夢見がちな配信者
胸糞部分があります。苦手な方はブラウザバックをお願いします。
子供は夢見がちとは言うけれど、子供だから夢はいっぱい見てほしいと言う人がいます。私もそう思います。
子供は夢を見るのが仕事と言う人もいます。大きく膨らんだ夢のようなしゃぼん玉を、お空にたくさん飛ばしましょう。しゃぼん玉が割れずに、お空の神様へ届けば願いが叶います⋯⋯私があなたのそんな夢を叶えるお手伝いをいたしましょう。
「⋯⋯はい、そんなわけで皆さまこんにちは。D・A夢見ガチコです。今日はこの大都会東京の町で、夢見がちな人々のお話をしたいと思います」
──団三郎様、オッス!
──ガチコ団三郎様バレ乙!
──そんな夢、損な夢、損な理由!
「うっさい、団三郎様言うな。損じゃねぇ」
【団三郎様】とは、底辺Vチューバーの事だ。生配信の映像により、殺人事件を解決した事で一躍有名になった、過去の私の姿でもある。
事件解決といっても、ストーカー殺人犯が私の部屋のベランダを、通路に使っただけだ。切り忘れた配信画面が、通り過ぎて行く犯人を映しただけなんだよね。隣人には殺人鬼だが、私には悪魔なサンタだった。
──素が出てるよ夢見団三郎様!
──トラウマを植える女ガチコ!
──⋯⋯⋯⋯。
「だまれ外野!」
配信でバズった団三郎様アカウントは成り上がりを夢見る私の宝物だった。それなのに荒稼ぎする前にバンされてしまい、アカウントごと消されてしまったのだ。
──自爆乙!
──ダイナマイトボディ!!
──ガチコドジコ!
「上手いこと言うな、チキン予備軍どもが!」
Vチューバーとして再出発するために、路線をガラリと変えた。夢見る人々のために、夢のようなアドバイスを贈るドリームアドバイザーの【夢見ガチコ】が今の私だ。
──ドリフキャスト・ガチコ!
──一発目からドジコ顔バレ!
──⋯⋯⋯⋯。
「うるせー、ドリキャスとドリフの出演を混ぜんな」
──例えが古い!
──そのボディで平成初期?!
このムカつくほど上手いコメントを垂れ流すろくでなし達は、底辺時代から私のアカウントに張り付いている視聴者だ。
殺人事件の解決も、毎日毎晩私を監視するかのように配信を視聴する連中が通報したおかげだ。
ありがたく思え? イヤイヤ、単なる暇なリスナーだ。
──団三郎様、本音ダダ漏れ!
──守銭奴乙!
な? 簡単に投げ銭しないが、ずっと視聴はする熱狂的ファンだ。あと今は夢見ガチコだ。
⋯⋯しかしだよ。バズって調子に乗った私は、風呂上がりの酒に酔って配信を切り間違えた。マッパを晒してしまった時に、通報しやがったのもこの連中なのだ。裸見られた上にお宝の副業失うとか損したの私じゃん。
このリスナー連中、中身おっさんじゃなくてさ、配信会社が設置したAIなんじゃね? ってくらいレス早いし、チェックが厳しい。
──顔パック忘れるなよ!
──湯冷めすんなよ!
──歯磨けよ!
それに数人おかんとおっさんAIが絶対いる。団三郎様のバズった時代と違い、いまの夢見ガチコの登録者数はようやく3桁越えた程度。視聴者数は十数人と、昔の底辺時代と変わらない。所詮趣味の延長、本業のOL仕事で食っていけるからいいんだけどね。いや、よくねぇ⋯⋯夢くらい見たい。夢見ガチ勢、それが今の私の姿だ。
──落ち武者乙!
──夢見る乙女!
ムカつくけれど、配信進まないからスルーしてやる。
「それでは早速、相談者からのお便りいってみましょう」
──声色気色悪!
──キャラブレ!
──毒舌カモン!
──顔パックレモン!
──姿勢正せ!
