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同性の友達がいない奴は訝しめ

作者: 有機野菜

「まあ!憧れのうわなり打を見れるのですね!」


お姫様はそう言って目を輝かせていた。




この国には昔から「正当な理由もなく、勝手に婚約や婚姻を解消してはならない」という当然の法律がある。貴族の多くはこの法律を重んじていたために、記憶から廃れてしまった二つ目の法律…罰則があった。


大昔、まだ世界が混沌としていた時に異世界より聖女を招いたことがあった。聖女は世話係を務めた令嬢と親友だったと記録が残っている。


親友には婚約者がいた。この男が不貞の果てに婚約破棄を宣言…悲しむ親友に聖女はガチギレした。今まで明るくジョークの得意な聖女しか見たことがなかった人々はたいそう驚いたらしい。


「スジ通さんかい!おどれら、覚悟せえよ!?こっちからケジメつけさせっからな!!うわなり打じゃあ!!!」


と、このようなことを叫んだ記録が残っている。


この歴史を学ぶのは王族の責務だが、一般の貴族は廃れた文化だと学んでいないことも多い。


そして…たびたび似たような事例が起きては、うわなり打が決行されて人々はその恐ろしさを思い出す。今がそのタイミングだった、それだけだ。




侯爵令嬢が一方的に婚約破棄された。相手は公爵家の跡取り息子なのだが、その腕にどこぞの女をべっとりと付けている。


周りには侯爵令嬢をせせら笑う男達が数人いたのだが、姫の一言でいったい何事かと首を傾げている。


「ロザリー様、それはなんでしょうか?」

「婚約や婚姻が一方的に解消されたと認められた場合に行われる、聖女公認の報復ですわ!」


聖女公認、この言葉は重い。この世界に多くの恩恵をもたらした聖女は王家より上の立場だとされている。今はもう居ないが信仰の対象だった。すなわち、この報復は回避できる術がないということだ。


「もちろん今からでも慰謝料を払い、お互い合意の上で婚約解消した場合には報復行為を禁じます」


男は渋る。なにせ侯爵令嬢相手なのだから慰謝料は膨大だ。躊躇する彼に悩む時間は与えられない。なにせお姫様はうわなり打を見たいので。


「では、うわなり打を決行ですね。詳しい説明は改めて書簡で送ります」




うわなり打。これは本来ならば後妻打と書き、後妻をターゲットにした報復である。この国では聖女がねじ曲げてしまったために「浮気じゃなくても構わない」「報復するのは相手の家」というルールが設けられているが。


ちなみに、男性側が被害にあった場合もほぼ同様のルールで報復できるという聖女の奥ゆかしい心遣いつき。


他のルールは以下の通り。随所に聖女の粋な計らいが見受けられる改定がある。


離縁から一ヶ月以内。

相手に報復する日をきちんと告げる。

武器は箒など殺傷力が低いもので、刃物はご法度。

人間やペットに攻撃してはならない。

参加者は同性のみ。

盗んではならない。

現金に触ってはならない。

大事な書類は傷つけてはならない。

制限時間あり。


これらのルールを守ったうえで、攻撃側は相手の家をしっちゃかめっちゃかにする。防御側はそれを阻止する。そういう行事だ。




公爵家の跡取り息子が誤算だったのは、彼が選んだ女に同性の友達が一人もいなかったこと。それどころか沢山の男を引っ掛けたせいで敵だらけで、侯爵令嬢の友人を名乗る者が大勢いたということ。


うわなり打に異性は参加できない。浮気相手VS被害者令嬢達という多勢に無勢すぎる構図ができあがっていた。


公爵夫人をはじめとする関係者は防御側として参加が認められているのだが、そうできない理由があった。息子の肩を持ったとして社交界に爪弾きにあう可能性だ。そのため彼女は黙り込み「何しとんねんワレェ!」という怒りをこめて息子達を睨みつけることしかできない。


