表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰でも突然かかる病  作者: ぐめら
神王暦5年
2/15

1. アーベイ氏の悪い夢

本編、というより「プロローグその1」です。

まだ若人たちが出てきません。おっさんたちの裏話。

いろいろ人名が出てきますが、本編には全くといってよいほど関係いたしません。

怪しい方言がでております。不自然なところがございましたらご指摘ください。


では、お暇つぶしにどうぞ。

 エミーシャ島へ渡って何度目の休日だったか。


 私は悪い夢でも見ているのだろうか。

 たまたま来ていたカダッテの町で、見覚えのある顔を見かけた。


 カダッテは、エミーシャ島で一番栄えている町である。

 普段私がいるラッパルは、政変後に造成が始まった新しい町であるため、区画などはわかりやすく道も広くて歩きやすいが、まだまだ掘っ立て小屋のような住居も多い。何故政庁がラッパルにあるのか、というよりも、政庁を内陸部に作るにあたって、作られつつある町がラッパルである。その点カダッテは二百年ほど前から町として発展してきており、北端の島であるエミーシャの気候に合わせたやや床下の高い(冬季の雪対策)木造家屋が立ち並び、貿易の盛んな港の辺りには、外国の建築技術を用いた石造りの(いや、レンガだったか)建物が増えてきている。

 その町の、港とは離れた商店の立ち並んだ通りを歩いている時だった。


 最後に見てから5年は経っている。なのに奴は、あの頃から全く変わっていないようだ。それどころか、若返っているのではないか。

 いや、それ以前に、奴は死んだはずだ。この町で。あの政変最後の戦いで。

 何かに取り付かれたかのように、その男の後を追った。

 他人の空似とはとても思えない。

 すでに、自分の休日などどうでもよくなっていた。


 男は物慣れた風に、すたすたと歩いてゆく。

 時折、知り合いなのか、軽く頭を下げたり声をかけたりしている。

 その会話が聞こえないほどの距離をあけ、相手に気付かれぬよう、とにかく後をつける。


 傍目には、かなり奇異に映ったことだろう。身なりのいい男(私のことだ)が、何かに取り憑かれでもしたような恐ろしい形相で、どこにでもいそうな男の後をつけている。

 自分でも変に目立っているだろうと判ってはいるのだが、どうにも止めることが出来ない。人に頼むことも、その間に見失うかもしれないので、出来ない。いや、自分でやりたいのだ。

 

 内心は何も考えられぬ嵐のように荒れていたが、かろうじて相手から気付かれぬように距離をとるだけの平常心も残っているようだった。

 しかし、実際の役には立たなかったが。


 「ふむ。誰かと思えばアーベイではないかぇ」


 路地に曲がったとたん、声をかけられ、ぎくりとした。

 そして、悪夢がより一層克明に姿を現した。

 男は、短髪であった。縞の長着を着流しに、上着だけ引っかけ、足元もそれなりに整えてある。

 記憶とは異なり、表情は明るい。まるで別人のようだ。

 が、こちらの名前を知っている。別人のはずがない。


 「ハ、ハニザ……」


 ますます幽霊にでも遭ってしまったような心地だ。情けないが、咽喉は渇き、声はかすれた。死んだはずだと思いつつ、目の前の現実を無視できない。


 「お前は、人をつけるのが下手くそだねぇ。そんなナリで人をつけてどうするんだぇ」


 こちらは、悪夢を現実にされて狼狽しているのだが、相手は突然現れた私にも全く動揺していない。


 「何故、生きているんだ」


 とにかく一番頭を占めている問いだ。


 「そう望まれたからさね。命だけは捨ててくれるなと頼まれちまってね。仕方がないので命をつないでいるのさ。もしお前が変なことを考えようものなら、それ相応の覚悟が必要だよ。俺の命は俺の物ではないからね」


