好きだった幼馴染の彼女を寝取られた後、協力者の女の子と一緒に、幼馴染と浮気相手を纏めて盛大にざまぁしてやる前の話
18作目になります。
17作目の前日譚になります。
タイトル通り、ざまぁ前のお話です。
視点は相変わらずモブ視点です。
今回から名前が付きました。
何時からだったかな?
こんな風に思うようになったのは……。
俺こと、「守山 克也」には小学生からの友達がいる。
かれこれ10年の付き合いだ。
その内の一人、『香取 鏡花』は俺の初恋だった。
小学生の時の鏡花は、髪は短いし、男子に混じって遊ぶような男女だった。
当時の俺は鏡花の事を普通に友達だと思っていたんだが、それが異性に対する想いに変わったのは、中学に上がった時だった。
髪を伸ばしてスカートを履いた、正に女の子な姿の鏡花に、俺は目を奪われていた。
男友達みたいに思っていたのに、急に異性として認識したもんだから、感情がバグったのかも。
まぁ、鏡花は中学生になってから、仕草も女の子っぽくなったし、スタイルだって……思春期は意識するよな……。
でも、俺の初恋は意識した瞬間に終わっていた。
何故なら、鏡花にはもう、既に好きな男の子がいたからだ。
『坐間 健斗』……もう一人の幼馴染の友達だ。
鏡花が健斗に恋をした瞬間を、俺は知っていた。
小学生の時から俺達はでよく遊んでいたんだが、ある時、近くにある別の小学校の奴らと些細な事で言い争いになった。
その時に、別の学校のクソガキが、鏡花に対して男女とか、小学生らしい語彙力に欠ける悪口を言った。
その言葉に俺もカッとなって言い返そうとしたんだけど、それよりも早く、健斗が『なんだよ! 鏡花ちゃんは可愛いだろ! 謝れよ!』と食って掛かった。
健斗のその言葉に、ちょっと泣きそうになっていた鏡花は、目を見開いて健斗の事を見ていた。
それからだな。
鏡花が健斗にベッタリになったのは。
あの時に鏡花は健斗に惚れたんだ。
何時も皆で遊んでいたけど、鏡花は矢鱈と健斗の隣に居たがる様になった。
その他の男友達だった俺達には何時も通りだけど、健斗がいると何かしおらしくなってた。
当時の俺は良く分かっていなかったけど、思春期にもなれば、流石に分かるようになった。
ましてや、女の子として意識しちゃうようになったらなー……。
中学に上がってからの鏡花は、割とグイグイと健斗との距離を詰めていた。
健斗は最初は良く分かっていない感じだったし恥ずかしがっていたけど、それなりに時間が経てば、満更でもない様になっていた。
中二に上がる頃には、一部から夫婦みたいに揶揄われていたな。
健斗は流石に恥ずかしい様だったけど、鏡花は割とノリノリだった。
そんなこんなで、中三では半ば公認カップルみたいになっていた。
小学生からの付き合いもあったからな。
それに、この頃の鏡花は何つーか、勉強もスポーツもルックスもスタイルも最上級に位置していた。
その上で気さくな人柄もあって、男女問わずの人気者になっていた。
健斗の方は……まぁ、フツーだったけど。
学校の給食が無い日は弁当を作ってあげたり、登下校は何時も一緒だったりなど、仲の良さを周囲にアピールしていた。
周りももう慣れていたから、こういうもんだと皆、受け入れていた。
この時点で、二人は付け入る隙なんか無いくらいの仲だった。
でも、まだ正式に付き合っている訳じゃあ無かったんだよな。
この時は。
高校への入学を決めた時、漸く二人は正式に付き合うようになった。
俺としても、漸く初恋の終わりを実感出来る様になった日だった。
高校生になると、流石に小学校からの付き合いがある奴等は、殆どいなくなった。
中学校からの友人だって激減した。
環境が全く変わったのだった。
それでも、二人の仲が変わる事は無かった。
多分、これからもずっと変わらないんだろうとなと、俺はその時は思っていたんだが……。
鏡花は、高校生になってからも目立った存在だった。
ほぼ全ての面で最上級だった彼女は、クラス処か学年でも有名だった。
先輩から告られまくったそうだが、全て撃沈した事で、より目立つようになった。
その結果、幼馴染の彼氏である健斗にも注目が集まった。
こう言っちゃあ何だが、健斗はフツーの男子高校生。
特に何かある訳でも無い奴なので、皆が皆、アイツが鏡花の彼氏である事に疑問を持った。
事情を良く知る同級生も殆ど居ないので、皆何故なんだ? って感じだった。
鏡花は包み隠さずにちゃんと話しているのだが、どうにも周りは納得してくれないようだ。
俺も出来る限りは事情を説明するなり、フォローはしていた。
でも、中々理解を得る事は難しかった。
「納得出来ねーよ、何で香取とザマが付き合ってんだよ。どう考えたって釣り合いとれねーって。マジでおかしいだろ……」
「いや、だから言ってるだろ? 二人は小学生の時から親しくしてるんだよ。お互い気心は知れてるし、付き合っていたって別におかしく無いだろ?」
今日も周りの野郎連中がグダグダ言っている。
鏡花は見た目も性格も滅茶苦茶良いって事で、男女問わず人気だ。
高嶺の花でもある。
そんな鏡花が、特に何てことが無い健斗と付き合っている事に、男女共に納得しない奴等が一定数いるのだ。
俺はこうやって相手に説明している。
別に誰が誰と付き合おうと、本人の勝手なのに、何で外からガタガタ言うんだか。
俺もいい加減、ウンザリして来た。
でも、言われる本人達も嫌だろうからな。
幼馴染の誼だ。
俺としても出来るだけ何とかしてやりたい。
「俺だってなー。ザマがもうちょっとちゃんとした奴だったら文句は言わねーよ。でもよ、何なんだよアイツ! 香取の彼氏らしい事、ちゃんとやってんのか?!」
そう言われると、俺も反論し辛い。
「お前さ、俺の前でそんな事言うなよ。鏡花も健斗も、俺にとっては大事な幼馴染なんだからよ……」
「そりゃ悪かったよ……でもさ、こう、なんかさ! モヤっと来るんだよ! ザマがあんな感じなのはよ~」
釣り合いどうこうは言うつもりは無いけど、本音では俺も健斗に、もう少し頑張って貰いたいなとは思ったりもする。
初恋を諦めた身としては、やっぱりこう……ちゃんとして欲しいんだよな。
でないと、捨てたハズの未練がちょっと湧いて来るんだよ。
「なーんで、俺等には可愛い彼女が居ないのに! ザマには最高の彼女が居るんだよ~! 幼馴染とか反則だろ!!」
「やっぱ本音はそれかよ……」
健斗はフツーの男子高校生だ。
アイドルみたいに人気がある鏡花と比べると、大分見劣りする。
それは仕方ないにしろ、健斗が普段から部活を頑張っている訳でも、真面目に勉強に励んでいる訳でも無いから、周りからすると、何であんな奴が……ってなるらしい。
正直、俺も同意したい処ではある。
「相手を妬んでも仕方ねーって。無いものねだりなんて……」
「じゃあ、オマエはどうなんだよ? お前だって香取の幼馴染で、ザマと付き合いの年数は変わんねーだろ?」
そう言われてドキっとする。
一瞬腹の底からグニュリとした嫌な感覚が迫り上がる。
俺は下腹に力を込めて、それを押し戻す。
「……別に? 昔からそーいうモンだと思ってるよ」
「はえー、悟ってるねぇ……あーあ、ザマが羨ましいよ。メッチャ可愛い彼女と、理解のあるトモ君がいてさー」
なーんで俺には居ないの? と言いながら、奴はどっかに行った。
「理解のある……か」
俺は独り言ちした。
その日の夜は、何となく寝付けなかった。
目を瞑って思うのはIfの世界だ。
あの時、健斗よりも早く、あのクソガキに、何かを言っていれば、俺が、鏡花と……。
「馬鹿じゃねーの? 俺……」
もしもも何も、先に動いたのは健斗だし、仮に俺が自分の言葉で反論したって、鏡花が俺に惚れたとは限らないだろ?
