1話
春休みが明けて、
新しいクラスの名簿が掲示された昇降口前は、例年通りのざわざわした雰囲気に包まれていた。
「あー……やっぱ緊張するなあ」
そう言いながら、人ごみを縫って名簿の前に立った僕は、
ざっと視線を走らせて、すぐに見慣れた名前を見つけた。
──葉琉。
その少し下に──詩乃。
そして、隼。
「……また一緒だね」
不意に背後から声がして、
振り返る前から、誰かすぐにわかった。
詩乃ちゃん。
相変わらず無表情気味だけど、少しだけ目尻がゆるんでる。
そういう変化に、僕はたぶん、他の誰よりも敏感だった。
「ほんとだ。また同じクラス! ってかさ、これ三年連続じゃない? さすがに運命感じるよね?」
茶化すように言うと、詩乃ちゃんは小さく笑って、うなずいた。
「……まあ、慣れてるから、いいけど」
それはつまり、「ちょっと嬉しい」って意味なのを、僕は知ってる。
「お前ら、うるせぇ」
今度は低い声がすぐ背後から。
振り返ると、案の定隼が立っていた。片手でカバンを肩にかけて、目元に少しだけ寝癖を残したまま。
「隼も一緒。うん、これもう3人セットじゃん。
さすがに先生たち、気ぃ利かせすぎじゃない?」
僕がそう言って軽く笑うと、隼は何も言わず、肩をすくめただけだった。
──
クラス替えの名簿の前で、
3人が並んで、他愛もないことを話して、
また同じクラスだって笑って。
いつも通りの、何も変わらない春のはじまり。
なのに、ほんの少しだけ、空気が違った。
詩乃ちゃんの笑い方が、
少しだけ、優しかった。
隼が詩乃ちゃんを見るときの目が、
なんとなく、昔よりも静かだった。
きっと、気のせいなんだろう。
そんなの、考えすぎ。
だけど、ほんのわずかに胸の奥で、何かがざわついた。
もしかしたら、何かが変わりはじめているのかもしれない。
僕がまだ、気づきたくなかっただけで。
──
そのときは、まだ気づかないふりができた。
いつもの調子で、ふたりをからかって、笑っていれば、それでよかった。
けれど、この日を境に、
僕の中で少しずつ“何か”が音を立てて動き出していた。
ほんの少しずつ、
僕の世界が、ズレはじめていた。