二十八話 若い男
オイゲンに半ば追い出される形で池を後にした私は頭を抱えた。
「どうしろって言うのよ」
オイゲンはあの池で殺される事で目的を達するつもりだ。
天涯孤独と偽り、オイゲンを殺した者が仇討ちを恐れなくて済むように、あの池を死に場所に定めたのだろう。
そのために息子が自らを恨むようにし向けた節もある。
ぶっとんだ博愛主義だね。空の彼方まで飛んでいきそうだ。
既に空の彼方でとんでいる神の目的も分かった。
オイゲンが殺されないようにする事。そして、二度とこの事態を生まないようにする事。
「あぁ、もう!」
なんで私がこんな仕事を押し付けられてるのよ。
この状況をみすみす作った全知全能なる神様々の責任でしょうが。
それでも文句を聞いてくれるはずもない。
急いで対処に取りかからないとオイゲンが白い粉になってしまう。
「また、貧乏くじを引くしかないね」
魔王らしく振る舞うのが唯一の手か。
私の説得も無駄だったし。
鬱屈した気分で私は魔王の立場を使った説得を考えた。
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学校を休むわけにはいかない。
どんなに憂鬱だろうと、体調が悪かろうともだ。
私が休めばきっと別の誰かが標的になる。
そうなれば、今までいじめに耐えてきた過去の私に申し訳がたたない。
だから、休んではいけない。
例え、登校日に毎朝熱が出ようが、ストレスで朝食を吐こうが、線路に足を踏み出しかけようが、校舎を見る度に足が震えようが、次の被害者を見捨てることは出来ない。
みんな敵なら、せめて自分に恥じない生き方をしないと人生に意味が無くなってしまう。
まだ自分を恥じないでいられる私はきっと幸せだ。きっと。
「何て夢を見せるのよ」
私が間違っていたとでも言いたいの?
次の被害者なんか気にしないで学校を休んでいればよかったと、そう言いたいの?
死んでも自分を裏切るもんか。
「味方は自分だけなのよ」
オイゲンとは状況が違う。
私の学校に魔王はいなかったのだから。
「分かったよ。助ければいいんでしょ」
悲劇を気取ってるこの舞台を喜劇にしてあげるよ。
雲の上で笑い死ね、怠け神。
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森に人影を見つけた。
神殿の地下でみた若い男だ。
「子供が一人で何してる?」
私と目が合った若い男が不思議そうにしている。
近くでみるとそれなりに整った顔だ。青い目が違和感なくとけ込んでいる。
「オイゲンの居場所を知ってるの。案内するよ」
サラリと言った私にすぐさま剣を抜く若い男に背を向けて、白い池へと歩く。
肩越しに振り返ると若い男は疑心に駆られた視線を私に注ぎながらも付いて来た。
役者は揃えた。
後は手の上で転がすだけだ。
若い男の死角で薄く笑う私に怯えた木々がざわめいた。
「君はオイゲンとどんな関係だ?」
少しでも私から情報を引き出したいのだろう。若い男が訊いてくる。
「知り合い、今は他人」
容量を得ない私の返事に若い男は困った顔をする。
「あなたの名前は?」
今後、私が偽名を名乗る際の参考資料を提供しなさい。
「ハンネスだ。君は?」
「オイゲンを殺すなら即死は避けて苦しめなさい」
ハンネスの質問を完全に無視して釘を差す。
「せっかくの見せ物がすぐに終わったらつまらないからね」
魔王らしい理由を付け加えるとハンネスは眉根を寄せた。
本当の理由は私の出番がないと困るからだ。
「ハンネスの邪魔はしないよ。だから頑張ってね」
含み笑いを隠さずに応援する。
ハンネスが足を止めたのに合わせて私も立ち止まる。
「僕を罠にはめる気かい?」
背後に目をやると剣を構えたハンネスが周りを窺っていた。
「応援してるのに」
「黙れ。人殺しを応援する奴なんているか」
あなた、オイゲンを殺しに来たくせにそれを言いますか。
「オイゲンを殺す理由って何?」
「ベラベラ喋ることではない」
「仇討ち?」
喋らないなら喋らせるだけよ。
……こいつ、表情が変わらない。
失策だったか。
ハンネスは周囲の安全を確認し終えて私に集中し始めた。
「答えろ。オイゲンは何処だ?」
いたずら心が芽生えた私は無言で空を指さした。
ハンネスが初めて動揺した。すぐに立ち直った彼がゆっくりと口を開く。
「殺したのか?」
「ははっ。やーい、引っかかった」
うん。憎まれキャラが一番性に合ってる。
ハンネスのこめかみがピクリと動いた。
「あらら、怒った? オイゲンを殺す理由を教えてくれたら、居場所を教えるよ」
「信用できるか。自分で探す」
ハンネスが剣を向けたまま後退る。
ずいぶんと警戒されているみたいだ。
彼が慎重に開けた数歩の距離を私は三歩で詰める。
「せっかくの舞台なのにストーリーが分からないと面白くないのよ」
「貴様の娯楽の為にオイゲンを殺すわけではない!」
ハンネスが叫ぶ。
「ならどうして殺すの?」
「しつこい奴だな」
「下らない事をする理由を聞きたいだけよ」
ハンネスのこめかみが再び動いた。
下らない事呼ばわりが気に障ったのだろう。
「まぁいいや。オイゲンはこの奥にある魔法の池にいるよ。仇討ちには良い場所だね」
「……付いて来るなよ」
ハンネスは私を横目で睨んでオイゲンの元へ向かった。
盛り上がっちゃって、ハードボイルドでも目指してるの?
見ているこっちが恥ずかしいね。
「今のうちに発声練習でもしておこうかな」
この劇は魔王の台詞が多いから。
私は場違いな明るい歌を口ずさみながら持ち場に移動した。
次の更新は10月4日になります。