何時まで未練がましいんだよ。
我ながら嫌になる。
初恋の終わりを受け入れたつもりでもこの様だ。
いっそ、別の高校に行っていれば、スッパリ切れたんじゃないかと思う。
「いや、でもなー、この学校が一番良かったんだよな」
比較的近いし、学力的にも丁度良かった。
他だと、近いけど底辺レベル、良い所だと市外だから通学が面倒……。
いっその事、県外に行って一人暮らしでも良かったかも。
「あーあ、ダセーな、俺。ホント嫌になる……」
明日も朝練があるから、早く寝なければならないのに、その日は中々眠れなかった。
眠い目を擦りながら、俺は登校した。
朝練を終え、教室に向かう途中、鏡花と健斗が一緒に登校していた。
楽しそうに笑いかけている鏡花と、ちょっと眠そうな顔で相槌を打っている健斗。
相変わらず仲が宜しい事で……。
何となく気分が沈むから、俺は足早に教室に向かう。
本当は何時も通り、二人に挨拶するんだけど、そんな気にはなれなかった。
昼休憩の時間、トイレを済ませ、教室に戻ってる最中、鏡花が健斗に手作り弁当を渡している所に出くわした。
今日は自信作だよ! って感じでお弁当を渡す鏡花。
それを適当に流しながら受け取る健斗。
何時も通りのやり取りだ。
と、そんな風に思っていたら、鏡花と目が合った。
ドキリとする。
すると、鏡花は三人で食べない? と聞いて来た。
本当は健斗と二人で食べたいんだろうけど、俺と目が合った以上は無視も出来ないので、声を掛けてくれる鏡花。
なので、俺も気を遣う事にする。
「あ~、悪い。先約があるんだよ。折角誘ってくれたのに、すまんね」
そういう事なら仕方ないね、と鏡花は納得し、健斗と一緒に昼ご飯を食べに移動した。
……本当は一緒に飯食いたかったけど、邪魔する訳にもいかんしなー。
そう思いながら、俺はクラスの野郎共と飯を食いながら、ダベっていた。
「お前さ~。折角香取が誘ってるんだから、一緒に行けば良かったじゃん」
「そーそー、幼馴染特権ウメーだろ~」
「あ、でも邪魔者が居るから逆にキツイか!」
言いたい放題の野郎共だ。
「邪魔者って……この場合どう考えても俺だろ、それ」
幼馴染でも、付き合ってる恋人同士の逢瀬に混じるとか、ちょっとな……。
「別に良いだろ、飯食うくらい。つか、毎回思うけど、楽しいのかね? アレ」
「? そりゃあ、楽しいから一緒にいるんだろ?」
「そーかぁ? 学校来る時も思うんだけど、大体いつも、香取の方が積極的に話していて、ザマなんかリアクションうすーいじゃん」
「あ、分かるわ。なんかザマの奴、塩っぽくね?」
そこからは健斗に対するグチ合戦だった。
だから、俺の前で幼馴染の事をあれこれ言うなよ……。
「お前もそう思うだろ? うん?」
そして俺に振ってくる。
「いや、まぁ、昔からの事だし、あの二人はそういうもんだと思ってるよ」
「なんか達観してるな……お前ってなんか、変にジジィ臭い時あるよな」
「大人っぽいと言えよ! だれがジジィだ」
こんな感じで、何時も通り適当にダベっていた。
その後、鏡花からまたしてもお昼のお誘いがあったので、流石に連続で断るのも心苦しいので、受ける事になった。
「はい。これ!」
「ん」
鏡花が健斗に手作り弁当を渡す。
それを健斗が何時も通り受け取って、昼食に入る。
食べながらちょくちょく鏡花が健斗に話題を振る。
食事中のお喋りは行儀が悪いはずなのだが、ちゃんと手を止めて、良いタイミングで話しかけてるので、行儀の悪さは感じない。
健斗は鏡花の話を聞き流すような感じで相槌を打つ。
まぁ、何時も通りだ。
昔は、おかず交換とかやってたけど、今はやって無いな……。
鏡花の弁当は健斗の為に作った奴だからなー。
それを横から掻っ攫うのは、気が引ける。
でも、美味そうだなー、弁当。
その後、昼食を終えてまったりしてたんだが、そろそろ予冷が鳴りそうなので、ここで解散になる。
「はい、これ」
そう言って健斗は、空になった弁当箱を鏡花に返した。
鏡花はそれを受け取り、自分のクラスに戻った。
俺達のクラスはバラバラだったりする。
俺と健斗は少しダラけながら自分のクラスに戻るんだが……。
「弁当、美味かったか?」
「ん、ああ、そうだね」
「じゃーさ、それを鏡花にも言ってやれよ。『今日も美味しかったよ』ってさぁ」
「んー、全部食べたんだから、伝わるでしょ。一々言ってられないよ」
そう言って健斗は自分のクラスに戻った。
以心伝心ってか、羨ましいな。
「でも、ちゃんと言葉で直接言ってあげた方が、もっと良いと思うんだけどな……」
そう、ポツリと呟きながら、俺も自分のクラスに戻ったのだった。
ある日の事、健斗から相談があった。
ちょくちょく鏡花絡みで相談はあったんだけど、今日の健斗は少し雰囲気が違っていた。
「鏡花に相応しい男に成りたい……ね」
「うん。君も知っているだろうけど、外野の声が煩わしくてね。いい加減、どうにかしないと鏡花にも迷惑が掛かっちゃう」
そう思っているなら、もっと早くに何かやれよ。
つーか、既に鏡花も色々言われてるだろーが!