「それでは聖女様の名の下に、うわなり打を始めますわ!」


王女の宣言とともに雪崩込む令嬢達。


「なんて素敵な花瓶かしら!有名なデザイナーのものよね?」

「やだ、少し触っただけで倒れてしまいましたわ」

「破片が危ないわ。ここから離れましょう」


「真っ白いテーブルクロスがこんなに!」

「でも、こんなところに置いていいのかしら?」

「まあまあトマトソースで真っ赤!」


「立派な肖像画ですわ」

「あら、こんなところが汚れていますわ」

「新品のように真っ白!次はワンちゃんの絵でも描かれては如何かしら?」


「なんて暗い色の壁紙!」

「リフォームしてあげましょう!」

「初めて壁紙を剥がしましたが、快感ですわ〜!」


「ここは執務室ですわね。大事な書類に触れないようにしないと」

「逆に考えればよろしいのでは?大事な書類以外は触れてもいいと」

「そうですわね!何かないかしら!」


ドラ息子の父、公爵は詰めが甘かった。大事な書類に傷をつけてはならないというルールのもと、執務室だけは無事だと勘違いをしていたのだから。


結果として最悪のものを引き当ててしまった。


「公爵夫人様〜!!」


好き勝手に屋敷を荒らしていた一人が息を切らして走ってくる。公爵夫人は頬を引きつらせながら「なにかしら?」と尋ねた。


彼女の両手には幾つかの手紙がある。それを見た公爵はマズイと慌てたのだが、どうにもできなかった。異性は参加してはならないと遠ざけられていたから。


「あの女が公爵様にあてた手紙でしてよ!」


言うまでもなく、唯一のディフェンスとして参加している女のことだろう。多くの男をたぶらかしたせいで同性の味方が一人もいない彼女である。


さて、その手紙の内容といえば。とても情熱的な夜を過ごした感想と、公爵夫人はもう枯れているといった罵倒と、公爵の遺産をこれから産まれるだろう自分の子に頂戴という家の乗っ取りを綴ったものだった。


「…私もうわなり打に参加しましょう。いつまでもわが家が壊れていくのをただ眺めるだけなどできません」


公爵夫人はにこりと笑って箒をもった。


「まあまあ大変!ここには公爵様秘蔵のワインがありましてよ〜!壊されていないかしらー!!!」


屋敷の女主人は公爵の隠し場所を把握していた。


「それにしてもテンションが上がりすぎて妙な口調になってしまうのは何故?」


奇妙なお嬢様言葉で叫びながら破壊活動をする人々を見て姫はこてんと首をかしげる。妙な方向にテンションの上がった女達はそんな些細なことを気にせずに、壁やら扉やらを攻撃していた。


タイムリミットにより終了の合図が出された頃、美しき屋敷はものの見事に半壊していた。ゴーストハウスですらもっとマシと思われる様相である。


令嬢達はそれはスッキリした表情のまま現れる。公爵とその息子、そして使用人達は顔を青くしていた。


「これでお二人の婚約は円満に解消されますわ。これは王家ひいては聖女様公認ですので、今後不必要に接触した場合は慰謝料が発生します。場合によっては首を飛ばさなくてはならないので覚えておいてください」


妖精のような表情でとんでもないことを言いだす姫に、その場にいた全員が「ひっ」と声を呑んだ。


その中で一人、公爵夫人が前に進み出た。


「正当な理由があれば離婚はできるのですよね?」

「ええ、もちろんです」

「では今日限りで我が夫とは離縁しますわ」


うわなり打で見つけ出した数々の証拠を置く夫人。


「私は何度も、息子にはもっと良い家庭教師をつけるべきだと伝えました。まさか自分が不倫したいために、あんな無能を雇っているとは!」

「いや…それはな…」

「結局、教育不足でこのような事態に陥る始末!貴方がしたことで唯一褒められたのが息子と彼女の婚約だったのに、それがこんなことになるなんて!私は彼女が娘となることを楽しみにしていました!」


その言葉に侯爵令嬢は目元の涙を拭く。彼女も公爵夫人のことを慕っていたのだ。


男達はそれを理解せずに一人の女に溺れる始末。その女といえば女友達がいないせいで何一つとして止められずボロ雑巾のようになっているが。


「公爵夫人は生家に戻られるのですか?」

「まあ!でしたら王宮で雇いたいわ!」


うふふと笑い合う女性達。すっかり蚊帳の外となった男達に残されているのはボロボロに破壊された屋敷と、誰と関係を結んだかも分からない身持ちの悪い女が一人だけ。


こうして、うわなり打は終幕した。




その後、うわなり打の話を聞いて慌てた男性達が婚約者に許しをもらいに行こうとしたところ、逆に「慰謝料を払って婚約解消しろ」と脅された。


公爵夫人は王宮に勤め始め、そこで妻を亡くした大臣と再婚した。大臣には息子がおり、あの侯爵令嬢と婚約を結ぶこととなる。


姫はゆっくりと変わりゆく世界に、満足気に頷いた。


「まったく…おまえはお転婆で困る」


父である王からの苦言に、姫はにこりと笑って返した。


「時々空気は入れ替えないと」

「それはあんな大仕掛けの窓だったか?」

「大仕掛けの窓ほど大きくて風が通るのですもの」


身持ちの悪い女がいると知るやいなや、前から目障りに思っていた公爵やその息子と引き合わせたり


公爵夫人が離縁するよう、うわなり打に参加した令嬢に自分の手先を忍ばせたり


侯爵令嬢が婚約するよう、かの大臣の息子を呼び寄せたり


「私の大事なお友達を泣かせたのですもの。少しぐらいは報復せねばね?」


まったく厄介な女友達である。

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― 新着の感想 ―
初見の風習すぎたほんとにあるんだ…! あまりにもゴキゲンすぎる楽しかった!
愉快痛快爽快! やっぱり破壊活動っていいよねー! ルールはあれど、ルールがあるからこそ浮気女は孤立無援と化し、 ルールがあるからこそその穴を突いて公爵夫人も味方につけて。 そしてこれを仕組みきちんと…
うわなり打、歴史の本で知っているぐらいだったので、読んでいて面白かったです。どちらかというと、おとなしめだなあなんて思いました。でも、ホントに生き生きしていて、楽しそう。 王族ってこのくらいでないと。…
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