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怪物たちと、この街で  作者: 大岡こころ
7/8

第6妖 女ってたいがい魔性

夕方。

日の落ちる時間帯は日に日に遅くなっていく。

それでも、まだ夕方はそそくさとやってくる。


今日は真樹奈さんと帰らなかった。教室にちらほらと残っていた生徒から称賛の拍手を浴びながらクラスに帰還した俺は何よりもまず騒動の元凶をシメる必要があったし、ヘッドロックをかけていたその元凶から、「それはそうと生徒会の仕事手伝ってくれない?」と言われた時には、なんとまあこいつはと、思わず翼をニョッキリ出しかけたが、そこはさずがに自制した。


このトラブルメーカーは何を天地が間違えてしまったのか、ともかくも生徒会の書記職をやっている。


確かに同級生に不殺の技を極めるという無為な時間を過ごしていることには変わりなく、やれやれとため息を吐きつつ、「まあ長い付き合いだし、貸しもあるしな」とぼやいて彼の仕事を手伝いに行くことにした。それを傍で状況をハラハラした様子で見守っている真樹奈さんに伝えると、彼女が少々残念そうな顔をしたことが俺の心に三本位矢をぶっ刺されたようにも感じられたが、これから、これからだと自身に言い聞かせて、今日のところは帰ってもらった。


「真樹奈さんとっ――下校――!」

「したかったのはわかるけど、親友が先んじて幸せになろうとしているのを止めようなんて考える野暮天なんだよなこの俺は」

「りあ…じゅう死ねって奴か!?誰が好き好んで放課後にむさい男と一緒にプリント整理をやらねばならんのか理解に苦しむぜ!――ああ、俺だよ畜生め」

「……夕焼け小焼けってな。もうこんな時間か」


ふと見ると壁掛け時計の短針は6を指していた。今日は夕日が焼けるように明るい。手に持つプリントの束も赤く染まり、煌々と火が付いたように輝く教室内。女生徒といたら、学生が見ることのできるささやかなロマンチックスポットとなるだろうが、生憎と女生徒の一人もいやしない。

「もう帰ってもいいぞ。続きはまた今度に」

「また今度があるのかよ……」

頼んだ、と両手を合わせている友人を尻目に、俺は先ほどまで23枚の束にしてホチキスで止めていたプリント類を投げ出し、カバンを持ってさっさと退場した。――としようとしたが。


「お前は帰らないのかよ」


「………俺さァ…昨日酔って帰ってきたねーちゃんが部屋に乱入してきて…そのとき『激烈!姉っこ無双~ああっ、オトウトクンそれはっ…~』の初回限定盤のパッケ見られたっぽいんだよねー…俺まだインストールも済んでなか」

「付き合ってられねーよ」


で。


校内には見る限り人っ子一人いない。そりゃそうだろう。真樹奈さんと会ったのが放課後、渡り廊下を走りたくも無いが懸命に駆けたところで既にクラブ連中は練習を始めていた頃だ。加えて生徒会の手伝いが終わった時には6時、教室にいったん戻って所用を済ませてからまた教室を出たのが6時15分。


運動場には確かに残っている者がいるものの、校内は文系の部活動を除いてほぼがらんどう状態だ。今

日はいつも微かに聞こえる吹奏楽部の練習もない。練習休みだろうか。


「そりゃ人もいないって」

誰ともなしに呟いて、余計空しくなる。生徒会室にいた時は帰る気満々であった気持ちすら萎んでいきそうである。



――いっちょここは、やっちゃいますか!