──⋯⋯⋯⋯。
AIなら黙っとけと思う。面倒だから放っておく。今夜は長湯してダルいから、早いとこ眠りたいの。
「最初の手紙はこちら」
夢見ガチコの相談室はガチだ。届いたメッセージを適当に開封してゆく。
──夢見ガチコさん、こんばんは。子供が生まれてから妻がかまってくれません。どうしたら良いのでしょうか。
はい来た、大人の相談。私の元に届く相談の大半が冷やかしやアダルティな爆弾だ。
「はい、夢見ガチコの答えでました。好きなら育てろ、ですね。愛の結晶、仲良く真面目に世話をすれば新たな惚れ直すって」
──⋯⋯⋯⋯。
──滅茶苦茶適当だ!
──結局我慢大会?!
おまえらコアなリスナーならさ、私に合わせた相談して来いよ。私を困らせて遊ぶんじゃねぇ。
──団三郎様、素が!
──ガチコガチギレ!
「うっせーわ、キレてないキレてない」
まったく。好きなものに一緒に取り組んでいれば、頼りにだってするだろ? 好きなものをだしに使って射止めたんならさ、好きなものを使えってだけ。熱い熱い、のぼせんのは湯船だけにしてよ。
──ガチコ、心の叫び!
──⋯⋯⋯⋯。
──ガチコ、心の汗が目に!
「容赦ねぇ。泣くぞ。あっ、先住人がな」
時々ノイズのように「⋯⋯。」と入るのはここの住人だった女の声だ。リスナーはろくでなしだが、ここの先住人は身勝ち野郎に殺された。怨念のせいか、配信すると無言のノイズで、ろくでなしの中に紛れこむから迷惑している。
──迷惑チューバー爆誕!
──ガチコピンチ!
──⋯⋯⋯⋯。
私を恨むより、殺ったやつを恨むでしょ? だから平気。なにより身バレした隣の元私の部屋は、角部屋だから家賃高い。ここは隣で事故物件で引っ越し代も家賃ほぼタダなのだ。
「あー、純然な恋してぇ。優良物件求むよ。ただしここのリスナー以外でだ!」
──ごめんなさい!
──ごめんなさい!
──⋯⋯ゴメンナサイ⋯⋯
だからお前らじゃねぇ。あと見てもいないやつに伝わらないのもわかってる。自虐だよ。モニターに薄っすら映る先住人まで、謝るんじゃねぇ。ちゃんとチャット使えるのかよ。
──ガチコの恋人相談室!
──ガチコの婚活支援室!
──⋯⋯諦めちゃ駄目よ⋯⋯
⋯⋯泣かされたのは、私だった。何だよ、先住人って優しい怨霊じゃね?
──どうみても取り憑いただろ!
──ガチコ、死相が映ってるぞ!
──ガチコ、後ろ、後ろいるぞ!
ゾワゾワっと身体が冷えたように感じた。モニターに薄っすら映る姿は、顔パックした私の顔ではないらしい。
「──ハ、ハハ⋯⋯」
⋯⋯呼吸が乱れたと思った瞬間、大量の空気が体内へと入り込む。
────ハックション!!チックショ〜べらんめい!
盛大なくしゃみが出ると、何だか負けた気がして、悔しくなるのは何故なんだろう。昼間は暖かくなって来たとはいえ、夜はまだ冷える季節。
──学習しない女、ガチコ!
──復讐する怨霊、レイコ!
──⋯⋯⋯⋯!!
パソコンやモニターを唾まみれにしたくなくて、振り向いてくしゃみをかました。
私のくしゃみの余韻が響き渡る室内、ビチャビチャと唾奇の雨が当たる音がした。
湯冷めして震える私の後ろに立つのはレイコ。ツバと血塗れの身体を震せていた。その手には刺殺された時に使われた関さんの包丁が。あれは切れ味いいんだよね。
──ガチコ、マジやべー!
──ガチコ、逃げろって!
──ガチコ、まず服着ろ!
「視聴者うっさいっての」
凶器の包丁は殺人犯が持って逃げてた。逮捕された後に、投げ捨てた場所から回収されている。
──さよならガチコ様!
──さよなら団三郎様!
バスタオル1枚の無防備な私に向かって、包丁を構えた女が突進してくる。薄っすら浮かんだ姿は、レイコと名前を与えられて、とっくに実体化していた。近寄るレイコの足元にはライトの光による影すら映っていた。
────
────
────
──ガチコ、何故生きてる?