 以前の経緯(いきさつ)が感じられない、友好的な受け答えだったが、明るかった目が、私の良く知っている得体の知れないものになる。

 おかげで、過去の怒りを思い出した。

 この男とは、決して友好的な関係ではなかったのだ。


 「覚悟だと。お前にそれはあるのか。薄汚い策謀家、自分の始末も出来ずにのうのうと生きておったとは。恥を知れ」


 今まで下がっていた血が、一気に頭に上る。出来ることなら、この場で殺してやりたいくらいだ。


 「ふむ。元気が出てきたね。しかし、お前に策謀家を罵る資格はないのではないかぇ。ギヨウとて口舌の(やから)であったのだから」


 「お前がその名を口にするな!先生の名が汚れる!」


 「ふむ。難儀だね。もう少し落ち着いてほしいねぇ」


 「落ち着けるか!お前が策を弄して先生を殺したのだろうが!」


 「ギヨウを殺したのは俺じゃねぇよ」


 「直接手を下していなくとも、同じことだ!成ることならば、今ここで果たしてやりたい……」


 「だから落ち着きな。結果として死地に追いやったという意味では、確かに俺は仇だろうさ。だが、ギヨウは誰にも殺されちゃいねぇ」


 「何」


 「あいつは自決したのさ。自害だ。死体の状況を誰にも聞かなかったのかぇ」


 あまりにも意外なことを聞かされ、上っていた血も元に戻る。

 これは一体、どういうことだ。


 「首と、腹部に傷があったと」


 確かに、その場に行った者から聞いたのは、これだけだった。そうだ。


 「まて、先生が自害されたのだとして、その後のことはどう説明する」


 こいつは、先生のご遺体をエサに、残る仲間をおびき出し、一網打尽に一党の全滅を謀ったのだ。

 やり口の汚さ加減が、こいつの発案に違いない。


 「お、落ち着いてきたね。理由は簡単なものさね。ギヨウの自決の理由もほぼ同根と言っていい。裏切り者がいたんだよ」


 「裏切り」


 (なぶ)られているような気もする。こちらが真剣であるのに、あちらは全く世間話でもしているかのようだ。


 「アーベイよ、隊を分かつ折、お前たちの一党にシジフが入ったのは、こちらの目付けだったとわかるね。こちらにも、そちらの手の者は幾人も残っていた。まぁ自滅した者も多いが、余程の事をせぬ限り、特に謀殺もしなかった。祭都を引き上げるときに合流したろう?」


 確かに言うとおりだ。シジフに関しては、まぁ御互い様と言える。ただし、刺客ではないかとまで疑える不気味さはあったが。


 「そのシジフの話を信じれば、ギヨウはただの神王崇拝者だね。政府転覆を考える程の過激さは持ち合わせておらず、その点ではまだこちらに歩み寄れるものがあったよ。ただ、理想主義が過ぎたがね。一面で意見の一致を見ると、全面の思想まで合致すると思ってしまう。それでドウコさんの勧誘に乗ってしまったんだろうね。それと似たような事だよ」


 こいつの言い草は気に食わないが、確かに先生には人を信じすぎるきらいがあった。自分が義に厚いからといって、相手もそうとは限らないというのに。


 「だから先生はシジフを信用していたし、あの日無警戒に呼び出しに応じたのだ。悔やんでも悔やみきれない」


 私はちょうど留守の間の話だ。真に悔やまれる。


 「そうかもねぇ。が、あの日の呼び出しは、裏切り者についての相談だったよ。ギヨウには何ぞ理由をつけて呼び出してくれるよう頼んだだけでね。同志と思っていてはやりにくかろうから、討手はこちらがやると言ってね。ところが、一度は承知したものの、やはり相手の信頼を裏切りたくなかったのか、途上の道筋で、突然自決した。酔いを醒ましたいといって、その辺の石に腰掛けてね。こちらが余所見をしている間に、一気にね。しかし、気丈であったのがたたって、気絶もできぬ様子でね。介錯した」


 つまり、自決を申し付けられてした訳ではなく、隙を突いて自裁したので、着衣もそのままだったのか。介錯も、罪あっての自決ではないので、首を落とさなかった。


 「待て、我々は、シジフはどうだったか知らんが、全く信頼し合っていた。裏切り者がいたなど、信用できん」


 第一、つい話しに呑まれてしまっていたが、この男そのものが信用できない。


 「まぁ、今更の話だね。それが誰であったか、俺もはっきりしたことは言えないねぇ。ただ、シジフはそう感じたし、ギヨウも否定できなかった。存在していたことは確信しているよ」


 筋は、通っている。前提さえ正しければ。


 「……どうしてお前の話が信用できよう……」


 否定はしても、この言葉がこの話を信じ始めている証となっている。


 「どちらでも良いよ。ただ珍しい顔に会ったので、昔語りをしようという気になっただけさね」


 そうだ。ただ単に、私の殺意を逸らすための出鱈目かも知れぬ。

 知らぬ間に、俯いているうちに、足音が遠ざかろうとする。


 「待て」


 何か言いたかった訳でもなく、ただ引き止める。


 「なんだぇ」


 返事に困る。が、何とか言葉を見つける。


 「何故、この話を聞かせたのだ。私がお前の言う裏切り者かも知れぬ」


 「お前さんは違うだろうよ。性格が真正直すぎるね。どちらかと言えば、ギヨウの同類だね。一度信頼すると、もう裏切れねぇ。お前さんは、あの部隊には合わなかったが、ギヨウには心酔していたろう。奴が言うことを自分の良いように曲解することはできめぇ。お前がしたことは、裏切りに気付かなかったことだけさね」


