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第6話 部活勧誘

新年度早々、学園では部活動の勧誘が活発に行われていた。

羽岡学園(はねおかがくえん)は幼稚園から大学院まであるが、その中でも中等部と高等部の生徒が一緒に活動している部が多い。

由梨乃(ゆりの)が所属する茶道部もその一つだった。


香織(かおり)、助っ人をお願い。」


昼休みの時間、香織は由梨乃からそう言われた。


「放課後の部活の勧誘で茶道を教えたりする人が足りなくて。」

「由梨乃がやっているところを見せてあげるだけで十分じゃ…。」


香織が渋い顔で言うと、一緒に昼食を囲っていた千佳(ちか)花音(かのん)も話し出した。


「確かに、茶道の名門、櫻井(さくらい)家がいるというだけでネームバリューは十分なわけだし。」

「香織の言うことも一理あるけど。」


不思議そうな顔をして二人は由梨乃を見る。


「由梨乃も時期部長予定だから部員集めに大変なのよ。」


はるひの言葉に由梨乃は首を大きく何度も振った。


「はるひの言う通りなの。それに、この間のあかりさんのことがあったでしょ。あれからあかりさん、身が入らないみたいで、今回は裏方の方に回ってもらうことになったのよ。」


それに伴い、加奈子(かなこ)もあかりのことを気にして彼女と共に裏方担当になったそうだ。

二人とも部員の中でも茶道の技術は良い。この二人が抜けるのは、部として痛かった。


「どうせ香織は由梨乃の部活終わりを待っているんだし、良いじゃない。」

「高等部に入ってから帰宅部なんてもったいないわ。なんでもできるのに。」

「何ならうちの部にも来て欲しいんだけど。」


好き勝手言う三人の言葉に、追従して由梨乃が言った。


「だからお願い!」


由梨乃の懇願に、香織は渋々承諾した。






放課後、中等部と高等部の入り口には、部活の勧誘の看板などを持った生徒達で賑わっていた。どちらの生徒達も新入生には新鮮に見えるようで、目移りしている者が多かった。

中等部から内部進学した高等部の生徒は同じ部で続けている者も珍しくないが、別の部に入部することも可能である。現に香織は中等部で部活をやっていたのだが、高等部に入ってからは帰宅部となっている。


香織と由梨乃は校内の茶室にいた。部室も兼ねたこの部屋で茶道部は活動している。

高等部と中等部の生徒数名が、お茶やお菓子、茶器の準備に勤しんでいた。

そこには加奈子とあかりもいた。


「香織さん、すみません、私達が裏方に回ったばかりに。」

「も、申し訳ありません。」


冷静に話す加奈子と、あたふたしながら話すあかりは、いつも対照的に見える。先日はたかれたあかりの右頬はまだ少し腫れているようだった。


「別に大丈夫ですよ。難しいことは由梨乃に回しますから。」


香織は由梨乃の顔を見てにやりと笑った。


日生(ひなせ)さんが来てくれて助かるわ。」

「櫻井さんだけだと、彼女にばかり負担をかけてしまうから。」


四人のやり取りを聞いていた高等部三年で部長の野々宮定実(ののみやさだみ)と副部長の高野順子(たかのよりこ)が話に加わった。

香織が茶道部の助っ人に来るのはこれが初めてではない。茶道の家元に住まい、その手ほどきを受けているということから、中等部の頃から由梨乃伝手に依頼があると時々部の手伝いをしていた。

高等部に入ってからは、香織は帰宅部となった為その頻度が多くなりがちであった。


「私でお役に立てれば。」


香織は慣れた様子で道具をせっせと用意していた。


「この間二年生で騒ぎがあったとは聞いていたけど、まさか(さわ)さん達のことだったとはね。まあ理由はともかく手を上げるなんて最低だわ。」

「今回伏原(ふせはら)さんと澤さんは洗い物担当、櫻井さんと日生さんは作法の指導でお願いね。」

「はい。」

「お願いします。」


定実と順子は日程表を片手にテキパキと指示を出していた。


茶道部ではお茶の立て方などを一通りやってもらうことにしている。名家を始めとする良家の子女が多い為、茶道の経験がある者も中にはいるようだが、流派が違うとやり方が違う場合もある。そこは部活なので特に統一は求めていない。


