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第1話 名家の令嬢

「おはようございます!由梨乃(ゆりの)様!香織(かおり)様!」

「朝からお二人の姿を見られるなんて!」


朝の学園は、香織と由梨乃が登校すると賑わい始めた。

二人、特に由梨乃は学園一の名家の令嬢ながら、それを鼻にかけることは無く、気さくで容姿端麗、才色兼備の為、学園では憧れの的だった。

二人の姿が現れるや否や、二人の歩く道の両端には、彼女達を見る為に集まった生徒達が花道を作っていた。昔からのこの光景は、二人にとっては慣れっこだった。


笑顔で挨拶を交わす由梨乃。それに便乗し、一歩下がって控えめに会釈をする香織。


「香織、もう少し笑顔で返事出来ないの?」

「あの子達のお目当ては由梨乃なんだから、私が目立つわけにはいかないでしょ。」

「そんなこと無いけどな。だって香織の名前を呼んでる子だっているじゃない。」

「メインは由梨乃でしょ。」


二人は歓声を後に校舎へと入っていった。


「おはよう、由梨乃、香織。」

「毎度のことながら、朝の出迎え凄いわね。」

「賑やかで良いじゃない。」


教室に入ると、窓際の席にいるクラスメイトの千佳(ちか)花音(かのん)、はるひが二人を出迎える。三人は毎朝、校門で二人が生徒達に迎えられる様子を教室の窓から見ることが日課になっている。


「皆さん毎日やって下さって。有名人でも無いし、ただのいち高校生なのにね。」

「何言ってんの。容姿端麗、才色兼備、そして学園一の名家の令嬢でありながら器量良し!先輩も後輩も関係無く憧れの的なのよ。当然じゃない!」


千佳の力説に由梨乃は苦笑いする。香織、花音、はるひもうんうんと頷く。

香織と由梨乃は鞄から教科書を取り出し、机の引き出しに入れていく。


「そんな由梨乃も、朝が苦手って知ったら皆どんな反応するかしら。」

「また香織に起こしてもらったの?」

「夜遅くまで勉強していたってことにして。」


香織の言葉に花音と由梨乃が反応する。由梨乃は作業を止めて顔の前で手を合わせ、香織にお願いというポーズをしている。


「まあ、誰でも欠点はあるわよ。その方が親近感も沸くし。」

「全然フォローになってないわよ。」


はるひの言葉には花音が突っ込んだ。


「そういえば香織、この間私が失くしちゃったキーホルダー見つけてくれてありがとう。」

「ああ、別に。見つかって良かったね。」

「どうやって見つけてくれたの?」

「千佳、いつも野球部の応援に行っているでしょ。失くしたのが放課後って言ってたから、野球部の応援に行った時に失くしたんじゃないかと思って、いつも千佳がいる  場所を探してみたの。あの辺、フェンスや側溝があるから、結構そこに引っかけたり落としたりする人、多いから。」

「確かに。でも私も探したけど、見つからなかったわ。」

「多分、花弁や落ち葉で隠れちゃって、見つかりにくかったんだと思うよ。掃除のおじさん達が掃いちゃうこともあるし。」

「掃除される前で良かったね。」

「うん!」


千佳は最近野球部の練習を見に行っている。どうやら格好良い部員がいるとかで、放課後時間がある時に見に行くらしい。彼女は恋多き乙女でミーハーなところがあるのだ。

失くしたキーホルダーが戻ってきた千佳は嬉しそうに答えた。


「香織ったら探し物の天才ね。」

「この間も私が置き忘れたポーチを見つけてくれて。」

「家でも失くした物をすぐ見つけてくれるし。」

「そうなんだ。じゃあ櫻井(さくらい)家は安心ね。」

「笑っている場合じゃないでしょ。由梨乃はあちこち物を置きっぱなしにするの、止めてよね。探す身にもなってよ。」


香織は呆れた顔をして言った。

千佳達は香織が紛失物を何度か探し当てたことから、失くし物が出る度、香織を頼っていた。それは家でも同じであり、香織が居候している由梨乃の家でも、紛失物があると香織に探すようにお願いしていた。大体は由梨乃の両親の眼鏡や鍵、由梨乃はスマホと言った、日用品の類だ。


「皆、大切なものはきちんと自分で管理してよね。」


香織はため息交じりに言って席に座った。


ここは羽岡学園(はねおかがくえん)。国内有数の名家御用達の学校で、幼稚園から大学院まである。ほとんどの生徒は幼稚園からの馴染みばかりで、進路が分かれるのは大学又は大学卒業後がほとんど。近年は中等部や高等部からの中途入学も認められ、名家に限らず様々な家の子女が通うようになった。しかしその人数はごく一部で、「一般生」として珍しがられる。


