姉妹差別を受けたので出て行くと最愛と出会い困難を乗り越えて行く。あんな人たちに心のストレージを割きたくないから死んだことにしておいたけど数年後には名前も思い出さなくなっていた
一人だけポツンと取り残される。
まるで、透明人間になったかのような孤独感が押し寄せた。
「お姉様」
呼ばれて見遣る。
「ルナミア」
異世界に転生したディアナシエは、双子の妹ルナミアと両親から露骨な差をつけられて、育った。
ルナミアは愛らしく、両親の愛情を独り占めをして。
一方、ディアナシエは地味で存在感が薄く、両親の関心は皆無に等しい。
前世の記憶が蘇った時、ディアナシエの中で何かが弾けた。
心の中にあったものが流れ出る。
「もう、こんな歪んだ愛情に付き合うのは終わりにする」
前世では普通の家庭で育ち、それなりに大切にされていたディアナシエにとって、今の扱いは理解しがたかった。
特に、妹ルナミアへの盲目的な愛情を見るにつけ、孤独と不満が募っていく。
度し難い。
罪であろう。
ある夜。
ディアナシエはひっそりと家を出た。
死んだことにして。
両親はルナミアにかかりきりで、ディアナシエの行動など気にも留めていなかった。
わずかな金品を手に、故郷を後にして新しい土地で、ディアナシエは名前を変え、別人として生きていく。
前世の知識は役に立ち、読み書きや計算は難なくこなせた。
愛想の良い振る舞いと頭の回転の速さで、少しずつ生活の基盤を築いていく。
家族を捨てたことへの罪悪感は、ディアナシエにはほとんどない。
あってたまるか。
前世の記憶が戻った時点で、彼女の中で家族との繋がりは希薄になっていた。
むしろ、長年の不遇から解放された清々しさの方が大きい。
なにが楽しくて、あの人たちに心のストレージを割かなくてはいけないのだ?
自分の性格が良くないことは自覚している。
目的のためには手段を選ばないけれど、それはあくまで、自分に対してであって。
他人には基本的に親切。
困っている人を見れば手を差し伸べるし、頼まれごとはできる限り引き受ける。
周囲からの好意を得るための計算かもしれないし、単にそうすることが彼女にとって自然なことなのかもしれない。
自分でもわからないまま動く。
新しい生活の中で、ディアナシエは魅力的な男性と出会う。
初めての経験。
ドキドキするのだ。
彼は、誠実で優しい騎士だった。
最初は、彼の誠実さを利用しようと考えていたディアナシエだったが、彼の純粋な優しさに触れるうちに、次第に心惹かれていくとは。
計算外。
騎士の名前はフィルシリアン。
彼はディアナシエの聡明さと、時折見せる憂いを帯びた表情に惹かれていた。
それは、片思い。
二人は互いに惹かれ合い、やがて恋人同士になる。
ディアナシエの心に安らぎをもたらした。
信じられないような幸福。
そんな中、ディアナシエは故郷の噂を耳にする。
裕福だった彼女の両親の家が、事業の失敗で没落したという。
妹のルナミアもら苦労しているらしい。
「ふ。やっと?」
その話を聞いた時、ディアナシエの心に一瞬、冷たい喜びが湧き上がった。
ざまぁみろとまでは思わないが、長年不当な扱いを受けてきた彼女にとって、それは溜飲が下がるような出来事。
その感情はすぐに薄れていった。
両親が落ちぶれたとしても、それは彼女の今の幸せには何の影響もないのだ。
むしろ、過去の出来事に心を囚われていること自体が、今の自分にとって無意味だと感じた。
フィルシリアンとの関係は深まり、ディアナシエは彼に過去の全てを打ち明ける。
両親のこと、妹のこと。
家を出た理由。
フィルシリアンは、ディアナシエの告白を静かに聞き、優しく抱きしめた。
「君は悪くない。辛い思いをしたんだね」
フィルシリアンの言葉に、ディアナシエは初めて心の底から救われたような気がした。
誰かに、自分の過去を受け止めてもらえることの温かさを知る。
「ありがとう」
数年後。
ディアナシエはフィルシリアンと結婚し、穏やかな家庭を築いていた。
過去の出来事は遠い記憶となり、今の彼女を苦しめることはない。
時折、故郷のことを思い出すこともあるが、それはもう恨みや憎しみといった感情ではない。
ただの、過ぎ去った風景として心の中に存在していた。
彼女は相変わらず、計算高く立ち回ることもある。
それは、彼との生活をより良くするため。
フィルシリアンとの愛によって、彼女の心には以前よりもずっと温かい感情が宿っていた。
(幸せすぎて怖いくらい)
他人に優しくするのは、もはや単なる偽善ではなく、心からの思いやりへと変わりつつある。
驚きの変化だろうか。
両親が落ちぶれたという知らせを聞いた時、一瞬だけ湧き上がった冷たい喜び。
それは、長年の恨みの残滓だったのかもしれない。
