第7妖 3人集まれば何とやら
保健室に集まった俺含め一同は、改めてそれぞれを紹介し合う。唯一の過激派が封じられているので穏便な事この上ないかと思いきや、そうでもなかった。
物凄い形相で、俺と野槌を交互に見ながらガンを飛ばしてくる。
どう見ても気を見計らい反撃してくるパターンである。怖い。とても怖い。
「で、真樹奈…ちゃんだったっけ?……が、なぜ命を狙われているのかについてだが」
問われた本人は口を尖らせてそっぽを向く。まるで子どもである。いや、厳密に言うと確かに未成年なんだけど。
「おいおい俺は興味本位ではあるがな、真剣に聞いてるんだ。そっちも誠意を見せちゃくれまいか」
「よくゆーぜ。変態未遂の現行犯のクセによう」
真剣、誠意なんて言葉が飛び出したので、俺もつい反抗的な口ぶりになってしまう。流れでこの場に相成ったが、よくよく考えてみると真樹奈さんに危害を加えそうなのはどちらかというとこの変態教師である。一度やっつけたからといって油断はできない。
すると途端に野槌は俺をねめつけ、歯噛みして怒鳴る。
「だーかーら、もう改心したっつてるだろうが!それに、アレはちょっと魔が差したというか……とにかく、死なせるつもりはなかったんだ」
「どーだか」
「ちょっとは信用しろこの不良!」
「だれが不良だぁ誰が!」
「あーもううるさいうるさい!話すからその低劣な口喧嘩を止めろ!」
いいか!と啖呵を切る黄泉を見て、俺たちは唖然とした。失言をしたと自覚したのか、鼻息荒く話し始めようとした彼女はさっと顔を青ざめ、さらには真っ赤っかになった。前にも思ったが、なんとも顔色のころころ変わる人である。
「……そ、その、今の状況は、だな。私にとって耐えがたい恥辱であっ」
「ウン知ってる」
「……そ、そうか、ならいい。で、あって私としても真樹奈の件は早急に事を治めたいのだ。だから鞍馬、貴様に嫌々ながらも協力を仰いだわけだが……」
そこで大きく深呼吸。
「こ、この怪物が、あろうことにこの私をっ……私を………」
既に涙目である。潤んだ瞳は非難がましく野槌に向けられ、口元はわなわなと震える。
「………こうして、この光景だけ見ると…どう見ても生徒に悪戯した教師の図、だよな」
「お前はどうあっても俺を変態にしたいらしいな」
そうやって小喜劇のような益体も無いやりとりをしているところを見かねたのか、突如彼女は勢いよく立ち上がる。衝撃でそれまで座っていたキャスター付の丸椅子が後方へすっ飛んで、激しい音を立てた。
「野槌一伸!お、お前のせいで私の信用は地に落ちた!あろうことか妖物の前で戦意喪失など、退魔巫女としてあるまじき行い……どうしてくれるっ!」
「いや、それは元々自分の所為で……そんな責任とってよね、みたいな」
「そうだ責任をとれと言っている!お、お前も私に協力しろ!それと、私のっ……は、はははは、恥ずかしい姿を誰かに吹聴でもしたら、この世に塵一つ残さず消し飛ばしてやるぅ!」
「なんでだ」
赤面して怒鳴る彼女とは対照的に、終始呆れ顔で応対している野槌は返答も投げやりである。このままじゃ埒が明かねえ。
「おっさんも後ろ暗いところがあるだろ?黄泉さんにそれはさっき話したし、このままだとヤバくないか?」
と、俺は自分の首を人差し指で真一文字に切る真似をしてみせる。
「ん……ま、あ…そうだな」
「黄泉さんはおっさんの真樹奈さんにしでかしたことについて何か意見は」
「今すぐに!今すぐにでも滅したい!真樹奈のために!」
半分以上その気持ちは私怨で占められている気がしなくもないが、まあおおよそそういうことで。
「だそうだから、ここは取引しないか」
取引。その言葉に両者は意を得たりとそれぞれに表情を変えた。即ちおっさんは渋々といった顔、黄泉さんはやっと冷静さを取り戻したのか真顔に。
「なるほどねぇ、見逃してもらおうってことか」
「不本意だし、この男が取り決めを守るとも限らんが……それで事が済むのなら」
