8話
「今日、隼と先帰るね」
そう言って、詩乃ちゃんは小さく手を振った。
僕は教室のドアの前で、ただその背中を見送るしかなかった。
まるで自然な流れのように、ふたりで並んで昇降口へ向かっていく。
──それは、たぶんずっと前から決まってたこと。
なのに僕は、ずっと見ないふりをしていた。
放課後の教室には、もう誰もいなかった。
西日がカーテン越しにゆれて、机の上に長い影を落としている。
僕は自分の席に座ったまま、
開いたままの教科書を見つめていた。
何も頭に入ってこない。
「……バカみたいだな、俺」
声に出してみたら、なんだか少し涙が出そうになった。
誰のせいでもない。
きっと、誰も悪くない。
だけど僕は、置いていかれた気がして、
どうしようもなく寂しかった。
⸻
その日の夜、スマホにふたりからのグループトークが届いた。
「今日の帰り、猫見かけた。めっちゃかわいかった」
「まじか。俺も見たかったな」
僕も何か返そうとしたけど、指が止まった。
──何を言えばいいかわからなかった。
結局、「いいなー笑」ってだけ送って、
スマホを伏せた。
画面の光が消えると、部屋の中が急に静かになった気がした。