半妖 男にもいろいろあるんです
上倉市。人口約10万人の街。市街には古寂れた商店街や小さなデパートが立ち並び、
昔ながらの家並も数多く残る。他県にも跨る山地に接しており、冬には雪かきが必要なほど
降り積もる。市街から少し足を伸ばすだけで、すぐに一面の田園風景に出迎えられる。
第1次産業がこのご時世にも関わらず盛んで、農業、たまに林業を営む家もある。
一言で言ってしまえば田舎だ。
市のお偉い方は上倉を活性化させようと大型デパートを誘致しようと試みたらしいが、
見事に失敗したとの記事が地元新聞に載っていた。これといって名産品も無く、
後付けの様にニ三、名産として売り出しているものがあるくらいの何もない街。
衰退、過疎の道を辿っているのは、住民の誰もが自覚していた。
実際、都市部に移り住む人の数は年々増え、最近は空き借家がぽつぽつと目立つようになった。
上倉には御山という高い山がある。よく敬称だと勘違いされるが、『御』という名前の山である。
御山には天狗伝説があった。
曰く。
天狗の腰掛である高い杉の木があって天狗はそこにしょっちゅう座っているとか、
空を飛ぶ有翼人を見たとか、
遠い昔、江戸時代なんかには子どもが天狗に攫われたとか。
科学の発達したこの現代で、そんなのは宇宙から飛来してくるUFOやUMA並みに信じられていない。
それに天狗が本当にいるどうか確かめてみるような酔狂な者はまずいない。
御山は勾配が急で、山道すらなく、そもそも人が滅多に入り込まない場所だ。
十分な準備をしていかなければ、天狗を見る前に力尽きて遭難してしまうことも無いとは
言い切れない。
その御山を代々管理しているのは、上倉の大地主である『鞍馬家』である。
「ただいまー」
「お帰りなさいまし、坊ちゃん!」
御山の麓にある鞍馬家は古式ゆかしい和風の平屋建てである。
母屋と離れ、池のある庭、小さくはあるが蔵も建てられている。
木の門扉をくぐり、旅館のような玄関につくと、
自分の部屋までの通路にズラリ並ぶのは、顔のいかつい壮年、中年の男性たち。
毎日のことなのでもう慣れたが、いまでもやはり面倒くさく感じるときがある。
そのむさい野郎軍団の中でも紅一点、自分の母親くらいの歳に見える女性が口火を切る。
「勘介坊ちゃん、御帰りなさいまし」
「ん。ただいま」
「今日はお友達との約束は」
「ないよー……そういえばチョウさんってさ、この頃痩せた?」
「なっ…なにを仰る…」
チョウさんと呼ばれた女性は途端にどぎまぎして、動揺を隠さないでいる。
彼女は同年代の女性と比べてもかなりの痩身であるが、それでも気にかかることらしい。
それに、普段では考えられない人物からありえない声掛けが飛び出したのが
一番心を動かされた原因のようだ。
「坊ちゃんどうしたんで?なんかいいことありましたかい」
よく響くバリトン音域。奥の部屋から明朗快活に笑って登場したのは、
偉丈夫という言葉がこれほどまでに似合っている者もいないだろうという大柄な男性。
その大きな身体にこれまた合う、ゆったりとした着流し姿である。
しかし笑っているためか体格から放たれる威圧感はなく、つられて少年も笑う。
「なんでわかんの五流さん?そうだよ、今日いろいろあって」
と、その時。
突然電子音混じりの流行りの歌が聞こえだした。
周りに集まっていた男たちは皆一様にそわそわしだす。胸ポケットをまさぐったり、懐を確認したり。静かに騒然とした、という矛盾した表現でも間違いではない場の雰囲気の中で、
少年は慌てた様子で全員に呼びかける。
「オレ!俺のケータイ!みんなごめん!」
俄かに安堵の表情を浮かべる一同。頭をかきかき、苦笑を浮かべる。
まったくもってわかりやすい人たちである。
携帯でみんなを驚かせた張本人はというと、折り畳み式のそれを開いて画面を見つめ、
ボタンをいじくった後、唐突に廊下を走りだした。向かうは、離れにある自分の部屋。
進行方向は元々そちらであったものの、あまりの妙な行動に思わず出迎え軍団は声をあげる。
ただ一人、五流という男は呆れた様子でのしのしと少年の後をつけ、数歩行ったところで
「坊ちゃん!それでいいことって何ですかい?」
と問うた。少年は立ち止まるのも惜しいといった形相で、それでも律儀に立ち止まり、
「………ごめん、また今度話すから!」
と、足を交互に地に付けるジョギングのようなポーズで向き直って叫ぶ。
五流の返答を聞く前に、駆け足姿勢のまま飛び出していく少年を見て、五流は
(変だが、うん、いつもの坊ちゃんだな)と我知らず首肯していた。
* * *
離れにある自分だけの部屋。
勉学に励めるようにと、古めかしい家を改造して作られた一室は、
箪笥、勉強机、布団等と一通りの生活用品が揃えられていた。
面倒を見てくれている祖父曰く、いつかするであろう一人暮らしの予行演習も兼ねているとのこと。
この家は仰々しい出迎えこそあるものの、自分のことは自分でするべしというスタンスなので、
部屋の掃除は勘介がするようになっている。
しかし考えてもみてほしい。
さして几帳面な性格でもない高校男子が自主的に、小まめに部屋をきれいにしているだろうか。
いやない。
今日も今日とて読みかけの雑誌や脱ぎっぱなしの寝巻代わりのシャツなどが散乱する魔界に
足を踏み入れた勘介は、間を縫うようにして歩き、万年床となりつつある布団の上に転げた。
そして寝ころびながら携帯を眺める。メール受信の画面を開いていた。差出人は件の彼女。
Fromの項にはもう彼女の名前が記されている。
彼女の名前を聞いたのち、2人はすぐにメルアド交換を行った。あまり使用したことがないらしく、
あたふたしながら勘介にやり方を教わっていたのが微笑ましい。
その後なんだかんだで彼女の家まで付き添ってしまい、また猛然とお礼を言われたことを思いだす。
「今日は、本当にありがとうございました!……学校でこれからも会っていいですか?」
「全然。俺も、話しかけるよ」
じゃあ、と柔らかな笑みを残し、彼女は家の中へと消えた。
見たところ新興団地に建てられた新築といった家。大昔に建てられたカビ臭い家に住んでいる自分と
比べてずいぶん近代的なのに、機械に関しちゃ自分の方が得意なんだなと感じると、
余計に可笑しくて、微笑ましい。
「真樹奈、さんか――」
無意識に、名前を呟く。彼女の名前は、マキナという。