中等部の頃から茶道部に所属している由梨乃は、現在在籍している生徒の中では学園一の名家であり、茶道の家元の令嬢である為、例年彼女目当てで見学や体験に来る生徒が多い。それで実際入部した生徒もいる。


由梨乃の両親は、わざわざ部活にまで茶道をやらなくても良いのに、と言ったのだが、本人は学校の活動としての茶道も楽しみたいからとやっている。

居候の身ながら香織も由梨乃の両親と同意見であり、家業を部活までやるとは物好きだと思うと同時に、家元が部活に来たら周囲がやりにくいのではと思っていた。しかしそこは由梨乃の性格上上手くやりとりができているようで、部活は部活としてのやり方を部員達で楽しんでいるのだった。


準備が終わる頃、茶室には生徒が集まり始めた。

部長の指示で他の部員が整列を促し、順番に案内を始めた。


部員が立てたお茶を順番に渡していく。


「右手でお茶碗を取って、左手に乗せます。」

「は、はい!」


由梨乃の手ほどきを受けた生徒は、憧れの存在を前に緊張している者ばかりだった。

ミーハーな生徒の中には、由梨乃の付き人として毎朝彼女と共に花道で迎えられている香織を見つけると、「香織様もいる!」とより一層興奮していた。


「では次の方-」


部長が順番の生徒を呼ぶと、そこにいたのは先日あかりを叩き、麗華(れいか)と言い合っていた女子生徒だった。

茶室に入った彼女はきょろきょろと周囲を見渡し、由梨乃と香織の姿を見つけて気まずさを感じていたようだった。

裏方にいた加奈子とあかりには気付いていなかったようだが、加奈子は女子生徒を見つけるとあかりを隠すようにして表に出させないようにしていた。由梨乃と香織は内心複雑な気持ちでいたが、冷静に対応していた。


「どうぞ。」


茶室に入ると由梨乃が対応した。

彼女がどんな家の令嬢なのかは知らないが、この場で先日のような争いごとが起こるのはごめんだ。入部希望者がいなくなってしまう心配もあるが、それ以上にあんな乱闘が再び起こるのは面倒で仕方が無い。状況を察した由梨乃が率先して対応していた。


由梨乃がお茶を差し出すと彼女は一礼し、右手で茶碗を持った後左手に乗せ、両手で持ちお茶を飲み干す。飲み終えた後は飲み口を指先で拭い、懐紙で指を清め、反時計回りに茶碗を二度回し、正面に戻して茶碗を置いた。