──レイコ、何処行ったの?
──レイコさ〜〜ん!
「お前ら死人に目が行くとか、目が腐ってんの?」
包丁持って駆け出した死人の応援すんなよな。ナイスバディの露出高めのお姉さんは、放置かよ。生身の人間の心配しろよ。
──ごめんなさい、色気が!
──ごめんなさい、無理だ!
──レイコさん応援する会!
「レイコー、ここにも害虫いっぱい湧いてますよ〜!」
浮気者共はクズと共に成敗されるが良いのさ。先住人の死人は、身勝手な男の都合で殺害された。不倫がバレた男が不倫相手の妊娠を知り、中絶を迫ったのだ。何も知らなかったレイコは聞き入れず、男と会うのは止めたが訴訟を起こす事にした。
私が寝ている間に起きた事だ。証拠のネタ元の私が何も知らず、隣人や視聴者や大家の方が、事件に詳しい。
──ガチコクオリティ!
──ガチコは夢に生きろ!
貶すのか、慰めるのか、どっちだよ。全部話せよ、登録数上がるからさ。
──シーン!
──ジーン!
みんな揃って口が固い。使えねぇやつらだ。本当にファンか?
隣の部屋で【団三郎様】として配信していた私の、配信映像の証拠。あれにはベランダに侵入する殺人犯の姿だけが映ったわけではなかった。
つけっぱなしの配信映像には、隣人の口論の声や悲鳴などが収音されていたそうだ。ぼんやりと窓に映る姿は言い逃れ出来る。しかし口論により、レイコの口から飛び出した殺人犯人の家庭の名前の一致は偶然では片付けられなかった。レイコが裁判のために、興信所を利用して、殺人犯の内情を調べさせたのだ。私が隣で配信しているのも知っていて、必要以上に騒いだようだ。
空いた隣家に引っ越しを決めた時に、嬉々として大家が事件の内容を話してくれた。殺人の状況を、楽しげにそこに住もうとする住人に話すとか⋯⋯この大家もどうかしてる。第一壁薄いの知らんかったよ。助けを求める声が入っていたとか、知らんがな。
──団三郎様、傍聴されてて草!
──団三郎様、利用されてて乙!
──団三郎様、眠ってましたZ!
「うっさい。眠っていたから証拠残ったんだっての。団三郎様は⋯⋯合ってるのか」
私も隣人だった時に言いたい事は沢山ある。必要以上に配信ではしゃいだ理由は、リアルタイムの目撃者の方が詳しいはずだから。
────ハックション!!
大魔王が飛び出しかねない大きなくしゃみ。寒い。夢見している場合じゃない、風邪引く。
──ガチコはもう寝ろ!
──レイコ何処行った!
「私を心配するふりして、レイコ目当てかよ。死ね」
リスナーの悲鳴など聞こえん。配信者は神。配信オフってやったよ。
パジャマに着替えて歯を磨き、私はベッドにダイブする。後の事は知らね。
◇
配信は確かにオフにしたはず。この後の事はオフになった配信画面に張り付いていた頭のおかしいリスナー達から聞いた話だ。
私が寝たあと、いつものように配信用のモニターが動き出した。
ガーガーと響く私の寝息。真っ暗な静かな部屋で、私のたてる音だけが続く。
──何も起きないな!
──待て。理由があるはず!
──今度は何の証拠だ!
──ガチコのいびき!
──WWW!
すでに夢の中の私は、暇なリスナー達が、真っ暗な部屋を観ながら話していることなど当然知らない。
彼らも配信強制終了したはずなのに、動き出した事で何かを期待していた。
しかし配信画面は暗い室内といびきの音が響くだけ。一人、また一人配信画面から退出して行き、夜明けと共に配信が終了した。
◇
────ピンポンピンポン!!
────ドンドンドン!!