あと、俺に対する労いは無しですか、そーですか。
……なんて言いそうになったが、それは堪えた。
「……やっぱさ、何かしらの結果を出すべきじゃないか? あんま言いたくないけどよ、鏡花に比べて、お前は何か特別な努力とかしてないだろ? 勉強でもスポーツ……部活とかに力入れてさ、頑張ってるとこ見せた方が、一番手っ取り早いって。だから……」
「それはそうだけどさ、そー言うんじゃあ無いんだよなぁ……」
じゃあ、何だよ。
何かしら頑張る所を見せていれば、周りの何割かは黙るだろうよ。
外野がアレコレ言って来るのは、色々と頑張っている鏡花と違って、お前が何にもして無いように見えるから、批判されるんだよ。
実際、何もして無いし。
普段から勉強をやって無いし、部活だって幽霊部員のままで、何もしてねーだろ。
と、ストレートに言うと、むくれて話を聞かなくなるから、オブラートに包んで伝える。
それでも、説教臭いって言われるけど。
「別にさ、滅茶苦茶努力しろなんて言わねーって。ただよ、やっぱ何にもしないよりは、努力して結果出すしか……」
「そんな事は言われなくても、分かってるよ。でもさ、それだと時間が掛かるだろ? 僕としては直ぐに、五月蠅い奴等には黙って貰わないと、鏡花が可哀相だよ……」
「……」
頭を抱えたくなる。
そんな瞬時に全部の問題、速攻解決! な妙案なんて、俺の頭から出る訳ないだろ……。
つか、鏡花がどうこうじゃなくて、お前が頑張れば済む話なのに。
なんか、疲れて来た……。
「何か無いかな……?」
そうやって首を捻る健斗。
横顔が結構イケメンに見える。
「あ、じゃあ、これはどうよ?」
「ん? 何々?」
「いや、さ。お前って結構顔はイケてるんだから、いっそ大胆にイメチェンしたらどうだ? 外見が変わるだけでも、結構周りからの評価は上がると思うぜ?」
「ええ……」
「ほらさ、この雑誌のモデルみたいな髪型はどうだ? お前、髪がボサボサだし、美容院とか行って、カットして貰えよ」
「んー……」
「眼鏡を辞めてコンタクトにするとかさ、化粧もどうだ? イケメンなメイクとか学んでみたらどうよ? 学校にはバレない様に注意してさ!」
結構な妙案だと思う。
勉強や部活と違って、外面を弄る位なら直ぐ出来るし、健斗は素材が良いから、中々様になると思う。
「ん~、でもなぁ……僕、あんまりこういうの、好きじゃ無いんだよな……」
好き嫌いの激しい奴だな……。
「外見変えるのが一番早いし、楽だろ。もう俺にはこれ以上のアイディアなんて出て来ねーよ」
「……うーん」
健斗は悩んでいるようだが、何で煮え切らないんだよ、コイツは……。
現状を直ぐに変えたいんなら、これ一択じゃないか?
マジで俺にはこれ以上は出ないんだぞ?
そう思ったんだが、いきなり髪を切ったり眼鏡を変えるのに抵抗があるんだったら、もうちょっと簡単にすれば良いんじゃないかと思った。
「んじゃさ、何か良さ気なアクセサリーとかどうよ? さり気なく着けてさ、少しづつお洒落していくヤツ」
そう言って俺はお気に入りのアクセサリーを出した。
普段は学校だから、あんま付けてないけど、友達と遊びに行く時は付けてたりする。
「ダッ……だからさー、そういうのはちょっと違うんだよね」
「えー、マジで? もうホント無理だぞ。完全に俺は打ち止めだ」
結局この日は、何の進展も無く話は終わった。
何時もと違った気がしたけど、結局いつも通りだった。
あー、なんか無駄な時間を過ごしたような気がする。
後日俺は他の友達相手に、色々相談してみたんだが、結局大差無い意見で終わった。
そろそろ期末試験が近くなって来た。
部活も試験に備えて休止するし、俺も本腰を入れて試験対策をする。
一応、予習や復習はしてるけど、その割にそこまで成績良くなんだよね、俺。
中学時代は鏡花とかと一緒に、勉強会をしていたんだが、成績優秀者である鏡花の足を引っ張りかねないので、そっちには参加していない。
正確には、周りに女友達ばかりが固まってるから、俺はその領域に入門出来ないだけなんだが。
鏡花は誘ってくれるんだけど、周りが……ね。
健斗も自分でやるから遠慮するってさ。
鏡花はそれで毎回ガックリしている。
お前等さー、付き合ってるんだから、二人の勉強会とかしないのかよ。
で、俺と健斗だが、一緒に勉強しているかというと、これもそうではない。
アイツは基本一夜漬けでやるから、毎日コツコツやってる俺とはペースが違い過ぎて、勉強にならないんだ。
「一夜漬けなんてやっても身に付かないんだから、毎日少しずつやった方がいいだろー」
こう言って俺は健斗を誘うのだが、
「一気にやった方が僕は捗るんだよ」
いや、一夜漬けでそこそこの成績が取れるんだから、毎日ちゃんとやれば、確実に順位は上がるだろとは言ったんだけど……。
「んー、でもなぁ……そう言う君の成績自体は、僕とそんなに変わらないじゃないか。それで毎日の勉強って言われてもね……」
と、痛い所を付かれて撃沈した過去があった。
悔しいが、二の句が付けないので、俺もこれ以上は言えなかった。
とは言え、継続は力なりと言うし、それなりに頑張って来た甲斐もあり、今回の試験はそこそこ順位が上がった。
鏡花は相変わらずトップ層にいる。
健斗は……前回とあんまり変わって無かったようだ。
試験も終わり解放感に浸る俺の元に、健斗がやって来た。
これまた何時もとは違った雰囲気だ。
今回の試験の事で、少し考え方が変わったか? と思ったが、ちょっと違う方向の相談だった。
「へ~、バイトか。良いんじゃないか? 付き合って一周年の記念とか、中々に気が利いていると思うぜ」