「美味しゅうございます。」


彼女は慣れた様子で一連の動作をしていた。やはり教養は受けているのだろう。


「素晴らしいですわ。どこかで習われたのですか。」


由梨乃が訪ねると彼女は言った。


「家で厳しくしつけられましたので。」

「そうでしたか。」

「櫻井由梨乃さん…ですよね。四名家の。」

「ええ。あなたは。」

「私は中山伊吹(なかやまいぶき)と申します。」

「同じ学年だったと思いますが、なぜこちらに。」

「この学園には年明けから編入してきたもので。新年度が始まり、部活に興味がありましたので。」

「そうでしたか。」


彼女自身は父の仕事の都合で転々とした生活を送っており、馴染みのない土地での生活を始めたばかりだという。


他の生徒を対応していた香織は二人の様子を見ていたが、伊吹は由梨乃とは特に変わった様子もなく会話をしていた。

相手が格上の家柄の令嬢だからなのだろうか。

しばらくして茶道の体験を終えた伊吹は茶室を後にした。


部活の時間が終わり、体験の方も無事終了した。

片付けを終えると、定美や順子が部員達をねぎらった。


「皆お疲れ様。日生さんも助っ人ありがとうね。」

「お役に立てて何よりです。」

「香織さん、ありがとうございました。」


裏方に従事していた加奈子とあかりも香織に一礼した。


「そういえば、あの女子生徒が来ていましたね。」

「え、どうして。」


加奈子が口を開いた。あかりは動揺した表情をしている。


「由梨乃が対応していた時は、特に変わった様子はなかったけど。」

「そうね。教養はきちんと受けてらっしゃるみたい。作法には慣れていたわ。」


二人は中山の様子を伝えると、定美や順子達三年生や他の部員もやって来た。


「あの人がこの間澤さんをはたいたという人?」

「え、ええ、まあ。」

「でも二年生なのに何故?」

「年明けに編入されたらしく、まだ部活に入っていなかったようで。」

「そうなの。茶道の腕前は良さそうだったけど、トラブルを起こすような方はごめんだわ。」

「そうね。もし彼女が入部希望というなら、ちょっと考えないと。」


三年生はうーんと唸り、他の部員も複雑な表情をし、当事者であるあかりは気まずそうな顔をしていた。






翌日の教室では、千佳達が茶道部での勧誘状況を聞いてきた為、話の流れで由梨乃が先日あかりを叩いた女子生徒、中山伊吹がやって来たことを話した。


「中山家は旧家みたいね。旧家と言っても、本人はどうやらご両親の都合で転々と生活をしているようだけど。だからなのか、いつも一人でいるみたい。周囲とも馴染めていないようね。先日のことを思い出すと、あんな感じじゃ、誰も関わりたくないでしょうけど。」

「でも加奈子とあかりが裏方にいて良かったわね。鉢合わせでもしたらどうなるか。」

「本当そうよね。由梨乃がいて良かったのかも。」


情報通の千佳は、どうやら先日の一件で彼女のことを調べたらしい。


「で、今日も香織は助っ人に行くの?」

「来てくれるわよね?」

「…はい。」


来ること前提で話をする四人の圧に圧倒される香織だった。


放課後の部活の時間では、昨日と同様に、入部希望者には一通り作法を体験してもらうことにしていた。

香織と由梨乃が茶室に向かうと、入り口では加奈子とあかりが立っていた。


「どうしたの?」


由梨乃が声を掛けると、二人は部屋の中を指さした。


「ちゃ、茶室が…」

「荒らされているんです。」


動揺しているあかりと冷静になろうとしている加奈子が二人に言った。

二人も茶室を覗くと、室内は物がひっくり返り、掛け軸は落ち、花瓶は倒され花は散らかって水たまりができ、床を濡らしていた。閉まっていた茶碗は無事だったようだ。


「酷い、誰がこんなことを…。」


香織は踏み荒らさないように茶室に入って被害状況を確認した。


「物は取られていないみたいだし、壊れた物も無さそうね。」


すると部活にやって来た部長の定美や副部長の順子、他の部員達もやって来た。


「どうしたの?」


定美が訪ねると加奈子が説明した。


「私達がここに来て部屋を見たら、こんな状況に…。」


定美達が茶室を覗き、目を丸くしていた。


「何これ、どういうこと?」

「わかりません。ただ、散らかっているだけなので、片付ければ良いだけではありますが。」


香織は部屋の中を見回しながら加奈子とあかりに尋ねた。


「この茶室に最初に来たのは加奈子さんとあかりさんですか。」

「厳密に言えば、あかりさんです。私は十分ほど遅れてここに来ました。」

「ということは先に来たあかりさんがこの部屋を最初に見たと。」

「は、はい。職員室で鍵を借りて、開けてみたらこんな状態で…どうしようと思った時に加奈子さんが来て、その後由梨乃さんと香織さんが来たんです。」

「今日この部屋に入ったり使った人ってわかりますか。」

「朝は私が部活の準備も兼ねてこの部屋に入って作業をしていたわ。あの花瓶の花をいれておいたのよ。部活まで水をあげないでおくとしおれちゃうからね。部活の時間はいつも澤さんが開けてくれているわね。」

「はい。」

「この部屋を使う時は職員室に鍵の貸し借りの時に名簿に名前を書くから、それでわかると思うわ。」


そう言うと定美は順子に頼み、名簿を持ってくるように伝えた。


「今日は三人鍵を借りに来たのね。あ、香織、この名前…。」


持って来てもらった名簿を見ると、今日茶室のカギを借りに来たのは三人。定美の言った通り、朝に定美、放課後の今の時間はあかり、その間の時間である昼休みに中山伊吹の名前があった。

茶道の作法は一応調べて書きましたが、流派によって作法が違う場合があります。

茶道では花は「生ける」とは言わず、「入れる」というそうなので、そう書きました。

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