五十七話 天魔
黄金山羊をからかうこと数分、北から三十は越えるだろう魔物の群が現れた。
黄金山羊が言うには本隊は更に倍以上の魔物で構成されているらしい。
軍隊そのものね。魔物は全て知性体だというから私は警戒を強めた。
数は決して多くないけど人間以上に個々の戦闘力が高い。戦いになったら逃げる方を優先するべき戦力差だった。
魔物に囲まれて転校初日のアウェイ感を味わっている内に日は沈み、本隊が到着した。
晴れて天魔との面会となる。
天魔の周囲だけ地面が均されてはいたが天幕の類はない。
知性があっても魔物は魔物という事か。共同生活も先行き不安だった。
性格の不一致とかでお別れになったりして、洒落にならないね。
「話には聞いていたが魔王と呼ぶには余りに貧そうじゃな」
キョロキョロと周囲を観察していた私はその評価に肩を竦めて発言者を見る。
全長約二十メートルの蛇の胴体、空洞の眼孔に傷んだ白い髪を持つ女の顔。蛇の鱗代わりに人の手がびっしりと胴から尻尾を覆っている。
件の発言者、天魔。
ドラゴンとかペガサスとかを少し期待していた。
完璧に裏切られたけど、ここまで悪趣味とは。些か魔物のビジュアルをなめていた。
落ち着きなく動く天魔の鱗もとい手の指。波打つようにチロチロと気色が悪い。
「して、魔王よ。此処に参られた御用向きをお聞かせ願いたい」
「騎士団がしつこいから保護を求めに来たのよ。牛頭も同じ」
私は背後に控える牛頭を指し示して伝える。
私と天魔を囲むように様々な魔物が見物している。
下手に天魔を貶めると私が危ない。しかし、平身低頭するのも今後に響く。
私が問題を起こせば牛頭にも波及するのだから慎重にならざるを得ない。
「避難した魔物より聞いておる。なれど、騎士は恐れるに足らぬ」
勇ましい台詞だこと。
しかし、天魔が言うのも尤もか。
百を超える知性体が群として動けば同数の騎士は餌にしかならないだろう。
相手に天魔殺しがいなければ。
「リンド・クライツェンは手強いよ」
歴史上、天魔を唯一倒した者。
大陸中央にいた天魔、黒角を倒した青年が指揮する騎士団と言うだけでかなり危ない。
以前、私が見た黒いランスは倒した天魔の角を加工したものであり、特殊な魔力を内包する強力な武器だと村長から聞いている。
雷を自在に操る黒いランス。使い方次第では天魔と渡り合える武器だ。
「どう思う?」
リンド・クライツェンとその戦功や武器について説明し、意見を求める。
「それらの話は聞いておる。故に我等は魔王の力を知りたいのじゃ。戦力は欲しいが足手まといはいらぬ」
やっぱりそう来たか。好都合ね。
見た目の印象でこの群が実力主義だとすでに感じていた。
今の私なら知性体が相手でも楽に勝てるだろう。
「何をすればいい? いくつか魔法が使えるけど、この場でやるとみんな吹き飛びかねないよ?」
もしくは細切れになる。
天魔の近くにいた強そうな魔物が何か言いたげに舌打ちした。
天魔がそれを冷ややかに見て私に向けて顎をしゃくった。
「良いんですかい? 俺がやると原型を留めんでしょう」
「力を見るだけじゃ。加減せよ」
天魔に釘を差されながらも、喜々として進み出たのは私に舌打ちした魔物。
ベリンダの街でも見た二足歩行するサイだ。
天魔を覗いて周囲の魔物は何か慌てている。
魔物は私を傷つけるのを嫌うからだろう。私が敵なうとは思ってなさそうだ。
サイの魔物は全体が岩で出来た斧を背負っている。
刃渡りだけで一メートルはありそうなそれを構えた時、天魔が合図する。
「始め!」
スタートダッシュを決めて私との距離を詰めるサイ型魔物は途中で無様にすっ転んだ。
角が地面を削るのを見て私は笑い転げる。
私の後ろで見ていた魔物は私のした事に気付いただろう。
「畜生。仕切り直しだ」
角の先に泥が付いているのも知らずにサイ型魔物が立ち上がる。
私が指差して笑っているのを見て歯軋りして、再び走り出した。
また転ぶ。見事なヘッドスライディングに私の笑いは止まらない。
「地味な魔法を使いやがって」
今ので流石にサイ型魔物も気付いたのだろう。
土魔法で岩を生み出して足を引っかけたことに。
隠蔽魔法陣を用いた嫌がらせだけど、早さと正確さは騎士団の魔法使い並だろう。
「叩き切ってやる!」
威勢の良いかけ声と共にかなり離れた距離からサイ型魔物が斧を振り被る。
その斧に土の魔力が集まっているのを見て取って攻撃方法が予想出来た。
「お邪魔虫、ぬりかべ」
斧が振り下ろされるや即座に球形魔法陣を展開し水晶の壁を生み出す。
土の魔力で生み出された岩で巨大化した斧はぬりかべに阻まれて停止する。
「……あれ?」
周囲が静まり返った。
表情が読める魔物はみんな目を見開いて口を半開きにしている。
サイ型魔物も目を瞬いた。
「……なんじゃ、それは?」
天魔が引きつった笑みで訊いてきた。
その問いかけで私は思い至る。
球形魔法陣を使えるようになってから魔物に出くわさなかったから、天魔たちに情報がなかったのだ。
「私の考えた魔法陣よ」
あっさりと私が言うと天魔は空を仰いでため息を吐いた。
サイ型魔物が斧に纏っていた土の魔力を手放して武器を置く。
「蛇姫様、自分じゃ勝てませんわ、こんな化け物」
心なしか自嘲気味にサイ型魔物が天魔を振り返った。
天魔は蛇姫と呼ばれているらしい。
というか、これで終わりなの?
「分かっておる。我と同等かそれ以上じゃ。勝てる通りはない」
天魔のお墨付きを得て私は魔物の群に迎えられた。
不完全燃焼である。八つ当たり気味に地面を抉ったら牛頭に叱られた。