なんと健斗がバイトをして、鏡花にプレゼントをしたいとの事だった。
そっかー、遂に動いたかー。
今更な気がしないでも無いけど、健斗自身が考え、導き出した事なら、俺は歓迎したい……そう思ってたんだけど。
「サプライズプレゼント? いや、それはどうかな?」
「何でだい? どうせならただ渡すよりは、サプライズがあった方が良いだろ?」
「いや、それはそうかもしれないけど……」
「……何か不満でもあるの?」
「サプライズって、成功すればそりゃあ確かに良いけどさ、健斗からの最初の贈り物なんだから、別に隠す事は無いんじゃないか?」
初手サプライズはちょっと……と思う。
「そのお金で一緒にデートがてら、プレゼントを二人で決めたりした方が、良い思い出になると、俺は思う」
「そうかな? どうせなら驚きがあった方が良いでしょ」
「ううーん……」
「何? 僕が考えたアイディアが気に入らないの?」
「いや、そういう訳じゃ無いけどさ……バイトしている間、鏡花はどーすんだよ?」
「ん? 別にそんなに長期間やる訳じゃ無いし、鏡花には沢山友達が居るんだから、バイト期間中は、そっちと遊んでいればいいじゃん」
「いや、そういう問題じゃないだろ?」
「何の問題があるんだい?」
「何時も一緒なんだから、短期間でも離れたりするのは、不自然にならないか?」
「ちょっとの間くらいなら大丈夫でしょ」
「いや、でもなー。鏡花としては折角試験が終わって羽を伸ばせるのに、彼氏のお前と一緒に居られないのは、ちょっと不憫だし……」
「偶にはお互い自由な時間があっても良いでしょ。それに僕は、鏡花の為にバイトをするんだから!」
「それだったら、予め事情を話して、何なら鏡花と一緒にバイトとかどうよ?」
「それじゃ、サプライズにならないでしょ!」
どうも健斗はサプライズに拘りたいらしい。
色々思う所はあるけど、健斗がやる気出してるし、ここで水を差すのも野暮か。
「……分かった。健斗がそうしたいんなら、俺もこれ以上は言わない」
「そう、分かってくれたかい? じゃあ、鏡花には内緒で頼むね。……絶対にバラさないでくれよ?」
「分かったよ。約束する」
「本当に絶対だからね! 台無しにされちゃあ、たまった物じゃ無いんだから!」
「分かったって。お前がそんだけ真剣に考えてるんだ。俺も約束するよ。絶対に喋らないって」
「うん……。でさぁ、短期のバイトだと何処が良いともう?」
「いや、決めて無いんかい」
「まぁね。やっぱり条件とか時間帯とかあるからね。直ぐには決まらないよ」
「で、俺からのアドバイスが欲しいと」
「そうだね。他人の意見も聞いておかないと、やっぱり」
「あー、分かった」
そうして俺はバイトのチラシや、ネットでの求人情報を調べてみる。
良さ気な所をピックアップして、どーよと勧めてみるが……。
アレ駄目、コレ駄目と選り好みが激しい。
時給、時間帯、仕事内容で文句を言ってる。
ヤバイな……あんまり決まらないと、面倒臭がってバイト自体やらなくなるかも……。
俺は何とか色々と調べて、健斗が納得しそうなバイトを探す。
そして漸く見つかった。
その後、健斗はそのバイト先の連絡先にメールを送った。
これで後はあっちからの連絡待ちとなる。
「あ、もう返信来た。履歴書持参で、日時は……うん、この日なら行けるね」
「そかそか、面接頑張れよー」
「そうだね。じゃ、僕はこの辺で帰るよ。あ、履歴書ってどこにあるんだっけ?」
「百均とか文房具屋に売ってるはずだよ。あー、ネットでもテンプレとかダウンロード出来たな。アプリでも作成出来るんじゃなかったっけ?」
「ふーん、じゃあパソコンで作るかな。手書きは面倒だし」
「……それで良いんじゃね?」
こうして、健斗は帰って行った。
今時ならパソコンで作っても問題は無いよな?
それで落ちたらどうしようと、今更ながら不安になった。
後日、健斗は無事にバイトに受かったらしい。
面接に手応えがあったそうだから、行けると思ったそうだ。
確か健斗って、初対面の人には結構好かれるんだよな。
第一印象が良いらしい。
……ある程度付き合うと、そうでも無くなるんだが、まぁ短期のバイトだし、別に大丈夫……だよな?
このバイトが切っ掛けで、あんな事が起きるなんて、その時の俺は思ってもみなかった。
いや、本当は何かしらの不安はあったんだけどな。
ただ、問題が予想以上に大きくなっただけだ。
それからだ、俺の感じていた漠然とした不安が的中したのは。
何時も一緒に帰っていた鏡花と健斗だったが、バイトの為、健斗は学校が終わるとサッサといなくなった。
鏡花には、用事があって忙しいからと言っていたらしい。
最初は平気だった鏡花も、それが何日も続くと流石に不安になったらしい。
健斗に聞いても、忙しいからの一点張りで、ちゃんと理由を話さないらしい。
いや、何やってんだよアイツ。
理由を言えなくても、何かこう……鏡花を不安にさせない為の一言くらい、あっても良いだろーが!
で、困った事に、鏡花がその件で俺に相談しに来た。
全部洗いざらい話してやれば、鏡花も安心するし、俺もスッキリ出来る。
でも、約束した以上は話す訳にもいかない。
マジで悩む……。
「まぁ、健斗は健斗なりに忙しい理由があるんだよ。鏡花は不安かも知れないけどさ、大丈夫だって! 悪い様にはならないって思うぞ?」
とまぁ、こんな感じで誤魔化すのだが、我ながら上手い事が言えない。
あ~~~、何で俺がこんな事しなきゃならねーんだよ!
正直、鏡花に嘘を吐いて誤魔化すのがホント、キツイ!
サプライズなんて余計な事考えなきゃ、俺も鏡花もこんなに悩む事無かったってのによ!
健斗のバッカヤロー!!!!