香織と由梨乃、そしてクラスメイトの千佳、花音、はるひは、幼稚園からの幼馴染としてよく一緒にいる。

彼女達も、それぞれ名のある家の令嬢である。


「そういえば今日、パーティーがあるって言ってたわよね。二人も参加するんでしょ?」

四名家(よんめいか)の令嬢が行かないわけにはいかないでしょ。」

「私だけじゃなくて、他にも名家の方はたくさんいらっしゃるから。千佳達だってそうじゃない。」

「でも今日は、櫻井家も深い付き合いのある家のとか言ってなかった?うちはそういうところとは縁が無いから。」

「私も。」

「親や家の付き合いというだけであって、個人的には無いんだけどね。」


千佳と花音の言葉に由梨乃は苦笑いして返答した。


四名家とは、国内有数の名家を代表する四つの家を指す。その一つが茶道の家元である櫻井家、由梨乃の家である。


かつては四名家の人々もこの羽岡学園に通っていたが、時代の流れなどもあり、各々家や人によって選択肢が分かれるようになった。この学園以外の名門学園の他、海外に行く者もいる。

年の近い者は既に卒業しており、現在四名家で唯一羽岡学園に在籍する生徒は由梨乃だけとなっていた。


「二人とも高校生なのにそういう場に参加しなければならないなんて、大変ね。」

「私は由梨乃の付き人(・・・)だから、ただ付き添っていれば良いだけだけど。」


教科書を仕舞い終えた香織は、机に片肘を付いて言った。


「またそんなこと言って。香織も注目されているのよ。立ち振る舞い良いからって。」

「付き人として、でしょ。」

「付き人という割には、毎朝由梨乃と一緒に花道を作って騒がれているくせに。」

「由梨乃のおまけ、でしょ。」

「もう、そんなこと言わないの。」


この日も変わらず平穏な一日が過ごせるはずだった。






学校から帰宅した二人は、急いでパーティーに行く準備をする。


「お帰りなさい、由梨乃、香織君。」

「今日着る服は、それぞれ部屋に用意したからそれに着替えなさい。」


既に由梨乃の両親である櫻井京一(きょういち)眞梨子(まりこ)夫妻は仕事を早上がりして準備をしていた。


「はあい。」

「ありがとうございます。」


香織と由梨乃はそれぞれ自室で制服から用意されていたドレスを着て、夫妻と共に会場へと向かった。


この日のパーティーは、とある名家が経営する会社の創業百周年のお祝いだった。

櫻井夫妻の後に由梨乃、更に下がって香織が並んで挨拶する。

この家に居候の身である香織は、公の場では「由梨乃の付き人」として同席する。

それがこの家に来てからの香織の役割だった。


二人がパーティーなんていうものは滅多に参加することは無く、年に一度あるかないか。二人は高校生の為、あっても両親が参加するに留まることが多い。今回は長い付き合いのある家で、由梨乃の名前も招待状に書かれていたということで出席することになったのだ。久々の参加で二人は緊張していた。


「香織、緊張するわね。」

「そうね。でもここで由梨乃は堂々としないと、小父様と小母様が困るからね。」

「わかってる。でもいざという時は助けてね。」

「はいはい。」


どの家の招待客も立派なドレスや着物等を着用しており、皆品がある。ほとんどが大学生や社会人ばかりで、この会場の参加者で一番若いのは由梨乃のようだ。


彼女は明るい栗色のウェーブがかかった髪を後ろでお団子にしてまとめ、髪飾りを付けている。大きな瞳で愛らしい顔立ちと淡いピンクのドレスが良く似合い、会場内は家の名もあって注目の的になっていた。

その後ろを付いていくのは、黒髪でセミロング、色白で整った顔立ちだが無表情、細身の長身、薄い青のドレスを着た香織だ。香織は由梨乃の付き人としての役目を果たそうと、なるべく目立たないように、そっと彼女の後ろに着いている。香織の表情を見て、由梨乃はしきりに「笑顔で」と小声で伝えていた。


会場に入ると、櫻井家の姿を見つけた高齢の男性が駆け足で近寄って来た。後ろには老若男女も数名も付いている。


「これはこれは櫻井様、我が岩蔵(いわくら)家の創業記念パーティーに来て頂き、誠にありがとうございます。」


高齢男性は、このパーティーの主催である岩蔵家当主、具明(ともあき)氏だ。袴姿で威厳のある長老のような容姿だ。その後ろにいる老若男女は恐らく、具明氏の息子や娘、孫といったところだろうか。


「こちらこそ、このような会に呼んで頂き、ありがとうございます。」


由梨乃の母で櫻井家の当主である眞梨子が前に出て挨拶をする。父である京一は、眞梨子の後ろでその様子を見ている。


「四名家の方にお越しいただけるなんて、こちらこそ光栄です。他の家の方もお見えになっておりますし、今日は楽しんでいってください。」


上機嫌な様子で話す具明氏の様子を、何やら複雑そうに見つめる老若男女に、香織は何だか違和感を覚えた。


香織と由梨乃は、始めは由梨乃の両親と共に行動していたが、次々と挨拶に来る人達と会話を交わしていると、次第にはぐれてしまった。気付けば両親は具明氏に呼ばれ、ステージ近くの場所に案内されていた。

