一話 プロローグ
自分でも感心するくらい冷静だった。
私を制止する声も確かに聞こえていた。しかし、誰の声か判別出来ない。自己保身に必死な教師や罵声と暴力の結果に怯える同級生、いずれかが声の主だと思うけれど、あるいは私に残された良心の欠片が断末魔を上げたのかもしれない。
「どうでもいいや」
呟いて私は振り上げていた椅子を力の限り叩きつけた。
気が付くと不快な空間に漂っていた。輝きに満ちたその場所は底の浅い幸せをまとめて煮詰めたような酷く甘ったるい臭いに満ちていた。
「何をしたか分かっているのか?」
響く声が私に訊ねる。神様でも気取っているのか、堂々とした物言いに虫酸が走る。
「気取っているのではない。我は神だ」
ふざけた台詞を私は鼻で笑い飛ばした。神? そんなゴミが今更私に何のようだ。何をしたか分かっているのか、と言ったな。私は丁重にお返ししただけだ。イジメなんて下らない事をした同級生を片端から殴っただけ。何人か死んでいるかもしれないが自業自得だ。
「残念だったな。皆生かしてある」
「……ふざけるな」
この後に及んで奴らの肩を持つのか。神が聞いて呆れる不平等振りだ。あんな代物は生かしておいても人に危害を加えるだけ、被害者が増えない内に全部殺しておけばいいんだ。
「あの者達にはしかるべき罰を与える。しかし、問う。お前は何故自殺したのだ?」
「幸せなんて手に入ることがないと確信したからよ。何人か道連れにしたかったけど邪魔してくれてありがとう」
「嘘だな。暴行事件がもみ消されないよう自身の命で世間の注目を集めた。違うか?」
流石神様だ何でもお見通し。けど何もしない。私の方がよほど上等じゃないか。
「貴様は浅慮に過ぎる」
神がため息と共に吐き出した言葉。それに私は嘲笑で返した。
「お前がやれば良かったのにね」
目の前に姿を現せば指さしてあざ笑ってやるのに厚顔無恥で役立たずの神は隠れて声だけを降らせてくる。
「……貴様は人の痛みが分かるか?」
半ば唐突に神はそんなことを言い出した。
「とっくの昔に忘れたわ」
「では思い出させてやろう」
背筋に走った悪寒に顔をしかめる間もなく視界が暗転した。気力で意識を手放すまいとするが抵抗むなしく私の意識は闇に沈み込んだ。




