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怪物たちと、この街で  作者: 大岡こころ
6/8

第5妖 いつもの日常に+α

「お兄ちゃん、行ってきまーす」

「おう、いってら」


真樹奈の兄は自室のドアから手だけを出してピースサインを作って見送る。

横着なのか、忙しいのか。

いつもそうして朝の儀式の様にする兄を、今日の妹はため息とともに諌める。


「お兄ちゃん…たまには顔出してよ」

「ご飯とか家族団欒の時は出してるだろー、失礼な。この妹は兄がヒキニートとでも言いたいのかね」

「そうじゃなくて!……そういう意地悪しないで、素直に出てきてくれればいいのに」

「ほう、妹殿。そいつぁー無理な相談だ…何しろ俺は、とある『組織』で日中破壊工作に明け暮れていてだな……その所為で、敵方のスパイにスナイプなうなのだ」

「もういいよー……大学頑張って。お兄ちゃんも行ってらっしゃい」

「妹殿、ヘンな虫は付けないでくれよ」

「?」


意味不明な発言をする兄の、これまた意味不明な忠告に小首を傾げながら、

真樹奈はぱたぱたと足音を響かせて階下に降りる。


今日はいつも通りの登校時間に家を出発した。昨日のように急がなくてもいいからだ。

とはいっても、自転車は結局オシャカにするということになったので、徒歩通学なりに急がなくては

ならない。

そういえば、ぐしゃぐしゃになった自転車を見て兄は、「あらら」と一言だけ呟いて、後は何も追求しなかった。昔からいい加減なところがある兄のことだから、今回もあまり気にかけてくれないといいなと思っていたが、その通りになったため真樹奈はホッとした。兄のこんな調子を見て、少しは気にしないのかなと小さい頃はむくれたことも多々あったが、高校生にもなると逆に気の掛けなさが丁度いい。

「ほんとにもーお兄ちゃんは」

だからこうやってぽそりと誰にも聞こえぬくらいに呟くが、本気でそう思っている訳ではない。



――今日も、会えるかな

のんびりと考え事をしながら歩く。メールはとうとう送れなかった。

いくら機械ベタでもメールを送るくらいなんでも無いことだが、

それでも決心がつかなくて送れずじまいだ。

――やっぱり直接会って話したい

そう思うので。



「マッキナー!」

「……!」

下足箱で声をかけてきたのは同年代の女子。さらさらとした綺麗な長髪をきちんと整え、薄いフレームのメガネをかけた少女。髪の色が深い黒で重く見えるところを、前髪を上げておでこが見えるようにしているのでさっぱりした印象を受ける。

委員長タイプを外見で行く子だが、真樹奈の名前を呼びながら派手に駆けてくる様子は贔屓目に行ってもお上品とは言えない。

「昨日のアレ、なによー。もう、本当におっちょこちょいなんだから」

「か、狩峰さん……」

狩峰よみ。

同級生で同じクラスの女の子。同い年のはずだけど、責任感とリーダーシップに溢れた快活な女の子。だからかわからないけれど、知り合って何か月もたった今でもつい「さん」付けで真樹奈は呼んでしまう。けれど、本人はそれが嫌なようで。

