたとしても、生涯愛してゆけるのではないかしら。


 大好きなサーシャ。

 父様に良く似たきれいなお顔。真っ白な肌。真っ黒な髪。

 口元だけは、母様に似て、少し小さめで、おちょぼ口。

 二人のいい所ばかりとったみたい。

 きっと、町一番の美人になるわ。

 うらやましいと、思わないわけではないけれど、誇らしい気持ちが強い。


 きっと守ってあげる。

 大切な妹。 

 


読了ありがとうございます。


ヒロインの初恋話、と見せかけて、「妹ラブ」というお話でした。

次回、ようやく主人公(と書いておもちゃと読む)登場です。

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