そう思う俺であったが、律義に約束を守る俺もバカだった。
この時にコッソリ鏡花にバラして、鏡花にはサプライズを知らないフリをして貰えば、無事解決だったかもしれないのに。
そういう風に頭が回らない俺は、本当にバカだった……。
これから更に追い打ちを掛けるように、今度は朝の登校も無くなった。
健斗に理由を聞くと、朝の新聞配達の仕事も短期で始めたそうだ。
何でも、バイト先の同僚の知り合いが、新聞配達をやっていたんだが、怪我をして出来なくなったとの事だ。
それにすかさず健斗が手を上げたそうだ。
新聞配達は、今のバイトとは時間帯が被らないから両立出来るんだとさ。
そりゃ、そうだけどさ、それで鏡花を放っておくとか……ホント、何やってるんだよ。
「ただでさえ、会う時間減ってるのに、なんでバイト増やしてるんだよ……」
「仕方ないだろ! それに新聞配達分を合わせれば、目標額を早く達成出来るし、それにこれだって、そんなに長くやらないから大丈夫だよ!」
と、健斗はこんな感じで聞く耳を持たない。
普段やる気を見せないのに、どうしてやる気になるとこうなんだか……。
やれば出来る奴だけど、その方向性がなぁ……。
健斗がバイトを始めてから、鏡花はどんどん元気が無くなっていった。
学校では一緒に弁当を食べたりもするが、あんまり話せないらしい。
健斗に話をしても、適当にはぐらかされるか、追及しようとすると不機嫌になってしまうので、踏み込めないそうだ。
結局、鏡花だけがモヤモヤを残すという悪循環。
この様でサプライズとか、本当に成功するのかよ……。
ある時、鏡花の友達が鏡花を元気付ける為、遊びに誘った。
放課後に健斗と一緒に帰る事が無いので、時間もあるからとの事だった。
……で、何故か俺も一緒に居る。
ヒジョーに居心地が悪い。
鏡花の周りの友達は、所謂スクールカーストの上位陣だ。
男もいるけど、女の子も多い。
普通にイケメン高身長だったり、可愛い系やギャル系とか、割と幅広い面子だ。
皆顔が良いから、俺みたいなごく普通の奴には、眩しすぎる。
ヤベェ……俺だけ浮いてない?
鏡花の幼馴染という事で、一緒に誘われたんだが、ぶっちゃけ今は後悔している。
そんな俺だったのだが、意外と馴染めるようになった。
最初は誰コイツ? だったんだが、鏡花に紹介されてからは、普通に接してくれてる。
いや、俺の緊張を解す様に、結構フランクに話してくれるのだ。
そうやって打ち解けていくと、何つーか皆、普通に良い奴等ばかりだった。
最初は鏡花の周りの奴等は、鏡花に健斗の事でアレコレと言っていたらしい。
正直、それもあって俺はあんまり良いイメージを持っていなかったんだが、こうして直に話してみると、全然そんな事は無かった。
どうやら偏見を持っていたのは、俺の方だったようだ。
考えてみれば、色々言われた鏡花が、それでも友達として付き合っているんだから、そりゃあ良い奴等なんだろうな。
なんだか目から鱗が落ちたようだ。
それからちょくちょく俺は、鏡花の友達とも接点を持つようになった。
俺の周りの野郎共からは、
「おいぃぃぃ! お前、何時の間にセレブ達と仲良くなってんだよ!?」
なんて言われる始末だ。
「セレブってなんだよ?」
「香取とその仲間達」
「いや、セレブって……まぁスクールカーストじゃ、間違いなく上位だもんなぁ」
「俺達下層民からしたら、TENRYU人だぜ?」
「いや、皆普通に良い奴らばかっかだぞ、あんな極悪キャラなんかと一緒にすんな」
「おーおー、天界に入門した御仁は、流石言う事が違ってらっしゃる」
「何言ってんだよ……」
「いや、真面目な話、お前、よくあいつ等と仲良く出来たな? やっぱ香取繋がりか?」
「まぁ、そう、だな……」
「いいなー。幼馴染特権! 俺も欲しい!」
「……そんなに言うなら紹介しようか?」
「え!? ゴメン、マジ無理ぃ……」
「何日和ってんだよ、話してみると、皆いい奴ばかりだぞ」
「そうかもしれないけどさ、やっぱ格差を感じそうでちょっとご遠慮願いたい」
「そーかい」
格差……か。
確かに顔面偏差値とか、学力とか諸々に差を感じるけど、皆それを鼻に掛けないし、良い奴ばかりだ。
正直、なんであんなに良い奴等が、鏡花と健斗の事で文句を言ってたのか、わかんねー。
けど、それを聞くのもなぁ……。
だって、あいつ等は、健斗が鏡花を避ける理由を、俺に聞いて来ないもん。
本当は気になるんだろうけど、無理に聞き出そうとしないし、あくまで鏡花を元気付ける為に一緒に遊んでいる。
俺の前でも健斗の事をどうこう言って無いし、なんかこう、気を使って貰ってるんだよな。
普通だったら、根掘り葉掘り聞いてくるだろ?
うちの野郎共なんか、一時期しつこかったし。
それから間を置かずに、遂に二人は出会ってしまった。
それが、終わりの始まりだった。
ある日俺は、鏡花達に誘われ、遊びに出掛けた。
そこで一個上の先輩を紹介された。
その人がまた、めっちゃイケメンだった。
サッカー部のレギュラーで、成績も抜群。
ルックス、スタイルも同じ高校生とは思えない、芸能人みたいな人で、雑誌のモデルもやってるとか……。
それでいて、会った初日から、俺が女だったら絶対ヤバイって思う程、気さくで気配り上手な人だった。
俺に対してもフレンドリーで、細かい所で気遣いを感じる所作。
そろそろカースト上位にも慣れて来た俺が、ガチガチに緊張しても、さり気無く気を回してくれるんで、何だか居心地が良い。
イケメンで優しい人オーラが半端ねぇ!
本当に一個上の同じ高校生なの!?
