28話
冬休みが始まって、
毎日がすこしだけ、静かになった。
朝はアラームが鳴らず、
昼になってやっとカーテンを開けるような生活。
スマホの通知も減って、
会話のほとんどは家族か店員だけ。
……こんなに“誰とも話さない日”があるなんて、
ついこの前までは思いもしなかった。
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ある日、ひとりで街へ出た。
用事もなく、ただなんとなく歩いていた。
本屋をふらついて、帰り道の交差点。
信号待ちの向こうで、見覚えのある横顔が目に入った。
……南雲、だった。
気づいたのか、向こうから駆け寄ってくる。
「先輩!」
「……あ、びっくりした。こんなとこで会う?」
「ほんとですよ。まさかすぎて、ちょっとテンション上がりました」
彼女はマフラーに顔を埋めながら、少し照れたように笑った。
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ちょっとだけ話そうか、と近くのベンチに並ぶ。
「冬休み、どっか行く予定とかあるんですか?」
「いや、特に。ずっと寝てる」
「えー、もったいない。
でもちょっと、わかるかも……なんか、気が抜けちゃって」
「……うん」
その「気が抜けた」って言葉が、やけに胸に響いた。
たぶん、僕もずっと張り詰めてたのかもしれない。
⸻
「先輩、なんか元気ないですね?」
「え、そう見える?」
「はい。……なんとなく」
僕は、笑ってごまかすしかなかった。
でも不思議と、そのまなざしが心に沁みて、
少しだけ、楽になった気がした。
南雲が飲み物を手の中で転がしながら、ふっと言った。
「……なんか、先輩って、いつも誰かといるイメージだったから」
「……そう?」
「はい。クラスでも中心にいるし、
でもなんか……ちょっとだけ寂しそうにも見える時あって」
「……へぇ、鋭いな」
笑いながら、視線を前に向ける。
冬の夕方。少しずつ空が色を落としはじめていた。
「……俺、昔からの幼なじみがふたりいてさ」
「……ふたり?」
「うん。男ひとり、女ひとり。
気づいたらいつも3人でいて、
気づいたら、いつの間にか距離ができてた」
「……そうなんですね」
「うん。別にケンカしたとか、何かあったとかじゃない。
でも……近かったからこそ、うまく言えないことって、あるじゃん」
「……あります。たぶん、すごく」
南雲は、それ以上何も聞かなかった。
ただ、静かにうなずいてくれたその仕草が、なんだか少しだけ、沁みた。
「そういえば……」
隣でベンチに座っていた南雲が、
飲み物をくるくる回しながらふと口を開いた。
「先輩って、進路……どこ行くんですか?」
「ん? 一応、海外」
「えっ、海外……すご」
「いや、全然すごくないよ。
むしろ“逃げ”に近いかもしれない」
「逃げ?」
「……うん。
なんか、いろいろ置いていくような気がしてさ」
南雲は少しだけうなずいた。
「でも、それでも行くって決めたんですよね?」
「……まあ、そうだね」
沈黙。
でも、その静けさは、どこかやわらかくて。
僕は、なんとなく続きを話したくなっていた。
──
「……ずっと想ってた人がいてさ」
僕は、ぬるくなったカップを両手で包みながら、ぽつりと口を開いた。
「いつからそうだったのかは、正直よく覚えてないんだけど……
たぶん、ずっと前から、どこかでその人のことを目で追ってた」
「うん」
「でも、その人が見てたのは、俺じゃなくて……べつの誰かだったんだよね」
南雲は何も言わず、ただ視線を僕に向けてくれていた。
「それに気づいてたくせに、
なんでもないフリして、ずっとそばにいて……
言葉にできなかったまま、気づいたら並んで歩けなくなってた」
「……」
「それが寂しいのか、悔しいのか、
よくわかんないまま、今も引きずってる気がする」
カップの底を見つめたまま、僕は続ける。
「でも、そういうの全部ふくめて、
俺、たぶん――ふたりのこと、応援したいって思ってるんだと思う」
「応援……?」
「うん。
ちょっと、時間はかかったけど。
今なら、ちゃんとその背中、見送れる気がする」
南雲は、そっと微笑んだ。
「……それって、すごくやさしいですね」
「いや、ただの言い訳かもしれない」
「それでも、誰かの幸せを願えるって、
本当にその人たちのこと、大事にしてたってことじゃないですか?」
その言葉が、胸の奥で静かに灯るようだった。
その返事が、そっと背中を押されたような気がして、少しだけ、目を伏せた。