ごった返しという程ではないが、人が多い会場で二人と合流するのは難しいと判断した香織と由梨乃は、二人で行動を始めた。とは言え、四名家となればその子女も有名人で注目されている。自分達が動かずとも、向こうから自然とやって来るので、その人達に当たり障りない挨拶をする時間となった。


「こんばんは、由梨乃様。」

「こんばんは、本日はお会いできて光栄です。」


この場で名前を呼ばれるのは四名家である櫻井家の令嬢、由梨乃だ。香織は「由梨乃の付き人」として見られている。

由梨乃は目立つ容姿、香織は地味な容姿で良かった、当事者である二人は思っている。


「これは櫻井家の御令嬢。ご無沙汰しております。」

「えっと…ごきげんよう。」

「お嬢様。」


普段は由梨乃のことを名前で呼んでいる香織だが、流石にこの場では付き人として存在している以上、立場をわきまえた対応を取らなければならない。その為、敢えて普段呼ばない「お嬢様」と呼ぶ。


「この方はご両親のお知り合いの方です。」

「あ、いつも両親がお世話になっております。」


由梨乃は学校の成績は次席という程優秀だが、こうも沢山の人に声を掛けられても覚えきるのは難しい。自分のことを知っている人は沢山いても、自分が知っている人はそれより少ない。香織のフォローもあり、なんとかその場をやり過ごしていた。


時代の流れで四名家の中で羽岡学園に在籍する現役生は由梨乃だけとはいえ、名家の集まりなので、その他の家の参加者には学園の卒業生も沢山いる。由梨乃の両親も羽岡学園の卒業生だ。粗相でもあれば、家としても学園の生徒としても恥をかいてしまう。作法を厳しく躾けられてきた二人にとっては、当然の振る舞いであり、マナーでもあるのだ。


「毎度のことだけど、香織がいてくれて助かるわ。」

「由梨乃のマナーは問題ないけど、もう少しお相手のことは知っておきなさいよ。」


挨拶が一通り済んだ二人は、開場の隅でジュースを片手に食事を取った。立食パーティーなので、少し座りたいところだが、出席者で一番年下であろう香織と由梨乃はとてもそんなことはしにくい状況だった。二人がパーティーを好まない理由の一つでもある。


「やっぱり学校で千佳達といる方が楽ね。」

「それを言ったらおしまいでしょ。」


しばらくすると、会場が暗くなり、ステージがライトアップされ、白い布がかぶせられたキャスター付きの台に乗せられたショーケースが運ばれてきた。

ショーケースと共に現れたのは、先程わざわざ櫻井家を出迎えた、このパーティーの主催者である岩蔵家の当主、具明氏だ。台を押していたのは、出迎えた中にいた息子と思われる男性である。

具明氏は高齢とはいえ、腰は曲がっておらず、しっかりとした足取りでショーケースの隣に立ち、マイクを片手に話し始めた。


「皆様、今日は我が岩蔵家の創業百周年記念にお越しくださり、誠にありがとうございます。こちらにありますのは、我が岩蔵家に代々伝わる家宝のアメジストです。ここまで大きいものは滅多に手に入らず、縁あって我が家に来ました。こちらを後程ここに展示いたしますので、どうぞご覧下さい。」


話が終わると、会場全体が明るくなった。ショーケースの中にあるアメジストは、握り拳大程をある大きさで、明かりの加減で光り方が変わる。


「ここまで大きいものなんて珍しいんじゃない。」

「石の成長は年月が果てしないと言うし、よく見つかったとでもいうべき物かと。」


香織と由梨乃は遠目からでも見えるショーケースの中身の紫色に輝く石に注目していると、ステージ近くにいた京一、眞梨子が二人の元にやってきた。


「ショーケースとはちょっと距離があったけど、それでもわかるくらい大きな物は滅多にお目にかかれないとあって、皆が引き寄せられるように見ていたね。」

「ただあまりに綺麗過ぎて逆に不自然に見えたけど、気のせいかしら。」


宝石に見慣れている二人だったが、なかなか見ない物とあって、少々興奮気味の様子だ。

まだショーケースのあるステージ近くには人が群がっている。大きさや輝きに見惚れている人が多い中、数名は首をかしげていた。そのうち見に行けそうなら行こうかと思っていると、突然会場が暗闇になった。


「あら、また何か演出かしら。」


他の客もざわつき始めた。まもなく再び会場の明かりが点いた。

ステージにいた岩蔵氏は、すぐそばのショーケースを確認すると、声にならない言葉を上げた。


「私のアメジスト…。」


ショーケースを掴みながら崩れ座った岩蔵氏が目にしたのは、先程までの輝きが薄くなったアメジストだった。

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