 くやしいが、あたっているので何もいえない。

 こいつがあまり飄々としているので、それを崩したくなった。


 「ドウコを襲った現場にはいたぞ。残念ながら逃げられたがな」


 再び、去ろうとしていた足が止まった。


 「あれは、ギヨウをエサにした策で仕留めそこなったツケさね。そういう時代だったのだよ。怨むめぇ」


 自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 顔は見えないが、やはり何か思うところはあるのだろう。

 しかし、押し殺している。

 これでは、私だけ恨みを持ち続けるのは、この男よりも人間が下だという事になる。しかも、今話していた事が真実であれば、筋違いな恨みといっていい。


 「……裏切りとは、一体どんなことだったのだ」


 ここで別れては、もう二度と会うこともないだろう。

 もし再びこの町で見かけても、二度と尾行を許すまい。

 それだけの能力があるのだ。あの血風吹きすさぶ祭都で生き延びてこれたのだから。


 「渡すべきではない情報まで反政府派に流していたのさ。ケンチ・マーヤはそれで殺された。チサのサートンが殺された現場で、ありえねぇ証言をしやがった。そのせいで、部隊が余計な恨みを背負う羽目になった。そのあおりを食ったのがソーマだよ。覚えてねぇかもしれねぇが」


 徐々に感情が昂ぶってきたのか、手をきつく握り締めている。


 「それが、裏切り者……」


 こちらが冷静になってみると、この男の怒りは恐ろしい。

 何せ、常に冷静で、苛立ち以上の感情は見たことがないのだ。

 しかし、これ以上に激することはなかった。


 「お前には不快かも知れねぇがね、ギヨウは全く乱世向きではなかった。何かを成したいと上京し、何か違うと部隊から距離を置き、かといって、どちらの道へも踏み込めなかった。一度同志となった者を裏切るのは、美意識が許さなかったのだろうね。距離を置くのがせいぜいだ。その心中を量れず、離れたからにはと極端に走った者、これが裏切り者さ。部隊を裏切ったのはもちろん、ギヨウの心情をも裏切っている」


 話を聞いていると、部隊を裏切ったことよりも、先生を裏切った事に対して不快を示しているようだ。


 「お前は、先生を裏切ったことに対して怒っているのか?」


 知る限り、こいつと先生の仲は良かったとはいえない。


 「部隊内にはいくらでも間者は入り込んでいた。裏切り者は今更だ。しかし、生死を共にする仲間の頭を、その信頼を裏切るような奴は好かねぇな。だったら脱退すれば良いのだ。こそこそ隠れやがって」


 意外な事実だ。こいつが隊長を操っているという声もあったが、こんな性格ではありえない。……こんな熱血だったとは。


 「あんた、存外熱い人だったんだな」


 驚きのあまり、ついポロリと口をついて出た。


 「……アーベイよ、もう話はしまいかぇ。俺もそうそう暇な身でもないのだがね」


 言われて、慌てて考えをめぐらせる。

 既に、こいつに対する敵意は消えていた。


 「あんた、ギヨウ先生のことを嫌ってたんじゃないのか」


 「嫌いだったねぇ。乱流と解って飛び込んでおきながら、てめぇだけはおきれいでいようとする所とか。まぁ、おきれいなまま逝っちまったのは、あれも信念と思えるがね。そう、裏切り者だが、ただ単に、それが奴のためと信じていたやもしれないね。じゃ、あばよ。人をつける時は、もっと注意しなよ。辻で曲がった途端にあの世に逝くことになるよ」


 もう話すことはないとばかり、手をひらひらさせて、元来た道へ戻っていった。どうやら私と話すためにわざとこの路地へ入ったらしい。

 そう思って、最後に残された忠告に、ぞっとした。

 そのとおりだ。あの男がその気であれば、私は既に地下への道をたどっていたに違いない。

 一見、何のエモノも持ってはいない様子だったが、そうとも限らない。

 そして、自分の生存について、何の口止めもせずに去っていった。

 確かに、誰にも話す気にはなれない。私と彼の経緯を思えば、ただ立ち話をして別れたなぞと、誰が信じよう。


 そして、昔の仲間にも告げる気にはなれない。

 誰かの不用意な行動が、先生の命を絶たせたのだ。


 結局、それが誰であったのか、告げずに彼は去った。

 本当に知らぬのか、知っていても今更関係ないというのか。

 その男は、既に死んだのか、知らぬ顔で生きているのか。

 疑問だけを残して去っていった。

 それにより、内部分裂を狙った、と思えなくもない。が、既に各人それぞれの道を歩んでいる。それこそ今更だ。あの男がそれに気付かぬとも思えない。そして嘘をつくいわれもない。

 強いて言えば、嫌がらせか?

 そんな無意味なことをするだろうか。


 結局、悪い夢でも見たと思って、忘れるしかないようだ。

 何てことだ。

御疲れ様でした。

誤字脱字、意味不明等ございましたら、ご指摘いただければ幸いです。

蛇足ながら、「先生」というのは尊敬する人に対する尊称です。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