今のディアナシエにとって、過去の不幸はもう過去のもの。
彼女は、愛する夫と共に、新しい幸せな未来を歩んでいくのだ。
過去の影を乗り越えていった先で、ようやく本当の意味で自由になったのだ。
穏やかな日々が続いていたディアナシエとフィルシリアンの元に、ある日。
予期せぬ知らせが届く。
「大変だっ」
フィルシリアンの故郷のハウブスモの村が、原因不明の病に襲われているというもの。
手紙には、長老たちの焦り。
日に日に弱っていく村人たちの様子が痛々しく、綴られている。
フィルシリアンは、その手紙を握りしめ、顔色を変えていく。
普段は穏やかな彼から、強い焦燥感が滲み出ていたので、余程の緊急事態なのだなと、わかった。
彼はディアナシエに向き合い、苦渋の表情で言う。
「行かなければならない。僕の故郷で、人々が苦しんでいるんだ。だから」
もちろん、ディアナシエに迷いはない。
ディアナシエはフィルシリアンの手を取った。
「私も一緒に行く。どんな困難があっても、二人なら乗り越えられるよ」
力強く答えた。
家を後にした二人は、長い旅路の末、フィルシリアンの故郷へと辿り着く。
そこで目にした光景は、想像を遥かに超えるもので。
活気に溢れていたはずの村は静まり返り、多くの家には病に臥せった人々が。
村人たちの顔色は悪く、生気を感じない。
フィルシリアンはすぐに村の長老たちに話を聞き、病の原因を探ろうと奔走。
長老たちも原因は全く見当がつかず、村の薬師に見てもらったものの。
効果的な治療法は、見つかっていないとのこと。
村を覆う重苦しい空気。
焦燥感を募らせるフィルシリアン。
そんな中、ディアナシエは村を注意深く観察するうちに、ある奇妙なことに気づく。
病に倒れた人々の家の近くには、必ずと言っていいほどに。
独特の香りを放つ、見慣れない苔が生えているということ。
「フィルシリアン、ちょっと来て」ディアナシエは彼を呼び、その奇妙な苔を指さす。
「この苔、何か特別なものじゃない?病が流行するようになってから増えたような気がする」
フィルシリアンは訝しげな表情で苔を見つめる。
彼は植物に詳しいわけではなかったが、ハウブスモに自生する植物についてはある程度の知識があった。
しかし、このような苔は見たことがないようだ。
ディアナシエの言葉に、彼はかすかな希望を感じ始めた。
二人は協力し、村の周辺に生えている他の植物や土壌を調べ始める。
病に倒れた人々の家の周りに特有の、微量の毒素を含んだ胞子。
それらを、放出する苔であることを突き止められた。
風に乗って胞子が広がり、それを吸い込んだ人々が、病に侵されたと考えられる。
全てが解決したわけでない。
なぜこの苔が突然異常繁殖し始めたのか?
毒素を取り除くにはどうすればいいのか?
新たな疑問が、 湧く。
胞子を出す奇妙な苔が原因だと突き止めたものの、フィルシリアンとディアナシエの顔に安堵の色はない。
どうすれば、この苔の繁殖を止められるのか。
村人たちを毒素から守れるのか。
具体的な方法が、まだ見つからないから。
村の古老たちに話を聞いて回り。
ハウブスモに古くから伝わる言い伝えの中に、この苔に関する記述がないかを探した。
ディアナシエは、村の薬師の元を訪れ、解毒や症状を和らげる方法がないかを尋ねる。
どちらも手がかりは見つからない。
古老たちはこの苔を見たことがなく、薬師もこのような症状を引き起こす毒については知識が全くないからだ。
途方に暮れる二人。
ディアナシエは諦めずに村の周囲を探索。
苔が異常繁殖している場所に何か共通点はないか。
注意深く観察。
すると、あることに気づいた。
苔が特に多く生えているのは、村の北側にある。
古い炭焼き小屋の、跡地周辺なのだと。
ディアナシエはフィルシリアンにそのことを伝える。
二人で、炭焼き小屋の跡地に向かう。
そこは、長年手入れもされておらず。
荒れ果てた場所で。
足を踏み入れると、他の場所よりも明らかに苔の密度が高いことに気づく。
地面には、古くなった木炭の破片が散らばっていた。
それを数秒見つめてから。
「もしかして」
ディアナシエは地面の木炭を拾い上げ、匂いを嗅いだ。
かすかに、独特の酸っぱい臭いが。「この木炭が、何か関係しているのかも」
フィルシリアンも木炭を手に取り、注意深く観察していく。
彼は、炭焼きの過程で出る。
ある種の成分が、土壌の性質を変化させ、特定の条件下でこの苔の異常繁殖を促すのではないか、という仮説を立てた。
二人は急いで村に戻る。
長老たちに、炭焼き小屋の跡地について尋ねた。
数十年前まではそこで、盛んに炭焼きが行われていた。
その後使われなくなり、放置されていた、という話を聞き出す。
フィルシリアンは確信した。
