16話
⸻
夏休みの中盤、課題の提出で久しぶりに学校へ行った。
正門から入ると、蝉の声とアスファルトの照り返し。
誰もいない校舎に、一瞬だけ懐かしさすら感じた。
用事を終えて職員室を出た帰り、階段の踊り場で、
ふと、見覚えのある姿とすれ違った。
「あっ……!」
向こうもこちらに気づいたようで、少し驚いた顔をした。
夏祭りでぶつかった、あの女の子だった。
制服姿の彼女は、髪をひとつにまとめ、
両手にプリントを抱えていた。
「……先輩、この前、ハンカチ拾ってくれた人ですよね?」
「あ……うん。覚えてたんだ」
「はい。ずっとお礼言いたくて……あのとき、ちゃんと伝えられなかったから」
そう言って、彼女はにこっと笑った。
「わたし、1年の南雲って言います。先輩は……3年の一ノ瀬先輩ですよね?」
「……うん。なんで知ってるの?」
「え? ……あ、いや、学校で結構有名なので。」
「……有名?」
「有名ですよ。かっこいいとか女の子の中で持ち切りですよ。目立ってたし、声とか、覚えてました」
「……そっか」
「一ノ瀬先輩、ありがとうございます。……じゃ、失礼します!」
それだけ言って、彼女は軽く会釈して階段を下りていった。
僕はただ、その背中を見送った。
──「有名ですよ」なんて言われたの、初めてだったかもしれない。
文化祭で前に出たこともあるし、
それなりに人の前に立つ場面はあったけど、
自分が“かっこいい”なんて思われてるなんて、考えたこともなかった。
むしろ、僕なんかより――
そう思って、思考を止めた。
比べたって意味がない。
僕が見ているのは、ただひとりだけなんだから。




