顔見せ五千円男の日常一道化師は夜に笑う
【日常編】顔見せ五千円の男シリーズ、ピエロ
薫はダイソーのキッチン用品売り場にいた。シリコンのフライパン返しを手に取ってどれがいいか悩む。取っ手にキャラがついたものが使いやすそうだが、そのキャラが嫌いやねん。
視界の端に大量のカボチャ色が入り込む。骸骨、カボチャ、コウモリ。子供用のマントや大人用の仮装衣装がずらっと並んでいる。
「気が早いなぁ……もうハロウィンか」
薫は鼻で笑った。
そもそもハロウィンって「死者が戻ってくる」っていうオカルト性の行事やろ。なのに日本じゃ仮装して酒飲んでゴミ散らかすだけの、意味不明なイベントになっとる。
意味も知らんで「イェーイ!」ってやる奴らが嫌いだ。そういう人間が一番嫌いや。
黒のN-BOXに乗って帰ろうとしたとき、スマホが鳴った。
画面に「小和田パーキング管理株式会社」と表示されている。薫が祖父から相続した土地を委託している管理会社だ。
「佐伯薫様でしょうか。いつも駐車場をお使いいただきありがとうございます。実はですね、最近あの北梅田のパーキングで……夜になると若者が集まって騒いでいるようでして。住民の方から苦情が来ているんですよ」
営業口調だが、声には困り顔がにじんでいる。
「うちも注意はしてるんですけど、警察に相談していただくのが一番早いかと思いまして」
薫は「はぁ……」と気の抜けた返事をした。面倒くさい。だが、放っておいて自分の土地に変なイメージつくのも嫌だ。
仕方なく警察署に電話を入れる。
「夜に若者がパーキングにたむろしてて、利用者とトラブルになってるんですけど」
淡々と説明すると、受けた警官の声は眠たそうだった。
「えー……それって直接被害ありました? 器物損壊とか暴行とか」
「いや、今のところは……。でも近所迷惑やし、トラブルになってるんです」
「うーん、パトロールは強化しますけど、現行犯じゃないと厳しいですねぇ。見つけたら110番してください」
使えんな、と薫は心の中で毒づいた。
頼りにならん警察、しっかりせいや。市民の安心安全がおまえらの仕事やろ、こっ血は困ってんねん。
これは、もう、めっちゃ腹たつからやるしかない。
薫は考えた。
ふと、ダイソーで見たお面を思い出した。
駐輪場で迷惑行為するイキりのアホなど、小さい肝っ玉に違いない。恐ろしい仮装をして驚かしてやろう。奴らが悲鳴を上げて逃げていく様を見てみたい。
薫は腕を組み、ふっふふふふと不敵に笑った。
貞子のような黒髪に白い服ではありきたりすぎる、もっとインパクトがあって怖い、そして仮装してみたいものがいい。
そこで思いついたのが、『IT』のペニーワイズだ。 ハロウィンの仮装大会に参加しようとは思わないが、ペニーワイズにはなりきってみたかった。さっそく薫は海外の通販サイトでペニーワイズの仮装セットを注文した。
なかなか届かず、待っている間にITを何回も観て、
「ハイ、ジョージィ〜〜〜」
「素敵な舟だねぇ」
「あ〜〜〜会いたかったかぁ」
を何度も練習した。
ペニーワイズ、こいつは癖が強いだけではない。複数人の子供たちに恐怖を届けるタクススケジュールが半端ない。ペニーワイズはきっと理系だ、一ミリの狂いもないタイムスケジュールを立ているに違いない。
衣装が届いた。なんとか届いて箱を開けたら、ペニーワイズの上着についている赤いポンポンがしょぼかったので、ダイソーでポンポンキットを買ってき、細い毛糸でポンポンを作って縫い付けた。
白粉とやフェイスペイント、オレンジ色のウィッグはコスプレ専門店から注文した。
何度もメイクもやり直し、赤い鼻と口、効果から目の中央に走る線をうまくかけた。
「はぁい、ジョージィ」
赤い風船を持って、鏡の前に立ってつぶやく。
完璧だ!
薫はその場でくるんっと回って、ふっふふふと笑う。
そして夜の十時、グレーのオーバーサイズのパーカーを着て、フードをかぶってマスクとサングラスをして、N-BOXでパーキングに向かった。
若者たちが黒のアルフォートを横付けして酒盛りしていた。音楽を流し、缶チューハイを振りかざして笑っている。
その背後に。
白塗りの顔、真っ赤な口、ギザギザの歯を描いた薫が立つ。
ドクロの形のLEDランタンを下から当てて、にぃっと笑う。
「おい……」
低い声をかけると、若者たちは一斉に振り返った。
次の瞬間――「うわあああああっ!!」と悲鳴をあげて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
薫は満足して腕を組んだ。
「いぇーい、今頃、おしっこチビっとるやろ。薫様を怒らせたら怖いんやでぇ!」
笑いながら中指を立てる。
久々にスカッとした。あいつらは怖くて二度とここへ来ないだろう。これで夜は静かになるやろ。
しかし数日後、また管理会社から電話があった。
「佐伯様……あの件なんですが」
声が微妙に震えている。
「実はですね、『あの駐車場に、映画のピエロ、えーっと、ペニーワイズ? が出る』という噂が広まってまして。オカルト系のYouTuberから『撮影させてもらえませんか』って問い合わせが来てるんです」
薫は電話を持ったまま固まった。
心臓がドクンと跳ねる。
やってやった、どころじゃなかった。
「……なんやねん」
電話を切ったあと、薫はベランダで煙草をくわえた。
白い煙を吐きながら、頭を抱える。
オバケやと? 俺はただ、迷惑なガキを追い払っただけやぞ。
北梅田の小さな駐車場に「ペニーワイズが出」という噂は、ネットの闇に溶け込んで広がり始めていた。
新しい都市伝説「北梅田駅のペニーワイズ」の爆誕である。
もういっそのこと、また出たろかな。
車長時間停めたらペニーワイズが出る、にしたらもうかってええかもしれへん。




