二十五話 鏡に映るのは
オイゲンから離れすぎなければ痛みを与えられることもないだろうと高を括っていた。
結論から言って、全くそんなことはなかった。
全身を針で突き刺されている気分。
一切の遠慮仮借がない神の性悪で根性悪な差別を受けながら森を歩く。
耐えられるくらいの距離を模索していたらオイゲンの前に度々姿を現してしまい、不審な目を向けられた。
「そりゃあ、心配してくれるのは嬉しいさ。だが、邪魔だな」
「別に心配なんてしてない」
きびすを返した私はオイゲンが苦笑する気配を感じ取った。
あんな勘違いバカもう顔も見たくない。
そんな訳で距離を開けて痛みに堪えながら野宿する事になった。
群れて光る矮小な星を見上げて解決法を考える。
オイゲンの痛みとやらが原因なのは明白だけど、その痛み自体が分からない。
白い池にオイゲンが一人で居ることが関係しているとは思う。
そういえば魔法の鏡を使う時も私が居ることにオイゲンは乗り気ではないようだった。
鏡の破片を取り出して月に照らす。既に魔力切れで光が失われたそれは何の変哲もないガラスの破片。薄い金属板を中に挟んでいるのは鏡であった唯一の名残だ。
オイゲンはこれを使う際、苦労しながらも一人で光の魔力を集めていた。
……私の協力を拒んででも。
あの時、映し出された若い男にオイゲンが向けた表情の意味が気になる。
もう一度見てみれば意味が分かるかもしれない。
「試してみようか」
早速、私は光の魔力を集めた。
善は急げと言うもの、独善なら尚更だ。妨害が入る前に終わらせなくては。
あっという間に集まった光の魔力を鏡の破片に注ぎ込む。
破片でも発動するか不安ではあったけど、杞憂に終わった。
「ーーははっ。いい趣味してる」
無意識に唇が歪むほどに素晴らしい光景だね。
地下に隠されていたのも納得だよ。こんなものを他人に見せたいとは思わない。
「娯楽としては愉しめるけど」
こんな代物で笑えるのは私くらいだろうけどね。
森の木々をスクリーンにして現れた映像、それは騎士団やベリンダだった。
この鏡は使用者に恨みを抱く人間を映し出すのだろう。
もしくは殺意を向けた相手か。
それ以外に彼らとの繋がりがないのも笑える話。
暗い森で痛苦に喘ぎながら愉しむには最高の娯楽だ。
痛みも忘れて自らの敵を考えられる。
「次に会う日は殺し合いね」
何人を屠れるだろうか。けれど今はまだ無理。
逃げて、力をつけて、必ず殺す。
そのためにもオイゲン如きに足止めを喰ってたまるか。
「あの若い男はオイゲンを恨んでる」
オイゲンは命を奪うのを嫌悪していたから返り討ちにする事も出来ず逃げ回っているのだろう。
若い男とオイゲンの関係は理解できた。
鏡を使ったのは恨みを向けられているかの確認と、
「居場所の確認、か」
あの若い男は森にいた。旅をしているようでもあったからオイゲンの命を狙っての旅だろう。
どんな事情か知らないけど、それがオイゲンの痛みだとしたら。
そういえば息子に恨まれているだろうと言っていた。
「若い男がオイゲンの息子?」
今ある情報では決定打に欠ける。
彼の痛みそのものが不明では解決なんてできない。
私はオイゲンとのやり取りを詳細に思い出す。
息子に恨まれていて信心深く、生き物を殺せない甘ちゃんで情けなくて頭の足りない男。
いらない情報が多過ぎよ。
熱に浮かされていたとはいえ、油断しすぎだ私。
観察が甘くて思考をなぞることも出来ない。
敵に回ったらどうする気だったのか。
頭を振って思考を整える。無駄に積み上げた思考がガラガラと雪崩て意識の底に埋没した。
最優先で集めるべき情報は白い池について。
私がいなければオイゲンが森を抜けるのは無理だ。余りに弱すぎる。それでも私を遠ざけるのには理由があるはずだ。
「あの池で死ぬ気なのかな」
本人がこの場にいないので答えは返ってこないーーはずだった。
「そうなんじゃねぇの?」
突然、前方から欠けられた声に私は硬直する。
接近に気付かなかった……!
掌握していた魔力に変動がなかったから相手は範囲の外か。
「ちょいとお邪魔すんぜ」
臨戦態勢をとった私の前にそう言って現れたのは、神殿で襲ってきた骨猫だった。
警戒する私の前で無防備にくつろぎ始めた骨猫は不気味に笑う。
「お困りなら手を貸しますぜ、お姫様」