第5話 新学期
四月になり、香織と由梨乃は高校二年生になった。
「今年も同じクラスになって良かったー!」
「本当ね!」
「皆よろしく。」
クラス発表の掲示板の前で、香織、由梨乃、千佳、花音、はるひは同じクラスであることを喜んでいた。
するとそこに三人組の女子生徒が現れた。
「あら、これは由梨乃さん。ごきげんよう。」
「ごきげんよう、麗華さん。」
先頭に立つのは一つにまとめた長い黒髪をなびかせる舟橋麗華。由梨乃を睨んでいる。その後ろには三人の中では長身で落ち着いた様子の伏原加奈子と小柄でおどおどした様子の澤あかりが五人に会釈した。
「あら麗華さんも同じクラスになるとは。今年はよろしくね。」
「こちらこそ、由梨乃さん。」
由梨乃はいつも通り穏やかに言うが、麗華はどこか殺気立っているようだった。
「麗華がわざわざ由梨乃に挨拶なんて、珍しい…。」
「何かあったの?」
千佳と花音の言葉に香織とはるひも頷く。すると、加奈子とあかりがそっと四人に近づいて伝えた。
「麗華さん、私達とクラスが分かれてしまって。お一人なので、よろしくお願いします。」
御付きの二人が離れてしまったことで孤立した麗華が、腹いせに由梨乃に八つ当たりしているのだと、四人は納得した。
そうしているうちに、由梨乃と麗華の間では話が進んでいたようだ。
「由梨乃さん、お仲間と一緒だからって大きな顔しないで下さいね。」
「麗華さんも、お一人だからって寂しいんじゃなくって。」
由梨乃と麗華の間に火花が散ったのが見えた。そろそろ止めに入らないと、醜い争いがおきかねない。
「麗華さん、それくらいにしましょう。」
「由梨乃のもね。」
香織と加奈子は慣れた様子で仲裁に入った。
麗華は公家の家系の令嬢で、同じ名家の令嬢だからという理由で何かとよく由梨乃に絡んでくる。四名家の櫻井家とは身分差はいくらかあるのだが、そこは敢えて誰も触れない。
幼稚園からの付き合いの為、香織達にとっては見慣れた光景である。
「ではまた、教室でね。」
黒い顔をした由梨乃が離れると、香織達もそれに続く。
麗華もふん、という顔で由梨乃を見送った。彼女の後ろでは加奈子とあかりが再び五人に頭を下げていた。
新学期が始まって数日が経った。
時折麗華が由梨乃に絡む様子はあるものの、元々憎み合っているわけでは無い為、由梨乃は面白半分でやりとりし、香織達も適当にあしらっていた。
唯一対立らしい対立をしたのは、学級委員を決める時だろうか。
クラスから男女一人ずつ選ぶのだが、女子からは由梨乃と麗華が立候補した。
多数決で由梨乃が圧勝していたが、納得のいかなかった麗華は「見る目がありませんわ!」とクラスメイトを敵に回していた。
とはいえ、クラスメイトの大半も幼稚園や小学校からの付き合いであり、彼女の性格をよく知っている。家を重んじているが、それが高飛車な性格になっているわけではない。
またか、と呆れ半分、からかい半分という感じだった。
ある日の休み時間、廊下で騒ぎがあった。
「誰に向かって言ってるの!?」
パチンと乾いた音と、かん高い声が響いていた。
教室にいた香織達五人も、何事かと廊下に顔を出した。
そこには右頬を抑えて倒れているあかりと介抱する加奈子、その前に立つ麗華がいた。傍観者達がその周囲を囲っている。
「あなたこそ、何とおっしゃたのかしら。」
「ただ私は立場をわきまえなさいと言ったまでですが。」
麗華は鋭い目をして目の前にいる女子生徒に尋ねていた。女子生徒は、興奮気味で答えていた。
「それはわたくしにも言えることかしら。」
「そ、それは…。」
女子生徒は麗華にたじろいた。
「あなたこそ、自分の立場を考えなさい。家を大切に思うなら、その名を傷つけるような行動はなさらないことね。」
言い終えた麗華はあかりに手を差し出すと、足早に連れ去っていった。多分保健室へ連れて行くのだろう。
二人がいなくなると集まっていた傍観者達も徐々にはけていった。