朝から私の部屋のドアで太鼓の達人するヤバい大家に叩き起こされた。せっかくの休日、もっと寝かせろ。
────ガチャリ。
寝ぼけた私の部屋に大家⋯⋯ではなくて、女性警察官が何やら告げて入って来た。
「殺人容疑? 私が?」
私の住むアパートの部屋。その玄関ドアの先から、ベッタベタと外へ向かって血の足跡が発見されたという。
「あぁそれ、レイコのか」
「────!?」
よく見ると、事情聴取に来た警察官が何人かいたよ。
レイコが飛び出した時間と同じ時刻に、起訴され拘置場に移送された殺人犯が惨殺された。侵入経路は不明。現場には押収されたはずの凶器と裸足の血の足跡が残されていたという。
「レイコのやつ殺ったんだ。スゲー、カッケーソンケー」
マジ怨霊執念流石だよ。胸糞男、一撃必殺。なんか次に読み上げ予定のメッセージ見て激怒していたからね。
その相談には不倫男が他にも女作っていて、そっちとも揉めていたらしい。相談者は嫁。ある意味被害者か。制御して首に縄でもつけておけば悲劇は生まれなかったと嫁が悔やんで反省していた。
まあこのご時世、残された母子は地獄を見るよ。馬鹿な男と結ばれたばかりに、子にまで害が及ぶのは、レイコも少し考えてしまったようだ。それで一番良い手段を取ったわけだね。
「あれっ、待って。なんで私が疑われてるわけ?」
状況を説明され、朝っぱらから私の部屋に入り込んだ警官の包囲陣を見る。
Vチューバー夢見ガチコ。自慢じゃないが、その正体はただの会社員だよ。配信後に裸足でそんな時間に走ったって、殺害時刻に間に合う自信ないよ? そもそも牢屋行く前に、見つかるっての。
現場を任された警察官の中から見覚えある刑事の一人が進み出て、私が配信に使っているPCを無言で指で示した。
「おい、人の話を聞けよ」
警察なのに私の話を聞くよりPCの方を重視するとか間違ってないか。
目の笑っていない優しい笑顔に囲まれて、私は虎の子のPCを没収⋯⋯提出した。変わりに最新機種と交換してくれた。どういう事? ラッキー♪
私は配信のおかげで潔白が証明された。犯行時に配信時間中に小細工された様子もなく、配信後も一度中断された後でまた配信が続いていたからだ。
真っ暗な映像の中には、いびきかいて眠るだらしない女が映り続けていたそうだ。
子供は夢見がちとは言うけれど、子供だから夢はいっぱい見てほしいと言う人がいます。私もそう思います。
子供は夢を見るのが仕事と言う人もいます。大きく膨らんだ夢のようなしゃぼん玉を、お空にたくさん飛ばしましょう。しゃぼん玉が割れずに、お空の神様へ届けば願いが叶います⋯⋯私があなたのそんな夢を叶えるお手伝いをいたしましょう。
「さて、恒例のドリーム・アドバイザー夢見ガチコの配信の前に質問があります」
それは絶対に間違いなく配信終了したのにも関わらず、リモートで配信を勝手に再開させてカメラの位置まで変えた変質者がいる。
理由なんか知らん。あんな姿を全国ネット、いや世界中に配信された哀れな女の事を考えてほしい。百歩譲っていびきはいいよ。風邪気味のせいで鼻がドン詰まりだから。
──寝ぼけて頭打ったに一票!
──寝言が恥ずかしいに一票!
──ボリボリケツ掻くに一票!
「待て。お前らどんだけ観察してたんだよ」
パジャマが後ろ前逆だった事を口止めしようとしただけなのに⋯⋯。
──レイコは?!
──ガチコどうでもいい!
そしてこいつらこんな時でもレイコファンに鞍替えかよ。レイコ⋯⋯そんなものリスナーや警察が勝手に言って来たのに乗っかっただけだっての。思慮深い大人として、これ以上言わせんなよな。
知らぬがほっとけ。昔の人の教えには大切な教訓が含まれている。とりあえずさ、害悪が成敗されて未来ある子供たちが住みやすくなったと思っておこうよ。
──ガチコが投げたー!
──ガチコが一番ヤべー!
──ガチコの婚期ノビー!
ちょっと待て。まだ何か隠してないかリスナー諸君。飴ちゃんやるからここはじっくりと夢見ガチコに話してみなよ。私まだ何かやらかした?
お読みいただきありがとうございました。
目に見えない悪意、害意は気づかれ難いものです。天罰が思わぬ形で訪れないとも限りません。