「だーかーらー“狩峰さん”じゃなくて、よみ、でいいのよ」

「ええと……よみ…ちゃん」

「……まあ“ちゃん”でもいいけど。」

呆れたように大仰にため息をついて、ヤレヤレといった顔を見せたよみだが、次の瞬間には輝くような笑顔をこちらへと向ける。

「で?昨日はどうしたのサ」


――頼れる友達。親友って言ってしまうのは、まだ早いかもしれない。よみちゃんが私をどう思っているのかわからないけれど、少なくとも私は、よみちゃんが大好きだ。


「まーったく真樹奈はもう少し気を付けないと。いつか死んじゃうよ?」

「私も怖かったです…このまま死んじゃうんじゃないかって思って…」

「その助けてくれた男子が超人でよかったねえ…そいつのお陰で私は友達を1人失わずに済んだってわけだ」

「超人」

だってさ、とよみは続ける。

「超人じゃなかったら何なの。ふつーその高さから人を受け止めたら確実に自分の骨が逝っちゃうっての」

「……本当にすごい方だったんですねぇ……尊敬します」

「……いや、だから、あのね?」

疑問を疑問と感じないのかこの子は、とよみは内心ズッコケかけたが顔には出さない。


「ういー、ホームルーム始めるぞー」

担任が教室に入り、気怠そうな声で点呼を始める。2人はそれぞれ自分の席に戻り、

そして、今日からいつもの日々が始まる。


「えーと、6組、だっけ……」

2年6組。2年生のクラスがある3階は4組と5組のあいだに階段があるため、56組はやや隔絶されたような印象を受ける。また、奥まった場所にあるため、正直56組の生徒しか前の廊下を通らない。親しい友達でもいない限り、滅多に行くところではない。別に差別だなんだとそういうものではなく、行く用事がないから行かない、ただそれだけのことである。

ちなみに真樹奈は1組。6組は特に友人が在籍している訳でもなく、一番親しい(と、自分では思っているが実際はどうだろう)友達は同クラスの狩峰よみであるからして、今まで全く縁がなかった。56組は心なしか影が差したようになっており、雰囲気が暗い。


「ねー、6組行ったことあるの?」

「ううん。知り合いいないし。よみちゃんは?」

「うんにゃ。友達は…というか部活仲間はいるけど、部室で毎日会うしねー。わざわざクラスまで押し掛けることはないね」

「そっか、6組にも弓道部の人いるんだ」


6組の鞍馬勘介。昨日は普通に話せたのに、会いに行くまで落ち着けない真樹奈。

見かねたよみは付いてきた。


「昨日の今日で…うっとおしいって思われないですかね」

「あのねぇ、真樹奈は何でも気にし過ぎ!それに、もしそんなこと思う狭量なヤツだったらはっ倒してやるから」

「お、穏便にしてね?」



*     *     *



《明日、学校でお会いしてもいいでしょうか(・_・)?》

・・・

・・・・・・


勘介は日がな一日落ち着けなかった。

級友からは「見てるとイライラする」とまで言われた今日の動向は、休憩時間に机の上で逆立ちを始めるという奇行にまで発展していた。友人やその他男子連中にはウケたが、教室内の女子からはすこぶる冷たい目で見られた。これが何故このような妙ちくりんな行動をしているのかを告白すれば、女性諸氏幾人かの同情の眼差しは得られるかもしれない。最後の授業が終わった今は、机に突っ伏し右手に筆ペンを持って、置いてある消しゴムをベタ塗していくという無味乾燥極まりない行為に終始している。


「これはひどい」


寄ってきて開口一番呟いたのは、昨日世話になった自転車屋の息子、浩之である。そうは言いながらも既に半分汚されてしまった消しゴムをこっそりと除けて、筆ペンが机にダイレクトアタックを仕掛けるさまを面白そうに眺めている。


「お前なんで筆ペンなんか持ってるわけ」

「えー……必需品だろ……冠婚葬祭とか……いろいろ…突然あるだろ……」

「ねーよ!いや、確かに冠婚葬祭は突然あるもんだけどさ、学生の身分にゃ関係ないだろ!」


胸中穏やかではない勘介にとって、今日他人からかけられる言葉の全てがどこかあやふやで頼りない。筆ペンをかつんと音を鳴らして置き、亀の子のように首だけをもたげて浩之の方を向いた。心なしか級友の姿もぼんやりして視える。


「どうした?…はっきり言って今日はおかしい。いや、いつもおかしいんだが今日は格段におかしい」

「ヴァー」

「何だよその声!YesなのかNoなのかすらわかんねーよ!」

特撮怪獣ばりの返事をして、また首を潜らせる。



来なかったら……

来なくてもいいんだ。しょうがないよ、忙しかったんだろ

でも、でも、でも。でもさ、――今日もあいたいって思ったんだ




「く、鞍馬君はいますか?」


「へ…」

「はい、はいはいはーい!ここにいまーす!」

呆然とした勘介の隣で、とびきりの笑顔をして浩之は大声を上げた。唯一自転車のことを説明するために事の顛末をばらされ、かつ真樹奈の顔を覚えている男は瞬時に理解したようだ。勘介の片手を掴み、高々と掲げる。2人の女子が訪れたことと、浩之の素っ頓狂な声で教室中の視線が集まる。

