31話
卒業式まで、あと数日。
教室では色紙が回っていた。
机の上にはペンや寄せ書き、プリントの束。
誰かが笑って、誰かが黒板に「ありがとう」と書き足す。
その全部が、
終わりの近さをやさしく知らせていた。
僕は窓際の席で、
遠く揺れる校舎の旗をなんとなく眺めていた。
「……あと何回、この景色見るんだろうな」
誰に言うでもなくつぶやいた言葉は、
空気の中に静かに溶けていった。
──
昼休み。
廊下の端のベンチでパンをかじっていたら、
トレーを持った南雲がこっちに気づいて、にこっと笑った。
「先輩、ここいいですか?」
「どうぞ」
当たり前のように隣に座って、
当たり前のように、並んで昼ごはんを食べる。
言葉がなくても、心地よい静けさだった。
ふと、南雲が口を開いた。
「……先輩は、楽しみですか?これからのこと」
「楽しみっていうか……」
少しだけ考えて、僕は正直に答えた。
「正直、こわいかも。
今までは、ここにいれば全部なんとかなったけど……
これからは、自分で選んで動かなきゃいけないから」
「……そっか」
「でも……」
言いながら、僕はふと南雲の横顔を見た。
「悪くないかも。
ちゃんと終わりを迎えたって思えるの、たぶん初めてかもしれない」
南雲は、うれしそうにも、さみしそうにも見える表情で、
ゆっくりうなずいた。
「それ、すごく大事なことだと思います」
──
放課後。
いつもと変わらない校舎の廊下を歩きながら、
僕はふと振り返った。
そこにはもう、過去しか残ってない気がした。
でも、その過去は、ちゃんとあたたかいものだった。