「なら、これで終わり!――あとは黄泉さん、話してくれよ。真樹奈さんがどうしたって?」
「先ほども言ったが――真樹奈は狙われている」
元々話に口を挟んでもいなかったが、先ほどまでの慌しい空気というか、空間が静まり返った気がした。
俺は話を聞いた時から俄かに信じがたかった。真樹奈さんは昨日今日会ったばかりの間柄だが、それでも人に狙われるような様子の女子《ひと》ではない、気がする。
そこで俺は1つの思いつきを口にした。
「すぅーとっかーって奴か」
「!?……………ああ、ストーカーと言いたいのか?アホなのか?」
「エエーッ間髪入れずにアホ!?い、いや……」
恥ずかすぅううぃいいぃ!数分前の黄泉さんの状況と俺のが逆転している。慣れない横文字なんか使うんじゃなかった。見ると、横で変態教師がニヤニヤしていたのでさりげなく足の甲を踏みつけてやった。小さく妙な声で呻いたが、知らん。
「話を戻すが、狙っているのはストーカーなどではない。ストーカーであった方がまだ対処のしようもあるものだ」
「ストーカーの方が、って……」
「悪霊だ。彼女は悪霊に命を脅かされそうになっている」
悪霊。聞いたことがある。悪い霊と書く通り、人に害なす死者の怨念だそうな。小さい頃はじっちゃんや五流さんから、よくテレビの心霊番組を見ている最中にこれの講釈で怖がらされたものである。納涼、雰囲気の盛り上げには一役買ったものの、その後の「ああ、でもこれは画像いじってますねえ」「全く害のない浮遊霊なぞ怖がりおって」などというケチがついたことで色々台無しになるのだが。いやでもともかく、人の傍にいては不味い存在だっていうのはわかる。
じゃあなぜ?
何で彼女は悪霊に命を狙われるのだろうか。
「何で悪霊は真樹奈さんを狙うんだ?」
俺が問うと、黄泉さんはぴしゃりと言い返した。
「お前たち妖物は己の快楽や糧の為に見境なく人を襲うだろう。つまりそういうことだと踏んでいる」
俺は正直それを黙って流すことはできなかった。そんな粗暴な奴らと一括りにされたのも腹立たしいし、俺ら皆が皆好き好んで人を脅かすなどと誰が決めたんだと怒鳴りつけてやりたかった。正体をばらした相手に邪険にされることはこれまでにも少なくなかったので、黄泉さんとの初対面でのやり取りも仕方ないかなと諦めていたところはあった。けれど、この偏見だけは糾したかったのだ。
でも――ここでまた侃侃諤諤になっちゃ“大事なこと”がなかなか聞きだせないしな。
結局は毎度の諦観姿勢だ。でも完全に諦めたわけじゃない。
これから付き合っていく上で、俺を見てもらって俺を知ってもらおう。
唾を飲みこんで、感情を抑える。そして、黄泉さんの挑発めいた言葉には敢えて答えないようにした。
「まあ、それはそれとしてだ。助ける方法はあるのか!?」
「あるが、何度も言うようにお前たちの力が必要だ」
その時、ちょっと待った、と野槌が片手を挙げて俺らを制した。
「悪霊はどこにいる?」
話しの途中で何をこいつは、と言わんばかりに黄泉さんは眉根を寄せたが、それと同時に訝しげでもあった。
「……この学校内……だが?」
それを聞くや否や、野槌は「それはない」と断言した。あまりの言い切りようにすぐさま黄泉さんは理由を問う。
「では、お前がいま術を使えなくなっていることについてはどう考えているんだ?」
逆に問い返された。
「貴様が何か仕掛けたのだろう。でもなければ私の術が封じられるなどありえない。貴様のような格下妖物が、どんな奇怪な秘術を用い得たのかはわからんがな」
憮然とした表情で黄泉さんは答える。封じられているのはわかるが、どうしてかがわからない。下級の妖物ごときに私が遅れをとるはずがないと。虚勢を張っているようにもとれる発言だが、彼女の実力は名だけで相手を膠着させるといったことからも、決して低いということはない。それは嫌というほど自分の身で諒解している。対して、昨日の野槌との交戦からして、自分よりも彼が格下だということは納得する。棒立ちでただ殴られているだけであったあれは、格ゲー中にポーズを取らず所用で席を立ったせいで、自キャラがサンドバック状態になったも等しい。