「え、あ、ええー……」


あんなに望んでいたにも関わらず、咄嗟に出たのは気の抜けたような声であった。



*    *     *



3人は6組から離れ、心地よい春の風が吹く渡り廊下で荒い息をあげていた。

浩之が騒いだことで6組は蜂の巣を突いたようになり、女子は集まってひそひそ話、男子は今にも指笛を鳴らさんばかりの盛り上がりようであった。様子を見てニヤニヤしている仕掛け人を右ストレートでぶっ飛ばすと、今まで腑抜けていた姿はどこへやら、勘介は2人の手をしっかと掴みその場から緊急離脱した。


そうして、今ここに来ている。

「ゼェ…ハァ…ヒー…んで、そちらさんは?」

「ふー…ん?私のこと?初めまして、狩峰よみっていいまーす」

真樹奈についてきた女生徒は全く彼女と正反対な印象を受けた。見た目は涼やかな眼鏡美人で、休憩時間には図書館で本でも読んでいそうな感じだが、話を聞いてみると弓道部の有望株であるという根っからの体育会系、几帳面なところとか神経質であるとかの欠片も無い、失礼を承知で言えば実にあっけらかんとした女性だった。


「へぇ………」

その彼女が話の途中で一瞬呆けたような顔をしていたのを、真樹奈とは違い相対していた勘介はしっかりと見た。その後あまりにもまじまじと見つめられるので、顔に何か付いているかと思ったほどだ。

「あの……俺の顔になんか付いてたりする?」

「あ、いやいや」

焦って照れたような表情をした後、女生徒は微笑混じりにこういった。


「いや、真樹奈を救った王子様ってのは一体どんな怪力超人ゴリラーマンかと思ってたら、案外普通なんだなって」


それを聞いてぎくりとする。噂が広がることを考えていない訳ではなかったが、幾人かは疑問に思うものが出てきてもおかしくはない。真樹奈さんとこの女生徒に、昨日の事をあまり口外しないように釘を刺しておくべきかなと思ったその時、女生徒がふと階下に視線をやった。

と、今度はげんなりした顔。いつも慌てているか落ち着いているかのどちらかである真樹奈さんと

比べて、随分と表情がコロコロ変わる人だ。


目線の先にいたのは校門に佇む1人の女性。

容姿は普通だ。遠目でわかり辛いことはあるが、色が白く背が高い。

問題はその人の格好だ。頭にはヘアバンド…といっては語弊のある可憐なレース付きのカチューシャ。

古典的な黒白でまとまったエプロンドレス。

紛い物に散見する華美で安っぽい雰囲気は見受けられない。――正真正銘のメイドだ。


「ああ、あれうちのメイド。お節介でさあ、いっつもああやって迎えに来るんだよね」

「メイド!?…マジで?ほえー、初めて見た。ってことはよみさんはいいとこのお嬢さんなわけ?」


それを聞くと、女生徒は無言で苦笑してみせた。どうやら肯定の意らしい。自分ちも他人のことがいえないくらい大概過保護だが、それでも女中(メイド)さんなんて大層なものはいない。

「よみちゃん凄いよね、本物のメイドさんなんだから。前に話したことがあるけど、

丁寧でとってもいい人そうだったよ」

真樹奈はまるで自分のことのように誇らしげに語る。

だが、当の本人は苦笑の顔を崩さず片手を振りながら軽い調子で話す。


「ヘンに噂になるから、止めて欲しいっていってるんだけどさ」

「なんで?いいじゃん、心配してくれる人がいるってのはいいもんだ。大切にしてあげなよ」

「…それは…大切にしてないわけじゃないけどさ、なんかね」


表情がほんの僅かであったが、曇る。


2人との会話に集中しているものの、

なぜだか勘介には、彼女が心ここにあらず、といった風に見えた。


もう一度メイドを見る。

やはり遠すぎて判然としないが、表情はぼーっとしている。あえていうなら“無”か。

主人のことが見えているのかいないのか、嬉しそうな顔もつらそうな顔も見せずに、

ただそうして佇んでいた。


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