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嘘つき魔王  作者: 氷純
魔王と世界 魔王は世界 魔王の世界
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六十七話 結末

 私を包んでいた水が吹き飛ぶと騎士達が武器を構えた。

 ベリンダが私に一撃入れたからだろう、士気がいくらか回復して冷静さを取り戻している。

 ベリンダが躊躇なく水魔法を解除した。

 発動させ続けていれば水酸化ナトリウムの雨が降ったのに、残念ね。

 ベリンダにならって私もナトリウムを生み出していた土魔法を解く。


「ベリンダ、久しぶりね」


 声を掛けながら周囲を窺う。気絶していた時間はあまり長くないらしい。

 これならリンド・クライツェンを撃ち抜いた矢の正体はバレてなさそう。

 少し頭がクラクラするのは出血の問題だ。思考も上手く纏まらない。

 そろそろ、限界か。

 私が懐に手を入れたのを見て、ベリンダが目を細める。


「リンドをやった技か」

「半分だけ、正解ね」


 この矢はあんな直接的な使い方を想定していないの。

 これからやるのが本来の使い方だから。


「風狸、おいで」


 術者の私が気絶しようと、風狸は自動で動く。

 最悪、私が死んだとしても。

 だから、私が死んだ後も戦ってもらう。

 私は懐から取り出した小さな矢を空中にばらまいた。


「進化、かまいたち」


 その胴体に矢を取り込んだ風狸が次々と姿を消していく。

 騎士の何人かが空を探すけど見つかりはしない。

 矢には私の血で結界の魔法陣を描いてある。

 だから、リンドは避けられなかったし、蛇姫はいち早く察する事が出来た。

 この戦場でかまいたちを避けられる人間は私とベリンダだけだ。


「卑怯な手を使うな。あんたらしいと言えば、らしいけど」


 ベリンダも矢の仕掛けに気づいたのか、そう言って肩を竦める。

 魔力の流れでかまいたちの位置を把握しているのだろう。掌握範囲が狭い他の魔法使いには出来ない芸当だ。

 私は風の魔力で近くに落ちていた剣を引き寄せ、握る。

 私の予想ではかまいたちに進化させた程度でベリンダの前では無力だ。


「あんたには悪いが、全部落とすよ」


 言葉通り、ベリンダが十個の火球でかまいたちを狙い撃つ。

 一瞬にしてかまいたちは灰となり、散った。

 灰の白に混じって私の頬に落ちてきた冷たい物に空を仰ぐ。


「雪、か……。」


 白い冷たい。

 神様があの白い空間に手招きしてるのかな。

 気は進まないけど、お招きに預かりますか。

 体力も底を突きかけているし、頭も重い。それにここは酷く寒い。


「ベリンダ、二つ訊きたいことがあるの」

「なんだ?」


 私が立ってるだけで精一杯だとベリンダも分かっているのだろう。気負った様子もなく促してきた。


「『あんたとは違う』って何が違うの?」


 支えにした剣がぐにゃりと曲がった気がした。慌てて体勢を立て直すも地面に膝がつく。

 何時の間にか、胸の痛みを残して体の痛みが消えていた。

 大分弱っている。力なく、私は苦笑した。


「あたしはあんたみたいに強さをはき違えたりしない」

「言うね。強さの定義が違うだけなのに、さ」


 息を強く吐いて立ち上がる。

 こんな形で死んだら過去の自分に顔向け出来ない。


「もう一つの質問は何だ?」

「賭をしない?」


 直接は訊かない。訊いても納得できない。

 私の痛みはいつ始まったのか、知るための質問だから。

 ベリンダの広場で感じた痛みは、嫉妬ではなかったか。

 ベリンダは私ではなく広場を選んだから。

 オイゲンと白い池で感じた痛みは、怒りではなかったか。

 オイゲンはただ裁かれるのを選んだから。

 カーリン達の輪廻に感じた痛みは、疎外感ではなかったか。

 彼女達は互いを思い合い完結していたから。

 もしそうなら、私がこの世界でやった事に意味がなくなる。

 だから、意味を確認するためのーー


「賭?」

「そう、賭よ。私の魔力を奪ってみて」


 言いながら、私は剣を構える。曲がってはいないようだ。


「ベリンダが全力でやれば私から魔力を奪えるでしょ?」

「その代わり、あたしは無防備になるな」

「信頼出来る仲間がいても怖いかな?」

「……なるほど。その賭やろう。こちらの手間も省ける」


 手間?

 あぁ、ベリンダも分かってるのね。

 この賭の意味。


「それじゃあ、始めましょうか」


 全力で風の魔力を集め、私は突風をまとって飛び出した。

 ベリンダが私の魔力を奪い無力化を計る。距離が縮まるにつれて私から魔力が失われていく。

 魔力が全て取られた時、ベリンダは剣の間合いに入っていた。


「もらいっ!」


 力の限りに振り下ろした剣は脇から飛び出した何者かに弾かれた。

 既視感を覚える状況、予想通りの展開。


「やっぱり、ハンネスも居たのね」

「切る相手が此処にいるんでな」


 私は弾かれた剣を再び振り下ろそうとした。しかし、剣は天を突いたまま動かない。

 不思議に思って見上げれば、蛇姫が鱗の手で剣を掴んでいた。


「魔王よ、観念するのじゃ」


 賭は私の負けらしい。

 少なくとも、生きた意味は確認できた。ここで死んでも悔いはない。

 私は剣を手放す。

 ここからは延長戦。

 この胸の痛みと今までの自分に報いるための戦いだ。


「最後までーー」


 私は一人で。

 腰からナイフを抜く。

 ハンネスがベリンダを庇って前に出る。

 暗闇に狭まっていく視界にそれを納めて私は笑む。

 本当に私が居ない世界はあんなのばかりだ。

 それでも、あの世界にベリンダを放り込んだのは私だから、冥土の土産としては丁度良い。

 スパイス代わりに皮肉も効いてる。

 小さく笑いながら、私は自らの胸にナイフを突き立てた。

 


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