萎える気持ちを叱咤するように腿をポンとたたくと、廊下から外に続く窓を大きく開け放った。途端に春の心地よい、されどもまだ少しひんやりとした夕闇の風が入り込む。


すうっと一息吸い込むと、黒翼を手品のように見る間に生やした。窓枠に手をかけ足をかけ、今まさに飛び出す。

正直言って誰かにこの姿を見られると自滅以外の何物でもないが、そこは何、青春の一ページに刻まれる夕暮れの学校の七不思議として片付けられるだろう。

いやそうじゃないとヤバい。どうか見つけても気のせいだと思ってください。


「へぇ。思ったよりも大物じゃない」

しゃがみ体勢で身体を上下に揺らし、飛び立つタイミングを計っていたまさにその時、いきなり鼻先に紙切れが飛んできた。よくよく見ると咒やら滅やらの漢字が書かれている。

「おっと」嫌な予感がして廊下側に跳んで間一髪回避すると、目標を失った紙は頼りなげに飛行した後通路の床に落下する。地に付いたと同時に青白い閃光が迸った。


「どわっ!?」

強力な霊力の奔流を感じて、思わず仰け反る。初めて見るが本能でなんとなく察する。これは妖怪にはキツイ類の呪術だ。噂に聞いたことはあったが、霊符というものだろうか。よくわからないが、当たったら“痛い”どころでは済まなそうだ。


「チッ避けたか」

「なっ、なななななんだあ!?」


いきなり廊下の影から放たれた理不尽な攻撃に、驚きつつも憤慨する。学校では品行方正……にしているつもり。昨日は同級生の危ないところを助けもしたのに、こんな目に合ういわれはない。


「誰だ!俺が何をしたっていうんだ?」

足を開き、手刀を作って身構える。

影が動いた。正確には影の中の人影が。彼女は―――


「……!?あんた、真樹奈さんと一緒にいた、」

「狩峰よみ。正確には、狩峰黄泉」

名乗った瞬間。よみ、黄泉という文字が無理やり頭の中に縫いつけらるような不快感に襲われた。不思議なことに、言葉に出されただけで前後の「ヨミ」が異なる文字として認識できたのだ。

言葉には古来から魔力が宿る。“名前”という固有のものなら尚のこと。

自分の名一つで、ここまで己を怯ませることができるとは只者ではない。


動揺した精神を立て直し、険しい顔を作って問いかける。

「何れ名のある霊能者かとお見受けするが」

「あら、意外と見る目あるのか。礼儀正しいし」

今日は夕焼けが一段と眩しい。暗がりから出てきた黄泉の身体は、茜色になって輝く。

夕焼けの彼女は幻想的で、不可解で。かけている眼鏡も怪しく光るように感じた。


「私はね、退魔巫女。君たちみたいな不逞の輩を浄化するのがお仕事」

「俺はそんなんじゃねーぞ!」

「君は真樹奈に近づいて何かやらかすつもりだったろう?」

「だから何もしてねーし、これからもしねーし!」

「真樹奈も何でこんな奴のことを信用するんだか……」

「人の話を聞けーっ!」

「鞍馬勘介。君に頼みたいことがある」

「へっ?」

唐突に話の向きを変えられ、拍子抜けして思わず妙な声を漏らした。


「とびきり弱い奴なら浄化してやろうと思っていたが、君は中々の使い手のようだ。妖怪なんかに助力を乞うのも癪だが、今回ばかりは私でも手におえない。幸い君は真樹奈に協力的なようだ。何より、真樹奈が君を信頼している、というところが大きい」


「……その様子からして、俺の話し聞いてないようで聞いてたんすね…。というか話がまっっったく見えないんだけども」


「つべこべ言わずに、従うか、それか――死ぬか」


不意に喉元に鋭利な刃物が当てられた。ぎょっとして声をあげそうになったが、喉仏に添えられた刃は、喉をひくつかせただけで牙を剥く。仕方がないので目をひん剥いたまま、背後の襲撃者を術で窺う。

後頭部の、特に脳天に意識を集中させ、その辺りに不可視の目玉を作る。


その目で見たのは、女性だった。見覚えがあった。

「でえっ!?よみさんの…あの時のメイドさん!?」

真っ白なホワイトブリムが目立つ、長い髪をシックな色のバレッタで纏めているメイド。あの時出迎えに来ていた可憐な衣装そのままで、物騒なブツを他人に突きつけている。接近されるまでまったく気配を感じなかったことからも、相当の手練れだとわかる。感情を押し殺した顔は相変わらずで、しかし先ほどとは異なる殺気を漂わせている。