女子生徒は怒りで震えながら後ろ姿の麗華とあかりを睨んでいたが、教室から顔を出して様子を見ていた由梨乃を見つけると、慌ててその場を立ち去って行った。
由梨乃は現場に残った加奈子を呼んだ。
「一体どうしたの?」
只事では無さそうな状況に心配になる。
「あの女子生徒が、あかりさんを軽蔑することを言ってたんです。『一般生』だからと。」
加奈子は幼稚園から羽岡学園に在籍しているが、あかりは中等部からの「一般生」だ。
「一般生」とは名家などの家柄ではない一般家庭の生徒を指す。
羽岡学園では近年中等部や高等部からの中途入学者も認められるようになったが、それはごく限られた生徒である。難関試験を突破していることから優秀な生徒が多い一方、名家の子息達が多く在籍するこの学園では、家柄を重視する者が多く、いじめや嫌がらせの対象にもなりやすい存在だった。
「そこまでは良かったのですが、あかりさんと一緒にいる麗華さんのことまでも色々と悪く言い出して。それに怒ったあかりさんが麗華さんへの侮辱を許さないと言ったら、あんな状況に。偶然通りかかった麗華さんがあの女子生徒に釘を刺した、というわけです。」
加奈子は、自分が止めていれば、と後悔しながらため息交じりに言った。
「そうだったの。」
「あの女子生徒は以前から何かと家柄や立場を気にする性格で、あからさまに自分より格下だとわかると態度が強くなるんです。麗華さんに対しては言えないようですが、私には強気に出ていましたし、あかりさんに対してはそれ以上で…。」
「まあ、あかりさんからしたら、麗華さんの悪口は許せないものよね。」
「ええ。次はこのようなことが無いようにしますので。」
加奈子は由梨乃に麗華をよろしくと頼んでその場を後にした。
時折身分を盾に物事を言う生徒がいる。昔の身分制度が強かった時代ならいざ知らず、現代においてもいるとは。
この学園においてはそう珍しい光景ではないものの、毎回呆れてしまう。
「麗華も良いところがあるわね。」
「それにしてもあかりは大丈夫かしら。随分と強く叩かれたみたいだったけど。」
「学校医の小森先生がきちんと手当してくれるよ。」
千佳、花音、はるひが言うと、由梨乃が続けた。
「それにしても、誰だって、大切な人が悪く言われるのを聞くのは辛いものよね。」
「随分と麗華に肩を持つじゃない、由梨乃。」
「毎日バトルをしていたとは思えないわ。」
千佳と花音が不思議そうに言った。
「あかりさんにとって、麗華さんは恩人だからね。」
香織が続けた。
あかりは「一般生」として羽岡学園中等部に入学した。大人しい性格で一般生ということもあり、物言えぬ立場を良いことに気位の高い令嬢達からいじめを受けていた。それを助けたのが麗華だった。
普段おどおどしているあかりが強気に出たことには千佳達は驚きだったが、恩人である麗華のことを悪く言われるのは許せないあかりが度々反論する様子を見てきた香織や由梨乃は納得していた。
「じゃあ加奈子は?」
「彼女は元々、家同士の付き合いで知り合いだったみたい。」
「不思議な組み合わせよね。」
「しかも二人とも麗華に付いているのに、由梨乃と一緒に茶道部だなんて。」
五人の中にも身分差がある。
表向きは四名家の由梨乃が一番上、そこに居候しており彼女の付き人という立場の香織が一番下となる。
香織もそのせいで悪口や嫌がらせを受けたことはあるが、強く言われないのは、由梨乃や彼女の家である櫻井家がバックに付いているからだろう。それに加え、千佳達友人にも恵まれたことも影響している。
「私達は、家も身分を関係なく、友達を続けていこうね!」
この中の身分では中間層であろう千佳が力強く訴えた。
麗華、加奈子、あかりの三人は、千佳、花音、はるひよりも先に考えていた対立キャラです。
色々考えて行くうちに香織達にもう少し味方が欲しいなと思い、千佳達を考案しました(笑)




