32話
式が始まる前の体育館は、
どこかいつもと違う匂いがした。
壇上の椅子、並べられた花、
壇前のマイクにかけられた白い布。
みんなが制服をきっちり着て、
「最後の日」の顔をして並んでいる。
僕は列の中にいて、
何を考えてるのか、自分でもよくわからなかった。
ただ、静かに始まりを待っていた。
──
卒業証書を受け取って教室に戻ると、
色紙と写真と笑い声があふれていた。
「ちょっと!変な写真撮るなってー!」
「えー?ちゃんと残してあげてるんだよ?」
そんな声があちこちで飛び交って、
誰もが「終わり」を惜しむように、
でもちゃんと笑っていた。
教室の隅で詩乃と隼が並んで立っていた。
「詩乃、リボン曲がってる」
「えっ、どこ?」
「ほら、ここ。……ったく、今日は主役なんだから、しゃきっとしろ」
「うっさいな……でも、ありがと」
そんなふたりのやりとりを見て、
僕は自然に近づいた。
「はいはい、おふたりさん、ラブラブでなにより」
「うわ、なんだよ急に。タイミング良すぎだろ」
「いや、そろそろツッコんどかないと卒業し損ねるかなって」
詩乃がふっと笑った。
「ばれちゃったか」
「いや、隠せてなかったし」
「お前もな。顔に出すぎ」
そんな会話があって、
それでも3人で並んで笑っていられた。
そこにはもう、あの頃の“ぎこちなさ”はなかった。
──
帰り際。
夕焼けに照らされた校舎の階段で、
僕はひとり、深呼吸をした。
ここで過ごした時間。
笑ったことも、悩んだことも、
全部がちゃんと、自分の一部になってる気がした。
──
教室を出て、階段を下りた先の昇降口で、
南雲がこちらに気づいて、ぺこりと頭を下げた。
「卒業、おめでとうございます」
「ありがとう。……って、やっぱり来てたんだな」
「はい。先輩の晴れ姿、ちょっとだけ見たくて」
「……見たか?」
「ちゃんと見ました。ちゃんと、“かっこよかった”ですよ」
「……そうか」
それだけの会話だったのに、
胸の奥がふっと、あたたかくなった。
「南雲は、まだここに残るんだな」
「はい。……でも、ここにいた先輩のこと、
たぶんずっと忘れないと思います」
僕は少し照れくさくなって、
靴を履きながら返す。
「……忘れられるようなこと、してないけどな」
「そうでもないですよ?」
そう言って笑ったあと、彼女は少しだけ間を置いて、
まっすぐに僕を見て言った。
「……先輩、海外でも頑張ってください」
その言葉が、まっすぐ胸に届いた。
「……おう。そっちも、ちゃんと進んでいけよ」
「もちろん」
窓の外はもう夕方で、
制服の袖口に、風がやさしく触れていった。