殴り殴られ――?いやいや、あれは高度な霊的術式を用いた戦闘術デスヨ。と誰に向けるでもなく言い訳してみる。しいていえば自分の心に。
二人に口を挟む隙もその筋合もなく、あれこれ考えながらもただ俺は黙って会話を聞いている。野槌は黄泉さんの返答の後、しばらく天を仰ぎ腕組みをしてジッとしていたが、意を決したように語りだした。
「奇怪な秘術、か。恐らくはこの日本という国にも体系はあるだろうな。これを陣地魔術という」
「陣地――魔術?それはどういうものだ?」
「一言でいえば強化魔術の広域版だ。強化の魔術と言えば身体を頑強なものにしたり、普段使う魔術の練度を上げたりできるものだな。陣地魔術はそれの効果範囲を《土地》にできる」
「つまり」
「定められた場所にいる限り俺無敵」
「……………………」
唖然を絵に描いたような顔をして、黄泉さんは静止した。まさかそれ程とは思っていなかったのだろう。俺も似たような顔をしているかもしれない。しかし、ここで1つの疑問が浮かんだ。
「じゃあ、昨日の弱っちいお前は何だったんだよ。もしそれが本当なら俺くらいひねりつぶせてたはずだろ」
そう言うと野槌は俺の顔をじろりと見つつ、
「不意を突かれたのもあったがな。俺のは基本的に魔術やらにしか反応しなくてなあ……狩峰、あんたの従者さんは魔術が動力源だろう。動かなくなったのはそのせいだ。まあ、物理的理不尽暴力にはとことん弱いんだよ」
と、半分黄泉さんに話しかけているにも関わらず俺から目線を逸らさない。恨みの感情が三者間であっちこっちしているような気がする。
「陣地魔術は“場を把握する”ことにも優れていてな?それこそ監視カメラでも付けたように手に取るようにわかる。それを学校中に仕掛けた俺が、悪霊という存在を見過ごすわけがないと思うんだが」
「学校中に仕掛けたのかよ!じゃあそれ利用して女子の下着とか見てるんだろこのヘンタイ」
「な、なにっ!?」
「いちいち揚げ足取るな馬鹿!それと狩峰も簡単に引っかかるな!」
一息入れて。
「俺は自分の術には絶対の自信を持ってる。特にこれは長い時間を費やして構築する術だからな、そうそう抜けがあるとは信じられない――ので、俺は今回の件に関してはまず傍観の立場をとる」
「そんな勝手な!もう約定を違える気か!?」
「焦るな狩峰。俺は何もしない、とは言っていない。悪霊とやらが目視で確認できて、本当に人に害成すほどの強力な奴だったなら協力してやるよ。もし間違っていたら約束自体無効、としてくれ。――真樹奈ちゃんにしたことは後から追及してもらっても構わない」
「………まあ、私としても悪霊がいないに越したことはないが、これは上からの確定情報であってだな………うん、まあよし、それで行くか」
頭も完全に冷えたのか、先ほどよりも野槌への態度が軟化している気がする。
「ただし真樹奈と私にやったことは死んでも忘れない。シメる。コロす」
前言撤回である。
さて、俺はというと。
「もちろん協力するぜ。情報はほぼ間違いないんだろう?それに、“悪霊”なんてものを簡単に信じちゃうほど俺ってオカルト染みてるからさ」
「確かに鞍馬はオカルトだ。それは否定しないでおこう」
わざと冗談めかして話したが、さらに皮肉を乗っけられてしまった。“悪霊”に関しては、自身がオカルトな存在だから、まあ取りあえずは信じる。日は浅いが一友人として、何の理由も無く女生徒が危機にさらされていると聞いて黙って見てはいられない。
「とりあえず俺は何をすればいい?」
「真樹奈の監視を。私もしてはいるが、君は最近出会った友人ともあって色々聞き出しやすいこともあるだろう。その辺りをそれとなく探ってくれ」