とまぁ、俺自身、かなり楽しい日を過ごせたと思う。
最近沈みがちだった鏡花も、終始笑顔だったりと、良い日だったと思う。
それで終わっていたら、何の問題も無かったんだがな……。
長期休暇に入り、健斗は益々バイトに精を出したそうだ。
折角の休みなのに、鏡花は健斗にほとんど会えなかった。
日中もシフトに入ってたから。
夜に連絡しても、一言二言で終わって余り交流も出来ていない。
多分、健斗的には疲れているから、鏡花の相手をするのが面倒になってるのかもしれない。
鏡花へのプレゼントの為のバイトなのに、鏡花本人を蔑ろにするとか、マジで何やってるんだよ……。
ここ最近、俺の中で意識に変化が現れた事を実感していた。
なんだろ、先輩や鏡花の友達と接している内に、健斗の態度に疑問を抱くようになった。
いや、前々からそういうのはあった。
ただ、ずっとあんな感じでいて、それが普通だったから、そういう物だと受け入れていたけど、ここ最近はそういう疑念が強くなって来た。
強くなったと言うよりは、麻痺していた感覚が正常に戻りつつあると言った方が、正解かもしれない。
俺の方でもそれと無く、健斗に鏡花との時間を作る様に伝えてみたが、今は忙しいで終わる。
それでもちゃんと考える様にって伝えると、しつこいとか、ちゃんと考えているんだから、口を挟まないでくれって言われる始末だ。
もう、俺はどうして良いか、わからねーよ。
それから俺は、何時もの友達と遊んだり、鏡花にお呼ばれして、先輩達と遊んだりした。
面倒臭い事も無く、普通に楽しんでいた。
そんな日が続いたある日、鏡花から相談を受けた。
珍しい事もあるもんだと、某有名カフェ店で話を聞いたんだが、まぁ衝撃的な事を聞かされた。
鏡花は休み中、友達とは別に、先輩と会ってたりしたそうだ。
ちょくちょく友達を介して会っていたんだが、その時は二人で出掛けたそうだ。
「え!? ちょっと待てよ! それって……」
浮気じゃねーか! と言いそうになった。
鏡花曰く、買い物をしたり、カフェでちょっとした食事をしただけで、それ以上は何も無かったそうだが……。
でもそれって、普通にデートだし、どう考えても浮気じゃあないか?
俺がそう言うと、鏡花は気まずそうだった。
正直、滅茶苦茶混乱した。
そりゃあ、先輩はスゲーイケメンで性格も良いし、鏡花とお似合いと言えば、それは同意せざるを得ない。
でも、鏡花が付き合っていて、好きなのは健斗だろ?
何やってるんだよ、鏡花……。
その後話してみると、最近健斗と会えないし、連絡をしても素っ気ない態度で不安だったそうだ。
そんな中、先輩に出会った。
話をしてみると、物凄く会話が弾んで楽しい。
音楽やファッション、趣味が合うので、話題に事欠かないし、ちょっとした事でも気に掛けてくれるので、居心地が良く感じる。
自分のちょっとした変化にも直ぐに気付いてくれて、それを褒めてくれたりと一緒に居てとても楽しいのだそうだ。
健斗が気付きもしない様な事もちゃんと見てくれ、褒めてくれたり、自分の話したい事をちゃんと聞いてくれ、それに対してちゃんとした意見をしてくれるなど、会話のキャッチボールが成立している。
それが、楽しくて仕方ないらしい。
言われてみれば、何時も健斗には鏡花から話し掛けていて、健太はそれに適当に相槌を打っていたようにも見える。
ちょっと髪を切り揃えた事とか、俺でも気付くような、鏡花の些細な変化に対して、健斗がそれに気付く様子はなく、俺がそれを指摘しても、
「? それがどうしたの?」
とこんな感じでスルーしている。
その場合は、ちゃんと気付いて、褒めたりしてやれと言っても、
「別にわざわざ言う事なんて無いでしょ、鏡花が奇麗なのは事実だし」
ってな具合だったする。
鏡花がどんなにボールを投げても、健斗は返して来ないのだ。
だから、ちゃんと反応がある先輩との会話は楽しい。
その上、話題が豊富で趣味も合う。
鏡花に対して物腰も柔らかくて、細かい所も見てくれるなど、彼女が望んでいた事をしてくれる。
健斗とは大違いだった。
「先輩が凄く良い人なのは分かるよ。でもさぁ、鏡花が付き合ってるのは健斗だぜ? 幾らあんまり会えないからって、先輩と二人で会ってるなんて、それは健斗に対しての裏切りだろ!?」
どれだけ先輩が良い人でも、浮気は駄目だ。
鏡花の言う事を信じるなら、まだ普通に遊んだだけで済んでるけど、これ以上は本当にマズイ。
もう少しで健斗も目標額に届いて、プレゼントを用意出来るんだろうから、ここで止めないと。
「……ゴメンね、カッ君」
鏡花が申し訳なさそうにに謝る。
「カッ君が、今までケン君と私の為に、色々頑張ってくれてたのに……」
……鏡花はもう、決めていたようだ。
健斗と別れる事を。
「な、何でだよ! そりゃあ実際に付き合ったのはまだ一年位だけどさ! その前からずっと二人は一緒だったろ? なのに、なんでこんな短い期間で……ッ!」
幾ら何でも早過ぎるだろ。
先輩と出会って、まだそこまで時間は経ってない筈だ。
小学生の頃から何年も想っていたはずなのに……積み重ねて来たモノがあったのに!
それに健斗は、鏡花へプレゼントの為にバイトを頑張ってたんだぞ!
あいつの努力が無駄になっちまう!
もう、いい加減、黙ってるのは止めだ!
ちゃんとあいつの真意を伝え無いと。
そうすれば、鏡花も思い留まるだろう。
この際約束とかどーとか、言ってる場合じゃねぇ!
