21話
文化祭前日。
校舎全体が、いつもと違う賑やかさに包まれていた。
僕は教室に戻る途中、渡り廊下で
プリントを抱えた後輩と鉢合わせた。
「あっ、先輩……!」
見覚えのある声に振り返ると、
夏休みにすれ違った、あの子がそこにいた。
「こんにちは。文化祭、準備お疲れさまです」
「ありがとう。……えっと、何かあった?」
「あの、装飾の位置でちょっと相談があって……
教室の掲示、斜めになってるって言われて……見てもらえたらって」
「いいよ。時間あるし」
廊下の端までふたりで歩きながら、
彼女は少しだけ話しかけてきた。
「先輩って、こういう作業とか慣れてますよね。去年の文化祭の時も、壇上に立ってましたよね」
「うん、まあ……あれはたまたま役が回ってきただけ」
「でも、すごかったです。声、ちゃんと届いてて。……それに、見てて安心した」
「安心?」
「はい。なんか、落ち着いてるっていうか」
ふと、彼女の横顔が照れくさそうに笑っていた。
……なんて返せばいいのか、わからなくて、
「そっか」とだけ言ってしまった。
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そのとき、階段の方からこちらに歩いてくる人影が見えた。
「……あれ? 葉琉?」
詩乃ちゃんだった。
制服の袖をまくって、作業用のエプロンを腰に巻いている。
見慣れた姿なのに、なぜか少しだけ遠く感じた。
「装飾の相談。ちょっと見に行くとこ」
「……ふーん。忙しいんだね」
「うん……まあ、少しだけ」
「そっか。じゃあ、あとでまた教室で」
詩乃ちゃんは後輩の子に一瞥をくれて、
それ以上何も言わずに歩き去っていった。
すれ違いざま、
風の音に混じって何かを言いかけたような気がしたけれど、
はっきりとは聞き取れなかった。
しばらく、風の音だけが廊下に残っていた。
横にいた彼女が、そっと口を開く。
「……すごく、綺麗な人ですね」
「……え?」
「さっきの方。先輩と同じクラスですよね?」
「うん。幼なじみで、ずっと一緒だった」
「……そっか」
それだけ言って、彼女は少し前を見たまま黙った。
でも、その沈黙は気まずいものじゃなくて、
むしろ優しさみたいなものが含まれていた。
「先輩、……無理しないでくださいね」
「……え?」
「なんとなく、ですけど。ちょっとだけ、そんな感じがしたから」
僕は何も言えずに、
ただ曖昧に笑った。
彼女はそれを見て、少しだけ目を伏せてから──
ふと、少しだけ迷うような声で言った。
「……あの、もし明日、少しでも時間あったら……また、装飾の手伝い、一緒にお願いしてもいいですか?」
「……うん、大丈夫。たぶん空いてると思う」
「よかった。じゃあ、また……明日」
彼女はそれ以上何も言わず、
プリントを胸に抱えて、教室の方へと静かに歩き出した。
その後ろ姿を見ながら、
胸の奥で何かが、微かにひっかかった。
そして、彼女もそれ以上は何も聞かずに、
教室の方へと静かに歩き出した。




