六十一話 真実
さり気なく体を動かして痛みがなくなったのを確かめた私は蛇姫と配下の群を眺める。
魔物達の陣形に乱れはない。弛緩した空気も存在しない。
取引そのものを疑問視している、そんな風に見えた。
そうなると消えた痛みの原因は蛇姫達ではない。まだ疑っているのだから彼等の心配は続いている。
リンド・クライツェンと私が握手でもすれば彼等の不安も払拭できるけど、今は痛みの原因が知りたい。
この後の行動指針に直結する問題だもの。
「今後の計画を詰めたい。魔王は街に来てくれ」
リンド・クライツェンが言うのと同時に片手を挙げる。リンドの指示を受けて騎士団が左右に割れた。
一糸乱れぬ統率のとれた動き、人が集まっていると思えない。
あの間を通れとでも言うのか。
挟み撃ちにされたら終わりじゃない。
牛頭が騎士団が作った道へ動き出す。
「牛頭、ちょっと待っーーっ!?」
牛頭を止めようとした瞬間、痛みが駆け抜け、油断していた私はバランスを崩して地面に落ちた。
打ち付けた腰をさすりながら起き上がる。
騎士団や魔物達から視線を感じて恥ずかしい。微かな笑い声が聞こえるのは被害妄想だと思いたい。
しかし、痛みがぶり返したのは被害妄想ではないらしい。全身に柔らかく爪を立てられているような、不快感。
何が何だか判らない。解決してなかったの?
タイミングにも理解が出来ない。私が騎士団の間を抜ければ交渉締結のはず。
解決していないとしたら……。
「罠ね」
「落ちた、魔王、責任」
そっちじゃないよ。
「魔王、ドジ」
少しイラついた心を深呼吸で落ち着ける。
蛇姫に会ってからの一連の行動と出来事を思い返し、その場に居合わせた者を頭に浮かべていく。
候補者各々の思惑と行動を挙げて違和感を探る。
残った者は蛇姫でも人間でもない。
そしてようやく状況が理解できた。
私は牛頭を見上げて言う。
「ありがとう」
犯人はあんたよ。
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蛇姫は私を人間に売り渡すまでの行動に矛盾がある事を自分で理解していた。自身の痛みに向き合う姿勢があったのだから除外できる。
黄金山羊については蛇姫と同様の理由で除ける。
他の魔物は私が痛みを感じ始めた時に周りに居なかった。アリバイがあるので除外。
牛頭だけが私の傍にいた。
蛇姫が私を裏切ると確定した時、私と騎士団の取引が成功した時、再び痛みだした時。その全てにおいて共通する痛み。
「心配性だよね、あんたは」
そういえば、ベリンダの広場で騎士団に殴り込み掛ける際、言われた言葉があったっけ。
私はあの時なんて答えただろう。
「大丈夫、死ぬ前に終わらせるから」
確かこんな言葉だったはず。
私は言葉をかけて優しい魔物に背を向ける。
この痛みは魔物と人間が和解するまで続くのだろう。
これもDVの範疇なのか、と詮無い事を考えながら街への一歩を踏み出す。
手持ち無沙汰に見上げた空から、落ちてきた雫が瞼に当たる。
空気を読まない空模様に苦笑する。
その時、背中に何かが押し当てられた気がした。
背後の牛頭を見ようとした刹那、違和感を感じる。
違和感の正体を探るべく腹を見れば、何かが突き破っていた。
先端から私の血が零れ落ちる。
「何これ……?」
振り返って犯人を見ようにも体から力が抜けていく。
地面が近づいてくる。赤く染まった何かが背中へ抜けていく。
視界の端でリンド・クライツェンが私を指差して何かを叫んでいる。
私が倒れた地面は嫌味に柔らかく、冷たさを感じない。
足音が近づいてくる。ガチャガチャうるさいこの足音は騎士団のものだろうか。
体を転がして仰向けになりつつ、半ば本能的に球形魔法陣を展開する。
「お邪魔虫、ぬりかべ」
いつもより魔力を集め難かったのは私が痛みを我慢しているのだけが原因ではないだろう。
明らかに別の誰かが奪おうとしている。今、それが出来る距離にいるのはベリンダと牛頭だけ。
「そうだ、牛頭……。」
水晶の壁で囲いを造った私は牛頭に顔を向ける。
急拵えの魔法陣で造った壁はあまり長く保たない。
壊れる前に訊かなきゃ。
私の血を枝から垂らす心配性の魔物に。
「何で……。」
裏切ったの?
ねぇ、何で?
牛頭は言葉無く佇んでいた。
無数に光る牛の目が水晶の壁を見回して、壊れるまで時間を測っているようだった。
「牛頭?」
「天魔、言った」
魔王を騎士団の前で殺せば魔物が助かる。そう言ったらしい。
昨日の夜か。
甲高い音がしたので視線をやると水晶の壁にひびが入っていた。
二本の槍を構えた男の仕業らしい。こんな早く壊すとは、感動する程の馬鹿力ね。
霞む視界と揺れる意識、それでも私は真実に辿り着けた。
この痛みは、私が犯人だ。
次回の更新は11月23日になります。