「恐らく、長年の炭焼きによって土壌に含まれた成分が、最近の気候の変化などの影響で、苔の性質を変えてしまったんだ」
原因が分かったとしても、解決策は見つからない。
炭焼きの成分を取り除くことは、容易ではないからだ。
すぐに苔を、完全に除去する方法も不明。
「どうしよう」
そんな中、ディアナシエは村の子供たちが、炭焼き小屋の近くの湧き水でよく遊んでいるという話を聞く。
もしかしたら、その湧き水が何か手がかりになるかもしれないと考えた。
湧き水へと向かう。
そこで二人が目にしたものは。
苔が異常繁殖している場所とは対照的に、清らかで。
微かに甘い香りのする湧き水。
湧き水の周辺には、毒性の苔は全く生えていなかった。
直感した。
「この水が、何かを中和する力を持っているのかもしれない」
湧水を採取した。
驚くべきことに、苔の色が徐々に薄くなり始めたのだ。
水こそが、ハウブスモの村を救う鍵となるのかもしれない。
湧き水の量は限られている。
湧き水が苔の毒性を中和する可能性を見出したディアナシエとフィルシリアンは、すぐに村人たちにこの発見を伝えた。
最初は半信半疑だった村人たちも、実際に苔にかけてみることで変化が起こるのを見てから、希望を持ち始め。
問題は湧き水の量。
限られた水源からでは、村全体に水を供給するには到底足らず。
何か他の方法で苔の毒性を抑えるか、あるいは湧き水と同じような効果を持つものを探す必要がある。
フィルシリアンは、湧き水の成分を詳しく調べるために、ハウブスモに残る古い文献を改めて調べ始めた。
ディアナシエは、湧き水の周辺に生えている他の植物に注目。
もしかしたら、この湧き水と同じように、毒性を中和する成分を持つ植物があるかもしれないと考えた。
数日後。
ディアナシエは湧き水の近くに生えている、鮮やかな青い花をつけた小さな草に目が留まる。
何気なく葉を摘んで匂いを嗅いでみると、湧き水と似た、ほのかな甘い香りが。
ディアナシエは直感的に、この草にも何か秘密が隠されていると感じた。
村に戻り、薬師にその草を見せると、薬師は驚いた表情で言う。
「これは『ルアブルー』という珍しい薬草です。微量ながら解毒作用があると古書に記されていますが、非常に希少で、このあたりではほとんど見かけなくなっていました」
ディアナシエは興奮してフィルシリアンにこのことを伝えた。
フィルシリアンが文献で調べている湧き水の成分と、ルアブルーに含まれる成分に共通点が見つかれば。
毒性中和のメカニズムが、解明できるかもしれないから。
二人は再び協力し、湧き水の水質分析とルアブルーの成分分析を試みていく。
幸い、村には古い薬学の道具が残っており、簡単な実験を行うことができた。
その結果。
湧き水とルアブルーの両方に、特定のミネラル成分が豊富に含まれていることが、分かったのだ。
ミネラルが、苔の出す毒素と結合し、無害な物質へと変化させる働きを持つ可能性が高いという結論に至った。
「ルアブルーを増やし、それを何らかの方法で村全体に広げることができれば」
ディアナシエは希望に満ちた表情で言う。
フィルシリアンも頷く。
「そうだ。ルアブルーの栽培方法を探し、増やしていくことが、この村を救うための道になるかもしれない」
ルアブルーは希少な植物。
栽培方法も確立されてない。
二人は、手探りの状態でルアブルーの栽培を始めることに。
村人たちも、希望を胸に、ルアブルーの種を探したり、栽培に適した土地を探したりと、積極的に協力してくれた。
試行錯誤の日々が続き。
土の質、水やり、日当たりなど、様々な条件を試す。
少しずつ、ルアブルーを増やすことに成功した。
増やしたルアブルーを乾燥させ、粉末状にしたものを湧き水に溶かして、村の井戸水に少しずつ混ぜていくという方法を試みる。
時間はかかったが、徐々に村人たちの体調は回復していった。
咳や倦怠感を訴える人が減る。
顔色も明るくなっていく。
苔の異常繁殖も、ルアブルーの成分が混ざった水が土壌に染み込むことで、少しずつ勢いを弱めていった。
ハウブスモの村には、再び穏やかな日常が戻り始めた。
病の危機を、乗り越えた村人たちはディアナシエとフィルシリアンを村の英雄として、感謝することになる。
夕暮れ時。
ルアブルーが群生する丘の上に立つ。
眼下には、家々の灯りが温かく揺れ。
「本当に、大変だったね」
ディアナシエは感慨深げに唱える。
フィルシリアンは優しくディアナシエの手を取り、微笑んだ。
「でも、二人で力を合わせれば、どんな困難も乗り越えられると、改めて感じたよ」
ふわりと、風が二人を包む。
目を伏せて、風を感じ取った。
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