俺は意を決して、鏡花に真実を伝えようと思ったその時、後ろから声を掛けられた。
「!? 先輩……」
先輩だった。
どうやら鏡花とは一緒に来ていて、後ろの席で待機していたらしい。
恐らく、最初は俺と二人で話し合って欲しかったんだろう。
ただ、俺が思ったよりも動揺して、声を荒げたので、割って入って来た訳だった。
それからの話は、先輩からの謝罪やどうしても好きになった気持ちが止められないだのと、色々あった。
俺は情けない話だが、先輩の真摯な態度に、何も言えなくなった。
健斗の真実を話す事も出来ずに、ただただ、先輩と鏡花からの言葉を聞き入れるだけだった。
結局の所、鏡花の意志は固く、俺ではどうにもならなかった。
健斗の事を話しても、恐らく駄目だったろう。
そんな気持ちになっていた。
その後、先輩は全部の支払いをしてくれて、その場は解散となった。
俺は半ば放心状態で帰路に着いた。
家に帰ってからも、俺の頭の仲はグチャグチャだった。
その日の夜、どうにもジッとしていられなかった俺は、頭を冷やしに外に出た。
特に行き先を決めていた訳じゃないが、自然とそこに足が向かっていた。
そこはちょっとした公園だ。
小学生の頃、鏡花や健斗達と良く遊んでいた公園で、鏡花が健斗に恋をした、始まりの場所ってヤツだ。
そこのベンチに座って、少し考えを整理しようと思ってたんだが、生憎と先客がいた。
普段はあんまり人が居ないのに、こんな時に限って……とガッカリしたんだが、そこで聞き慣れた声が聞こえて来た。
慌てて公園に向かうと、そこには鏡花と先輩、健斗の三人が居た。
よりによってなんてタイミングだよ……。
ここで鏡花が健斗に別れ話を伝えたんだろう。
健斗にしては珍しく激高して、鏡花に詰め寄っていた。
そこを先輩が制した。
健斗は先輩を押しのけようとしていたが、ビクともしなかったらしい。
健斗は諦めて、鏡花を睨みながら、理由を問うていた。
そこで、鏡花の想いが吐露された。
「だって、ケン君は、私の事をちゃんと見てくれなかったじゃない!」
そう言って鏡花は語りだす。
「私さ、ずっと頑張って来たんだよ? 学校の勉強やスポーツだけじゃない。色んなファッション雑誌を読んで、可愛くなろうとしたんだよ? 髪を伸ばして、可愛い髪形にして、メイクも学んで、服やアクセだって、可愛いって言われる様に色々調べて、料理だって出来るようになった!」
……それは俺も知っている。
鏡花は確かに成績優秀で可愛くて人気者だけど、そうなる様に一生懸命努力して来た。
トップに立てるだけの資質はあったんだろうけど、努力したからこそ、鏡花は今の地位にいるんだ。
「ケン君といっぱいお話が出来る様に、ケン君の好きな事を学んだりもしたよ!」
最新の流行から、そこからズレた健斗の好きな話題まで、結構な範囲を網羅していた鏡花。
道理でなんかマニアックな話が出ると思った。
「でも、ケン君は私の話をあんまり聞いてくれたかったよね! ケン君から私に話しかけてくれることも全然無かった!」
そう言われてみると、鏡花は何時も健斗に話しかけて来たが、健斗は相槌を打つだけだし、健斗から鏡花に話題を振る事を見たことが無かったような気がする。
そう言えば、友達も健斗は何時も塩対応だとか言ってたな……。
俺もここ最近、今まで当たり前の様に思っていた、健斗の態度に違和感を覚えていた事を思い出す。
「毎日、ちゃんと見てくれれば分かる様にお洒落してるのに、ケン君は全然気付いてくれない。ケン君に褒めて欲しいのに、何も言ってくれない!」
それは……そうだ。
昼に話を聞いた時、鏡花は言っていた。
健斗が何も返してくれない事を。
鏡花は健斗に褒めて貰いたかったんだ。
健斗の為に頑張ってる自分を……。
「お弁当だって、毎日一生懸命作ってるのに! 美味しいって、いつもありがとうって言ってくれない! ねぇ、私のお弁当は美味しく無かったの? 本当は迷惑だったの?」
涙声で健斗に問い掛ける鏡花。
「だ……だったら! 言ってくれよ! 僕に褒めて欲しいなら、そう言えよ! 何にも言わなかったら、分かる訳ないだろ!」
……最悪の一言だ。
なんだそれ……言わなきゃ分からないって……。
そりゃあ、そうかもしれないけどよ!
普通さぁ! 分かるだろ!?
鏡花が普段どんだけ努力してたと思ってるんだよ!
お前の為にお洒落して、料理も作って、そうやって尽くしてるのは、お前に褒めて貰いたいからやってるんだぞ!
何なんだアイツ?
そこまで人の心が分かってないのかよ……。
俺の中での、『坐間 健斗』という人物像がガラガラと音を立てて崩れていく。
鏡花も先輩も、健斗の言葉に絶句している。
得体の知れない何かを見るような目だ。
多分、俺も同じ様になっているだろう。
そこからは、もう……なんか駄目だった。
先輩は、健斗から鏡花を奪う様な真似をした事を謝罪して、これからは自分が鏡花を守ると宣言した。
健斗は自分を裏切った鏡花に対して、裏切り者とか罵声を浴びせていたが、途中で先輩に制された。
悪いのは自分であって、鏡花じゃない。
恨みつらみは、全部自分にぶつけてくれと、先輩は言った。
器の違いを感じた。
健斗はそこで、自分は今まで、鏡花へのプレゼントの為に頑張って来たんだと独白した。
健斗はポケットから、今日の為に用意したプレゼントを出す。
「僕はこれを鏡花に渡す為に頑張って来たんだ! なのに、そんな僕を裏切って、こんな男なんかと浮気しやがって、このサイテーのクソ女がッ!」
そう言って、鏡花にプレゼントを投げ付ける。
先輩が庇ったので、鏡花に当たる事は無かった。
息を荒げている健斗は、怒り狂った形相で、
「くれてやるよ、クズ女! 手切れ金変わりだ! 適当に換金でも何でもしろ!」
そう言いながら、健斗は走って何処かに行ってしまった。
正直、追いかけるべきか、俺は迷った。
ただ、今の健斗に何を言った所で通じないと思うし、あんな姿を見た後じゃ、どう声を掛けるべきか分からない。
どうして良いか、分からないまま右往左往している。
俺がパニックになっている時、泣いている鏡花を先輩は優しく抱きしめていた。
新学期が始まった。
俺達は二年に進級した。
クラス替えは起きていない。
ただまぁ、色々と話題が尽きない日々になる。
鏡花と健斗が破局した事が原因だ。
俺の周りの連中は『ザマァーーーーー!!!!』なんて言って、盛り上がっている。
ざまぁと坐間を掛けてるとか。
校内では色々噂が飛び交っている。
休み中、鏡花が浮気したとか、健斗が遂に見捨てられたとか、先輩が寝取ったとか色々だ。
だいたい合ってるから反論出来ねぇ……。
いや、寝取ったのはどうか分からんけど、長期休暇中だからな……。
うわ、なんか心が痛い。
衝撃的な展開の所為か、何かもう、色々と情緒がグチャグチャになる。
鏡花への未練とか、健斗への友情とか、その辺が何かゴッチャで整理出来ない……。
「いやー、ザマのザマー! 他人の不幸で飯が美味い!」
ニッコニコで弁当を頬張る友人A。
「お前な……ホントさ……」
俺としては呆れるしかない。
なんでそんなに嬉しそうなんだよ。
「俺は気持ち分かるなー。やっとこさアイツがフラれたんだ、そりゃあ目出度いって」
友人Bも相槌を打つ。
なんか友達辞めたくなるな。
「お前達って、なんでそんなに喜べんるんだ? そんなに健斗が嫌いなのか?」
「ああ、そうだよ?」
「嫌いだからメシウマなんだって」
「……え?」
「え?」
「え?」
三人でキョトンとする。
いや待ってくれ、え? 本当にこいつ等健斗の事が嫌いだったのか?
