13話
夏祭りの会場は、浴衣と笑い声でにぎわっていた。
屋台から漂う甘い香りと、射的の音。
夕暮れの空には、どこか懐かしい色が広がっていた。
「うわ、めっちゃ人多いな……」
「……ね。ちょっと歩きづらいかも」
僕と詩乃ちゃん、隼の3人。
それぞれ浴衣に身を包んで、いつもの制服とは違う姿に少しだけ照れくささを感じていた。
「ちょっと、かき氷買ってくるわ」
僕はふたりの空気を察して、そう言って列から離れた。
本当は、いなくてもよかった。
でも、いたら邪魔になる気がしてしまった。
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人混みを抜けたところで、誰かと肩がぶつかった。
「あっ、ごめんなさい……!」
振り返ると、白い浴衣の女の子がこちらを見ていた。
小柄で、透き通るような声。
その手から、薄紫のハンカチがひらりと地面に落ちた。
「これ、落としました」
僕はそれを拾って差し出した。
「あ、ありがとう」
彼女は少し驚いたように笑って、
それから人の波に飲まれるように去っていった。
なんとなく、その背中が記憶に残った。
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その頃、詩乃ちゃんと隼は境内の奥で並んで歩いていた。
「……さっきの、葉琉、気を遣ってたよね」
「……まあ、そうかもな」
「ごめん、なんか……」
詩乃ちゃんがそう言ったとき、
隼は少しだけ顔をそらした。
「……お前、葉琉のこと、どう思ってんの?」
唐突だった。
「え?」
「最近、ずっとお前、あいつのこと気にしてるじゃん。……別に、気になるって言ってもさ、意味にもよるけど」
「……なにそれ。そんな言い方しなくても……」
詩乃ちゃんの声が、ほんの少し震えた。
「……なんなんだよ、それ」
隼の声も低くなった。
言い合いというほど激しくはなかった。
でも、どこか噛み合わない感情が、音もなくぶつかっていた。
気づけば、詩乃ちゃんの目に涙が浮かんでいた。
「……もういい」
そう言って詩乃ちゃんはその場を離れ、
人混みの中を抜けて神社の裏側へと駆け出した。
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そこは、僕と詩乃ちゃんが幼い頃によく遊んでいた場所だった。
大きな石灯籠と、誰も来ない古い石段。
僕はなんとなくそこに足が向いていて、
ちょうどベンチのそばで缶ジュースを開けたところだった。
聞き覚えのある足音に振り向くと、
詩乃ちゃんが、泣きながらそこに立っていた。
「……詩乃ちゃん?」
彼女は驚いたように立ち止まり、
ほんの一瞬、目を伏せたあと──
すっと僕の腕の中に飛び込んできた。
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僕は何も言わず、その肩を抱きしめた。
小さな背中が震えていた。
「……もう、やだ……なんで、あんな言い方……」
「……うん、言いたいこと、全部言わなくていいよ。俺はここにいるから」
そう言いながら、
心のどこかで“これはチャンスかもしれない”と思った自分がいた。
こんなふうに詩乃ちゃんを抱きしめられるのは、
もう二度とないかもしれない。
でも。
その気持ちは、そっと飲み込んだ。
ここで奪うように手を伸ばしてしまえば、
それは僕じゃなくなってしまう気がしたから。