「わかった!わかったつーの!協力すればいいだろ協力すれば!……ったく、何なんだよもー!」

俺の了承を聞くな否や、殺気メイドはすんなりと刃を下した。息を吸うのも躊躇われていたので、これ見よがしにわざとらしく深呼吸をしてみせる。

が、無言の抗議も鼻で笑って軽くいなし、メイドの主人は淡々と告げた。

「率直に言おう。真樹奈の命が狙われている」



「そこまで」

「!?嫌、放せっ、化け物が!」

少女は異様な白い物体に抑え込まれた。余りに場面の切り替わりが激しく、俺は非常に混乱したが、ふとその白いブツに見覚えがあるような気がした。まじまじと見てみると、鱗が生えているホース状の物体。長大な蛇身。

「あーっ!変態教師!」

思わず指差していた。黄泉が巻きつかれているそれは、元をたどればこれまた見覚えのある男性の上半身に行きついた。つい昨日上倉市の上空に放り投げた養護教諭である。

「全国版のトップニュースになるようなその呼び名はやめろ!」

腕組みをしたまま吠えると、勘介から黄泉を引き離すように器用に後退しながらずるずる引きずっていく。彼は黄泉の背後からいつの間にやら現れ出でたのだ。

「放せ、はなせーっ!…そもそもなぜ貴様入ってこれた!?ここは結界の中だぞ!」

「結界ねぇ」

「るり!コイツを排除しろ!」

るり、とは聞きなれない名前であったが、この場には野郎2人と女生徒にメイドしかいない。となると、るりはメイドの名前だ。呼ばれた彼女は先ほどまでの攻撃性はどこへやら、立ちつくしてぐったりと項垂れている。糸の切れた操り人形のようだ。

「無駄だよ。あの子には俺がちょいとした罠を仕掛けた。あんたは扱いがめんどくさそうなんで俺自ら拘束した」

「な、なんだと……」

自らの形勢が不利だと悟り、おまけに絶体絶命の苦境に立たされていることをようやく理解し、黄泉は歯噛みして悔しがった。退魔、つまりは魔物を退治している者が退治される側の者にとっ捕まっているという状況は、なんとも間抜けだがやられた当人にしてみればこれほどの屈辱はない。生殺与奪の権利を相手に握られるだけで、人はこうも弱くなるか。と、それは兎も角。


「んで手前がノコノコ舞い戻ってんだよ!もう一度ぶっ飛ばされに来たか?」

「アホかおめーは!」

「はぁ!?」

逆切れにも似た返しをされて、俺は非常に面食らった。

「ナンデ!?」

「お前、俺が居なくなった後の事後処理はどうするつもりだったんだ?」

「……えっ」

「……えっ、じゃねーよ!人一人消えたら騒ぎになる世の中だぞ?フォロー大事!」

「えっ……と、そのさ、考えてなかった」

「だからアホって言ったんだこのアホ!ヌケサク!」

「あんた見かけによらずいい人ォ!?」

「わ、私をのけ者にして意味不明な会話を始めるなぁ!」


いい大人の罵声と少女の羞恥が入った叫び声を同時に浴びる俺。どんな拷問すかコレ。

かくして。黄泉と変態教師(野槌と言うらしい)をどうどうと何とか落ち着かせて拘束から解かせ、黄泉が野槌の張った結界によって、自身の一切の力が使えないことを確認してさらに愕然とした後、「俺も興味がある」と野槌が真樹奈さんの話に乗り気であることを示した。どちらかというとこれまでの醜態から消えてなくなってしまいたい様子の黄泉であったが、「場所を変えようか」

と、野槌の保健室に一同集まることとなった。


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