「そりゃそーだろ」
「前にも言ったけど、あんな分不相応な彼女がいる野郎なんか好きになれるか? 俺はならん!」
「それでもさ、なんかスゲー頑張ってたりして、好感持てる奴なら、まだ良いぜ? アイツ、何か良い所あったか?」
「いや、そりゃあ健斗にだって良い所はあるだろ……」
「じゃあ、それって何処よ? お前はアイツはアイツで良い所有るんだよって、毎回言ってるけどさ、俺等にはそれが全く見えねーンだわ」
「何処って、そりゃあ……」
答えようとして、言葉が詰まる。
優しい所とか、そういうありきたりな言葉くらいしか出ない。
勤勉でも努力家でも無いし、具体的に何処の何が良い所なのか、パッと思いつかなかった。
「ほれみろ、お前でさえ、言葉が詰まってるじゃねーか!」
「あ、優しい所とか、そんな誰でも言えるようなボンヨーな答えは却下な。問一、アイツなりの良い所を具体的に上げなさい」
「あ……え、と……」
「はーい、時間切れでボッシュー」
そう言って友人Aは、俺の弁当からウィンナーを一本持って行った。
「あ、おい!」
「なんだよ? 答えられないお前が悪いんだろ? つか、幼馴染のダチなのに、咄嗟に出ない位、アイツって良い所ないのかよ?」
そう言われて絶句する。
俺は昔から、アイツは良い奴で、やれば出来る奴で、だから鏡花が好きになったんだって、ずっと思っていた。
でも、あの公園で鏡花なりにずっと抱えていたモノがあった事を知った。
俺が思っていた以上に、健斗は鏡花に対して、彼氏としての責務みたいなのを果たしていなかった。
頑張って尽くしている鏡花に対して、ありがとうなどの日頃の感謝も無い。
さり気無く気付いて欲しい彼女の乙女心に、なんの目もくれていない。
挙句の果てに、『褒めて欲しかったらそう言えよ』ってセリフだ。
アレは無い。
鏡花の本当の望みが分からなくてもよ、自然とさ、そういうのに気付かないか?
つまりこれってさ、健斗は今まで、鏡花を蔑ろにしていたって事じゃないか?
そう思うと、健斗の良い所が、何も見えなくなってしまった。
そもそもあったかどうかすら、怪しくなった。
「あ、あと俺がさー、ザマーの奴を嫌うのにはちゃんと理由があるんだぜ?」
友人Aはポツリと漏らす。
「アイツってさ、親父に似てるんだよ。あ、見た目とかそういうんじゃないぞ? 普段の香取に対する態度が似てるって意味ね」
一瞬、え!?って思ったが、態度が似てる……ね。
「親父はよ、家の家事とか何にもやらねーんだよ。飯も洗濯も掃除も何にもな。専業のかーちゃんが全部やってる。あ、俺はちゃんと家事手伝ってるぜ? 偉いだろ?」
「お、おう」
「親父は外で金稼いでるから、役割分担と言えばそうなんだけど、かーちゃんだって、毎日飯作ったり掃除洗濯とかやってる訳よ、大事な事だろ?」
「ああ」
「そうだな」
「だからさ、偶には日頃の感謝の気持ちを込めて。ってのをやったって良いだろ? でもよ、親父はそう言う事、なーんにもやらんのよ」
「俺や下の兄妹は、母の日とか色々やってるぜ? でも、親父はそう言うのもやらない。偶に外で飯食いに行く事もあるけど、別にただ食いに行くだけだ」
「つまり、お前の親父さんは、家族とか奥さんに対してこう、お祝いとか日頃の感謝とか、そういうのをやってくれないって事?」
「そーそー。自分は金さえ稼いでいりゃあ良いって感じで、かーちゃんに対して碌に感謝とかそういうのがねーんだよ」
「夫婦であってもそう言うのはちゃんとやるべきってか」
「ああ、なんつーかな、リスペクト? 夫婦でも恋人でもお互いに尊重しましょー、感謝しましょーってのがあるじゃん。でも、そう言うのが親父には無い。アイツの香取に対する態度が、そんな親父とモロ被るんだよ」
そう言われると、思い当たる節はある。
鏡花だってそういう風に思ってたから、あんな事になった。
「それは分かるな。登校時とか、香取だけが子犬みたい懐いてたのに、ザマは対応塩っぽかった。前に弁当渡してる所みたけど、フツーあんな可愛い彼女の手作り弁当なんて貰ったら、スゲー嬉しいじゃん。なにのなーんかアイツ、リアクション薄いんだよな。いくら慣れてるからって、『いつもサンキュー。愛してるぜ~』くらい言えよと思った事もあったな」
「お前等、結構見てんだな」
「そりゃあ、目立つからな。どうしたって目に付くだろ」
「そーそー」
「まぁ、あれだ。いつもあんなに甲斐甲斐しく世話されてるのに、自分はそれを当然の様に受け取って感謝の一つも見せないとか、マジねーわ。ウチの親父だって金を稼ぐ事してんだぞ? アイツは香取の為に何をしてやってんだ?」
「……特に何もしてない。いや、しようとはしていたんだけど……」
「はーーー、やっぱりな! 俺の思った通りだ! そりゃあ、浮気されてフラれるはじごーじとく、インガオホーって奴じゃん!」
「完全同意。つーかさ、それでアイツにも良い所があるって、本当に唯の冗談にしか聞こえないぞ。悪いけど、お前の目って節穴過ぎん?」
「返す言葉もねーよ……」
俺は一体、今まで何を見て来たんだろうな?
こんなんだったら、俺だって鏡花を……いや、もう先輩が相手じゃどうやっても勝てる気がしない。
人として、男としての格が違いすぎる……健斗だったら、ワンチャンあった。
鏡花が感じていた寂しさに気付いていれば、例え健斗に何を言われたって、俺が鏡花を奪える可能性はあった。
今、俺の中での初恋が、完全に終わった。
それから少しして、学校中が大騒ぎになった。
ありがとうございました。
評価を頂けると嬉しいです。
また、感想や誤字脱字報告もして頂けると嬉しいです。