2話
教室の窓から風が入ってきて、
新しいカーテンがふわりと揺れた。
新学期のはじまりは、特別なこともなく、
なんとなく、去年の続きのように静かだった。
「席替えってさ、もうちょいイベント感ほしいよね」
「それ、毎年言ってない?」
「だってさあ、くじとかジャンケンとかさ、なんか……ないとつまんなくない?」
昼休み、そんな話をしながら、僕はなんとなく教室を見渡した。
いつも通りのクラス。
少しうるさい男子たちと、まだ距離のある女子たち。
新しい担任、新しい係、新しい時間割。
でも、不思議とそこに不安はなかった。
むしろ、違和感があったのは別のところだった。
──教室の隅。
隼と詩乃ちゃんが並んで立って、何か話していた。
目立たない声量で、特別近い距離でもなく。
けれど、会話のテンポが合っていて、
間の取り方が、自然だった。
笑っていたわけじゃない。
でも、居心地がよさそうだった。
ほんの少しだけ、胸の奥がきゅっとなった。
──
帰り支度をしていたら、詩乃ちゃんがふらっと隣に来た。
「葉琉、帰り一緒にいい?」
「ん? いいけど、珍しいね」
「ちょっと寄りたいとこあるから」
僕は鞄を肩にかけて、彼女のあとをついていった。
廊下を歩きながら、窓の外の空をちらりと見上げる。
春の空は、少しだけ霞がかっていて、風がまだ冷たかった。
「なんか、最近疲れてる?」
「え、僕?」
「うん。無理して笑ってるとき、ある」
一瞬、心臓が跳ねた。
でも、僕はすぐに笑ってごまかした。
「やだなぁ〜、笑。いつも通りだよ? これが僕の通常運転」
詩乃ちゃんはじっと僕を見たあと、前を向いた。
「……なら、いいけど」
その声は、いつもと変わらないはずだったのに、
なぜか胸にひっかかった。
──
ふと、思い出す。
小学校の頃。
夏祭りではぐれかけたときのこと。
人ごみに流されて、立ち尽くしていた僕の手を、
詩乃ちゃんが何も言わずに掴んで引いてくれた。
「こっち。ついてきて」
その声は静かで、強くて、
あのときの背中は、僕の中ではずっと“かっこいい”ままだった。
誰かに守られたと思ったのは、たぶん、あのときが初めてだった。
──
「ねえ、詩乃ちゃん」
「ん?」
「覚えてる? 昔の夏祭り。僕が人ごみで固まってたとき、手、引いてくれたじゃん」
「……うん。あったね、そんなこと」
「詩乃ちゃん、あのときちょっとかっこよかったんだよ」
「“ちょっと”?」
「いや、だいぶ。……ていうか、今もそうだよ」
詩乃ちゃんは、少しだけ目を伏せた。
それから、小さく息をついて言った。
「ありがと」
その“ありがと”は、やさしかったけど、少しだけ遠くて、
なぜか胸に染みた。
──
気づけば、家の近くまで来ていた。
少し前までは、なんてことない帰り道だったのに、
今日だけは、何かが変わったように感じた。
僕たちはまだ、同じ方向を歩いている。
でも、足音のリズムが、ほんの少しだけずれはじめていた。
たぶん、それに気づいてるのは、僕だけだ。